Умом Россию не понять?                 〜知ではロシアはわからない?〜

2007-02-25 2月9日〜10日。アエロ機内〜

「おかしいな・・う〜むおかしい、なぜなんだ・・?」




僕は機内で頭を悩ませていた。モスクワからの便にしては日本人が多すぎる・・・しかも結構カワイイ子もいる。。。



僕の隣の女性は機内食の黒パンを残していた・・・となると、連中の多くはロシアに滞在していない・・!?



あるいはバレエアカデミーコンセルバトーリヤのお嬢さんたちが集団で帰国する日があたったのか・・!?



一言、隣の女性に尋ねればそれで疑問はなくなるんだということはわかっていたが、僕の中の恥ずかしがり屋がなかなか僕に行動を起させずにいた。



食事を終えた彼女が、バッグの中から本を取り出した。「三島由紀夫」の文字が見えた。




三島ファンですか?」




僕は思い切って聞いてみた。ちなみに僕は三島作品は1つしか読んでいない。




「はい、まあ結構好きでよく読んでるんですけどね」




彼女は顔を赤らめながら(?)そう答えた。










「いやあ、そこからはもう、陸上選手が3段跳びで跳躍するようにポンっポンッ、ポンッ!!みたいな感じでしたね。どうやらイタリアからのトランジット便だったみたいです。



僕の隣の女性は、芸術家(画家)志望だったみたいで、ミラノに3ヶ月滞在したそうなんです。イタリアの絵画に興味があったみたいで、イタリア語を勉強しようと思ったとか。何か言葉以外に目的があって、そこに辿り着くために言葉を勉強する人って強いですよね。



なんと彼女、僕と同じ街に住んでる人だったんですよ!これにはホントにびっくりしましたね。僕が第一中学校だったんですけど、彼女は第二中学校でした。年齢は僕の方が下でしたけどね。世界って狭いですね。



狭いアエロフロートの座席で眠れずにもがいていた空の旅でしたけど、同郷人なんかに会ってしまうと随分違うものでしたね。イタリアロシアに関して質問を交わしたり、僕らの街について話をしたり・・まあ、ロン毛でひげもじゃの年齢不詳男に話し掛けられて迷惑してなければいいなとは思いますけど。空港に着いてからお茶を飲んで、当然帰る方向が同じだったので、バスで新宿まで御一緒してしまいました。てへへ。



その後多少の紆余曲折はあったものの、こうして僕は無事我が家に戻ったのです。旅の中での偶然の出会いというのも素敵なものですよね。



ちなみに、この話に後日談はありません。多分ね・・フフフ」

ikeike 2007/02/26 03:04 後日談期待してますよ、ふふ。
「三島ファンですか?」とかよくやったじゃん、ふふ。

ばっしーばっしー 2007/02/26 23:31 後日談あるとみた(笑) 鳥園で語ってくだされ!

2007-02-10 2月9日 飛行までの詳細

僕はあせっていた。



最近は帰国前だからって毎晩夜遅くまで(朝早くまで)飲んでるし、部屋の片付けも完了してないし、お土産もたいしたもん買ってないし・・・



昨夜も寮の連中と4時近くまで飲んでいた。ビールを飲んだ上に唐辛子入りの辛いウォッカを飲んでしまったので、帰国日にニ日酔いで昼過ぎに起きるなんてまずいよな・・・



そう思って目をつぶり、次に目を開けたときは朝の8時過ぎだった。なんだ、結構平気じゃないか。



まずは旧アルバート通りに急ぎ、お土産を調達だ。以前に何度も来てお土産屋の場所などはわかっていたので、数件の店をまわりマトリョーシカ・ホフロマの匙やジョッキ・シラカバの樹皮でできた小箱など、小物を買いあさった。約10ヶ月の留学生活を終えて帰るには少ない量かもしれないが、土産話が膨大な量になるので、それはよしとしよう。



昼食は、旧アルバート通りの«Волконский»という、外国人がたくさん来そうなカフェでサーモンサンドイッチにかじりついた。量・味とともに満足だ。店内でクッキーを買った。



寮に着くと、最後のチェックをする。友人に借りた体重計で超過重量のない様に荷物を調整するがイマイチ心配だ。



そうこうしているうちに迎えのタクシーが来た。 «Спасибо этому дому, поеду к родному!»ということで、寮でお世話になった方々にもしっかり挨拶をして退寮。見送りには「ナッツ」と「栃木オタク部長」の2名。後からもう2名が合流する予定だった。運転手のアレクサンドルさんはオーストラリア大使館で働いていたらしく、英語がとても流暢だった。でもロシア語の発音はオデッサ訛。



結構雪が降っていたが、遅れることもなく5時前に空港に到着できた。ありがとうアレクサンドルさん。いよいよ私は出口に立ったわけだ。ここにきてもまだ実感がわかなかった。おそらく、2月は忙しすぎたせいもあるかもしれない。



3人でアメリカのハンバーガー屋のような店に入って時間をつぶすことにした。高額のバーガーを頬張り、ビールで出発前ののどを潤す。お気に入りの «Невское»ビールを次に飲むのは、果たしていつになるだろうか・・



そうこうしているうちに、「タケシafter5」さんと「エジプトで溌剌」さんが空港に到着。皆で記念撮影をした。皆さん、お忙しい中(二日酔いの中?)見送りに来て頂いてありがとうございました。



搭乗手続きが始まってからは、心配していた手荷物とスーツケースの件で幼稚園児のように取り乱しそうになるも、「エジプトで溌剌」さんの超絶収納術のお陰でなんとかなりそうだ。あとは僕のポーカーフェイス次第だ・・!



いよいよ4人に別れを告げ、ゲートをくぐった。夢と現実の狭間を歩いている気分だ。スーツケースの重量はクリアした。が、手荷物がかなりの重さになってしまい心配していたのだが、某先生直伝の「インチキ英語タンキュー大作戦」と持ち前のポーカーフェイスで軽やかに通過!



通過して一息ついていると、あれれ??バイトでお世話になったhemobさんの姿が・・!まさか、帰国が早まったとか!?・・なあんて思っていたら、どうやら出張の方のお見送りに来ていたようだ。いずれにせよ4月からよろしくお願いします!



お世話になった方々に電話で帰国前最後の連絡をし、機内へのゲートが開くのをひたすら待つ。この10ヶ月間モスクワであったことをぼんやりと思い出しながら、これから日本でどんなことが起こるのだろうかとぼんやりと想像しながら・・・



ガラス越しに外を眺めるとかなり吹雪いていた。そのせいか、搭乗が1時間ほど遅れたようだ。ようやくゲートが開くと、待ちくたびれたようにどっと人がおしかける。人の波に揉まれて機内へと入り、席に着いた。



帰国間際にはかなり慌しいはちゃめちゃ劇を演じたが、こうして僕はロシアから飛び立った・・・さよならロシア、さよならモスクワ・・!良いことも悪いことも含め、多くのものを僕に体験させてくれたことを感謝したい。またすぐに会えると信じているし、きっとそうなるさ・・。



帰りの飛行機客、僕の周りにはなぜか日本人が多かった、しかもカワイイ子が・・・

ばっしーばっしー 2007/02/16 21:02 まだ1幕が閉じただけ。アントラクトですよ♪ 次の幕が開いたとき、僕たち聴衆をまた魅了してくだされ!! 無事の帰国、本当に良かった。充電してねー。

2007-02-09 飛行

2月に入ってから急ぐ暇もないほど忙しく毎日が過ぎ去りました。



火曜日には、リャザンのオーリャ・タバチニコヴァと夕方「ギンノタキ」にて食事をした後、モスクワで知り合った「タケシ」を誘って、スラヴァ君とリータさんのところへ雪崩れ込み、11時頃から3時頃まで飲んでいました。2人とも翌日仕事だっただろうに、遅くまでほんとにどうもありがとう。



水曜日には、研修のためリャザンからモスクワに来ていたナスチャ、ガーリャと会ってお茶をしました。彼女らの先生が今富山で研修しているらしく、その先生の手紙に間違いがないか確かめさせられたりしました。2人とも研修で忙しかっただろうに僕に付き合ってくれてどうもありがとう。



木曜日には、お世話になった先生に会いに行って、色々と温かい言葉をかけてもらいました。昼過ぎに韓国人ビールを飲み、夜は寮の連中とドンチャン。みんな明日授業だっただろうに、どうもありがとう。


本日金曜日、私はモスクワから飛び立ちます。現在何とも言えない気持ちでキーを打っていますが、迎えのタクシーが来てしまったので、詳しいことは飛行機の中で作文でもして、帰国してから書こうと思います。無事に帰国できることを祈っててください。

ではまた、近いうちに。

yu-netyu-net 2007/02/11 11:46 帰国できたか?

2007-02-04 ニジニ2007 極寒の大地の上の温かさ

またいつか、どこかで!

朝起きて、おばあちゃんのボルシチピロシキと、ミーシャの作ったペキン風鶏肉を頂きました。これで帰りの列車用のパワーは満タンです。列車は1時55分発だったので、ねぼすけの私たちは若干時間に追われていました・・。



さっと帰りの支度をして、おばあちゃんにしっかりと挨拶をして、一緒に記念撮影をしました。またいつか、必ずこの家を訪れたいと思います。次はいつ来るでしょうかね、ミーシャの結婚式か(笑)、あるいはジーマの夢だった自分のレストランがオープンした時かもしれません。



お世話になった友達やその家族のもとから離れるのはとても寂しいことですが、また自分がこの地を訪れる時のことを考えるととても楽しみです。きっとまた来るのですから、楽しみは近い未来にとっておきましょうかね。



バスに揺られて駅についたのは発車時刻の約15分前。道中の水とパンを買ってきたら結構ギリギリになってしまいました。駆け足でプラットホームに出て、急いで列車に乗り込みます。行きも帰りも大急ぎの旅行でした。でも楽しかった。



ミーシャ、本当にありがとう。君が4月に日本に来るときは、君の大好きなマグロ寿司を是非ごちそうさせてもらうよ(笑)



帰りの列車ではコンパートメントの連中が面白かったので、日本に関する質問攻めにあったり、途中ウラジーミルでビールを2本もおごってもらったり、モスクワへの8時間が苦になりませんでした。あの狭い空間で、短い時間で仲良くなって、またすぐにそれぞれの町や行き先へと向かっていく。モスクワに着いた時、ぎゅっと握手をして別れた時はなんだか悲しかったですが、ロシア人の人懐っこさ、というか温かさに触れる事の出来た旅でした。




*写真:コンパートメントにて。アレクサンドルさん、イリーナさん、エフゲニーくん。最初は家族旅行かと思いましたが実は皆他人でした。とっても仲が良かったですけどね。

昭龍神   昭龍神 2007/02/16 16:26
じゃが(笑)。
「ファイト!ファイト!ちば!」 発売!!
|発売日:4月6日(水)
|全国のレコード店で、一斉発売!
|(ビクター) VICL-35805 税込定価1,050円
|◎初回限定盤のみ「ジャガーステッカー2005」封入
| だそうです。
くわしくは、
http://www.game-fc2blog.com/chaos
まで。

2007-02-03 ニジニ2007◆,呂困しがり屋なロシア人

日本のみなさんによろしく!

僕もミーシャもねぼすけなので、目を覚ましたときには12時をまわっていました。



起きるとすぐに、おばあちゃんに挨拶をしに行きました。ニーナ・ミハイロヴナは以前の通り、というか前にもまして元気そうだったのでヨカッタです。シャワーを浴び終わると、早速ピロシキが出てきました。彼女のピロシキボルシチはニジニノヴゴロドで一番美味しいんです!少なくとも僕はそう信じています。いつものようにしっかり食べないと外へ出してもらえないので、7〜8個も食べてしまいました。お腹はパンパンです。



ミーシャがシャワーを浴びている間におばあちゃんは日本の大学生活のことや日常生活のことを色々と質問してきました。ミーシャが4月から日本に行くことをとっても心配しているようでしたが、同時に孫の活躍をとっても喜んでいるようにも見えました。ミーシャ、おばあちゃんを安心させるためにイイコトをたくさん言っておいたからね(笑)



3時からミーシャの学んでいるニジニノヴゴロド国立言語大学にて、3月に催される文化祭の準備があるというので、僕たちはバスで大学に向かいました。ニジニノヴゴロド言語大学では、2年〜4年の時期に日本語を履修できるそうです。大学には日本文化教育センターという日本語学習のための教室があって、ミーシャは大学院で学ぶ傍ら、そこのセンター長も務めているそうです。



なんと、ニジニで日本語を教えている先生も、僕の大学の先輩でした。海外で活躍する先輩から話をうかがえて光栄です。が、本当ならビールでも飲みながら、もっと話をしたいところでした。



3時を過ぎると徐々に学生が集まりだしました。ミーシャが皆の前で僕を紹介してくれたのですが、皆さん恥ずかしがっていたようで日本語で全然話しかけてくれない。積極的に外国語を使いたがらないなんて、まるで日本人みたいじゃないか、と思いました(笑)



2年生は文化祭で「大きなかぶ」を日本語で演じ、「世界に1つだけの花」を歌うそうなので、その練習に余念がありませんでした。人の集まりは悪かったみたいですけど。



先生と生徒の皆さんに挨拶をして、僕たちは大学を後にしました。クレムリンを少しだけ散策したのですが、夏に来たときとは景色が全く違います。ヴォルガ川はまるで雪原のようで、常に冷たい風が頬を撫でていきました。気分はまるで北極圏。



寒くて仕方がないので、前回も訪れたレストラン「シャンハイ」に行こうとして、空席状況を尋ねると、土曜日なので予約でイッパイという回答が・・まあ、それじゃしかたないですね。ところで、夏にニジニに来た時、ミーシャの知人のジーマはこのレストランでバーテンとして働いていたのですが、今はなんと料理も作っているそうです。ジーマには赤ちゃんも生まれたので、かけだしパパは一生懸命がんばっているのでしょう。ジーマ、おめでとう。



結局私たちはミーシャ家の近くのピザ屋に入りました。少し遅れてかわいらしいお嬢さんが2名ほどやって来て一緒に食事が出来たのはウレシカッタです。お嬢さん関係については、ミーシャは相変わらずだ、ということだけ言っておきますね。



夜はミーシャの部屋で映画をみたり、日本滞在の写真を見たり、日本への留学についての話などで盛り上がりました。途中で突然腹痛に襲われ、もはや夜更かし断念か、という寸前までいきましたが、上着を羽織ってじっとしていたらおさまったので助かりました。身体が冷えたせいでしょうかね。



結局私たちが寝たのは今日も4時近くでした。明日は午後の列車で帰ります。



*写真:ニジニ国立言語大学で日本語を履修しているお嬢さん方