フランソワ・チェン 『ティエンイの物語』

ティエンイの物語

ティエンイの物語

「中国の詩的言語」に触発されて、みすず書房からこの9月に翻訳出版されたフランソワ・チェン氏の小説を読んだ。
「中国の詩的言語」では漢字の持つメカニカルな効用を強く打ち出す言説が印象的だったが、フェミナ賞を受賞したこの小説では「詩的」「言語」の効用を小説という物語のなかで働かせてみたいという氏の思いが込められているようだった。陰と陽からなる世界の変容の様。

詩が熱を帯び、輝きを発するのは永遠の「戀人」と戀ふるユーメイ(玉梅)への記憶を綴るとき。
言語を可動させるのは流れる大河と、流れ行く人生のパラレルを循環と認識するとき。

読み進めながらいつも、漢字で書かれたと思い込むようなふしがある。フランス語で書かれたのだった、と修正することになる。中国で生まれ育ち、20歳で渡仏したときにはフランス語が全く話せなかったという著者チェン氏。氏にとっての母国語である中国語、帰化することになるフランスの言語を獲得するための苦しい軌跡を、主人公ティエンイ(天一)に仮託したのだろうか。母なる大地に還る旅、母国(語)への愛惜-哀惜。
戀人ユーメイと詩人ハオラン、画家ティエンイの不思議な三角が、物語ティエンイを産み出す。
松枝到氏が翻訳したらどうなるだろう、と所々想像しながら。)