YOKO ONO in KYOTO

今週の水曜(12月10日)、彼はオノヨーコを見た。
精華大学の40周年記念イベントでオノヨーコが招かれ、構内でパフォーマンスとレクチャーを行ったのである。


実は、彼は大のビートルズファンである。
中学のときに父に初めて買ってもらって以来、アルバムを全て集め、それぞれのソロ作品も積極的に聴いた。
彼が初めて自分で買ったCDもジョン・レノンの“レノン レジェンド”であった。
彼のビートルズ熱はとどまるところを知らず、古い作品やアンソロジーなどのDVDも買い、部屋の壁はビートルズのポスターで埋め尽くされ、やたら大きいファンブックも持っているらしい。夏休みには原宿のショップやさいたまスーパーアリーナジョン・レノンミュージアムまで足を伸ばした。

一時期、「ぼくはこのまま一生ビートルズしか聴かないんじゃないか」と真剣に考えたこともあるらしい(決してそんなことはなかったが)。
しかし様々な音楽を聴くようになった今でも、彼の音楽趣向はビートルズから派生していると彼は言い張る。
まぁもし現代ロックのルーツが少なからずビートルズにあるとするなら、あながち間違ってもいないのだが。
そういうわけで、彼はビートルズをこよなく愛し、ジョン・レノンを崇拝していた。
その妻であるオノヨーコは、CDやDVD、テレビや新聞の中の人間で、彼にとってはもはや天上の人と等しい存在である。そのオノヨーコが、肉眼で、すぐそこで見られる機会など、人生に一回もあるものじゃない。
このイベントに臨む彼の興奮ぶりが伝わっただろうか。



朝の9時過ぎに精華大学に着いた彼は、受け付けを済ませて池の辺に座った。
9時半になるとオノヨーコがどこからともなく現れ、パフォーマンス“Flower Road”を行ったのだが、これが実に不思議なものであった。
オノヨーコが薔薇を学生にランダムに渡しながら池の縁を歩くと、学生スタッフが薔薇の花びらを大量に撒き、道が薔薇の花びらで埋まる。それがオノヨーコの歩く速さで、あれよあれよと言うまに行われ、最後にオノヨーコがステージで数分挨拶をして終わる。
そのあまりにも一瞬の出来事に、彼はしばらく何が起こったのかよくわからずにぽやーっとしていた。あのオノヨーコが、ジョン・レノンの家族が、本物が、目と鼻の先にいたということが彼にはにわかに信じ難く、なかなか実感がわかなかった。
しかし、彼が実際に見たオノヨーコは、紛れも無くあのオノヨーコで、それ以外の何者でもなかったことは言うまでもない。


彼はしばらくしてハッと我にかえると、パフォーマンスで撒かれた花びらを舞わせて遊ぶ人々に混じって拾い、スペイン語の辞書に挟んだ。

レクチャーは、その一時間後に始まった。
参加者にはひとつずつ“ONO CHORD”というペンライトが配られた。それを点滅させて“I LOVE YOU”とやるのだそうだ。


それは一時間半ほどのレクチャーだったのだが、彼はオノヨーコの一頭地を抜くカリスマっぷりに終始圧倒されてしまって動悸が止まらなかったらしい。

様々な貴重な話を聞けたのだが、中でも特に一番最後に話した“ジョンと初めて会ったときのエピソード”は、彼が今まで本やテレビなど様々なメディアを通して知ったどの情報よりも詳しく、おもしろく、そしてリアルであった。
まさか本人の口から生でそんな話が聞ける日が来るとは夢にも思っていなかった彼は、感激と興奮でなんだか足が地面についていないような心地になり、ふわふわしたまま叡山電車に乗って午後の授業へ向かった。


それから数日が経ったが、彼は未だに“オノヨーコを実際にかなり近くで見た”という実感が湧いていないらしい。