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Peepooblue’s Notebook

2017-12-29

[]大山(後編) 21:11

 神奈川県大山標高1,252m)に登った話の後編。

 標高700メートルほどの場所にある阿夫利神社の下社にお参りしたところから。

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 拝殿の地下に湧く御神水をペットボトルに汲んで、いよいよ山頂をめざして登り始める。山頂まで90分だそうだ。ただいま正午前。

 神仏習合だった江戸時代、この下社の場所に大山寺の不動堂があり、ここから「石尊大権現」と呼ばれたご神体の霊石が祀られた山頂までは禁域とされ、登拝門は固く閉ざされていた。門が開かれ、山頂の石尊に参拝できるのは旧暦6月27日から7月17日までの間に限られ、しかも女人禁制だった。この夏山の時期の大山は特に賑わったという。

 現在は女性も含め、通年、登ることができるが、登拝門の前にお祓い所があり、入山料100円を納めて、自分でお祓いをして、門をくぐることになっている。

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 登拝門には「本納 東京日本橋 お花講」と書かれている。江戸時代には日本橋界隈の職人たちが組織した「お花講」がこの門の鍵を預かっており、毎年6月27日に集団で大山に参詣し、登拝門の鍵を開ける夏山開きの儀式を行うのが習わしになっていたという。

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 現在でも新暦7月27日から8月17日までを夏山の期間として、開山前日にお花講は先導師の宿坊に集合し、全員が白装束に身を固めて午前2時に宿を出発し、「散華、散華、六根清浄」などと唱えながら登頂し、山頂の阿夫利神社本社に参拝して下山後に夏山開きの儀式を執り行うそうだ。

 昔だったら、冬に大山山頂まで行くことは許されなかったわけだが、今は門が開いている。ただ、僕のほかに登ろうという人は見当たらない。

 門と鳥居をくぐると、いきなり急な石段。しかも、段が水平ではないところもあり、うっかりバランスを崩すと、そのまま転落しそうで、怖い。老朽化しているという手すりにつかまりながら、慎重に登る。

 石段を登り切り、少し行くと白山神社がある。といっても、説明板と「阿夫利大神」と彫られた石塔があるだけで、祠らしいものは見当たらない。昔、修験者山伏)たちは修行の過程で白山神社を拝することになっており、大山寺が開かれるよりも前に白山神社が建立されたそうだ。

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 この先、大小の岩や石を階段状に配した、急峻で足場の悪い登山道が続く。けっこうハードだ。修験の山なのだから、険しいのは当然か。なるべく段差が小さく登りやすいルートを探しながら、石や木の根につまずかないように注意しつつ登っていく。

 山頂までは28の区間に分けられており、一丁目、二丁目・・・と標柱があるので、これがいくらか励みになる。

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 八丁目には二本の幹が並んで聳える「夫婦杉」。樹齢五、六百年という。

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 時折、木々の合間から眺望が開け、江ノ島が見えたり、真鶴半島から伊豆半島初島などが望まれたりする。

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真鶴半島)

 シジュウカラヤマガラコゲラなどの声が聞こえたり、姿が見えたりするが、人の姿はまるで見当たらない。僕以外に誰もいないのか、と思ってしまうが、そんなはずはない。しばらくすると、ようやくひとり、おじさんが下ってきた。それから、少しずつ老若男女とすれ違うようになる。途中で休憩している人を追い抜いたりもする。でも、数は少なく、静かだ。

 十四丁目には「牡丹岩」。足元に球体の岩がいくつかあり、それが牡丹の花に見えることからの命名。

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 十四丁目ということはちょうど中間地点あたりか。

 続く十五丁目には「天狗の鼻突き岩」。岩に穴が開いており、それが天狗が鼻を突いて開けたものというわけだ。

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 十六丁目には「十六丁目追分の碑」がある。ここで秦野市の蓑毛から登って来た道が合流する。高さ3.68メートルもある石標の正面には「奉献石尊大権現(大天狗・小天狗)御寶寺」と彫られ、右側には「是右富士浅間道」となっている。山頂から下ってきた人への道しるべで、蓑毛方面へ下れば、富士山へ行けることを意味する。富士山をご神体とする浅間神社祭神は「木花開耶姫コノハナサクヤヒメ)」であり、それが大山の「大山祇神オオヤマツミ)」の娘であることから、大山の後に富士山へ登拝する人、富士登山の後に大山へも参詣する人が多かったのだ。

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 この石碑は1716年に初めて建てられたといい、強力たちが麓から担ぎ上げたものだそうだ。

 この追分にはベンチもあり、ここでおにぎり休憩。伊勢原方面の見晴らしがよく、横浜の市街も見え、ランドマークタワーがハッキリとわかる。その向こうには東京湾アクアライン、さらに房総半島の工業地帯の煙突が望まれる。東京都心の高層ビル群も見えている。

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横浜方面)

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東京方面)

 二十丁目が富士見台標高1,062メートル。西側の眺望が開ける富士山の展望地で、浮世絵にも描かれ、かつては茶屋があったという。でも、富士山は見えないことが多いそうだが、今日は見えた。山頂に雲がかかり、北風のせいで南へ棚引いている。富士山だけでなく、箱根から伊豆の山並み、伊豆半島方面の海岸線も見える。

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 しばらく待てば、雲が切れて全容が現れるかな、と思ったが、なかなか雲が切れる気配がないので、また歩き出す。

 このコースの前半は杉などの針葉樹が多く、薄暗い森だったが、上に行くにつれて落葉樹が多くなり、すでに木々は葉を落としているので、明るい雰囲気になってきた。

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 さらに登ると、格子状の階段を通る。グレーチング階段と呼ばれるもので、蹄のある動物は格子状の構造物の上を歩くことを嫌がるという習性を利用して、シカの山頂部への侵入を防ぎ、植生保護に役立てるそうだ。周辺には植生保護柵も張られて、シカだけでなく、人間が登山道からはずれて植物を踏み荒らすことも阻止できるようになっている。

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 ヤビツ峠からの道と合流し、時折、富士山を左に見ながら登っていくと、まもなく鳥居が現れた。もうすぐだ。

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 すぐにもう一つ鳥居があり、ついに山頂に到着。

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 そこにあるのが阿夫利神社の前社で、祭神はタカオカミ。神仏習合時代には小天狗が祀られていた。

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 その上には大山祇神を祀る本社。昔の石尊大権現だ。その脇に茶店があるが、閉まっていた。

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ご神木

 振り向けば、ドーンと絶景が広がる。江ノ島がよく見え、三浦半島の反対側の東京湾まで見える。

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 本社の上に奥の院があり、ここが本当の山頂である。標高1251.7メートルが正確な高さ。奥の院には大雷神(オオイカツチ)が祀られている。昔は大天狗。狛犬の台石に「石尊大権現、大天狗、小天狗」と彫られているのが神仏習合時代の名残だ。

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 霜の下りた地面がまだ凍っていたり、解けてぐちゃぐちゃになっていたり。

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 少し休憩して、下りにかかる。帰りは見晴台経由の別ルート。最初は尾根筋の明るく気持ちのよい道だった。

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 実のなった木がたくさんあって、カラ類やエナガコゲラなどを見かける。

 やがて、また針葉樹や常緑広葉樹の森に入り、モミの木が目立つようになる。モミの赤ちゃんもあった。

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 若木はネットで囲って、シカに食われないように守られていた。

 50分ほどで見晴台。東京方面の眺望が開けているが、もうこのぐらいでは感動しない。

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(だいぶ下ってきた)

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 江戸時代にはここから江戸の町はどんな風に見えたのだろう。江戸は何度も大火に見舞われているが、たまたま大山に出かけて留守をしている間に江戸で大火が発生し、燃える江戸の町を山上から目撃した、なんていう人もいたのかもしれない。そんなことを想像してみた。江戸の市内で大山講を組織したのは大工や鳶などの職人が特に多かったというが、彼らは町火消の役割も担っていた。

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 見晴台から20分ほど下ると、「二重の滝」がある。しかし、水量はきわめて少なく、ちょろちょろと岩の間を水が流れている程度。

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 二重の滝からは5分ほどで下社に帰り着いた。帰路は男坂を下るつもりだったが、まだシカがいるかもしれないと思い、再び女坂を下る。

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登山道から見たケーブルカー

 同じ場所にシカが1頭いた。しかも、登山道のすぐ脇だ。近くを通ったら逃げるかな、と思ったが、逃げるそぶりは見せず、降り積もった落ち葉を掻きわけるようにして餌を探している。

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 斜面の上にもう1頭出てきた。

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 明らかにこちらを警戒しているようだが、それでも餌を探しながら、少しずつ斜面を下りてきた。

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 そのまま大山ケーブル停留所まで下ると、ちょうど16時発のバスに間に合い、山を下ってきた。

 


 

2017-12-28

[]大山(前編) 20:39

 神奈川県大山標高1,252m)へ行ってきた。

 丹沢山系の東南端にそびえるなだらかなピラミッド形の大山は古くから祭祀の場となった霊山で、またの名を「雨降(あふり)山」ともいい、これは山が常に雲や霧を生み、雨を降らすことに由来すると言われ、雨乞い信仰でも知られている。山頂には平安時代延喜式神名帳にも記載された古社で、大山祇神オオヤマツミ)を祀る阿夫利神社が鎮座し、さらに奈良東大寺の開山(初代住職)として知られる良弁(ろうべん)僧正(689‐773、相模国出身説あり)が天平勝宝7(755)年に入山して不動明王本尊とする雨降山大山寺を創建。その後、神仏習合して修験道霊場となり、山頂に祀られたご神体の霊石にちなみ、「石尊大権現」と称されるようになった。江戸時代には関東各地に大山講が組織され、大山詣が盛んとなり、現代でも社寺参詣や登山ハイキングで人気の山である。

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伊勢原駅から見た大山

 小田急線伊勢原駅から大山ケーブル行きのバスに乗り、終点の一つ手前の良弁滝バス停で下車。ここには良弁僧正大山に入山して最初に水行を行った良弁滝があり、傍らには良弁43歳の時の姿を刻んだという坐像を安置する開山堂がある。

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 良弁滝は高さ一丈三尺。4メートル弱で、竜の口から水が落ちている。

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(開山堂)

 かつて大山講の人々は良弁滝や少し下流愛宕滝などで禊をしてから大山登山を開始したが、もちろん、僕は滝を見るだけである。

 良弁滝からはバス通りを離れて、「豆腐坂」の名がある旧道を行く。豆腐は大山名物で、夏山の時期に参詣者が奴豆腐を手のひらにのせて歩きながら食べ、のどの渇きをを癒したことからその名がついたという。

 道沿いにも豆腐料理の店や「先導師○○」と書かれた宿坊・旅館が並んでいる。戦国時代大山修験者は武装集団と化しており、豊臣秀吉小田原攻撃の際には北条氏に味方したため、徳川家康が関東に入ると、修験者たちは武装解除の上、下山を命じられた。彼らは大山の麓に居住し、宿坊を開いて門前町を形成し、御師となって関東一円に大山信仰を広めて歩いた。その布教と営業を兼ねた活動により、各地にたくさんの大山講が成立したわけだ。その御師明治に入ると、先導師と呼ばれるようになり、それぞれの宿坊には縁のある講の名を朱文字で彫った石柱が並んでいる。

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 旧道はまもなく新道と合流し、ここからは「こま参道」を行く。古くから土産物として知られた大山独楽を描いたタイルを埋め込んだ石段で、両側に宿坊や旅館、豆腐料理や猪鍋を出す食堂、土産物屋が並んでいるが、年末でひっそりとしている。年が明ければ、大変な賑わいになるのだろう。石段は362段あるそうだ。

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 こま参道を登りきると大山ケーブル駅で、ここからはケーブルカーがあるが、僕は乗らずに歩いて登る。ここで標高は400メートルだそうだ。

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(お堂の右が男坂、左が女坂)

 さらに石段を登ると、八意思兼(やつごころおもいかね)神社があり、ここで登山道男坂と女坂に分かれる。男坂距離は短いが急な石段が続き、見どころも少ないらしい。女坂は途中に大山寺があるので、こちらを選ぶ。

 女坂には「七不思議」というのがある。その1は「弘法の水」。弘法大師が岩に杖を突いたら水が湧き出たといい、夏でも水が涸れることがなく、水量も変わらないという。

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 その2「子育て地蔵」。最初は普通のお地蔵様だったが、いつのまにか童顔に変わっていたという。このお地蔵様に祈願すると、子どもがすくすくと育つそうだ。

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 その3「爪切り地蔵」。弘法大師が一夜のうちに手の爪だけで彫ったというお地蔵様。何事も一心に集中努力すれば実現できる教えだそうだ。

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 ふーん、と思いながら、そのお地蔵様を眺めていると、左下の沢でガサガサと音がして、見たら、シカがいた。

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 すっかり冬毛に変わったメスだ。死角になっていた斜面下にもう1頭いて、僕に気づくと、驚いたように逃げていく。つられて、もう1頭も逃げ、白い尻を見せながら斜面を駆け上がり、十分に距離をおいたところで、足を止めた。

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 野生のシカに遭えただけでも、歩いて登ってよかったと思う。

 さて、七不思議のその4は「逆さ菩提樹」。幹が上に行くほど太くなり、逆さまに生えているように見えるというが、今の菩提樹は二代目だそうで、上に行くほど細い。普通だ。

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 そうやって、登っていくと、前不動の古色蒼然としたお堂がある。

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 前不動を過ぎると、まもなく長い石段が現れる。両側に童子像が並んでいる。色あせたモミジがまだ葉を落とさずに頭上を覆う石段を登っていくと、大山寺だ。もとは標高700メートルほどの現在の阿夫利神社下社の位置にあったそうだが、明治初期の神仏分離によって、現在地に移されたとのこと。

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 本日は本尊不動明王像が御開帳されていた。鎌倉時代の文永11(1264)年に鎌倉大楽寺の願行上人が鋳造した鉄造の不動明王で、その時々の将軍家から武士、庶民に至るまで広く崇敬されたお不動様だ。

 明治初期の廃仏毀釈の時には仏像を破壊しようと暴徒が押しかけたところ、お不動様の形相が血も凍るような恐ろしいものに一変していたといい、あまりの恐ろしさに誰一人として手を出せず、破壊を免れたそうだ。大山寺の再建が逸早く許されたのも、お不動様の怒りを早く鎮めなければ、と誰も再興に反対しなかったからだという。

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 その不動明王像や五大明王など、内陣に安置された貴重な仏像を拝観し、龍神をまつる池などを眺めて、初詣の準備で慌ただしく、いくらか雑然とした大山寺をあとにさらに登る。

 すぐに「女坂の七不思議」その5の「無明橋」。話をしながら橋を渡ると、橋から落ちたり、忘れ物、落とし物をするなど災いが起きるという。黙って渡ったので、何も起こらず。

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 橋のそばに「山寒し心の底や水の月」という芭蕉の句碑があった。

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 さらに登ると、七不思議のその6。「潮音洞」。崖に小さな洞があり、近づいて心を静め、耳を澄ませると、遠い潮騒が聞こえるという。木々を揺らす風の音と野鳥の声が聞こえるばかり。

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 七不思議その7は「眼方石」。人の眼の形をした石に触れて祈願すれば、不思議と眼の病が治るという言い伝えがあるというが、どれがその石なのかよく分からない。岩の上に観音像が立っている。

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 女坂も終盤は急な石段が続き、冬だというのに、額から汗が流れる。そして、男坂と合流し、茶店などが現れると、標高700メートルほどの阿夫利神社の下社だ。ケーブルカーの終点もここである。

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 振り向けば、眼下に相模平野。その向こうに相模湾江の島三浦半島もその向こうに房総半島も見える。

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 きらめく海に伊豆大島も浮かんでいる。

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 江戸時代江戸から大山へ詣でた人々はその後、藤沢江の島へ出て、鎌倉を見物して帰るのが定番コースだったという。山の上からこれだけはっきり海に浮かぶ江の島が見えれば、それは行ってみたくなるだろうな、と思う。ここから江の島までは40キロほど。江戸の人にとっては大した距離ではなかったのだろう。

 さて、一休みした後、ここから標高1,252メートルの山頂をめざして、さらに登るわけだが、長くなりそうなので、後編に続く。

2017-11-05

[]御岳山 22:16

 紅葉の山を歩きたくなり、奥多摩御岳山(929m)に行ってきた。

 青梅線は登山客で混雑していて、御嶽駅でもたくさんの人が下車。外国人も多い。駅前からケーブルカー乗り場までのバスも満員だろうから、歩いていくことにする。最近、江戸明治の紀行をいろいろ読んだので、少しぐらいの距離なら歩きたいという気持ちが強くなっているのだ。

 御岳橋から見下ろした多摩川

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 多摩川右岸の道を上流に向かい、左折して急な坂道を延々と上ると、標高400メートルほどの滝本駅に着く。30分ちょっと歩いただろうか。けっこう汗をかいた。

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 このままケーブルカーに乗らずに歩いて登ってもいいな、と思ったが、もう11時半近くなので、時間を節約するためにケーブルカーに乗車。ちょうどバスの到着の合間の便だったので、意外に空いていた。

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 往復乗車券1110円。

 あっというまに標高831メートルの御岳山駅に到着。

 展望台からの眺め。

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 白樺の黄葉。

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 ここから山上の集落を途中、ビジターセンターに立ち寄ったりしながら武蔵御嶽神社まで歩く。ヤマガラがいた。

 樹齢1000年という神代欅。ムササビも棲んでいるらしい。

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 もう正午なので、とろろそばの昼食。刺身こんにゃく付き。

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 御岳山の頂上にある御嶽神社

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 御朱印をいただく。僕は御朱印というとお寺のイメージが強くて、神社御朱印茨城県筑波山神社に続いて2か所目だと思うのだが、最近の御朱印ブームはむしろ神社のものを集めるのが主流らしい。お寺より神社のほうが縁結びとか合格祈願、商売繁盛、健康長寿など現世利益に結び付いているからだろうか。お寺は大体どこも300円だが、ここは500円だった。しかも、繁忙期だからか、あらかじめ用意された紙を朱印帳に貼り付けるタイプ。その場で書いてもらうのより、ちょっと有難みが劣るような気がしないでもない。

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 神社参拝のあとはロックガーデンへ向かう。昨年の初夏に友人たちと歩いた場所である。

 神社から杉林の中、段差の大きい階段をどんどん下る。下りもけっこう足に負担がかかるが、上ってくるのも辛そうだ。

 沢を渡り、まもなく「七代の滝」に着く。

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 写真には人が写っていないが、大勢のハイカーで賑わっている。

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 この滝の水は養沢川となって秋川渓谷へと流れていく。養沢方面へ下るのも面白いな、と思ったのだが、手元にケーブルカーの往復乗車券がある。

 七代の滝から鉄製の階段を上ったりして、滝の上に出ると、天狗岩。そこからいよいよロックガーデンだ。安っぽい名称なので、馬鹿にしていたが、昨年、初めて散策したら、渓流沿いのいい遊歩道だった。青森県奥入瀬渓谷に似ていると言われるそうだが、僕は奥入瀬には行ったことがなく、屋久島の白谷雲水峡を思い出した。前回は新緑が美しかったので、今回は紅葉を期待していたのだが、やや盛りを過ぎてしまっただろうか。まだきれいな木もたくさんあるが、地面にも色あせた落ち葉が積もっている。

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 いろいろな苔が岩を覆っている。

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 「お浜の桂」。推定樹齢300年。高さ38メートル、目通り4.0メートル。

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 もうすっかり葉を落としてしまっているが、桂の落葉の甘い香りは漂っていた。

 「綾広の滝」。

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 滝の前で小学生の女の子が上を向いて口を大きく開けている。母親がそれをスマホで撮影している。滝の水を飲んでいるように見える写真を撮ろうというのだろう。ジャンプしている瞬間を撮ろうとしている親子もいる。観光客の生態が変化してきたなと思う。

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 行者の水行の場にもなっているようだ。ここで滝に打たれようものなら、観光客の絶好の被写体になりそうだ。

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 ロックガーデンはこれでほぼ終わり。ここから少し上ると、わりと歩きやすい道に出て、神社方面に戻れる。

 ミソサザイの地鳴きを聞く。ほかにメジロコゲラ、カラ類など。

 賑わっている綾広の滝。

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 彩りの道。

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 「天狗の腰掛杉」。

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 リンドウが咲いていた。

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 河童のベンチ。

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 フクロウのベンチ。

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 午後の神代欅。

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 紅葉ウグイスの地鳴きやカケスの声を聞く。

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 上空を飛ぶ旅客機

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 またケーブルカーで山を下り、再び御嶽駅まで歩く。

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 御嶽駅には16時20分頃に着き、青梅線南武線小田急線を乗り継いで帰る。

2017-07-12

[][]小湊鉄道の旅5(最終回) 06:12

 7月8日に千葉県の小湊鉄道を旅した時の話の最終回。

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 養老渓谷駅から上総牛久駅までのんびり走るトロッコ列車の旅を堪能して、もう夕方だし、普通ならあとは帰るだけなのだが、16時32分発の養老渓谷行きに乗って、2つ目の上総鶴舞駅で下車。

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 大正14年の開業時の姿をほぼそのまま留めている駅で、駅舎と貨物上屋、旧鶴舞発電所の3つの建造物が国の登録有形文化財になっている。

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 今日も午前中、映画の撮影が行われていたらしい。

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 出札窓口。今は無人で、ここで切符を買うことはできない。

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 駅事務室。昭和のテレビ。

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 駅前から出るバスは平日2便、土曜・休日は1便。

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 ずっと変わらない鶴舞駅だが、個人的にショックだったのは駅舎脇に高くそびえていたノウゼンカズラがなくなってしまったこと。伐られてしまったのだろうか。

 1995年の夏に初めての自転車旅行でこの駅を通りかかった時、駅に咲くいかにも夏らしい南国的なオレンジ色の花が印象的だった。旅行後に調べてみて、僕は初めてノウゼンカズラという花の名を知り、その後、自分でも育てるようになったわけだが、その思い入れのある鶴舞駅のノウゼンカズラが消えてしまった。

 ただ、この植物は案外しぶとくて、地中に少しでも根が残っていれば、どんどん生えてくる。実際、駅舎脇の雑草の間から何本も芽を出し、茎をのばしている。また盛大に花を咲かせる日が来るかもしれない。

 過去の写真から上総鶴舞駅のノウゼンカズラ。

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 駅舎脇の木はなくなったが、旧上り線ホーム上のノウゼンカズラは健在。

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 国登録有形文化財の旧鶴舞発電所。開業当初、小湊鉄道各駅の電灯用に発電し、さらに沿線の村にも電力を供給していた。

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(2015年7月撮影)

 これも文化財の貨物上屋。ここで鶴舞駅発着の貨車の積み下ろしをしていたのだ。

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 鶴舞駅では今は駅舎のある1番線しか使用していないが、もともとは3番線まであった。かつては上り下りの列車行き違いだけでなく、貨物列車が旅客列車をやり過ごすなんてこともあったのだろう。

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 ホームの片隅に咲くカンナ。

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 列車が来た。

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 上総鶴舞駅で23分間の滞在を終え、17時01分発の五井駅に乗り込み、そのまま終点まで。

 五井到着は17時38分。

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 小湊鉄道の旅、今回はこれにておしまい。

miyotyamiyotya 2017/07/12 20:34 こんばんは。
千葉県へようこそ!そして小湊鉄道の旅を具体的にご紹介くださって本当にありがとうございました。
千葉に住みながら、まだまだ知らないことが沢山あって、
貴ブログを拝見して様々な事を学びました。
友人と一度ゆっくり小湊鉄道の旅をしようと約束していますが、
お互いに体調を崩したりして未だに実現していません。

peepoobluepeepooblue 2017/07/13 05:02 miyotyaさん
コメントありがとうございます。
小湊鉄道は千葉県の中でも過疎化が進んだ地域を走っているので、千葉にお住まいの方でも沿線住民を除けば、まず乗ることはないのでしょうね。
でも、こんな鉄道風景は日本国内では北海道や九州のローカル線でも見ることはできません。それが首都圏に残っているというのは奇跡的だと思います。
その分、バリアフリー対応が不十分であるなど課題はいろいろあるのですが、今回、再び乗ってみて、小湊鉄道という存在自体が文化財だと思いましたし、昔のままの駅舎は神社仏閣と同じぐらい大切に残してほしいと思いました。
ぜひ一度乗ってみてください。
トロッコ列車も最高でした。運行スケジュールなど小湊鉄道のホームページをチェックしてみてくださいね。

numapynumapy 2017/07/14 11:54 ああ、やっぱり千葉は日本のオアフですね。
ハイビスカス、カンナ・・・これでウクレレの音なんか聞こえてきたらウレシイっ!

peepoobluepeepooblue 2017/07/14 22:28 numapyさん
こんばんは。
房総というのは東京からも近いのに、なぜか南国的なイメージがありますね。
そして、夏の花が似合う気がします。

2017-07-11

[][]小湊鉄道の旅4 17:22

 7月8日に千葉県のローカル線、小湊鉄道の沿線を旅した時の話の続き。

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 終点の上総中野で折り返し、14時04分発の五井行きに乗り、次の養老渓谷駅に14時12分着。ここで下車。

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 この駅の駅舎も国の登録文化財である(養老渓谷〜上総中野間の板谷隧道も文化財)。

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 この駅には足湯がある。2人連れの先客がいた。

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 ズボンの裾をまくって足を入れると、冷たい。温泉ならぬ冷泉だ。気持ちいい。

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 しかし、2つある浴槽のうちのもうひとつに足を浸けている2人連れは「熱いね」などと言っている。

「そっちは熱いんですか?」

「そうなんです、熱いのと冷たいのと両方あるんです」

 2人は冷たいほうに移動してきた。僕はもうひとつに足を入れてみた。

 なるほどけっこう熱い。温かい、よりちょっと熱めといった感じ。まぁ、これはこれで気持ちいいけれど、やはり今日は冷たいほうがよい。

 あとからさらに2人来て、熱いほうに足を浸けているので、彼らにも「こっちは冷たいですよ」と教えてあげる。

 足湯小屋の隅にアマガエルがうずくまっていた。

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 間違って熱い湯に飛び込まなければいいけれど。

 駅前では地元の産物の直売をしていて、「あさりいなり」を買う。2個で220円のはずが、売れ残りだからか100円だった。美味。

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 さて、ここからはトロッコ列車に乗ってみよう。15時13分発の「里山トロッコ4号」がある。運賃のほかに500円の乗車整理券が必要で、2日前までに申し込むように書いてあるが、「当日券あります」の掲示が出ていて、窓口で買えた。

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 窓のないトロッコ列車なので、梅雨の時期限定サービスで「雨」と「飴」をかけてサクマドロップのおまけ付き。

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 もちろん、今日は雨の心配はなく、絶好のトロッコ日和だ。

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 15時ちょうどに汽笛が聞こえて、「里山トロッコ3号」が到着。 

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 SL風ディーゼル機関車。けっこう本物っぽく見える?

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 外観はSL風だが、運転台内部はさすがにSL風とはいかない。バック運転に備えたモニターもある。

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 運転士の服装はSL機関士風。

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 4両編成の客車は両端が窓のある車両、真ん中の2両が窓なしのトロッコ車両。僕はトロッコに乗車。空いている。

 15時13分に発車。列車はゆ〜っくりとバックで動き出した。

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 緑の風が車内を吹き抜け、気持ちいい。この手のトロッコ列車は全国各地で運転されているが、僕はまったく初めて。想像以上に気持ちよくて、楽しい。

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 有形文化財に登録されている第四養老川橋梁。長さ78メートル、高さ20メートル。

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 鉄橋の真ん中で停車するサービスがあったりするのかと思ったが、それはなかった。

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 先ほど訪ねた上総大久保駅は通過だが、通過駅でもすべて安全確認のため一旦停止。

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 先ほど僕がトロッコ列車を撮影した場所。

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 これも登録有形文化財の大久保隧道。車窓さんにもらった案内パンフレットによれば、トンネルの長さ421メートルは房総最長らしい。

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 先ほど歩いた道と並行する区間。アジサイが咲いている。シカを見たのもこのあたり。

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 月崎駅。

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 夏の日差しがまぶしい田園地帯を走ったり、薄暗い森の中に入ったり、地層がむき出しの切通しを抜けたり、トンネルに入ったり。まったく退屈しない。ゆっくりなのが嬉しい。いつまでも乗っていたい。そんな気分にさせられる。ひっそりとヤマユリも咲いていた。

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 これも文化財の月崎第一隧道。134メートルに突入。

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 飯給駅。これで「いたぶ」と読む。

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 曲がりくねりながら流れる養老川を見下ろす。

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 この列車の唯一の途中停車駅、里見。上総中野行きが交換待ち。

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 対向列車の乗客からも注目を浴びる。

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 里見到着15時45分。普通なら18分ほどの区間に32分を要した。でも、まったく問題ない。

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 この駅も駅舎が文化財登録されている。

 里見はタブレット交換が見られる貴重な駅だ。

 鉄道用語としてのタブレットは通行手形のようなもので、単線区間で特定の駅間(閉塞区間)に1つのタブレットしか存在せず、それを持たなければ列車が進入できないようにすることで列車同士の衝突を防ぐ仕組みである。かつては全国の単線区間で採用されていたが、今どき、こんな古典的な方法を残しているのは希少だ。小湊鉄道では上総牛久〜上総中野間で行われていて、途中の里見で区切られた2つの区間にそれぞれ1本の列車しか入れないようになっている。

 客車最前部にいる運転士が革製のキャリアに収めた里見までのタブレットを駅員に渡し、対向列車が携えてきた里見〜上総牛久間のタブレットを受け取れば出発進行! まさに文化財的、いや国宝級の光景だ。

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 先に着いていた上総中野行きは里見〜中野間のタブレットを受け取るまで発車できない。駅員さんはそのタブレットを持ったまま、この列車を見送っている。

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 山あいの区間を抜けて、車窓が広々としてきた。

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 トンボがスィーッと車内を通り過ぎてゆく。

 汽車のシルエット。沿線のあちこちで子どもたちが手を振っている。女性の車掌さんが手を振り返している。

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 養老川をせき止めたダム湖の高滝湖が見えてきた。

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 高滝駅も駅舎は文化財。使われなくなあった下り線ホームにはラベンダーが咲いている。

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 高滝を発車すると、ダムで幅が広がった養老川を渡る。

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 上総久保駅。大イチョウがシンボル。

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 カーブの向こうに上総鶴舞駅が見えてきた。昔の面影を残す小湊鉄道の駅の中でも一番有名な駅で、映画やドラマ、CM、音楽PVの撮影に何度も使われている。今日も午前中、映画の撮影が行われていたらしい。

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 当然、この駅も登録有形文化財。駅舎のほか、貨物上屋、旧鶴舞発電所が登録されている。

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 この列車で牛久に着いた後、もう一度訪ねてみようと思う。

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 上総川間。

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 養老渓谷から58分、16時11分にこの列車の終点、上総牛久の1番線に到着。3番線には接続する五井行きが待っている。いやぁ、面白かった。

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 やっぱり平成の世とは思えないような鉄道風景だ。

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 本日のトロッコ運行はこれでおしまい。乗務員が総出で車内を清掃したり、窓を拭いたりしている。この後、五井に回送されるのだろう。

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