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ぴあブロ

2016-02-05

小高地区のあのときといまとこれから

20:20

 今日はなごみさん南相馬事務所におじゃまして1日過ごします。そのため、原ノ町駅からのスタートです。

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以前も原ノ町駅には来たことがあります。3.11以来そこにある常磐線の特急にまた対面しました。

原ノよりも南は原発事故の影響で常磐線は不通となっているのです。この画像は原ノ町駅の歩道橋から撮りました。ちょうどその不通となっている方面です。

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 ぴあクリニックにも来たことのある伏見さんと小高赤坂病院で看護師の経験があり、現在はハローワーク精神障害の方を主に対象として支援をしている小林さんと一緒に訪問させていただきました。とても一言では表せないのですが、厳しい・・・・私たちもかなり厳しいところに訪問しているという自負はありますが、それにしても、ここまで厳しくはないなあ・・・・と思わされるケースがありました。原発事故ゆえのものもあり、そうではないものもあり。

 ここまで厳しいケースを決してたくさんとはいえない人数で担当しているのは大変だろうなあ・・・。しかし、本当に相馬にしても南相馬にしても、人が足りないのです。もっともっと、働き手がほしい・・・というのはなごみさんだけではないでしょう。

小高区

 南相馬市はいくつかの区に分かれていますが、お昼ごはんは昼だけあいているという食堂、「おだかのひるごはん」にいきました。

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とっても美味しかったです♪♪ 福島第一原発から16km、しかし人が集まるという興味深い記事もあります。こちら

 小高区は、原発事故の直後から警戒区域に指定され、全住民約1万3千人の避難生活が続いています。現在は「避難指示解除準備区域」に指定されて、帰還準備のための立ち入りができるようになりました。現在2016年4月の完全帰還を目指し、除染作業インフラ整備などが進められています。

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 この小高を素晴らしい地域にしたい!!という思いからさまざまな活動が生まれています。それらのお店やスペースにもほんの少しですがおじゃましました。みなさんいろいろな思いでなさっていることが伺われました。

以下の文章は「小高を応援する会」発行のおだかだよりに載っていた文章です。小高の人たちがどんな状況にいるかが、わかりやすく書かれているなあと思いました。

私は南相馬市小高で生まれました。

私の住んでいた家は震災津波から逃れることが出来ました。私の愛する人たちは、そこで生まれ、ささやかですが、ゆっくりとした時間の流れで、助け合いながら一生を終え、安住の里へと旅立つのです。

東日本大震災で、私たちはその場所を離れ、いろいろなところで生活しています。

南相馬市小高は、福島第一原子力発電所から、20キロの中にあり、避難指示解除区域のその中のお話です。

私たちは、これからどうするかをいつも問われているのです。

自分て決めるという作業にいつも、迷いながら歩いています。

「 私たちは、これからどうするかをいつも問われているのです。」

 今まで過ごしてきた暮らしが続いてさえいれば、そんなことを問われる必要はないし、問われる間もなく当たり前に生きてこられたし、そのように生きてきた。

 それなのに、日々、非常に根本的な問いかけを突き付けられる。AもBも大切なのに、AかBかどちらかを選ばなければいけない。どちらかを切り捨てなくてはいけない。

 そのことへの戸惑いとしんどさ・・・

 そして、暮らしを地域を大切な人を職場を生きがいを、それまでの自分自身さえも奪われたという事実とその思い。

 そのようなことを、この文章から、小高での時間から感じました。

ピア(仲間)どうしでしかわからない

00:36

 一緒に行った横山さんはどうしていたかというと、なごみクラブのみなさんと午前中は仙台空港に行ってきています。

https://www.facebook.com/cocoro.nagomi/

https://www.facebook.com/cocoro.nagomi/photos/pcb.520394518120818/520391801454423/?type=3

また、午後は南相馬で就労している/就労をめざしている人たちのチャレンジクラブのミーティングに参加していました。

チャレンジクラブの担当の小林さんが、「いつもと比べてミーティングでの皆さんの言葉がとても深かったので感動しました。横山さんが入ってくれたからだと思います」とおっしゃっていました。


小高でも感じたのですが、経験していない者にはわからない/想像してもどうしてもわからないことってどうしてもあります。ピアどうしでなければわかりあえない(ピアどうしでもわかりあえないことももちろんあるけれど)。

そのような分野では、体験していない支援者はピアの力を借りざるを得ないですね。

それは、謙虚に認めないといけないなって、今回もまた感じました。

 

わからなさに耐える

20:54

全く外部の自分が伺っていて抱くのは、わかりたいけれどもわからないし、わかったと思ったら多分わかってもらってないと思われてしまう、けれどもわかろうとする意欲を失ったら最後、全くわからないし、むしろ害になるという危うさです。

わからなさに耐えるというのは、重度の精神障害のある人への支援である程度は鍛えられているつもりです。

でも。

でも、福島ではそのわからなさ、到底自分にはわからないし、想像もできないという無力感がいっそう深く大きく自分に突き刺さります。

多分それは当然のことですよね。

むしろ、自分がそのわからなさ、無力感に鈍感になってるなあ、訪問している方たちへの繊細な配慮がなくなってるなあと別の観点から反省します。



自分がいま、ここにいていいのか。

厳しく問われることが多いのですが、それは普段の支援でも同じなはずなんですよね。。。