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Peepooblue’s Notebook

1985-02-25

[]北海道への旅(1985.2.25〜26) 14:13

 1985年の晩冬から早春にかけての北海道旅行のプロローグ。上野青森行きの急行「十和田」号と青函連絡船摩周丸」の旅の記録。


 

 2月末の寒い夜、上野駅。電車が着くたびに人々は競って乗り込み、家路を急ぐ。そんなラッシュの喧騒から少し離れて立っている僕はもはや都市生活のアウトサイダー。そう自覚した時、旅は始まる。日常的な時間と空間を飛び出して、ただひたすら遠い世界を旅したい。それだけが目的で汽車に乗る。

 夜風の吹きぬけるプラットホーム。列車はまだ来ない。とても幸せな退屈。文庫本片手にぼんやり立っていると、通勤客とは違った風情の人々が少しずつ現われ、乗車口を示す案内板の下にいつしか小さな列がいくつもできる。僕の後ろにも数人が並んだ。

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『お待たせしました。まもなく17番線に急行十和田号、常磐線回りの青森行きが入線いたします…』

 人々は足元に置いた荷物を手に取り、逸る気持ちで足が半歩前に出る。列がにわかに引き締まり、あたりにちょっとした緊張感が漂う。これから始まる夜の長旅。座れなかったら大変だ。

 ほどなくディーゼルエンジンの重低音が耳に届き、青い客車の列が機関車の後押しで、ゆっくりと進入してきた。旅立ちの気分が一気に高揚する瞬間。

 ドアが開き、7号車の中ほどに座席を確保。発車時刻が近づくにつれ、車内は次第に埋まり、僕のいるボックスにも男性客が2人来た。ひとりは若い人で、荷物の大きさからみて長距離客らしいが、もうひとりはアタッシェケースにスーツ姿の中年ビジネスマンで、せいぜい水戸日立あたりまでだろう。親子連れも何組かいて、旅立ち前の落ち着かない雰囲気がここまで伝わってくる。

 やがて、駅のアナウンスが「十和田」号の発車間近を告げ、電子ベルが鳴り始める。さぁ、出発だ。ベルが鳴り止むとドアが閉まった。

 先頭に立つ電気機関車ホイッスルが遠く聞こえ、ガクンという震動とともに列車は動きだす。定刻20時50分、夜の旅の始まりである。

 薄暗い上野駅のホームを滑るように離れた列車は猥雑なネオンのきらめく中へゆっくりと出ていく。満員電車としばしの並走。見慣れた都会の光景がいつもと違って見える。

 車内アナウンスが青森までの停車駅と到着時刻を延々と案内するうちに「十和田」はなおもゆっくりとした足取りで常磐線に入り、下町の夜景を眺めながら高架線を行く。東京とも当分お別れだ。

 22時25分に水戸到着。機関車をEF80からED75に交換するため9分停車。となりのビジネス客が予想通り降りていった。若い方の人も荷物を残して席を立ち、やがて缶コーヒーを2本手にして戻ってくると、窓際の小テーブルの僕寄りのところに1本置いて、どうぞ、と言った。

「今ごろは青森の市内でも1メートル以上雪が積もっているんじゃないかな」

 という彼は青森に帰るところだそうだ。これから北海道へ行くのだと言うと、彼も1月末に札幌に行ったとのこと。

北海道青森なんかより雪は少ないけど、そのかわり物凄く寒いよ」

 僕も真冬の経験こそないものの、冬の終わりの北海道ならちょっとは知っているつもりだけれど、とりあえず北海道は初めてです、という顔をして彼の話を聞いた。

 水戸を出ると、車内灯の光度も落ちて、深夜の雰囲気になってくるが、まだ寝るには早い。かといって、本を読む気にもならず、ただぼんやりと窓辺に頬杖ついて外を眺める。昼間ならちょうど海の見えるあたりだが、もちろん今は真っ暗闇で、時折、知らない町の灯が流れていくばかり。

 23時55分、福島県の平に到着。ここでは20分も停車するというので、車外へ出て背中を伸ばす。座席の夜行は疲れるからか、ホームで一服する人も多い。それを見越した弁当売りまでいて、真夜中なのに意外と繁盛している様子。夜の旅という特別な気分が食欲を促すのだろうか。

 日付が変わって0時15分に平を発車。「十和田」号は軽やかなリズムを刻みながら、深夜の常磐線をひた走る。

 時折、床下からゴトゴトとポイントを渡る音が聞こえ、灯火の消えた小駅が車窓をよぎる。駅名標だけがポツンと闇に浮かび、文字を読む間もなく後方へ飛び去る。そして、またポイントを渡って駅を過ぎると、単調でテンポの速いレールの音だけが心地よい揺れとともにどこまでも続く。

 夜汽車の旅は景色が見えないからつまらない、とよく言われるけれど、闇の彼方に目に見えない何かが見えるような気がして、僕は好きである。ただ眠って過ごすのはもったいないとすら思う。実は自分の心の内にひそむファンタジーを覗き込んでいるのかもしれない。そういう不思議な感覚をポール・デルヴォ−や谷内六郎が素敵な絵にしていたのを思い出す。

 「青森」の行先板を掲げた旧型客車が眠る原ノ町を過ぎて、やがて列車は何やら小さな駅にゴトリと停まった。日立木(にったき)という駅名が読める。常磐線も北部は単線なので、列車の行き違いがあるようだ。

 少し待つと、ヘッドライトで車窓が一瞬パーッと明るくなり、上野行きの寝台特急ゆうづる」が勢いよく通過していく。青い車体の下に白いものが見え、それが雪国からの列車であることを物語っていた。

 相馬も出て、新地という駅で再び上り列車をまとめて3本通過待ち。2本の「ゆうづる」に続いて、この列車の兄弟分、上り「十和田」も車窓を掠めて走り去った。

 20分近く停まって、やっとこちらも動き出したが、車内はすっかり寝静まり、文句を言う客などいない。

 すでに2時をだいぶ過ぎ、僕も眠りに専念すればよいのだが、なぜか眠くならない。どうせなら仙台まで起きていようと思う。

 ところで、眠れぬ夜を過ごしている人が実はもうひとり。近くの席の幼い女の子。母親と弟が一緒で、ふたりがシートの上で眠り、女の子だけ座席の間の床に新聞紙を敷いて寝かされている。ちょうど車輪の真上あたりで、震動がまともに伝わってくるらしく、何度も寝返りを打ったり、身を起こして目を擦ったりしていた。子どもにとって眠れぬ夜というのは本当に長くて辛いものである。

 上野を発って6時間余り、仙台には3時02分に到着。東北随一の都会もさすがに森閑としている。ガランとした広い構内を晧々と照らす蛍光灯が虚しいくらいに明るく感じられる。

 11分の小休止の後、無人のホームに発車ベルが鳴り、「十和田」号は再び動き出すと、みちのくの闇路へ向けて加速していった。

 やがて未明の松島湾岸へ出た。静かな水面に水銀灯の青白い光がゆらめき、黒々とした島影が微かに浮かぶ。それも束の間、列車は海辺を離れ、トンネルに入った。

 いつしか途切れた意識が再び回復し、どの辺だろうと窓外に視線を向けると、周囲に仄白い斑模様が広がっていた。たちまち目が覚め、じっと車窓に目を凝らす。もっとも、まだ外は真っ暗で、窓ガラスに映る車中の人々もみんな眠っている。

 まもなく列車は一ノ関駅に滑り込む。ようやく岩手県である。ホームの時計の針は4時半を指している。日の出にはまだ早いが、弁当売りが「べんとーう、べんとーう」と列車の窓をひとつひとつ覗き込みつつ歩いている。車内からの反応なし。弁当売りの吐く息もホームも線路もうっすらと白かった。

 5時を回って、ようやく夜空を覆っていた大きな黒い雲がちぎれ、赤みを帯びた白い空が見えてきた。まだまどろみの底に沈む仄暗い町並みを横目に眺めつつ、青森行きの急行列車はさらに旅を続ける。

 盛岡到着は5時46分。ホームにも車内にもようやく朝の気配が満ちてきた。後続の寝台特急はくつる」に道を譲り、6時ちょうどに発車。あと3時間余りだ。

 だいぶ明るくなった盛岡の市街地を抜けると、牧歌的な丘陵地帯にさしかかり、のびやかな雪景色が車窓いっぱいに広がる。遠くまでやってきたなぁ、と改めて思う。

 沼宮内も過ぎて、列車は十三本木峠をめざして上っていく。積雪がどんどん深くなり、勾配もきつくなってくる。かつては蒸気機関車三重連で列車を牽いたという難所だが、それも昔の話。今は真紅電気機関車が単独で列車を牽いて、長い峠道を越えていく。高速で突っ走るため、巻き上げる雪煙が凄くて、窓の外は真っ白。何も見えない。

 峠を越えると一戸、北福岡に連続停車。やわらかな朝日が車内にも差し込み、青空も広がっているのに、小雪がちらついていた。

 雪深い山間の駅を出ると、列車は速度を上げて坂を下っていく。並行する国道の車を次々と追い抜き、線路上に降り積もった雪を猛然と蹴散らして、「十和田」号はまもなく青森県に入った。

 再び車窓の雪がほとんど消えて、八戸には7時35分着。駅のホームは通学の高校生でいっぱいだ。彼らの日常の傍らを僕は旅人として通り過ぎていく。

「この辺はずいぶん雪が少ないんですね」

「ここは南部の方だからね。野辺地あたりまで行くとまた全然違うよ」

 相席の兄さんが教えてくれる。

 三沢も過ぎて、下北半島の基部の荒涼とした丘陵地帯にさしかかる頃、空の青さが消え、雪が強くなってきた。沿線風景が再び白くなってくる。

 いつしか本格的な降りとなった雪の中、野辺地に到着。立派な防雪林があって、いかにも雪国らしい風情のある駅だ。ホームにも雪がどっさり積もっている。気候的にもこの辺から日本海型に変わるのだ。

 8時25分に野辺地を出て、終着青森まであとわずか40分となったところで、ついに外は吹雪になった。

「うわぁ、ふぶいてるねぇ」

 どこかで誰かが呟く。声に地元の訛りがある。

 横殴りの雪と舞い上がる雪煙が激しく窓を叩き、ガラスが雪で覆われ始めた。それでなくても視界の悪い外の景色がますます見えなくなってくる。

 激しく雪の降りしきる夏泊半島を横切った列車の車窓に青森湾が見えてきた。鉛色の海は荒れており、水平線は霞んでいる。

「これは大変だなぁ」

 すっかり曇ってしまった窓ガラスを指先で拭いて目を凝らしながら相席の彼が呟く。僕はこれからあの海を渡っていくのか、と不安な気持ちを抱いて苦笑した。

「船、揺れそうですね」

『次は浅虫です。浅虫を出ますと19分で終点の青森に到着です」

 車内アナウンスが終着間近を伝えている。12時間もの長旅と寝不足による疲労感と倦怠感の漂う車内で人々は降りる支度を始める。

 急行「十和田」号はいよいよ青森市街にさしかかった。雪に埋もれた白と灰色の街。乾ききった都会とは全くの別世界である。

 チャイムの音に続いて、車掌青森からの接続列車や連絡船、函館での連絡列車などを案内するうちに列車は大きく右にカーブして、徐々に速度を緩めながら青森駅の構内に進入していく。

 9時08分、定刻通りに青森駅の3番線に滑り込んだ「十和田」号はその歩みを止めた。

 さぁ、着いた。大きく伸びをして立ち上がり、本州北の終着駅に降り立つ。たちまち寒気が身を包む。

「じゃあ、気をつけてね」

「いろいろありがとうございました。さようなら」

 一晩を相席で過ごした彼とホームで別れ、すっかり雪と氷にまみれた「十和田」号の青い車体に目をやりながら僕は青函連絡船の桟橋へ急いだ。

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 今度の函館行きは10時15分出航予定の25便、摩周丸。時間があるので、広い待合室のベンチに荷物を下ろした。暖房の効いた待合室の窓の外は海。ちょうど海峡を渡ってきた摩周丸が入港したところで、岸壁と船上の双方で係員が接岸作業を進めている。

 ボォーッ。

 汽笛が鳴った。接岸完了の合図。心の奥底まで響く音だ。降りしきる雪は風に乗って流れるように舞っている。青森港の冬景色を眺めながら、これからの長旅に想いを巡らせた。

 9時50分頃から乗船改札。住所、氏名など記入した乗船名簿を係員に手渡し、タラップを渡ると船員が出迎えてくれる。列車に乗り込むのとは違った独特の気分。

 普通船室の窓際に席を取る。船内はカラフルなダウンジャケットの学生旅行者が多い。石川さゆりの『津軽海峡冬景色』みたいな演歌の世界はもはや存在しない。

 船内販売の弁当を膝の上で広げていると、銅鑼の音が聞こえ、『蛍の光』のメロディが流れ出す。

 10時15分、摩周丸青森港の岸壁を離れた。静かな船出。出航後、すぐに船内アナウンスが入る。

『本日の津軽海峡は西北西の風が18メートルほど吹いておりまして、波もあります。船が多少揺れますので、船内をお歩きの際はご注意下さい』

 甲板に出てみる。シベリアからの季節風が頬を刺す。雪も依然として降っている。しかし、雲間からは青空も覗いている。青森の街はすでに遠く霞んでいるが、まだ陸奥湾の中なので、左舷には津軽半島が続いている。船が波を切り裂いて進む様子をしばらく眺めていたけれど、とにかく寒いので船室に逃げ込んだ。

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 自分の席に戻って窓外に目をやると、そこに見えるはずの津軽半島が見えない。空には雪雲が低く垂れ、黒々とした海面には白い波頭が至るところで現われては消える。窓ガラスには吹きつけられた雪片がこびりつき、斜めに這い下りていく。そんな不穏な天気だったかと思えば、雲が切れて青空が覗き、津軽半島の山並みがくっきりと姿を現わしたりもする。いずれにせよ、不安定な天候である。

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 ずっと左舷に続いていた津軽半島の突端・竜飛岬が急峻な断崖となって海中に没すると、摩周丸は斧の形をした下北半島の刃先を掠めて陸奥湾を出ていく。竜飛岬と対峙する北海道南端・白神岬も海の彼方にうっすらと姿を見せている。いよいよ津軽海峡にさしかかったのだ。目に見えて波が荒くなり、船が揺れ出した。

 ゆったりとうねる鉛色の海。改めてその大きさを感じる。波間に漂うカモメもこの船も広い海の上ではどちらも同じ小さな存在でしかない。そんなことを思いつつ、海を眺めていたら、いきなり波飛沫がバシャッと窓を打ち、景色がピンぼけになった。

 摩周丸はまるで生き物のような海のうねりによって上昇と下降を繰り返しながら北へ北へと航行を続ける。しばらくは漫然と文庫本を開いてたが、睡眠不足のせいで、そのうち眠ってしまった。

 ふと目覚めて身を起こすと北海道はもうすぐそこにあった。海沿いの道を走るクルマも見える。北海道にやってきたんだなぁ、と実感する。このそこはかとない感動は津軽海峡を船で渡って初めて味わえるものではないかと思う。

 船内に軽やかな音楽が流れ出し、函館到着の近いことを告げる。窓外をカモメが飛び交い、灯台やたくさんの船も見えてくる。

 函館港に入港した摩周丸タグボートの力を借りてゆっくりと向きを変え、定刻通りに14時05分に接岸。3時間50分の旅を終えた。

『お疲れ様でした。函館に到着です』

 こちらのドラマチックな気分とは裏腹に素っ気ないアナウンス。そのさりげなさが却って旅情を引き立てる。僕にとっては特別な体験である青函連絡船の旅も、当地では平凡な日常の一部に過ぎない。旅とは、自分の知らない土地にもその土地なりの日常が当たり前のように存在するということを改めて確認することでもある。

 先を争うように下りていく乗客の群れには加わらず、その後からゆっくりとタラップを下りて、僕は北海道への第一歩をしっかりと踏みしめた。

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函館山の麓、ハリストス正教会