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Rice cake & Orange*

2017-11-02

表現するって、すごく大事なことだなと最近おもいます。

食べるだとか、眠るだとか、それとおなじくらいに、自分がかんじたことやつたえたいものを、表現しないと、人は生きていけない気がします。

方法はそれぞれで、わたしたちみたいに絵や漫画を描く人間もいれば、歌や詩をつくったり、もっと単純に、人に話すだとか、日記をつけるだとか、そういうのもあるだろうけど、何も、表現しない人って、きっといないんだろうな。

最近また少し多忙な日々をおくっていて、毎日いろんなことを感じています。

できるだけ、作品作りなどに還元しようとしているけれど、おっつかなくてうわー!ってなってるとき、やっぱ、表現し続けないとわたしは生きていけないのだなとしみじみ思うことが多くなりました。

得意じゃないです、自分が感じたことや、おもったことを、表現するのは。

得意じゃないから、なかなか発散できずにもやもやしてしまうことが多いけれど、それでも、表現し続けないといけないなって思います。

こうやって、生きていくんだなあ。

2017-09-15

なんだかいつまでたっても、常に何かに悩んでいるなあと思うのですが、

常に、新しいことに悩んでいるなあと思いまして、

それって、ひとつひとつ、解決していってるってことなのかなって気付いて、ちょっとうれしくなりました。

いつも悩んでいることも、前進し続けるために必要なことなんだなあ。

2017-09-08

精神のメカニズムなんていうものも、だいたい全部身体に関わることだったりするのかもしれない。

気をつけるべきところや、どうしようもないところ、対処すべきところとか、もっとこう、身体のほうからアプローチすべきなのかも。


へへへ、なんだかいろいろ吹っ切れました。

ポジティブ期に突入しております。


視野を狭める、広げるだけではなく、別の角度から見る。って大事だなって、ちょっと思いました。

2017-09-02

わーっ

最近ひとりでいろいろ抱え込みすぎてたみたいです

なんの解決になるわけでもないとしても人に愚痴を言うのってすごく大事だな!

なんだろう、ひとりで悶々としてたどうしようもないことを声に出して話してみたらすっごくスッキリしたというか、ひとりでは見つけられなかった本当に簡単な緒がスルスル見つかったというか?

あの、なんか、元気が出た!!

2017-09-01

こわくない

人間関係をちょっと広げるだけでも凝り固まった価値観って広がるんだあって最近実感している。

けっきょく人間芯の部分は変わらないんだけれども、歩み寄りによる理解って大事だなって思う今日このごろ。

私はなにかとすぐにわかったつもりになっちゃう悪いような良いような癖がある。

いつからか争いが苦手で、何でもああわかるわかると言っておけば中立でいられて楽だったし、なんとなく、末っ子特性というか、上に合わせちゃうだとか、そういう癖があるんですよね、元から。たぶん。

けっきょくそれってうまく生きていくために必要な能力であったと思うし、人より少し苦労した人生の中で身につけざるを得なかった大切な知恵だと思っているけれど、そうして生きてるうちに、自分って何なのかわからなくなった部分も大きいなって、ここ数年とくに思っていた。

ただ、最近とても、我を強く持った人と関わる機会が多くって、そういう人たちと話していると、ああ私ってなんて空っぽなんだろうなあって思うんですよね…すごく、しっかり自分の意見を持っている人が羨ましくて仕方がなくて…、そういう人たちをいつからか自分の凝り固まった価値観で少しでも蔑んで見てしまっていた部分もあって、それが恥ずかしい。

やっぱいろんな人に敬意を払って関わるって大事だなあって思った。

我を強く持った人たちって、衝突多いんですよ、勝手に争い事の火種になっちゃって巻き込まれちゃうこととかも多いだろうし、なんで、そんな不器用な生き方するんだろうってずっと思ってたんだけど、でも、そんな人たちと関わってみると、私が持ってない素晴らしい世界をたくさん持ってる人たちで、羨ましくって、ああ、ここまで自分の中にあるもの、大事に生きてこそのこの世界なんだろうなあって、思うんですよね。

人生、器用に生きりゃいいってもんでもないんだなって思い知らされました。


私は、人に話をあわせるの得意なんです、きっと、比較的遅くに生まれたせいで、親とか、兄とか、親戚も歳の離れた歳上ばかりで、押さえつけられたり、怒られるのがいやで、よろこんでもらって、可愛がってもらえるのが嬉しくって、自然と人に話を合わせたり、好きなものに同調したり、そういう癖がついてたんですよね。

だから好きなものいっぱいあって、それは私の中の価値観が広いってことでもあるんだけれども、広い分浅いんですよね。けっきょく全部他人から受けた影響を、自分の心だと思ってるだけで、根っこの部分がグラグラなんです。

だから、なんとなく好きとしか言えないし、すぐに飽きて他のことをはじめてしまう。

自分にはこれしかないっていうのがないんだよなあ。

人に勧められるがまま、ああ、それもいいね、これもいいね、あああれもってしてるうちに、自分が本当に何が好きなのかわからなくなってしまった。

わからないんだよなあ...

そのかわり争いは少ないし、いろんな人と仲良くなれたけど、それでもその世界で熱中してる人たちと話したとき、何か自分だけが違う場所にいる感覚は寂しいなってずっと思ってた。

私ほんとうは、何にも夢中になってないし、多趣味と思っていたけど、趣味なんてないんじゃないのか?って…

そんなふうに急に不安になったりする。


話がそれたような気がするけれど、ひとつのこととかに打ち込める人ってほんとすごいよなあ。

でも、私自信がそうなれるのかと問われると、わからない。

私が憧れる人たちって、たいてい、私と違って、ひとつのことに打ち込める人たちだ。

んで、そういう人たちってひとつのことに打ち込みすぎて、他の自分の魅力を知らないから、自信がないことが多い。

私なんかは、胸張ってこれができる!って言えることひとつもないんだけど、器用にいろいろ人並みにこなせるから、ある種自信があるほうだったりするのだ。

憧れる人に近づきたいけど、あこがれって、きっと、自分の持ってないものを持ってる人にこそ抱くものなんだなあってつくづく身にしみる。

特に私の場合、自分の持っているものと同じものを極めてる人には、憧れではなく嫉妬っていうマイナスの感情が生まれるので、すぐにわかるのだ。

憧れにはずっと憧れてるだけのほうがいいのだろうか。

なんか話がまとまらないぞ。


何がいいたかったのかというと、だから、その、広い価値観を持ってるつもりが逆に狭い価値観だったのかもしれないなあというお話、かな?

私には知らない感情がいっぱいある、それをわかったフリして適当に同調して済ませちゃってるから、きっと私はいつまでたっても深みのない性格で、前に進めないんだろうなって思うのだ。

わかったフリして同調するのも、人付き合いの上では大事だとは思うけど、本気でその世界でちゃんと地に足つけて、憧れの人と並び立とうと思うのならば、ちゃんと、歩み寄りをしないといけないなって。

歩み寄った上で、自分がどこまで理解できるのか、理解できないのか、どういう感情なのかとか、そういうのちゃんと考えて知っていかないといけないなって思った。


なんだかずーっとずっといろいろ悩んで生きているけれど、こんなんじゃ、まだまだ当分、納得の行く自分になんてなれないなって思う。

でもそういうとこが、また私らしいんだろうな。

いろいろ知っていきたいです。いろんな感情を知っていきたい。

何も蔑むことなく、全てに敬意を払いながら、その上で何事にも本気で取り組んで、本気で楽しめる立派で強い人間になりたいなあ。