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Peepooblue’s Notebook

1985-03-12

[]北海道縦断 Part1(釧路〜紋別) 15:12

 釧路から根室本線・池北線・石北本線名寄本線宗谷本線天北線を経由して稚内へ至る2日がかりの旅の記録。

     池北線

 雪の朝、太平洋岸の釧路から極北の稚内をめざす。もっとも、一日では行けないので、今夜は紋別に泊まる予定。

 釧路まきばユースホステルで同宿だった人とふたりで7時35分発の函館行き特急「おおぞら2号」に乗車。座席を確保してからホームで弁当とお茶を求め、新聞も買った。1面に大見出しでソ連チェルネンコ書記長死去のニュースが報じられていたからだ。チェルネンコ氏はアンドロポフ書記長の死後、ソ連共産党書記長の座に就いたが、病気のため公式の場にはほとんど姿を見せぬまま就任後1年余りで世を去ったことになる。後任はゴルバチョフという人で、まだ54歳というからずいぶん若い。

 新聞を読むうちに釧路を発車。僕は次の池田までだが、同行の彼はこの列車で札幌に出て、今日中に飛行機で東京へ帰るそうだ。

 旅の話などするうちに特急列車は降りしきる雪の中、太平洋岸の荒涼とした原野や丘陵地帯を突っ走り、釧路から1時間半で最初の停車駅、池田に着いた。ここで池北線に乗り換え。いつしか雪もやみ、陽が射してきた。

 さて、池北線の北見行きは2両連結のディーゼルカーで、まばらな客を乗せて9時18分に池田を発車。根室本線がカーブしながら左へ遠ざかっていく。

 十勝の空は青く晴れ渡り、眩いばかりの雪景色の中を朱色のディーゼルカーは軽やかに走る。ビジネス客が目立った特急列車とは違ったローカル線ならではののどかな気分があって、車窓風景と同様に心の中までのびのびしてくる。車内の暖房も適度に効いて、ぼんやりと汽車に揺られて無為な時間を過ごすには絶好の条件が揃っている。

 小さな駅に着くたび、わずかな乗客がパラパラと降り、また乗ってくる。

 どの駅からだったか、隣のボックスに老婦人が3人乗ってきて、お喋りを始めた。聞くともなしに聞いていると、「だいぶ暖かくなりましたねぇ」とか「もうすぐ春ですねぇ」というような会話を交わしている。風はまだ冷たいけれど、氷点下20度にも30度にもなる厳しい冬を過ごしてきた人々は確実に春の到来を感じているのだ。

 足寄で対向列車と行き違いのため21分停車。ここは歌手・松山千春の故郷で、その実家には多くのファンが訪れて、今や観光名所になっているらしい。暇つぶしに降りてみた。古びた木造駅舎の中には松山家までの案内図が貼ってあり、売店にはキーホルダーなどの千春グッズが幾種類も下がっている。彼は故郷のヒーローであり、また観光資源でもあるのだった。

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 足寄を出ると山あいに入っていく。しかし、さほど山深くはならず、車窓風景はどこまでも平凡。利別川の清流と絡み合うように続く線路を列車はゆっくりと登っていく。

 氷点下30度の町として有名な陸別を過ぎると、かなり雪深くなって、人里離れた高原風の眺めに変わってくる。

 十勝と北見分水嶺をめざす列車はエンジンを唸らせて勾配を登り続けるが、深山幽谷といった気配は感じられない。あくまでも明るい山路のままトンネルもくぐらずに峠を越えて下り坂になった。

 北見盆地に下ってくると、またのどかで平凡な雪原風景に変わり、車内は下校の高校生で満員になって、そのまま12時54分に北見に到着した。池田から140キロ、3時間半余りの旅であった。

     常紋峠

 北見はさすがにこの地方の中心都市らしく大きな駅で、街もわりと発展している様子。しかし、内陸の街だけに寒さも格別で、道内の主要都市の中では一番寒い。ちなみに今朝の北海道新聞によれば、昨日の北見の最低気温は−14.1℃で、この新聞で見るかぎり道内で最も低い(2位は帯広の−12.5℃)。しかし、今日は天気もよく、雪解けも進み、街全体が春めいて見える。

 その北見からは13時37分発の石北本線上り遠軽行き普通列車に乗り換える。今度もまたディーゼルカーの2両連結。

 列車は北見駅の構内を出ると、すぐにトンネルに入る。石北本線北見市の市街地を地下線で抜けているのだ。こういう例は地方都市では珍しいのではないか。

 トンネルを出るとすでに北見市の郊外で、池北線と同じような単調な雪景色が広がる。駅ごとに乗客は減ってゆき留辺蘂を過ぎる頃にはもう車内は閑散としていた。

 やがて、常紋峠への長い上り勾配が始まる。列車は何度もカーブしながらエンジンを震わせて、のろのろと峠をめざす。相変わらずの青空の下、雪深い山路をじっくりと登りつめたところにスイッチバックの常紋信号場。列車はスノーシェルターに覆われたポイントをゴトゴトと渡って一旦引き込み線に入り、それからバックして再びポイントを越えて待避線に入って停止した。

特急列車通過待ちのため約20分停まります』

 山の中の信号場は厳かな静寂に包まれていた。ひっそりした車内には穏やかな午後の光が差し込み、気だるい雰囲気が漂う。のどかな昼下がりだが、この先には暗黒の歴史に彩られた常紋トンネルが口を開けている。

 大正3年に開通したこのトンネルの工事に動員されたのはいわゆるタコ部屋労働者で、彼らは使い捨ての消耗品として徹底的に酷使されたのだ。劣悪な生活環境、過酷な超長時間労働、傷病人の放置、リンチ、死者の遺棄…。陰惨を窮めた工事は多大な犠牲者を出し、実際にトンネル周辺からは多くの人骨が発掘されている。トンネル内のレンガの壁の裏側からは立ったまま埋められた人骨まで出てきたといい、人柱が立てられた事実も判明している。というわけで、このトンネルには幽霊が出るという噂が絶えない。常紋とはそういうところだ。もっとも、これは常紋トンネルだけの話とは限らない。明治から昭和の敗戦に至るまで土木工事や炭鉱採掘などの北海道開発はアイヌ人や囚人、タコ部屋労働者中国朝鮮からの強制連行者などを使って進められたのであって、北海道の大地の下には犠牲となった人々が今も人知れず埋もれているのである。これらの犠牲者の発掘と供養は現在も各地で進められているという。

 常紋信号場で待つこと十数分、静寂の彼方から軽やかな足取りで特急列車が登ってきて、本線上をまっすぐシェルターの中へ消えていった。

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 こちらもようやくタイフォンを鳴らして発車。再びシェルター内のポイントをゴトゴト渡って、そのまま常紋トンネルに突入した。黒々としたレンガの壁が車内灯で仄かに浮かび上がる暗闇を列車は呆気なく通り抜け、明るい山路を軽快に下っていった。

     名寄本線

 遠軽には15時36分に到着。ここで名寄本線に乗り換える。今度の列車は珍しく4両編成だったが、全車両とも行き先が違う。先頭が湧網線経由の網走行き、次が渚滑線直通の北見滝ノ上行き、その次が名寄行きで、最後尾が中湧別止まりだ。昼食がまだなので、駅弁の「かにめし」を買って、名寄行きの車両に乗り込んだ。

 15時48分に遠軽を発車した列車は雪原の中を走る。西日に照らされた雪面に驚くほどたくさんのキツネの足跡がついているが、その姿はどこにも見えなかった。

 25分でオホーツク海に近い中湧別に着き、ここで頭と尻尾を切り離すため11分停車。下校の高校生などかなりの乗客がここで降りて、車内は急に閑散としてしまう。天井に並ぶ丸い白熱灯の淡い橙色の光が独特の郷愁を醸し出す。侘しいローカル線の旅だ。(中湧別駅の廃線後の探訪記はこちら)

 2両編成になって中湧別を発車したディーゼルカーは湧網線や湧別線と分かれて左へ大きくカーブすると、オホーツク沿いに北へ向かう。しかし、車窓には雪野原や森林ばかりで、まだ海は見えてこない。

 列車は小駅にひとつひとつ丹念に停まりながら、カタタン、コトトン、カタタン、コトトン…と走る。スピードを出すとひどく揺れて、この車、大丈夫なのかな、と思うが、そんなことはお構いなしだ。

 元紋別あたりから海が見えてきた。本当に海が見えている。紋別も流氷がびっしりだと聞いていたので、真っ白な氷原ばかり想像していたのに、すでに流氷は去った後だった。明るいコバルトブルーの海に名残の氷がわずかに漂っているだけなのだ。こんな穏やかな海を見るのは久しぶりで、青と白のコントラストの鮮やかさに目を奪われた。

 17時05分着の紋別で降りた。紋別市オホーツク沿岸では最北の都市で、名寄本線の沿線では一番大きな街である。稚内までの北上の旅もここで中断して、今夜は駅から徒歩25分の紋別流氷の宿ユースホステル泊。

 宿で聞いたところによると、紋別の流氷は2日くらい前までは沿岸を埋め尽くしていたそうだ。それが一夜にして岸を離れ、沖合に去ってしまったのだという。4日前の浜小清水で見た流氷は海全体に張り詰め、完全に静止して、動く気配はまるで感じられなかったが、それがどのように去っていくのか、その一部始終をこの目で確かめてみたい気がする。

 とにかく、明日はいよいよ最北端だ。天気予報によれば、明日の宗谷地方は雪で、稚内の予想最高気温はマイナス4度だそうだ。

     【データ】1985.3.12 晴れ

       乗車車両

         根室本線 釧路⇒池田 特急おおぞら2号 5022D キハ182−7

         池北線  池田⇒北見 933D キハ22-317 + キハ40-126

         石北本線 北見遠軽 564D キハ22 + キハ40-203 

         名寄本線 遠軽⇒紋別 632D キハ22-119