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ぴあブロ

2012-11-23 三度の飯よりミーティング

おじさんも女の子も思いは共通

 最終日の22日、昨日のブログに書いたように、朝になごみのスタッフのみなさんからのメッセージを伺った後、躁うつの方の訪問に同行させてもらいました。もう60歳を過ぎていてぱっと見た感じは、どこにでもいる田舎のおじさんです。

 でも、いろいろな本を読まれていて、ご自分で「アダルトチルドレン」で「生きづらい」「虚しい」とおっしゃっりながら、ご自分のお母さん(躁うつだったのだそうです)との関わりの大変さを語ってらっしゃいました。

 私は土曜日の午前中に、摂食障害のセルフヘルプグループ「食べて幸せになる会」に参加しているのですが、そこに参加する女性の方たちとこの訪問先の方とが、同じような悩みを抱えて同じような言葉を発しているのが印象的でした。

 なごみのスタッフのことをとても信頼していて、この人たちと一緒に自分も変わっていこうという思いを素朴に抱かれていらっしゃいました。

松川浦に行きました

 お昼は、ぴあクリニックに見学にいらした西内さんと伏見さんが、松川浦を案内してくれました。

 相馬の海岸を優しく包みこむような松川浦。しかし、津波の被害はすさまじいものでした。

 1階部分だけに波が襲った建物なのでしょうか。波の力の激しさが感じられます。

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 この建物の奥に、橋が見えます。かなりの高さなのですが、3.11地震のあとに津波が来るということで、この橋の一番上まで登って「津波を見よう」とした人がいたのだそうです。しかし、津波はこの橋の一番上まで達して、その人は亡くなってしまったとのこと。

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 相双地区は漁業が盛んで、カニ・サケその他たくさんの海の幸がとれました。水揚げされたカニは北陸に送って「越前ガニ」として売られていたそうです。そのほうが高く売れるということで。

 サケも川に登ってくるのだそうで、2〜3週間前には、相馬の川にたくさんのサケがいたのだそうです。

 しかし、それらも全くとれなくなってしまいました。

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 松川浦を臨む少し高くなった旅館でいただいた海鮮丼

 以前はこの相馬の海で捕れたものを使っていたのだそうですが、今は使っていません。つぶ貝など少しずつ漁が解禁された品は増えているようです。

 一日も早く、相馬の海の幸が海鮮丼をうめつくすようになるといいですね!

 このように漁業再開の動きは少しずつみられるとのこと。午後におじゃました仮設のサロンで、双葉地区で漁師をやっていたという方が、修復した船をこちらに持ってきて、来年あたりから漁業を再開するとおっしゃっていました。11月28日には、初めて漁業関係者と東京電力との交渉があるのだそうです。その漁師さんも参加されるとのこと。

海を奪われた漁師さんたちの怒りがぶつけられるのでしょうね。

 実のある交渉となりますように。

三度の飯よりミーティング

 なんだか見学記みたいになってしまったこの文章ですが、私がなごみさんにおじゃましたのは、

発足して間もない相馬広域こころのケアセンターなごみのアウトリーチ活動に関するコンサルテーション

を行うためでした。自分自身、日々迷いながら訪問を行なっているし、自分が「できている」かって言われるととっても困るのですが、いちおう5年と10ヶ月近い日々、チームによる訪問・アウトリーチ活動に従事していることから、このようなお仕事をさせていただきました。

 21日の夕方も勉強会を開かせていただきましたが、最後のミーティングで、「感想」を求められたので、なごみのみなさんには僭越ながら

チームを成長させていくのはミーティングだと思う。自分が訪問しているケースについて、訪問でどんなことがあったか、その人のどんなストレングスを見つけたか、今後どんなふうにリカバリーを考えていくのか、そういうことを、端的に報告することで、情報・悩みを共有化できるし、自分自身もそのケースのことがわかってくる。

 みんなで困難なケースに向かってみんなで悩んで、意見を交換して、そういう中でチームは成長するんだと思う。

 浦河では「三度の飯よりもミーティング」というけれども、それは真実なんだろう。

 具体的な業務で忙しいと、つい、ミーティングを疎かにしてしまう。それは自分も同じ。内職したり、なんだか時間がもったいなく思ったりしてしまう。でも、そうではない。

 どれだけ深くて濃密なミーティングを行うか。

 私自身、ぴあクリニックに帰って、改めてミーティングの大切さをみんなに再度訴えて、自分自身の関与のしかたも変えていきたい。

と、お伝えしました。

 なごみのみなさんと接していて、私自身が反省し、学んだ一番のことでした。

新しい動き

 伏見さんが、こんなチラシを見せてくれました。

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 原発が爆発したときに、バスでのお迎えもなく、結果的に放射線量の高い場所にとどまらなければいけなかった浪江の人たち。今もなお浪江は立入禁止区域内です。少しずつ解除の方針は立てられつつ在るようですが、今は二本松を中心に各地で避難生活を送られています。

 そんな浪江の方たちの集いが開かれるようです。

 そして、先日のDVDでもちょっと紹介した虹の家のようなNPOコーヒータイムのみなさんもそちらで出店するとのこと。

 分断されているけれども、こうやって集まる。

 バラバラだけれども、みんなの顔を見にやってくる。

そんな新しい動きに、希望を感じます。

来て見て考える

 福島のみなさんは、とても優しい。いつも他人を気遣う。

自分のことを言えないんです。例えば、「浪江は逃げられなくて困った〜と言うと、そこに大熊町双葉*1の人たちがいて、『ああ、自分たちはバスで迎えに来てもらった、悪かった』と思うかもしれない、かえって大熊町や楢葉の人たちを傷つけてしまうかもしれない。だから言えないんです。

 みんな、原発の被害で深刻で、東電に対してはすごく怒っている。でも、『東電は・・・』と言い出すと、その場に東電の社員の家族がいるかもしれない。実際に東電の社員の家族は本当に辛い思いをしている。東電関連の会社に勤める友だちがいる人もいるかもしれない。

 だから、みんな、周囲の人を傷つけないようにと思って、結局何も言えないんです。


 そういう状況だとしたら、何の利害関係もない他県の人、例えば私たち静岡の人が伺うのは意味がありますよね。特に、地震がいつ来てもおかしくない、浜岡原発が近くにある。そんな私たちは、「(未来の)当事者」として語り合うことができるかもしれません。もちろん、未来にそんなことが起こって欲しくないですし、そうならないように行動することも求められるとおもいますが。

 ということで、なごみの佐藤菜摘さんが言ってらしたけど、私たちが行って伺うことにも意味があるなあと感じさせられます。

 大慌てですが、これでとりあえず終わります。

 なごみのみなさん、どうもありがとう。

*1:最初に「楢葉」と書いてしまったのですが、楢葉ではなくて双葉の誤りでした。第一原発立地村なのだそうです。原発に関しても自治体格差があるようです。http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp068..htmlなど。