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Peepooblue’s Notebook

1986-03-03

[]エジンバラインヴァネス〜カイル・オブ・ロッハルシュ  10:50

 スコットランドの都、エジンバラ(Edinburgh)駅から23時25分発のインヴァネス(Inverness)行き夜行列車に乗った。ディーゼル機関車に寝台車と2等座席車の編成。もちろん、僕は2等車である。車内は空いていて、わずかな旅人が列車の揺れに身を委ねているだけ。そのせいか、車内は結構寒かったが、圧倒的に強い睡魔のおかげで意外によく眠れた。途中、雪深い山の中を走っていた記憶だけが微かに残っている。

 エジンバラから北へ300キロ余り。インヴァネスには定刻より10分ほど早い4時40分頃、到着。こじんまりとした屋根付きの駅で、終着駅らしい雰囲気がある。まだ夜の続きで、空は真っ暗。

 インヴァネス英国の最北部に近い小都市で、北海から入り込んだモレ―湾に面し、近くには怪獣で有名なネス湖がある。ここからさらに最果てをめざす路線が2本出ていて、今日はそのうちハイランド地方を越えて大西洋岸のKyle of Lochalshへ通じる路線に乗ってこようと思う。始発は6時55分発なので、まだ2時間以上あるが、すでに3両編成の客車が待っている。手動のドアを開けて乗り込むと、コンパートメント車で、3人掛けのシートが向かい合った6人部屋がずらりと並ぶ構造。もちろん、車内にはほとんど人がいないから、1室を占領して、シートに横になれば立派な個室寝台になってしまう。それで、発車まで寝ていることにした。

 6時半頃、目を覚まして、お腹が空いたので、駅構内のビュッフェでサンドイッチと紅茶を買い、車内に戻って食べているうちに、隣に停まっていた英国最北の駅Thurso/WickをめざすThe Orcadian号が発車していった。あちらの列車にも乗ってみたかったが、とにかく僕の乗っているカイルオブロッハルシュ行きの沿線風景が素晴らしいそうで、こちらの列車を選んだのだった。

 カイルオブロッハルシュ行きの3両編成はディーゼル機関車に牽かれて、何の合図もなく、定刻にガクンと揺れて動き出した。相変わらず、車内はガラガラのようだ。なにしろ、この路線は1日3往復しか走らない閑散線区なのである。

 北緯57度の地(北海道稚内は北緯45度)なので、もう7時になろうかという時刻なのに、あたりはまだ薄暗く、オレンジとピンクの朝焼けが夢のような美しさで空を彩っている。

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 列車はやがて、うら寂しいモレ―湾岸に出た。海に突き出た岬も、あたりの大地もまだ黒いシルエットで、静かな海面だけが燃えるような空の色を映している。

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(夜明けの海辺を行く)

 列車は海辺を離れると、ようやく明るくなりかけた牧草地の中をゆっくり走る。野ウサギが跳ねているのが見えた。

 インヴァネスから20分で最初の停車駅Muir of Ordに着く。小さな集落で、いかにも最果ての雰囲気がある。日本でいえば、北海道根室本線釧路根室間みたいな感じ。

 Muir of Ordの次がDingwallで、ここでThurso方面へ向かう線路から分かれて西へ針路をとる。ハイランド地方の山岳地帯を横断して、ひたすら大西洋をめざすのである。あたりは丘陵地帯となり、その斜面が耕地になっている。このあたりも北海道の風景を思わせる。

 やがて、列車は森林地帯に入り、だんだん高度を上げていく。

 右車窓に湖が現われた。もはや車窓に人家はほとんど見えず、曇の多い空を映す湖面は気味が悪いほど静か。列車はその湖水に沿って走る。遠くには雪をかぶった、なだらかな山々が見えてきて、ようやくハイランド地方らしい風景が展開しはじめた。

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(凍りついた湖に沿って走る)

 駅の間隔も長くなり、20〜30分おきにしか停車しない。途中、Garveに停まって、8時15分を過ぎた頃にようやく4つ目の停車駅Achnasheenに着いた。荒野の中の小さな牧羊の村である。ここで上り列車と行き違いのためしばらく停車。

 ところで、時刻表によれば、GarveとAchnasheenの間にはLochluichart、Achanaltという2つの駅があるのだが、いずれも通過した。これらの駅は時刻表の数字の横にx印が付いていて、欄外に「x-Stops on request」となっている。つまりバスの停留所みたいに希望がなければ停まらないのだ。こういうx印の駅がこの路線には全部で6つもある。

 前面を黄色に塗ったディーゼル機関車に牽かれた対向列車がやってくると、こちらもようやく発車。

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(Achnasheenで対向列車と行き違い)

 列車は山あいに開けた、なだらかな谷を行く。これは恐らく昔の氷河に削られた地形なのだろう。真っ白な山々、荒涼とした大地、完全に凍りついた湖、細々と流れる白い小川。沿線の雪はまだらに残る程度だが、寒々として、厳しい風土を感じさせる眺めだ。スケールの大きな車窓に釘付けになっていたら、10頭ばかりのシカの群れが見えた。

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(画面中央あたりにシカの群れがいる)

 列車は西海岸へ向かって下っていき、車窓には凍った湖が次々と現われたが、やがて氷の張っていない水面が見えてきた。波もある。どうやら海らしい。氷河の跡に海水が入り込んだフィヨルドである。

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 (フィヨルドに沿って下っていく)

 フィヨルドは少しずつ幅を広げながら続く。対岸の丘には小さな白い家が点在して、荒涼とした中に牧歌的な雰囲気も漂いはじめた。

 やがて、海が開け、漁村や島や船などが見えてきた。スコットランド西海岸氷河浸食作用により極めて複雑に入り組んでおり、多くのフィヨルドや無数の島々がある。その中でも大きな島のひとつ、スカイ島(Iyle of Skye)が間近に迫ってくる。曇っていた空から陽光が漏れて、海が明るく輝き出す。終着はもうすぐだ。

 カイルオブロッハルシュ着、9時40分。インヴァネスから132キロ、2時間45分の旅は終わった。

 寒風吹きすさぶ駅に降り立つと、一面しかないホームのすぐ先が海で、対岸には雪をかぶったスカイ島が浮かんでいた。

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(Kyle of Lochalsh)