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江川純一のブログ - storia delle religioni, come mai? -

2014-12-26

本気で宗教学を学びたい人のための文献リスト(第二版)

13:58


文責:江川純一

日本語文献のみ
刊行年の後の( )内は原著の刊行年
★は最初に読むとよいもの
(コメントに深い意味はありません。あくまでもご参考までに。)


◇ 概論

星野英紀・池上良正・氣多雅子・島薗進・鶴岡賀雄編、『宗教学事典』、丸善、2010年 ★
(フォーマットが統一されており、読みやすい。最初の一冊でしょうか。)

井上順孝編、『現代宗教事典』、弘文堂、2005年
(人名項目が立てられているのがポイント。)

マーク・C・テイラー (奥山倫明監訳)、『宗教学必須用語22』、刀水書房、2008年
(原題は Critical Terms for Religious Studies 。執筆者の個性が強く出た本。)

磯前順一・山本達也編、『宗教概念の彼方へ』、法藏館、2011年
(「宗教概念批判」以後を知るにはこれを。)

田川建三、『宗教批判をめぐる 宗教とは何か(上)』、洋泉社MC新書、2006年(1984年) ★
(古書店で見つけたら、すぐに買うこと。そして、三「「近代の克服としての宗教」批判 ─宗教学という逆立ち─」を必ず読むこと。)



◇ 学問史

ハンス・G・キッペンベルク (月本昭男・渡辺学・久保田浩訳)、『宗教史の発見 ―宗教学と近代』、岩波書店、2005年(1997年)
(イタリア宗教史学に言及されていないのが不満だけれど、疑いなく良書。19C末-20C初頭の宗教論の「良い部分」を見ようとしている。)

スタンレー・J・タンバイア (多和田祐司訳)、『呪術・科学・宗教 ―人類学における「普遍」と「相対」』、思文閣出版、1996年(1990年) ★
(なぜこれが絶版…。文庫化されるべき名著。読むしかない。)

エヴァンス=プリチャード (佐々木宏幹・大森元吉訳)、『宗教人類学の基礎理論』、世界書院、1967年(1965年)
(原題は Theories of primitive religion 。レヴィ=ブリュールの重要性がよく分かる一冊。)

田丸徳善、『宗教学の歴史と課題』、山本書店、1987年
(僕はこの本を何度も何度も読み、宗教学を勉強しました。)

島薗進、『宗教学の名著30』、ちくま新書、2008年 ★
(新書だが侮ってはならない。「学問への扉」を開いてくれる。)

『季刊日本思想史72号 特集:近代日本と宗教学』、ぺりかん社、2008年
(日本の宗教学のことを知るためには欠かせない(と思う)。)



◇ 「宗教」概念という欲望

フリードリヒ・マックス・ミュラー (松村一男・下田正弘監修、山田仁史・久保田浩・日野慧運訳)、『比較宗教学の誕生 ―宗教・神話・仏教』、国書刊行会、2014年
(『宗教学名著選』のなかの一冊。これに目を通してから「宗教学概論」(やそれに類するもの)の授業に参加して欲しい。)

姉崎正治、『宗教学概論』、東京専門学校出版部、1900年(近代デジタルライブラリーhttp://kindai.ndl.go.jp/で読めます)
(日本初の宗教学講座ができる前の「宗教学概論」。僕のイタリアでの指導教員はこう言いました。「ヨーロッパの宗教学者はもっと姉崎から学ぶべきだった…」)

オットー (久松英二訳)、『聖なるもの』、岩波文庫、2010年(1917年)
(★印の本を読んだら是非挑戦してみて欲しい。「ものの見方が変わる」とすら言っていいかも。)

ゼェデルブローム (三枝義夫訳)、『神信仰の生成 ―宗教の発端に関する研究(上・下)』、岩波文庫、1942,1946年(1926年)
(著者はスウェーデン出身の神学者。ノーベル平和賞受賞者でもある。訳文は古いけれど徐々に引き込まれる(はず)。)

G・ファン・デル・レーウ (小倉重夫訳)、『芸術と聖なるもの』、せりか書房、1980年(1932年)
(「宗教と芸術」という問題系は実はこれからのもの。対象は「宗教美術」だけではない。)

ヨアヒム・ヴァッハ (渡辺学・奥山倫明・保呂篤彦訳)、『宗教の比較研究』、法蔵館、1999年(遺稿:1955年以前)
(余裕があれば、ヨアヒム・ワッハ (下宮守之訳)、『宗教学 ―その科学理論的基礎づけのための序説』、東海大学出版会、1970年も。表記が異なりますが同じ著者の本。)

M・エリアーデ (風間敏夫訳)、『聖と俗 ―宗教的なるものの本質について』、法政大学出版局、1969年(1957年)
(「エリアーデの一冊は?」と訊かれたら、本書か『永遠回帰の神話』ということになると思う。)

グスタフ・メンシング (下宮守之・田中元訳)、『宗教とは何か ―現象形式・構造類型・生の法則』、法政大学出版局、1983年(1959年)
(メンシングはオットーの弟子。比較すること(Vergleichen)、そして、理解すること(Verstehen)。これら二つの手続きについて考えるための書。)

岸本英夫、『宗教学』、大明堂、1961年
(この頃は、同じ著者の『死を見つめる心 ―ガンとたたかった十年間』、講談社文庫、1973年 を手に取ることの方が多くなりました。)

M・エリアーデ、J・M・キタガワ編 (岸本英夫監訳)、『宗教学入門』、東京大学出版会、1962年(1959年)
(ペッタッツォーニ(ペッタツォーニ)論文の貴重な日本語訳が収録されているが、もっとも重要なのは、キャントウェル・スミス「これからの比較宗教学のあり方」。)

G・ランツコフスキー (佐々木倫生・高田信良訳)、『宗教現象学入門』、海青社、1983年(1978年)
(ドイツの宗教学らしく、地味だけれど、堅実。)



◇ 眼差しの変化

T.アサド (中村圭志訳)、『宗教の系譜 ―キリスト教とイスラムにおける権力の根拠と訓練』、岩波書店、2004年(1993年)
(「宗教」への疑問の投げかけ。人類学と歴史学が繋がっている。故に、強い。)

デイヴィッド・チデスター (沈善瑛・西村明訳)、『サベッジ・システム ―植民地主義と比較宗教』、青木書店、2010年(1996年)
(宗教研究を植民地主義との関係で考察することは、やはり不可欠。竹沢尚一郎、『表象の植民地帝国 ―近代フランスと人文諸科学』、世界思想社、2001年 も是非。)

増澤知子 (中村圭志訳)、『夢の時を求めて ―宗教の起源の探究』、玉川大学出版部、1999年(1993年)
(対象は主としてデュルケーム、マックス・ミュラー、フロイトの宗教論。読み物としても面白い。)

藤原聖子、『「聖」概念と近代 ―批判的比較宗教学に向けて』、大正大学出版会、2006年
(本リストにある、オットーとデュルケームを読んだら、是非これを。)

深澤英隆、『啓蒙と霊性 ―近代宗教言説の生成と変容』、岩波書店、2006年
(宗教学を学べば学ぶほど、この本の凄さが分かってくる。)

伊達聖伸、『ライシテ、道徳、宗教学 ―もうひとつの19世紀フランス宗教史』、勁草書房、2010年
(現在の問題と、宗教史・制度史・学問史の検討が見事に結合している。)

パスカル・ボイヤー (鈴木光太郎・中村潔訳)、『神はなぜいるのか?』、NTT出版、2008年(2001年)
(認知科学の方向からの研究を付け加えておきます。逆説的ですが僕は、この本によって、19世紀の宗教研究の重要性を再認識しました。)



◇ 「社会」との関係で考える (古典)

マックス・ヴェーバー (大塚久雄・生松敬三訳)、『宗教社会学論選』、みすず書房、1972年
(ヴェーバーこそが学問だよなと思っていた時期があった。今でも少しそう思っている。)

エミール・デュルケム (山亮訳)、『宗教生活の基本形態(上・下)』、ちくま学芸文庫、2014年(1912年)
(待望の新訳。この本を読んだ後に、祭に参加すると、もしくは祭の見物に行くと、いろいろなことが見えてくる。)

ロベール・エルツ (吉田禎吾・内藤莞爾・板橋作美訳)、『右手の優越 ―宗教的両極性の研究』、ちくま学芸文庫、2001年(1907,1909年)
(夭折したため、生涯に三本の論文と博士論文の序文しか書かなかったが、書いた論文がすべて、新しい学問を切り拓いた。エルツはやはり凄い。)

マルセル・モース (吉田禎吾・江川純一訳)、『贈与論』、ちくま学芸文庫、2009年(1924年)
(この本を読むと人間が好きになります。)

J・カズヌーヴ (宇波彰訳)、『儀礼 ―タブー・呪術・聖なるもの』、三一書房、1973年(1958年)
(デュルケーム読後に是非!)



民族学から人類学へ (古典)

W・R・スミス (永橋卓也訳)、『セム族の宗教(前・後)』、岩波文庫、1941,43年(1889年)
(宗教の二要素「ビリーフ/プラクティス」のうち、後者を重視する視点はここで既に提出されている。新訳が待ち望まれる。)

J・G・フレイザー (吉川信訳)、『初版 金枝篇 上・下』、ちくま学芸文庫、2003年(1890年)
(『金枝篇』にはヴァージョンが五つある。もっとも議論が明快なのは、最初に書かれたこの版。)

ファン・ヘネップ (綾部恒雄、綾部裕子訳)、『通過儀礼』、岩波文庫、2012年(1909年)
(この本とエルツ本所収の「死の宗教社会学」を合わせて読んでください。ターナーもキャンベルもここから。)

レヴィ・ブリュル (山田吉彦訳)、『未開社会の思惟(上・下)』、岩波文庫、1953年(1910年)
(原題は Les fonctions mentales dans les sociétés inférieures (劣等社会における心的機能)。たくさん批判を受けましたが、僕は好きな本です。)

クロード・レヴィ=ストロース (大橋保夫訳)、『野生の思考』、みすず書房、1976年(1962年)
(怒られるかもしれないけれど、これは宗教学の本だと最近僕は思っています。文庫化されて広く読まれるべき。)

E.E.エヴァンズ=プリチャード (向井元子訳)、『ヌアー族の宗教(上・下)』、平凡社ライブラリー、1995年(1956年)
(一つくらいは民族誌を。僕はE=Pのファンです(笑)。)

メアリ・ダグラス (塚本利明訳)、『汚穢と禁忌』、ちくま学芸文庫、2009年(1966年)
(原題は Purity and danger 。「アノマリーとは何か?」について考えるための本。)



◇ 内へのダイヴ、外からの記述、そして読解

W・ジェイムズ (桝田啓三郎訳)、『宗教的経験の諸相(上・下)』、岩波文庫、1969,70年(1901,1902年)
(精確かどうかはともかく、うまい訳ですよね。感心してしまいます。これがあるならアンドルー・ラングの邦訳もと思っています。)

イーヴリン・アンダーヒル (門脇由紀子訳)、『神秘主義 ―超越的世界へ至る途』、シャブラン出版、1990年(1911年)
(神秘主義研究の古典。復刊が待ち望まれる。追記:祝! 2016年9月に、ナチュラルスピリットから復刊されました。付録の「ヨーロッパ神秘主義の歴史的素描」が重要ですね。)

井筒俊彦、『意識と本質 ―精神的東洋を索めて』、岩波文庫、1991年(1983年)
(日本について考える書でもある。読むたびに異なる場所に感銘を受ける、稀有な本。)

鶴岡賀雄、『十字架のヨハネ研究』、創文社、2000年
(この本のお手伝いをしたとき、僕はこの本の価値を理解していなかった。いま読むと、その冷徹な思考に身震いがする。)



◇ 宗教と哲学 (古典)

デイヴィッド・ヒューム(福鎌忠恕・斎藤繁雄訳)、『宗教の自然史 ―ヒューム宗教論集機戞∨\大学出版局、2011年新装版(1757年)
(「多神教/一神教」の議論について考えるための必読本。20世紀のペッタッツォーニに繋がっていく流れ。)

カント (北岡武司訳)、「たんなる理性の限界内の宗教」『カント全集(10)』、岩波書店、2000年(1793,1794年)
(オットーもデュルケームもカントから。宗教学を学ぶ者はカントから目を逸らしてはならない。)

カッシーラー (生松敬三・木田元訳)、『シンボル形式の哲学(1−4)』、岩波文庫、1989-94年(1923-29年)
(「言語」、「神話的思考」、「認識の現象学」という構成。やはり第二巻に惹かれる。)

マルティン・ブーバー (植田重雄訳)、『我と汝・対話』、岩波文庫、1979年(1923,1932年)
(第三部だよなあ。「永遠の《なんじ》」だよなあ…)

ベルクソン (森口美都男訳)、『道徳と宗教の二つの源泉(1、2)』、中公クラシックス、2003年(1932年)
(レヴィ=ストロースが『今日のトーテミスム』のなかで高く評価している本。竹内信夫訳を楽しみに待っています。)

ジョルジュ・バタイユ (湯浅博雄訳)、『宗教の理論』、ちくま学芸文庫、2002年(1948年執筆?)
(20世紀宗教学のど真ん中に位置づけられる書。イタリア宗教史学のメインテーマの一つである、最高存在も扱われている。)

アンリ・コルバン (黒田壽郎・柏木英彦訳)、『イスラーム哲学史』、岩波書店、1974年(1964年)
(抄訳ながら貴重な一冊。平凡社の『エラノス叢書』とともに長期休暇の友。)

西田幾多郎、『善の研究』 岩波文庫、1979年(1911年)
(何度も再読しているのだが、未だにしっくりこない。しっくりこないからまた読む。この繰り返し。読書って、愉しい。)

西谷啓治、『宗教とは何か ―宗教論集(第1)』、創文社、1961年
(宗教哲学を宗教研究から外すべきではないと僕は思う。強くそう思う。)



◇ 日本についてもっと知りたい

南方熊楠、「神社合祀に関する意見」、『南方熊楠コレクション第五巻 森の思想』、河出文庫、1992年(1912年ほか) ★
(第二部「森と政治」!、ここですよ。心臓をギュッと掴まれたかのよう。)

折口信夫、『古代研究(機櫚検法戞中公クラシックス、2002-04年
(宗教学の流れを押えつつ、南方・柳田・折口を読むこと。今後欠かせない作業。)

柳田國男、「先祖の話」ほか『柳田國男全集(13)』、ちくま学芸文庫、1990年(1945年)
(なんだかんだいって、宗教学にとって柳田は外せないと思う。この「先祖の話」は感動的ですらある。)

堀一郎、『我が国民間信仰史の研究』、創元社、1953年
(宗教学と民俗学のあいだに、しっかりとした橋を架けたのが堀一郎。受け継がねばならない。)

高取正男・橋本峰雄、『宗教以前』、ちくま学芸文庫、2010年(1968年) ★
(いわゆる宗教学者の議論とはやや異なるのだが、「日本の宗教」について考えるための取っかかりになる。)

末木文美士、『日本宗教史』、岩波新書、2006年 ★
(これは間違いなくいい本ですよ。たいへん勉強になります。同著者の『日本仏教史』新潮文庫も。)

磯前順一、『近代日本の宗教言説とその系譜 ―宗教・国家・神道』、岩波書店、2003年
(日本語の「宗教」について。)

伊藤幹治、『日本人の人類学的自画像 ―柳田國男と日本文化論再考』、筑摩書房、2006年
(どのような経緯で、ethnology=「民族学」、folklore=「民俗学」となったのか?)



◇ 神話とは何か

ジェーン・E・ハリソン (船木裕訳)、『ギリシアの神々 ―神話学入門』、ちくま学芸文庫、1994年(1924年) ★
(ハリソンはロバートソン・スミスの影響を受けています。そのことに注意して読むと面白い。ThemisProlegomena to the study of Greek religion の邦訳が必要ですね。)

ジョルジュ・デュメジル (丸山静・前田耕作編)、『デュメジル・コレクション(1−4)』、ちくま学芸文庫、2001年
(間違いなく宗教学の面白さを教えてくれるのがデュメジル。全巻推薦。)

松村一男、『神話思考( 自然と人間、 地域と歴史)』、言叢社、2010,2014年
(大著。『図書新聞』2014年8月2日号に、挟の書評を書きましたので、そちらも是非。)

高津春繁、『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店、1960年
(出典が明記されていないのが残念だけれど、たいへん有用な本。いつも机の脇に置いてある。)



◇ やっぱり宗教史

A・ルロワ=グーラン (蔵持不三也訳)、『先史時代の宗教と芸術』、日本エディタースクール出版部、1985年(1964年)
(レヴィ=ストロースと並び称される碩学。(僕が毎年講義で紹介する)宗教に関する「あの定義」は、このなかに書かれている。)

マリヤ・ギンブタス (鶴岡真弓訳)、『古ヨーロッパの神々』、言叢社、1998年(1982年)
(このリストに挙げられたもののなかで、最も好きな本かもしれない。ミノア文明以前の神々について。)

エルンスト・H・カントーロヴィッチ (小林公訳)、『王の二つの身体 ―中世政治神学研究(上・下)』、ちくま学芸文庫 2003年(1957年)
(言説分析の古典。圧倒的名著。入手できるときに是非!)

J・C・シュミット (松村剛訳)、『中世の身ぶり』、みすず書房、1996年(1990年)
(同じ著者の『中世の幽霊』と迷ったのですが、こちらを。身ぶりと宗教について。)

パトリック・ギアリ (杉崎泰一郎訳)、『死者と生きる中世 ―ヨーロッパ封建社会における死生観の変遷』、白水社、1999年(1994年)
(モース『贈与論』の影響を受けている本。「死者」について考えるために。)

トレルチ (内田芳明訳)、『ルネサンスと宗教改革』、岩波文庫、1959年(1913年ほか)
(貴重な文庫。トレルチが書いたものが、すべて日本語で読めるようになるといいな。)

ミシェル・ド・セルトー (矢橋透訳)、『ルーダンの憑依』、みすず書房、2008年(1970年)
(宗教史の面白さがここに詰まっています。憧れの人の一人です。セルトー。)

カルロ・ギンズブルグ (竹山博英訳)、『ベナンダンティ ―16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』、せりか書房、1986年(1972年)
(ペッタッツォーニ→デ・マルティーノ→ギンズブルグのラインが、これから大切になってくるはず。)

南原繁、『国家と宗教 ―ヨーロッパ精神史の研究』、岩波文庫、2014年(1958年)
(ついに文庫化されました。第四章「ナチス世界観と宗教」。ここからファシズムと宗教研究を再開させたいものです。)

キース・ヴィヴィアン・トマス (荒木正純訳)、『宗教と魔術の衰退(上・下)』、法政大学出版局、1986年(1971年)
(歴史人類学における宗教研究を代表する本。「宗教と、魔術(呪術)の衰退」ですね。)

R・N・ベラー (河合秀和訳)、『社会変革と宗教倫理』、未來社、1973年
(第一部第二章「宗教の進化」の部分を。)

一学生一学生 2015/11/13 22:31 宗教学関連の本を読みすすめるとき、どのような分野に興味があってどんな本を読みたいかという時に参照させてもらっています。
すでにご存じでこのリストに反映なさってないだけかもしれませんが、東大の駒場の書籍部において『王の二つの身体』がちくま文庫フェアで平積みにされていました
なので、現在は再版されているみたいですね。