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ペン君流ことわさ日記。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008/09/05(金)

トーナメントの準優勝は2番目に強いということではない。

母 「あなた。β美に説明する時はもっと言葉に気をつけないと。

   β美、二番目に優勝するんじゃなくて、二番目に強かったっていう事よ。」

β美「それじゃ一番目に強かった時はなんて言うの?」

母 「優勝よ。」

http://q.hatena.ne.jp/1219994762

を見て、昔考えていたことを思い出したので書いてみる。

今年の夏も甲子園高校野球が行われていた。果たして本当に準優勝したチームは2番目に強かったチームなのだろうか?

トーナメントにおける1位の原理

仮にA,B,Cの三つのチームがあったとしよう。AとBが試合をしてAが勝った。BとCが試合をしてBが勝ったとする。この二つの試合からCに勝ったBを負かしたAは一番強いと考えるのがトーナメントの原理だ。つまりA>B>Cと考えるわけである。実際に総当たり戦をしていればAはCに負けるかもしれない。しかし、そういう考えを排除するのがトーナメントである。

一言で言うなれば

「強いものは、それよりも弱いものに負けることはない。」

という前提を置いている。これこそがトーナメント形式において絶対的な前提である。

敗者復活とは何ぞや?あり得ない。

トーナメント形式においても稀に敗者復活戦なるものが存在することがある。高校野球においても実際に行われていたことがあるようである。全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード - Wikipedia参照。トーナメント形式において敗者復活というのは、言語道断である。全くやってはいけないことである。

上のA,B,Cという3チームにおいて、仮にCが敗者復活して再度Bと闘わずしてAに勝ってしまったとしよう。その場合、先の前提が崩れてトーナメントそのものが意味をなさなくなってしまう。

トーナメントにおける優勝

トーナメントにおける優勝とは言いかえれば、最後まで生き残ったチームと言いかえることができる。

ところで上の原理が適用されるのが自然界には存在している。つまり敗者とはより強きものにより絶滅してしまった生物。勝者とは生存競争で最後まで生き残った生物だ。「強いものはそれよりも弱いものに負けることはない。」トーナメントで負けるということは、言いかえればぞの時点で絶滅してしまったと考えることもできる。最後まで生き残っているもの、それが優勝である。

トーナメントにおける強さの順位

前提は一つ。「強いものは、それよりも弱いものに負けることはない。」ということ。

ここでA,B,C,Dの4チームを考えてみる。


(以下勝ち負けを数学の大小比較符号を用いて表すことにする。)

1回戦 A>B 、C>D

2回戦 A>C

(3位決定戦) C>D


このような試合が行われ、Aが優勝したとしよう。果たしてこれだけでBは2番目に強いと言えるのか?答えはNOである。

単純に強さについて考えられる可能性を順位付けすると

  1. A>B>C>D
  2. A>C>B>D

の2パターンが存在する。つまりトーナメントだけでは、Aに負けたBとCのうちのどちらが強いかは明確ではない。明確なことはAが一番強いということだけである。正確に順位付けするためにはBとCのどちらが強いかを決定しなければならない。3位決定戦等と言うのも変なものである。


このことは、チームが増えても同じことである。本当に2番目に強いチームを決定したいのであれば、優勝校に負けた全チームで再びトーナメントをしなければ決定しないことなのである。

つまり、トーナメントは強さを決めるものではないと私は考える。トーナメントで決定すべきは優勝校ただ一つではなかろうかと。


トーナメントの準優勝

準優勝は2番目に強いということの証明ではない。上のことより真の強さは明確ではない。強いて言うなれば、優勝校が生き残るために戦った最後の相手という程度であろう。

その最後の相手というものに果たして意味があるのか?

最後に

決勝まで行こうが、勝たなければ敗者である。仮に、準優勝を讃えるのならばその強さが2番目に値したことをしめさなければならない。しかし、現状のトーナメントでそれを示すことはできない。明確に讃えるのに値すべき優勝校ただ一つしかないのである。


もし仮に準優勝を讃えるのであれば、優勝校に途中で負けたチームも同様に讃えるべきはずだと私は思う。

参考

全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード - Wikipedia

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