かけらを集める(仮)。

2018-06-07

[][]釧路

  • 彫刻放浪:釧路編(2)早朝探索 今日は一日かけて釧路市内の野外彫刻を探ることにした。まずは早起きして、早朝探索。カーテンを閉めないまま、寝ていたのだが、なんだか4:00過ぎには明るくなっていたような…4:30頃、起床。身仕度をして、早朝の散歩に出る。ホテルの隣の栄町平和公園を起点に、昨日立ち寄ったところも含め、歩いて、野外彫刻を探った。栄町平和公園→釧路プリンスホテル→幸町緑地(北海道立釧路芸術館/釧路市観光国際交流センター前)→幣舞橋→しでまい公園→釧路市生涯学習センター前→南大通ギャラリー前→再び幣舞橋を渡り、末広町(繁華街)界隈を探って、ホテルに戻ってきた。だいたい2時間強か。

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幸町緑地。岸壁には集魚灯をハリネズミのように装着した漁船が停泊していた。ごらんのように、海霧で真っ白な世界だ。海霧は粒子がはっきり感じられ、冷たい。

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釧路市観光国際交流センター前庭の、本郷新《釧路の朝》(1966/1966設置・1993移設)。鳥を抱く女シリーズの第12作。個人の寄贈で、当初は市役所中庭に設置されたが、釧路市観光国際交流センター建設に合わせ、現在地に移設された。

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夕方、改めて立ち寄ったところ、周囲の芝や雑草がきれいに刈られていたので、こちらも掲載。

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釧路市釧路市観光国際交流センター前庭の、《出発 -DEPARTURE-》(1999.11設置)。「開港百年を記念し、幾多の先人の労苦に感謝し、その精神を継ぎ、今日の充実と明日への発展を願う市民各層の熱い思い」(解説板)により、釧路市が建立した。作者名は記されていなかった。

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北海道立釧路芸術館前庭の、アルナルド・ポモドーロ《球》(1989-90)。

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ぬさまい公園から幣舞橋を見る。海霧は晴れず、白くかすむ中に幣舞橋が見えた。ぬさまい公園には、中江紀洋《地殻交信機》の他、中野五一《松浦武四郎蝦夷地 探検像》や天使像などの野外彫刻の他、原田康子『挽歌』文学碑などがあった。

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中江紀洋《地殻交信機》(1976/1984.8.15設置)。くしろ千燈祭第10回記念に設置された。くしろ千燈祭実行委員会による撰文に次のようにある。

くしろ千燈祭第10回記念

     地殻交信機

忘れておりませんか、

あなたに祖父母そして父母がおられたことを・・・・・

 忘れておりませんか、

 あなたに兄弟そして友人のいたことを・・・・・

  忘れておりませんか、

  私達のふるさと釧路の礎となられた

  多くの先人がいたことを・・・・・

そしていまここに私がいることを・・・・・

      1984年8月15日

    くしろ千燈祭実行委員会

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ぬさまい公園からは、釧路を代表する建築家、毛綱毅曠(1941-2001)の釧路センチュリーキャッスルホテルも間近に見えた。

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ぬさまい公園の南側、旧釧路市立図書館の旗の掲揚ポールの近くに野外彫刻が…せっかくの銘板の文字が消失!?して全く読めない…ネットを検索したところ、渡辺行夫の《空中分度器》という作品らしいが、詳細はよくわからない。

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南大通ギャラリー前の、米坂ヒデノリの3作品。米坂ヒデノリ(1934-2016)は、釧路市生まれの彫刻家。この3作品は、30代後半から40代半ばにかけて作られた作品で、木彫を原型としたものとのこと。この3作も含め、釧路で観た米坂ヒデノリ作品からエルネスト・バルラハやケーテ・コルビッツのことを思い出した。

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米坂ヒデノリ《送り火》

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米坂ヒデノリ《防雪林》

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米坂ヒデノリ《母と子》

  • この後、再び幣舞橋を渡り、繁華街を探った後、ホテルに戻る。歩いたためか、お腹が空いた。帰ったその足で、1Fの食堂で軽朝食を食らう。例の運動部がいて、賑やかだ。パン、ゆで卵、サラダ、ヨーグルト、コーヒー。軽朝食だが、思ったよりいろいろとあった。部屋に戻り、一寝入りし、9:00過ぎにチェックアウト。レンタサイクルが10:00からなので、もう少し休んでからでもよかったのだが、落ち着かなくて、早々にホテルを後にする。
  • 彫刻放浪:釧路編(3)自転車に乗って ありがたいことに、霧が晴れると、空には雲一つない青空が広がっていた。これから一日かけてゆっくりと自転車で釧路の野外彫刻を探る。まずは、釧路市市民活動センターわっとへ向かう。ここで自転車を借りる。普通の自転車、マウンテンバイク、電動自転車と3種あったが、今回は、まあ、大丈夫だろうと、普通自転車を借りることにした。3時間300円。以後は1時間ごとに100円かかる。10:00〜17:00の利用。スタッフの皆さん、親切でありがたかった。普通の自転車とはいえ、変速機のついたタイプで、乗り心地もよかった。さて、自転車で回ったのは、釧路市立博物館/春採湖周辺→マリントポスくしろ→釧路市民文化センター/柳町公園→釧路公立大学→はんのき公園→釧路大規模運動公園→愛国緑地といったあたり。それでは、出発。
  • 釧路市立博物館の野外彫刻 まず最初に春採湖のほとりの高台にある釧路市立博物館に向かう。今、高台と書いたが、実際に行ってみるまで、こんなに高台とは思わなかった笑 久寿里橋を渡り、そのまま東にまっすぐ進んだのだが、道がにわかに上りになり、これが延々続く(ように思った苦笑)。なんとか無事にたどり着いたものの、早速膝が… 野外彫刻の他、博物館の常設展を観覧。1Fが自然史、2Fが歴史・民俗、そして、4Fにアイヌ文化とタンチョウについての展示があった。どの展示も見応えがあるものだったが、中でもアイヌ文化についての展示がよかった。床ヌプリの大きな木彫レリーフもあり(この後、観に行く釧路市民文化会館のものと似た作品)、興味深い。ところで、野田サトルがここもリサーチに訪れていて、アシリパさんを描いた色紙が展示してあった。肉筆のアシリパさん、カワイイ…笑

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本郷新《朔北の母子像》(1961/1983.11設置)。1961年に制作された最初の像はセメント像で、春採湖の高台に設置された。その後、20年の歳月が経つにつれ、風化が進み、傷みが出たため、釧路市によって、ブロンズ像に作り替えられることになり、1983年11月、釧路市立博物館のオープンに合わせ、博物館前(ここも春採湖の高台の上)に設置された。

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《片岡新助氏像》(1961秋)。制作は中野五一。片岡新助は、釧路市立博物館の前身、釧路市立郷土博物館の初代館長だった人物。話は逸れるが、釧路では、あまりおっさんの肖像彫刻は見かけなかった。この像の他に、今朝、釧路市生涯学習センター近くの坂の傍らに双眼鏡を持ったおっさんの全身像を見かけたが、ぼうぼうに伸びた雑草のため、近寄れず、詳細がわからなかった。帰宅後、調べたところ、松村秀太郎による《嵯峨久翁像》と知る。

  • マリントポスくしろの野外彫刻 高台を一気に駆け下り、海沿いの道をマリントポスくしろまで走る。このあたりの道は産業道路らしいが、ときどき大型車が走り抜けていくだけで、あまり自動車も通らない。と、またしても、海霧が発生し、マリントポスくしろに着く頃には、視界が白くかすんでいた。前庭の《海の顕彰碑》を観た後、近くの食堂で、珍しく気張って海鮮丼などを食らうが、評判と違って、えっーというくらいおいしくない。残念。気張るとろくなことがない。その後、マリントポスくしろの展示をざっと観覧する(正確に言うと、マリントポスくしろは、くしろ水産センターのワンフロアを使った展示施設で、釧路の水産業に関する資料などの常設展示がある)。観覧は無料。また、展望台もあり、ここにも立ち寄ったが、海霧のため、眺望は白くかすんで、いまひとつ。

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くしろ水産センター/マリントポスくしろ横の岸壁には、何艘もの漁船が停泊していた。

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マリントポスくしろ前庭の、舟越保武《海の顕彰碑》(1986)。右から、男性像の《濤》、少年像の《渉》、女性像の《渚》。女性像の《渚》は、単体で、鹿児島市(甲突川左岸緑地)、平塚市(平塚市美術館)、川口市(川口西公園)などに設置されている。鳥の糞害が激しく、痛々しい状態なのが残念。

  • 釧路市市民文化会館の彫刻 次の目的地は市民文化会館。根室本線の線路にかかる陸橋を越え、柳町公園に行き会うまで、延々と宝橋通を北上する。20分ほど。そもそもこの柳町公園というのが得体の知れぬ?長細い公園で、釧路川と新釧路川の間をつなぐように設置されている。市民文化会館は、この公園の新釧路川側にある。まずは、市民文化会館前の公園に設置された野外彫刻/モニュメントを観覧。その後、市民文化会館へ行ってみた。催事がないと入れないかなと思っていたのだが、チケット販売をしていることもあってか、エントランスロビーに入ることができ、設置されている作品をいくつか観ることができた。他に、ホワイエ(ホールの休憩所)には絵画なども設置しているようだったが、こちらは近づけなかった。

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釧路市民文化会館前の、米坂ヒデノリ《凍原》(1965)。原型は木彫作品で、原田康子『挽歌』の登場人物に取材した作品とのこと。写真上で、像の後方に見えるのが、釧路市民文化会館。

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釧路市民文化会館前の、床ヌプリ「国民の歌『若い日本』音楽碑」(1964)。1964年の東京オリンピック開催記念に、前々年の1962年募集された「国民の歌」で、内閣総理大臣賞を受賞した「若い日本」の音楽碑。「若い日本」の作曲者、飯田三郎は根室市の出身。作詞は橋本竹茂。ユーカラ模様をイメージした碑のデザインは床ヌプリ(1937-2014)が担当した。中央の銘板に「若い日本」の歌詞と五線譜が彫られている。当初はしでまい公園近くに設置されていたが、その後、現在地に移設されたとのこと。

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釧路市民文化会館の、佐藤忠良《鶴》(1968/1980移設)。おっ、鈴木其一っぽい。このレリーフも、当初は釧路市内のホテルに設置されていたが、釧路市に寄贈され、市民文化会館内に再設置されたとのこと。移設に際し、3つのパーツも新しい設置場所を活かして、より広く配置されたようだ。

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釧路市民文化会館の、斉藤一明《まほろば》(昭和63年度釧路市買い上げ作品)

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釧路市民文化会館の、床ヌプリ《神々の国へ》(1980設置)。ユーカラの世界観を躍動的に彫った大作(相変わらず、よく撮れていませんが…)。文化会館開館の翌年、市民有志の寄贈により、設置された。

  • 釧路公立大学 柳町公園沿いに東にワンブロック走り、柳町通を延々と北上。20分ほどで、釧路公立大学に到着。学生のふりして、学生といっしょに正門をくぐる笑

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釧路公立大学本館前の、下田治《Imaginary Aurora》(1988)。製作協力:(株)釧路制作所。直径16mの土台に、13tもの鋼板をつなぎ合わせた作品。大学開学を記念して設置された。写真上が正面(後方に見えるのが大学本館)、写真下が後方から撮ったもの。

  • はんのき公園 再び柳町通を北上し、中央通を西に折れる。美原というのがこのあたりの町名だが、いわゆる「ニュータウン」のようだ。集合住宅(愛国団地)なども建っている。この町の中央付近にあるはんのき公園が次の目的地。大きな公園で、グランドなどもあった。

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米坂ヒデノリ《燎原》(1974.9.27設置)。この像は、たまたまGoogle Mapsで周囲を探っているときに見つけたもので、その時は、詳細はわからなかったが、訪ねるのを楽しみにしていた作品。前方を強い視線で見つめる一人の男、少し離れたところにたたずむ母馬とその乳を飲む子馬、という組み合わせの、米坂ヒデノリの作品だった。話は逸れるが、GM上で公園などをポイントすると、利用者の撮影した写真が出てくるが、あまり知られていない野外彫刻など、これでずいぶん知ることができた。

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「ニュータウン」の野外彫刻。はんのき公園の西側、団地の間にある遊歩道の入口にあった野外彫刻。《白鳥》というタイトルで、コンクリート製。台座にはタイトルを記した銘板はあったものの、作者や制作年などの情報はなかった。後に、愛国緑地を抜ける際にも、いくつか、野外彫刻を見かけた。

  • 釧路市大規模運動公園 はんのき公園を西側に抜け、ふたたび北上、突き当たりを左に折れ、東に進み、釧路市大規模運動公園に到着。15分ほど。ここは釧路湿原に面した、(名前の通り大きな)運動公園で、湿原の風アリーナ釧路へ向かう道筋に設置されている淀井敏夫作品がお目当て。また、アリーナの後方はすぐに湿原で、ちょっとした木道もあり、少し歩いてみた。ただ、公園内の少し離れたところにあるフィリップ・キング作品は見逃してしまった。相変わらず詰めが甘い。反省。それにしても、フィリップ・キング、日本の津々浦々にあるな(津々浦々は、ちょっとオーバーか)。

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淀井敏夫《飛翔》(1987.9設置)。

  • 愛国緑地の無銘の野外彫刻 大規模運動公園を後にし、共栄橋通を延々と南下する。あまり楽しくないので、途中、道沿いを細長く続く愛国緑地の中を抜けてみた。と、「ニュータウン」の野外彫刻が2基あった。周囲の小公園などを含め、くまなく探れば、類似の作品がもっと見つかるかもしれない。

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愛国緑地の無銘野外彫刻。石彫で、台座も立派なもの。銘板などはなく、作者・タイトルなど不詳。よく見ると、台座に銘板の跡があった。

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愛国緑地の、《母と子》。コンクリートの野外彫刻で、ちょっと傷みが目立つ。先ほど観たはんのき公園近くの《白鳥》に似た作風なので、同じ作者の作品かもしれない。

  • 何とか無事に幣舞橋あたりまで戻ってきた。天気はだいぶ雲が多く、また、海辺は霧で白く濁っている。自転車を返すのには中途半端な時間なので、今朝方来た幸町緑地あたりを今一度訪ねる。早朝だったので、入れなかった釧路市観光国際交流センターなど、中を覗いてみた。また、昼の間に、草刈りがあったらしく《釧路の朝》周辺もきれいに草が刈られていた。16:00過ぎに自転車を返却。料金は、基本料金(3時間)300円+3時間×100円で、合計600円だった。しばらくフィッシャーマンズワーフMOOをぶらついた後、MOOバスターミナルに行く。17:00発の空港連絡バスに乗るつもりだったが、1本早い16:40がちょうど来たので、これに乗る。1時間ほどで、たんちょう釧路空港に到着。940円。

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釧路市観光国際交流センター・エントランスロビーの、大貝滝雄《空高く》(1993.5.10設置)。肌色で、ちょっと生々しい感じだが、大理石の作品。

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朝来たときと同じようにまた海霧で、視界が遮られる。

  • 帰りの飛行機は、Air Do 074便、釧路18:40→20:25羽田の予定。海辺の霧に、おいおい空港は大丈夫かよ、と心配するが、これは杞憂。ほぼ時刻通りの運航で、無事に羽田空港に到着。ゲートは行きと同じ55だった(ロビーまで遠いんだよな)。20:40の最寄り行きのバスに乗車し、22:00前には無事に帰宅できた。今回は、天気に恵まれ、上々の旅行だった。
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