東亰堂備忘録

2016-08-16

芸術写真の時代―塩谷定好展(8/20-10/23)

00:59

実に記事としては7年ぶりの投稿で、この間実にいろいろなことがありました。

私の情報発信はすっかりtwitterに移行してしまい、研究的な情報交換も他のSNSなどで行うことが多くなりました。

twitterと統合するかどうするかは、まだしばらく考え続けたいと思います。

7年前の記事の書籍の発行元である中島(中嶋)謙吉といえば、数多くの写真家を自らの持つ媒体を通じて世に出した人物として知られています。

高山正隆、山本牧彦などは比較的よく知られていますが、同じく芸術写真の時代を象徴する写真家である塩谷定好は、これまであまり展覧会などが催されなかったことから、広く一般に知られてきたとは言いがたいものがあります。

それがこのたび、「芸術写真の時代 塩谷定好展」として2016年8月20日から10月23日まで、東京三鷹市美術ギャラリーで本格的な回顧展が開かれることとなりました。

http://mitaka.jpn.org/ticket/160820g/

開催初日の8月20日14時からはは塩谷定好写真記念館の塩谷晋館長によるギャラリートークも行われるとのことです(要申込)。

ぜひお近くにお越しの際は、皆様足をお運びください。

【参考】

塩谷定好写真記念館(鳥取県琴平町)公式サイト

http://teiko.jp/

東亰堂主人東亰堂主人 2016/08/17 01:03 中嶋竹春さま、お手数をおかけしますが、前の投稿のコメント欄をご確認いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2009-10-10

『営業肖像写真入門』(1934)

22:22

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肖像写真家にして著名な芸術写真家成田隆吉執筆の営業写真館における肖像写真撮影法『営業肖像写真入門』。

ネット経由で5000円ほどで購入。


『営業肖像写真入門』

1934(昭和9)年6月15日発行、1円80銭

著 者 成田隆吉

発行者 中島謙吉(東京市板橋区板橋町3丁目287)

印刷者 萩原芳雄(東京市牛込区山吹町198)

発行所 光大社 (東京市板橋区板橋町3丁目287番地)


著名な芸術写真家であり、『芸術写真研究』(1922(大正11)年5月〜1940(昭和15)年(中断あり)、アルス→光大社)の編集を担当した中島謙吉(1888(明治21)〜1972(昭和47))が1928(昭和3)年に立ち上げた光大社は、アマチュアから職業人まで幅広い対象に向けて最新の写真技術を紹介する書籍を発行しました。真継不二夫(1903(明治36)〜1984(昭和59))、高山正隆(1895(明治28)〜1981(昭和56))ら、当代屈指の写真家が光大社から写真関連の書籍を刊行しています。

成田隆吉(1895(明治28)〜?)もその一人で、本書序文によれば「営業を志す者の為の指針といふ目的で書かれた書物は乍遺憾一つも見当らない」ことから中島謙吉の提案で二年がかりで本書は執筆されました。


本書の特徴は、何と言っても豊富に掲載された口絵写真に書き込まれた各写真のライティング図(採光図)にあります。

図にはカメラと被写体の位置関係、窓の位置、照明の位置と各照明の明るさが示されており、当時成田新宿京橋のスタジオで使用していたマツダ写真電球250〜500ワットのものがその使用個数とともに記載されています。成田の優れた肖像写真がどのようにして撮影されたのかがわかる貴重な記録と言えます。


このほか、本書では採光と現像、修整に多くのページが割かれていますが、特に修整については入念な記述がなされており、当時のスタジオで施された写真修整技術がどのようなものであったのか、その詳細を知ることができます。


著者の成田隆吉は1895年茨城県水戸市で生まれ、その後中学まで秋田で暮らしました。1910年頃からベス単カメラを使って撮影を行うようになり、東京美術学校に入学後、1914(大正3)年に同校の臨時写真科に移籍しました。卒業後は小川一眞の写真館で修行、さらに東京美術学校臨時写真科の講師や時事新報社の写真係などを経て1924(大正13)年11月に自らのスタジオ「日の出屋写真部」(新宿角筈)をオープンし、翌年には芸術写真団体「洋々社」(中山岩太らが所属)の結成に加わりました。

本書の冒頭に「中島氏と私が識り合になつたのは七八年前だから…」とあるので、「洋々社」で活動を始めてほどなくして二人は知り合いになったのでしょう。出会いの契機は「或る雑誌に掲げる一文を私に所望された事」と記されています。


成田について惜しまれるのは、彼の戦後の活動が没年も含めて不明なことです。

どなたか情報をお持ちでしたら、ぜひお寄せください。


また、光大社については、1991(平成3)年にJCIIで作品展「光大五人展の軌跡」が開催されています。1928年に写真書籍専門出版社として出発した同社を源流とする光大派のあゆみを知ることができます。

http://www.jcii-cameramuseum.jp/museumshop/salon_books/windows/salon-books/L0000/L0005.html

後継の桐畑会(1936(昭和11)年設立)は現在も活動を続けているようですが、機関誌『光大』も健在なのでしょうか?

http://www.jcii-cameramuseum.jp/museumshop/salon_books/windows/salon-books/L0020/L0024.html


なお、この記事を書いている過程で発見したのですが、

以下のサイトはとても貴重な戦前の書物についての記録ですね。

奥付検印紙日録

http://d.hatena.ne.jp/spin-edition/


【参考リンク】

■日本カメラ博物館(JCII) http://www.jcii-cameramuseum.jp/

中嶋竹春中嶋竹春 2015/06/14 22:19 中嶋謙吉の孫にあたります。 父、禮児も没し故人の所有していた物はほぼ全て処分してしまいましたが、中嶋謙吉の写真1枚があります。 昼食でしょうか郊外で食べている姿があまりにも自然で廃棄する気になれずとって有ります。 何か役に立つでしょうか? 中嶋

東亰堂主人東亰堂主人 2015/12/30 04:05 中嶋竹春さま
メッセージありがとうございます。このブログは久しく更新していなかったため、半年に亘りご返信ができず大変失礼いたしました。あらためてこまめにチェックするようにいたしますので、もしこのメッセージをご覧になられましたら、よろしければまたメッセージをいただけますと幸いです。今月24日まで日本カメラ博物館で行われておりました『カメラ』誌の展示はご存じでしょうか?中嶋謙吉氏の功績などもそこにまとめられておりましたが、もう少しスポットライトが当たってもよい人物ではないかと常々考えております。お写真、ぜひ拝見する機会がございますと幸いです。

中嶋 竹春中嶋 竹春 2016/07/06 09:32 メッセージ、ありがとうございます。
近々、東京堂様にご連絡致します。

中嶋 竹春中嶋 竹春 2016/07/06 09:32 メッセージ、ありがとうございます。
近々、東京堂様にご連絡致します。

東亰堂主人東亰堂主人 2016/08/17 00:17 中嶋さま、恐れ入ります。これ以上間が空いてご迷惑をおかけしても申し訳ありませんので、以下に当方のメールアドレスを記載いたします。もしよろしければ一度こちらまでメールをいただけますと有難く存じます。
straycat21@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします。

東亰堂主人東亰堂主人 2016/08/17 00:25 なお、ご存じかもしれませんが、8/20から10/23まで、中嶋謙吉氏が見いだした優れた写真家として知られる塩谷定好氏のはじめてのまとまった形での回顧展が三鷹市美術ギャラリーにて開催されます。もしお近くにお越しになられることがありましたら、ぜひお越しください。

2008-06-21

『旅の写真撮影案内』 (1937)

19:54

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戦前の「芸術写真」を代表する人物、福原信三が著した旅行エッセー『旅の写真撮影案内』。

古書店で1,000円ほどで入手。


 『旅の写真撮影案内』

   1937(昭和12)年7月10日発行、70銭

   著作者  福原信三

   発行人  星野辰男

   印刷人  島連太郎

   発行所  東京朝日新聞発行所(東京市麹町有楽町2丁目3番地)

   印刷所  三秀舎      (東京市神田区美土代町16番地)


1926(大正15)年に『アサヒカメラ』を創刊した東京朝日新聞社から発行された「アサヒカメラ叢書」シリーズは吉川速男(1890(明治23)〜1959(昭和34)年)や森芳太郎(1890(明治23)〜1947(昭和22)年)、金丸重嶺(1900(明治33)〜1977(昭和52)年)ら戦前・戦後に活躍した写真界の著名人を著者として発行されました。

1933(昭和8)年から発行された「アサヒカメラ叢書」は、菊半截版サイズのいわゆる「文庫本サイズ」で統一され、同年発行の「朝日文庫」とともにこの時期の朝日新聞社を代表する小型書籍と言えます。

アサヒカメラ叢書」は19冊の発行が確認されていますが、本書はその19冊目にあたります。


発行人の星野辰男(1892(明治25)〜1968(昭和43)年)は長野県の出身で、「ルパン全集」の翻訳出版でも知られています。星野は文部省を退職後に東京朝日新聞社に入社、『アサヒグラフ』『アサヒカメラ』双方に創刊時から深く関わり、1927(昭和2)年から『アサヒカメラ』の編集長を務めました(翌年からは松野志気雄が編集長)。

印刷所の三秀舎は1900(明治33)年創業の現在まで続く印刷業者で、『白樺』などの印刷を行った企業でもあります。創業百有余年、現在でも神田で営業を続けています。

印刷人となっている島連太郎は三秀舎の創業者であり、1936(昭和11)年に福井県越前市花筐(はながたみ)の今立町に島会館という建物を寄贈した人物です。

島会館は現在取り壊し案が出ているようですが、何とか保存・活用できないものでしょうか。

島会館の写真と今後の活用募集についてはこちら↓

http://www.city.echizen.lg.jp/mpsdata/web/5789/20615j.pdf

(花筐自治振興会だより第26号(2008年6月15日))

PDFファイルダウンロードされます】


本書は福原信三(1883(明治16)〜1948(昭和23)年:2008.5.4の記事も参照)が既に写真界・実業界において名をなした後の54歳の時に著したもので、資生堂の社長在任中(1928〜1940)に書かれています。

同年には写真集『布哇(ハワイ)風景』を日本写真会から発行しています。

しかし本書は一般向けに書かれたため、さすがに当時の日本人にとって遠い地である海外には触れず、国内の景勝地を巡って折々の風景を綴っています。

序文には、

「…便利なる交通機関を利用してのことであるから、結局輪郭描写となり且便宜上名勝地のみを選びたりとはいへ、…」

とあるように、当時ほぼ全国に整備されていた鉄道網を活用して「美を探」る旅をしてきたことが記されています。

武蔵野から始まって外房、大島、東海道、富士箱根伊豆と徐々に南下する福原の旅は、九州に至り、また山陰北陸北海道にも及びます。

福原の独特の描写を生かした各地の写真が口絵にしか見られないことは残念ですが、武蔵野の旅はやがて『武蔵野風物』(1943、靖文社)に結実したのではないでしょうか。

ちなみに、撮影技術論は本書ではほとんど見られません。旅行先のどこで写真を撮るか、どこに目を向けたか、ということが本書の眼目のようです。


【参考リンク】

■三秀舎 http://www.kksanshusha.co.jp/

越前市 http://www.city.echizen.lg.jp/index.jsp

東亰堂主人東亰堂主人 2008/06/21 20:04 しばらく地震文献調査のため旅をしておりました。
一ヶ月ぶりの更新です。
(四川や奥州ではございません。震災に遭われた皆様の安寧回復を祈念いたします)