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ペン君流ことわさ日記。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008/03/11(火)

記事とはてブをボケとツッコミで考える

 個人ブログの人気は如何に読者に突っ込ませるかで決定するのではないか?

私が読んでいて面白いと思う記事は何かしらのツッコミたくなる要素が含まれている。これは私だけかもしれない。「そんなわけあるかいっ!」と思わず言ってしまいたくなるブログは面白い。例え何かの反論記事でも、「そこは違うだろ?!」と言える記事の方が「そうそう」と納得してしまう記事よりも面白い。ツッコミどころの必要としないものは、紹介ページや役に立つ集と言ったものくらいである。それでも、何かしらツッコミたくてしょうがない衝動に駆られる。私の場合は、逆にボケたくてしょうがなくなるのではあるが。

 

多くのお笑いで、ボケがあったらツッコミが必要である。

その役割を担っているのがはてブではなかろうか?ネガティブコメントの全てだとは言わないが一部は、ボケに対するツッコミという位置づけもできるのではないだろうか?

 ここで問題なのは、記事を書いた本人がボケたつもりがないことにある。大真面目で書いていても、ツッコまれるのである。それなりにショックはある。ボケたつもりが相手に大真面目に取られるというのも大変だ。「おいおい、ツッコメよ!」と言いたくなる。大真面目に批判されるものだから収集がつかなくなってしまう。

そもそもお笑いというものは、ボケに対して見ている人がツッコミたくなるタイミングでツッコミが飛んでくることが多い。それはツッコミのタイミングもそうだが見ている人に如何にツッコませたくなるかがポイントであると思うのだ。

見ている人をツッコませたくなるものは面白いし、こちらの気持ちに答えてくれるツッコミがまた面白い。

ともあれ、この「記事とはてブ」「ボケとツッコミ」の二者の関係には何かしらの類似点が存在するように思うのだが如何だろうか?

あ、この記事にツッコミたくなったらあなたの負けですよ・・。

いつものください

 朝、喫茶店で一杯のコーヒーを飲んでから出社する。それが私の日課である。一人で一杯のコーヒーを飲みながらちょっとした休息を取るのである。どうせ社内でも休息ばっかりだろ?その通りだ・・とそういう話をしたいわけではない。

 毎日同じ店に通い続けているわけである。当然、店員の方とも顔なじみだ。私の入る時刻は女性の店員が2,3名で店を切盛りしている。朝早くから御苦労さまだと感心するばかりである。ところで、私のメニューはいつも決まっている。ホットのSサイズ。そのお店でそれ以外頼んだことはない。私は夏の期間だけはアイスコーヒーを飲むことにしているのだが、その店に通い始めたのが去年の秋頃でその店でホットコーヒー以外を飲んだ事はないわけである。それはその店が開店したての頃だったわけである。

 私がそのお店に行くと、私がオーダーを言う前に「250円です。」という声が店員から返ってくるという始末である。前に一度、オーダーを頼む前にコーヒーを出してくれて「それはさすがに、どうかと・・。」と思ったことさえあった。私からすれば、何の問題もなく、その注文で間違いはないのであるが・・。普段見掛けない店員さんだったりすると、「ホットのS」と言ったりもするが、「いつもの」と言う必要さえない状態である。

 話は変わるが、日本語というものは非常に誤解を招くものである。主語、述語、目的語の3つがあれば大方の会話は成立してしまうやっかいものである。時には主語も述語もなくても通じることさえある。さらにこの状態でありながら倒置文なるものさえある。「ください。いつもの。」でも問題なく通じる。便利ではある。しかし、誤解を招く可能性が大いにあるのもまた事実である。


 話を戻そう。店員さんとこのような間柄である常連の私であるが時に失敗もする。時に、大きな誤解を招いてしまうこともあるのである。

「いつもの店員さんください。」

この時、初めて注文を聞き返されてしまったわけである。

恥ずかしそうに私は「いつものください。」と言いなおした。

あの時、何故「店員さんください」と言えなかったのだろうか・・。

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