佐藤勝彦『気が遠くなる未来の宇宙のはなし』

気が遠くなる未来の宇宙のはなし

気が遠くなる未来の宇宙のはなし

 宇宙のことを考えると、あまりに広くて、遠くて、気が遠くなるものだが、この本を読むと、今まで僕が「気が遠くなる」と思っていたのは、まだまだ序の口にも達していなかった、ということを思い知らされる。
 あるいは「天文学的数字」という表現もよく使われるが、本当の宇宙に関する天文学的数字というのは僕の想像をはるかに超えるものだ、ということもよく分かった。
 たとえば、本書の冒頭でオリオン座のベテルギウスの話が出てくる。天文学者が近い将来に大爆発(超新星爆発)を起こすと予想をしている星だが、この場合の「近い将来」とは明日のことかもしれないが、100万年後かもしれない。いずれにしても、もうすぐ、ということなのだ。100万年後を「近い将来」「もうすぐ」といってしまうのが宇宙論の世界なのである。

(オリオン座のベテルギウス=矢印。画面左端は地球から8.6光年とすぐ近くのシリウス
 ちなみにベテルギウスは地球からおよそ640光年の距離にあるという。光の速度は1秒間に地球を7周半、つまり秒速30万kmであり、そんな猛スピードでも1年かかる距離が1光年だから、およそ9.5兆km。大雑把にいって10兆kmである。だから640光年というのは6400兆kmというまさに気が遠くなるような数字なわけだが、宇宙全体からいえばこのぐらいの距離は「近所」に過ぎない。
 また、太陽系が属している銀河系(天の川銀河)は2000億個の恒星からなり、その直径は10万光年もあるという。そして太陽系は銀河の中心から2万6100光年という「銀河の郊外」のような位置に存在しているらしい。光の速度の乗り物でも中心部への通勤通学に片道2万6千年以上もかかるのだから「郊外」というにはずいぶん不便な場所だけど(笑)。とにかく、宇宙には同じような銀河がそれこそ無数に存在しているわけだ。うーん。
 実際、この本には「億」や「兆」なんていう数字は当たり前、「10の34乗」(1のあとに0が34個つく)とか10の100乗、10の200乗なんていう数字がたくさん出てくる。もうスケールが大きすぎて、気が遠くなるどころか失神しそうだが、とにかく、面白い。物理学の難しい用語も出てくるが、わりと分かりやすく書かれているので、僕のような文系人間でもすんなり読めるし、大体分かった気にはなる。
 ところで、この本の著者、佐藤勝彦氏(1945年生まれ)は宇宙の始まりに関するインフレーション理論の提唱者として世界的に知られる宇宙物理学者である(僕は今までインフレーションという言葉を経済用語としてしか認識していなかったので、当然ながら佐藤氏のこともまったく知らなかった)。
 宇宙が138億年前に「ビッグバン」と呼ばれる大爆発によって始まり、今も宇宙は膨張を続けているらしい、ということはなんとなく知っていた。もちろん、知っていただけで、ちゃんと理解していたわけではないが、そうなると膨張する宇宙の外側はどうなっているのだろう、とか、ビッグバンによって宇宙が生まれる前は一体どうなっていたのだろう、というような素朴な疑問を抱いて、それを考えるだけで気が遠くなるなぁ、などと思っていたのだ。普通の人はそんな途方もない問題についてそれ以上深く考えるようなことはしないが、世の中にはものすごい頭脳の持ち主がいるもので、この本の著者もそうした疑問に対して、理論的に考えられる「答え」を提示してくれる。もちろん、本当の正解はだれにも分からないのであって、ここでも最新の研究成果から合理的に導かれる幾つかの可能性が示されるだけだが、それでもこの本を読む前よりはなんとなく分かったような気になるし、ますます宇宙に対する興味が深まった。
 ちなみに宇宙論における「インフレーション」とはビッグバンの前段階のプロセスであり、宇宙が最初は顕微鏡でも見えない素粒子サイズの存在だったのが、1秒にも満たない一瞬のうちに目に見えるサイズにまで急激に膨張し(これがインフレーション)、凄まじく高温の火の玉となって爆発(ビッグバン)したというようなものだ。このインフレーション理論は従来のビッグバン理論が抱えていた諸問題を一気に解決できる画期的な学説として広く受け入れられているらしい。
 とにかく、宇宙は今もゆるやかに膨張し続けているわけだが(最近、膨張速度が再加速していることが確認されたらしく、そこには未知の暗黒エネルギーが作用している)、このままずっと拡大し続けるという説と、ある時点(今から862億年後?)から逆に収縮を始め、ビッグバン前の小さな点に戻ってしまうという説があるという。
 いずれにせよ、地球の近未来の話(数千年以内に太陽のスーパーフレアにより地球規模の大停電が発生するかもしれない、とか)から太陽・地球・太陽系の将来の運命(地球は膨張した太陽に飲みこまれるか、そうでなくても焼き尽くされ黒焦げの星になる、とか)、宇宙のはるか遠い未来の姿まで、宇宙の神秘のヴェールを引きはがして、ひたすら科学的、理論的、合理的思考に基づいて現在の知見から導き出される在り様が描かれ、面白くて一気に読める。もちろん、宇宙に関して現時点では未解明の、謎としか言い様がない事象のほうが圧倒的に多いのだが、それでも全くの素人からすれば、最先端の科学ではそんなことまで分かっているのか、というようなビックリ話もいろいろあるものだ。
 宇宙を意味する「ユニバース」の「ユニ」とは「単一の」という意味だが、実は宇宙はひとつではなく、複数、それも多数存在する「マルチバース」という考え方があることも初めて知った。ある学者は宇宙が10の200乗個も存在すると言っているらしい。気が遠くなりすぎて、逆にどんな数字を目にしても驚かないぐらい感覚がマヒしてくる。この宇宙が誕生したとされる138億年前ですら、つい最近と思えるぐらいだ。
 それにしても、このようなことを日々研究している人というのはたとえ自分の肉体が滅びても、せめて頭脳だけでも何らかの形で生き延びて、宇宙の最期までを見届けたいと本気で願っているようだ。最終章を読むと、それがよく分かる。まぁ、僕も地球が膨張した太陽に焼き尽くされる様子など、実際に別の天体からこの目で観測してみたい、と思わないでもないけれど。50億年先かぁ。せめてベテルギウス超新星爆発は見てみたい。満月の百倍も明るく輝き、昼間でもその姿が見える可能性があるらしい。