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Peepooblue’s Notebook

1995-08-25

[]房総半島自転車旅行3日目  11:22

    和田浦の夜明け

 旅に出ると、なぜか早起きになる。ふと目が覚めると、4時半。外はまだ暗いが、東の空に朝の兆しが見える。足を忍ばせて宿を抜け出し、海辺を散歩。

 深い藍色の空が東の海に接する部分だけオレンジ色に燃え、すじ雲が墨を流したように棚引いている。夜と朝のせめぎ合い。町はまだ暗がりに包まれ、常夜灯に照らされている。静寂の中に繰り返す波の音。果てることのない地球の呼吸。

 黎明の光が闇を侵していくにつれて、雲はほんのりと薄桃色に染まり、海面にも金色の光が広がってきた。足元ギリギリに打ち寄せた波が引くと、そのあとが鏡のようになって、燃える空を映し出す。

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 光の色合いが刻々と変化して、空がだんだん白んできた。雲が今度は銀色から金色に輝き出し、ついに水平線上に太陽が顔を出す。旅の喜びを感じる瞬間である。浜辺に打ち上げられたままの死んだウミガメの甲羅も鈍く輝いて、それだけが妙に哀しい。

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 町にもようやく朝が来た。名残の夾竹桃の濃いピンクの花が朝日を浴びて潮風に揺れている。一番電車が走り出し、公園にはラジオ体操の子どもたちが集まってくる。

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     出発

 朝食を終えて、出発の準備をしていると、漁協にてミンク鯨の販売を行うとの放送が町中に流れる。宿のおばさんに聞くと、時々やるそうで、1キロ2,500円くらいとのこと。見物に行こうかとも思ったが、開始時間にはまだ間があるので諦めて、8時に出発。

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 今日もどこまで行くかは決めていないが、宿のおばさんが岩井や保田あたりまで行けば、民宿がたくさんあると教えてくれた。その辺までは行けそうだ。とりあえず、当面の目標地点は房総半島の最南端野島崎である。

 昨日走った御宿町から鴨川市にかけては海岸線が複雑で、道路も起伏に富んでいたが、このあたりは土地も平坦で、風景もやや単調になってくる。しかし、真っ青な海に沿って自転車を走らせるのはまさに気分爽快。快調に飛ばしていたら、車に轢かれた猫の死体を踏みそうになった。

     千倉

 約10キロ走って、千倉の町に着く。べつに用はないが、千倉駅に寄ってみた。内房線特急「さざなみ」の終着駅である。軒下に色とりどりの提灯がずらりと並び、観光地の駅らしい雰囲気がある。しかし、今は列車の姿はなく、ひっそり。冷たい缶コーヒーを買って、駅前のベンチで一服。

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 鉄道はここで外房の海に別れを告げ、内房館山へ直行するが、僕は再び海岸へ戻り、忠実に海沿いを行く。ひたすら陽のあたる明るい道である。

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 堤防には魚や鯨など海の生き物のイラストがペイントされていて、なかなか楽しい。

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 ちょっと海辺でひと休み。

 岩礁の上に薄く広がる海水にジャブジャブと足を浸す。あまり冷たくはないけど、気持ちいいんだな、これが。

 潮だまりをのぞくと、大小のヤドカリがたくさん動き回り、小さな魚の姿も見える。一方、草むらではキリギリスが盛んに鳴いている。

     野島崎

 きれいに整備された道路をズンズン走っていくと、やがて房総半島南端白浜町に入る。だんだんリゾート地っぽくなってきて、南国的な樹木が植えられていたり、ホテルやプール、海水浴場などが目につくようになってきた。

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 そして、9時45分に野島崎に到着。

 こんもりと緑におおわれた、なだらかな岬に白亜の灯台がそびえている。

 ついにここまで来たか…。たかだか房総半島の先端ではあるけれど、なんだか日本の果てにたどり着いたかのような感慨が湧く。

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 野島崎灯台は昨日の勝浦灯台と同様の八角形のコンクリート造り。地上から灯火までの高さが26メートル、海面からは38メートル。初点灯は明治2年とのこと。150円払って、灯台内部の螺旋階段を登り、夏の陽射しにきらめく太平洋を眺めた。

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 それから海岸を散策し、灯台をバックに愛車の記念写真を撮ってやり、水道で顔や手をジャブジャブと洗って、気分一新。10時半に最南端をあとにする。

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 目標に達した後の虚脱感を感じながら、なおも太平洋を横目に走っていくと、やがて右手から丘陵が迫って、上り勾配になる。まもなく白浜フラワーパーク前を通過。

 坂の頂上が布良岬で、白い灯台が見える。この岬を回ると館山市だ。

 岬から一気に下ったところで道が分岐。まっすぐ北へ行けば館山市街であるが、僕はあくまでも海沿いに左へ進む。次の目標地点は房総半島最西端の洲崎。

 白浜町から館山市にかけての海岸はほとんどが荒々しい岩礁地帯になっているが、ここからしばらくは平砂浦という長い砂浜が続く。ただし、道路と浜の間には防砂林が続き、海はあまり見えない。

     南房パラダイス

 陽射しを遮るものが何もない道を行くと、やがて南房パラダイスという熱帯植物園があったので寄ってみた。時刻は11時15分。入園料は800円。

 園内には巨大な温室が連なり、それぞれにブーゲンビレアハイビスカスバナナ、ヤシなどの植物が植えられ、鮮やかな熱帯の鳥が飛び交い、池には熱帯魚が泳ぎ、花から花へと蝶が飛び回る、そんなところである。温室以外にも小動物園があり、アライグマやサル、コンゴウインコなどが飼われている。思ったより楽しめる。

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 園内の展望塔から平砂浦の海岸を一望し、食堂でとろろそばの昼食。そばよりも冷房と冷水で生き返る。

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 12時半に出発。再び灼熱の太陽の下を走り出す。気温は連日30度を軽く超えているが、その暑さの中をすでに200キロ以上も走ったわけで、こういうのを一般には狂気の沙汰という。

 4キロ余り走って、ようやく平砂浦の砂浜が途切れ、また岩礁海岸になる。そこで自転車を止め、海に足を浸して休憩。名も知らぬ小魚に混じってクサフグが泳いでいた。

     洲崎

 さらに4キロほどで洲崎に着いた。野島崎のような観光地なのかと思ったら、観光客の姿はまるでない。近所で葬式があったらしく、僕のほかは喪服姿の人ばかりである。なんだか気まずい。

 洲崎灯台への細い階段も両側に雑草が生い茂り、頭上には木の枝が覆いかぶさって、やや荒れた印象がある。ツクツクボウシだけが騒がしい。

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 ずんぐりした白い灯台無人で、内部見学はできない。しかし、ここから眺める景色はいい。東京湾へ向かう大型タンカーがゆっくり進む海の対岸は三浦半島。空気が澄んでいれば、相模湾の彼方に富士山も見えるはず。こういう雄大な風景をひとりで眺めていると、妙に寂しい。

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     館山

 さて、最西端の洲崎を過ぎると、道は一転して東へ向かう。

 眼下に見下ろす海はもはや太平洋ではなく、鏡ヶ浦の異名を持つ館山湾。もっと大雑把に言ってしまえば、すでに東京湾である。

 とはいえ、海はまだ十分に美しさを保ち、沿岸には漁港海水浴場も多いし、臨海学園や保養所などもたくさんある。

 洲崎から10キロ余りで館山市街にさしかかる。木更津以来の「都会」である。南房総の明るく開放的なイメージは薄れ、旅も終わりだな、という気分になる。

 内房線館山駅に近い北条海岸。砂浜の海水浴場で、さすがに人が多い。日陰のベンチでしばらく休憩。

     内房

 14時半に館山をあとにして、あとはひたすら国道127号線を北上。

 再び房総丘陵が迫り、アップダウンが激しくなる。トンネルも多くなる。おまけに内房は交通量が多く、行楽帰りの車から大型トラックまで次々と傍らを走り去る。房総半島の国道トンネルではたいてい人道トンネルが併設されているので助かるが、それがない場合はちょっと怖い。

 ところで、今日はどうしようか。けさ民宿のおばさんに教わった通り、岩井か保田のあたりで宿を探すか、あるは金谷まで行ってフェリーで三浦半島に渡るか、それともこのまま家まで突っ走るか。あれこれ考えながら、ひたすらペダルを踏み続ける。

 とても東京湾とは思えない、きれいな東京湾を時折左手に眺め、トンネルをいくつもくぐり抜けて、やがて岩井駅の近くを通過。このあたりの海岸は遠浅で波静かな砂浜だそうだが、無視して走り過ぎる。

 ひと山越えて鋸南町に入ると、安房勝山。町役場もある、わりと大きな港町である。

 国道からはずれて漁港を通りかかると、華々しく大漁旗を掲げた漁船が浮かんでいる。新造船だろうか。

 道の両側に古びた民宿や旅館が並び、軒先に水着やビーチタオルが干してある。ここもパス。

 なんだか宿を探して泊まるのも億劫になってきた。一気に東京まで帰るか。木更津まであと約40キロ。自宅まではフェリーをはさんで、まだ70キロ近く走らねばならない。けさ和田浦を出発してからすでに70キロ以上走っているから、トータルで150キロ近くになる計算。そんなに走れるだろうか。なにしろ、初めての自転車旅行なので、一日に自分が一体何キロぐらい走れるものか、見当がつかない。まぁ、力尽きた段階で考えよう。

     鋸山

 内房線安房勝山駅前を過ぎて、さらに国道を北上していくと保田。スピードを緩めずに走り続ける。

 前方に鋸山の険しい岩峰が迫ってきた。標高はわずか330メートルだが、その名の通り、鋸の歯のようなギザギザの稜線を描き、安房国上総国を厳然と隔てている。鉄道はその直下をトンネルで貫通しているが、国道は鋸山がいきなり海に落ち込む急峻な明鐘岬の先端を回る。

 落石防護用のトンネルが続く難所を過ぎて、右へカーブしながら坂を下ると、富津市浜金谷である。

 ここまでは2年前の秋に電車で来たことがある。ロープウェイで鋸山に登った後、フェリーで三浦半島久里浜に渡ったのだが、その日はひどい強風で、ロープウェイはグラグラと揺れ、東京湾は一面に白波が立つ荒れ模様。船は僕が乗った便を最後に運航中止となった。

 その東京湾も今日は比較的穏やか。西に傾いた陽射しを受けて、キラキラと輝いている。

 浜金谷駅前や東京湾フェリー乗り場を過ぎ、対岸に久里浜火力発電所の3本煙突を見ながら、再び上り坂。山と海の狭間を内房線と並行して走る。

     木更津をめざして

 上総湊の手前で内房線をオーバークロス。ちょうど下を東京行きの特急「さざなみ」が勢いよく通過していく。あれに乗れば、どんなに快適だろうか。

 上総湊を過ぎると、国道127号線は海岸部を離れ、あとは木更津まで延々と丘陵地帯を行く。2キロ、3キロと上っては、同じ距離をダーッと下り、またすぐ上り坂といった調子で、もうウンザリ。木更津の港に向かっているわけだから、上れば、その先には必ず下りがある。それだけが励みである。

 しかし、さすがにバテてきた。なによりも体内の水分がどんどん汗となって蒸発していく感じである。まさに脱水症状。飲んでも飲んでも、すぐに身体が水分を要求する。炭酸とか果汁とか余計なものはいらない。水が一番欲しい。

 17時過ぎに富津市から君津市に入る。木更津まであと15キロほど。

 あたりがだんだん新興住宅地風になってきた。開発がどんどん進んでいるようである。もう木更津も近いな、と感じる。 

 安心して気が緩んだのか、ドッと疲れが出てきた。3日間で蓄積した疲労が一気に押し寄せてきたようでもある。

 しかし、相変わらずアップダウンが続く。きつい。もうヨレヨレだ。限界が近い。

 やっとの思いで木更津市内に入る。もうダメ。ママチャリのおばちゃんにまで抜かれる始末。

 木更津駅前。地方都市の平凡な日常の中を、ひとりだけ不自然なほど疲れ切って、のろのろと通り過ぎる。あと1キロだ。

 最後の気力を振りしぼって、なんとかフェリー乗り場にたどり着いた。房総半島一周旅行の終着点である。夕暮れ間近。時計の針は18時05分を指している。ここを勇んで出発したのは、一昨日の朝だったが、それがもうずいぶん昔のことのように感じられる。

 切符を買い、ベンチにへたり込む。気力も体力も完全に使い果たした。参った。これで川崎に着いたら、まだ30キロ近く走らねばならないなんて…。考えただけでも、気が遠くなるが、とりあえず船の上は休める。まぁ、急ぐ必要はないのだから、のんびり行こう。

 次の川崎行きは18時25分発の「オリオン」。納涼船ということで、一般客とは別にたくさんの木更津市民が乗り込んでいる。川崎まで1往復の海上ビアガーデンである。こちらは船室でぐったり座り込んだまま、ひたすら体力の回復に努める。

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 船は東京湾の中ほどにさしかかった。ちょっと復活してきて、甲板に出て、海風に吹かれながら、黒々と広がる海を眺めていると、まだ少しぐらいなら走れそうな気がしてきた。

                                           

     3日間の走行データ

      8月23日(自宅〜御宿)   109.3キロ

      8月24日(御宿〜和田浦)  64.8キロ

      8月25日(和田浦〜自宅)  147.1キロ 

        

       通算走行距離        321.2キロ