かけらを集める(仮)。

2018-06-14

[]釧路→阿寒湖など

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早朝の幣舞橋から釧路川の河口方面を望む。

  • 4:00過ぎに目が覚めた。いくらなんでもまだちょっと早い。が、窓の外は白々としている。いつの間にか、もう一度眠ってしまい、5:00前にセットしていたアラームで起きる。身仕度をして、早朝の散歩に出かける。天気はいいのだが、寒い。釧路川沿いの遊歩道を経て、幣舞橋を渡り、ロータリーから坂を上がって、高台の浦見城山通を歩く。朝早いせいか、人通りはほとんどない。ときどき自動車が走り抜けていく。浦見城山通を歩き出してから、15分ほどで、佐野碑園に到着した。
  • 佐野碑園と米町公園

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佐野碑園。釧路を開くにあたり功績のあった佐野孫右衛門(四代目・1841-1889)の顕彰碑が立っていることから、佐野碑園と呼ばれているとのこと。「久寿里会所」碑や「丸太学校」碑など、他にもいくつか碑が立っている。入口に冠木門があり、中にはベンチなども整備されている。

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佐野碑園に、啄木の歌碑があった。「あはれかの国のはてにて 酒のみき かなしみの滓を啜るごとくに 啄木」。釧路で啄木がしばしば訪れた料亭、喜望楼の跡地に設置されている。後方に見える石碑が佐野孫右衛門の顕彰碑。

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米町展望台から釧路港を望む。

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米町公園の、灯台を象った米町展望台。米町は釧路発祥の地だそうだ。

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崖下から。このあたり、かつては、鉄道が走っていたらしい(一部は今も走っている)。柵のあたりがその跡のようだ。

  • 啄木だらけ さて、ぼちぼちと戻ることにする。もどり道は南大通を歩く。この南大通の界隈、特に米町周辺には、たくさんの啄木歌碑が立っている。石川啄木は1908年(明治41)1月21日から4月5日までの76日間、釧路に滞在した。たった76日間であるが、啄木は釧路新聞社の記者として、多くの記事を書いたり、頼まれて講演を行ったり、料亭を飲み歩いて、なじみの芸妓をつくったり、そして、たくさんの歌を詠んだり、と多忙の毎日を過ごしたようだ。啄木の残した短歌を釧路市民は愛し、多くの歌碑として残した。釧路には全部で27基もあるとのこと。バス停に歌碑の名前がついているところもあるほどだ(「小奴の碑」)。いちいち訪ねて歩いたわけではないが、佐野碑園・米町公園に行って帰ってくる際に、目に付いたものをいくつか挙げておこう。

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浦見8丁目の歌碑。「よりそひて 深夜の雪の中に立つ 女の右手のあたゝかさかな 啄木」

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米町公園の歌碑。「しらしらと氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の冬の月かな 啄木」。この歌碑が、北海道で最初の啄木歌碑とのこと。

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米町公園には、虚子の句碑もあった。「灯台は低く霧笛は峙てり」

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啄木離釧の地。

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ガソリンスタンド前(釧路新聞社跡・大町2-2)の歌碑。「十年まへに作りしといふ漢詩を 酔へば唱へき 旅に老いし友 啄木」

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「くしろ歴史の散歩道」に指定されている道筋の歩道には、釧路の建築や昔の風俗などを描いたデザインブロックが配置されているが、この中にも、啄木がいた。「啄木来釧 さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」。啄木、スキンヘッドでやばい笑

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最後に、浦見城山通の消火栓。

  • 《釧路の朝》再び まだ早いので、幸町緑地を再訪し、本郷新《釧路の朝》を今一度観覧した。先週は海霧の中で観たのだが、今回は青空の下での観覧。

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こんなに青空が広がっていたのに…

  • 今日は、阿寒バスが運行する定期観光バス・ピリカ号を利用して、摩周湖・阿寒湖などを回ることにした。道東3湖のあたりは、公共交通機関は、バス(あるいはJR+バス)以外になく、時間もかかる上に、けっこうバス代もかさんでしまう。このピリカ号だと、要領よく観光地を回った上で、阿寒湖温泉で2時間のフリータイムがあり、釧路空港で下車することもできる。釧路出発、釧路空港下車で、価格は4300円。釧路駅BT8:00→MOO8:05→プリンスホテル8:07と乗客を載せて、以下、釧路湿原北斗展望台・車窓見学→摩周湖第1展望台・30分→硫黄山・30分→屈斜路湖砂湯・20分→阿寒湖温泉13:05頃到着・120分フリータイム→釧路空港16:10頃到着、というタイムスケジュール。釧路→釧路空港だと、料金は4300円。ただ、16:10釧路空港到着予定なので、飛行機までだいぶ間が空いてしまう。これがいささか難で、釧路空港で徒歩で行けるような観光地はないし、小さな空港で時間を潰せるようなところもないが、しばらく悩んだ末、まあ、静かなところで本でも読んでいることとし、結局ピリカ号に乗ることにした。
  • 当日は、ホテルから最も近いMOOバスセンターから乗車した。定時の8:05にバスがやってきて、無事に乗車。釧路駅BTからの乗客がけっこういた(この日の乗客は全部で17名。7割方は、アジア諸国からの観光客だった)。当日乗車して初めて知ったのだが(HPには記載なし)、阿寒湖温泉でピリカ号を下車して、阿寒湖バスセンターから出る定期路線バス(16:00発と16:50発がある)に乗り換えても、ピリカ号の乗車券提示で割増料金なしで乗れるとのこと(ちなみに阿寒湖BTから釧路空港までのバス料金は2150円)。これは、阿寒湖の観光船に乗りたい客対応のためらしい。これ幸いと、阿寒湖温泉でピリカ号を降りて、16:00発の路線バスで釧路空港へ向かうこととした。これで、待ち時間問題は解決。その旨、申し出ると、観光船の10%割引きになる優待券をくれた。
  • バスは鉄北幹線道を東に走り、新釧路川を渡ったところで、右折し、国道38号線に入る。このあたりは、昨日もバスで走ったが、ガイドさんが早速、案内を始め、日本製紙釧路工場や鳥取大通周辺などを説明。鳥取公園通を右折、くしろ記念公園を過ぎたあたりで、道道53号線に折れ、あとはしばらくこの道を北上する。昨日来た釧路市釧路湿原展望台前を経て、北斗展望台(駐車場とそれに面した展望台がある)前を過ぎる。さらに道道53を北上、鶴居村を抜け、国道273を経て、再び道道53を走る。釧路湿原を過ぎると、いかにも北海道らしい牧草地が広がる。先日の項でも書いたが、席が反対側だったこともあり、鶴居村役場前の野外彫刻を見損なったのは、ちょっと残念。弟子屈町を抜けるあたりから、どうも雲が多く、暗くなってくる。道道52に入り、標高があがるにつれ、ぽつぽつと雨が降り出す。そんな中、最初の停車地の、摩周湖第一展望台に到着。
  • 霧の摩周湖 摩周湖第一展望台で30分の停車。ガイドさんに率いられ、早速、展望台に上がってみる。雨風が強く、霧も深い。そして、何よりも真冬の寒さ(このあたりでは4月頃の陽気だそうだが…)。多少準備していたとはいえ、めちゃくちゃ寒い。バッグに入れっぱなしにしておいた手袋がありがたい笑 さて、肝心の摩周湖だが、霧の摩周湖というとおり、おおかたが霧で覆われ、眼下の湖面がかろうじて透けて見える程度の眺望。神秘的なはずの湖はその姿をほとんど隠したままだった。休憩所に移動し、トイレを借りる。休憩所裏の展望台で、リスに出会う。ガイドさんが車中、野生動物との予期せぬ出会いがあるかも、と言っていたが、今回は、タンチョウヅル、エゾジカなど野生動物には全然出会わなかった。かろうじて、ここで出会ったリスが唯一の野生動物!?

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  • 雨の硫黄山/ゴールデン・カムイ聖地巡礼編 硫黄山では、1972年(明治5)頃、釧路の佐野孫右衛門(あの佐野碑園の人ね)が採鉱に乗り出し、一時は全道一の硫黄鉱山になったこともあるが、1896年(明治29)には採鉱は休止された。1885年(明治18)に標茶町に釧路集治監がつくられ、収監された囚人たちには、道路の開削工事などの他に、この硫黄山での硫黄採掘が担わされた。囚人たちは、作業中の硫黄の粉と亜硫酸ガスで目を冒され、両目を失明するものが相次ぐなど、悲惨な状況を生み出したとのこと。14巻を読んだら、網走から樺太に渡ってしまったので、これ以上は無理、追いかけられない…笑

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強い雨の中、硫黄が露出し、ガスが吹き上げているところに近寄ってみる。いやはや、凄い匂いだった。目も見えなくなるよな、これじゃ。

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で、レストハウスに逃げ込み、メロンを食べた。200円。

  • 風の屈斜路湖・砂湯

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砂浜を掘ると、温泉がしみ出して来るそうだが、猛烈な風と風で吹きつけられる雨粒でたじたじ…砂を掘るどころではなかった。ほとんどの観光客はチラ見で、レストハウスに逃げ込んでいた。

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屈斜路湖の森。


  • 阿寒湖畔放浪:森と銅像 阿寒湖バスセンターの場所とバスの便を確認した後、だいたいの土地勘をつかんで、阿寒湖畔エコミュージアムセンターに行ってみた。途中に前田公園という小公園を抜けたが、ここに肖像彫刻があった。さて、エコミュージアムセンターでは阿寒湖周辺の自然についての展示を見ることができた。展示は、大きな1室全体の床面に阿寒湖を中心とした東北海道の航空写真を貼り付け、ポイントポイントにさまざまな解説を立体的につけるというもので、体感的に理解できるような工夫がおもしろい。ここで、しばらく展示を観覧。続いて、エコミュージアムセンター近くの探勝路を歩いてみる。探勝路には、森のこみちとボッケ遊歩道があったが、今回はボッケ遊歩道を歩いてみた。阿寒湖へ向かう道にボッケがあり、そこを経て、阿寒湖の縁を通る遊歩道を温泉街まで歩くルートだ。歩き始めると、すぐに松浦武四郎詩碑があった。ここを過ぎ、しばらく歩くと、異臭がしてくる。ボッケだ。ボッケは地下から泥が火山ガスとともに吹き出て、泥のあぶくが盛り上がったり、破裂したりする現象のことで、アイヌ語の煮え立つの意の「ポフケ」から来ているとのこと。そこを過ぎると、すぐに阿寒湖の岸辺に出た。ちょっとした展望台があったが、風が強く、雨も吹き降りだ。なにより寒い。展望台を過ぎ、岸沿いに右手に向うと、行き止まりで、そこに啄木の歌碑があった。道を戻り、湖の縁の遊歩道を歩く。左手が原生林、右手が湖。気持ちのいい道で、先ほどのエコミュージアムセンターで見た植生の様子を実物で確認することができる。このあたりで、ゆっくりしたため、いつの間にか14:00を過ぎてしまい、遊覧船に乗り損ねてしまった。荒天でいまいち乗り気ではなかったのも事実だが、失敗。温泉街を抜け、途中、コンビニでコーヒー休憩などを挟み(阿寒湖温泉街、やけにコンビニが多かったな)、観光案内所(案内所の他、いい感じの休憩用のソファなどもあり)に立ち寄り、アイヌコタンを見学する。その後、お年寄り夫婦がやっている温泉街の食堂で、遅い昼食に味噌ラーメンに食らい、ぼちぼちバスの時間なので、阿寒湖バスセンターに向かう。

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阿寒湖畔前田公園の、《前田正名翁像》(1961建立)。制作は中野五一。前田正名翁胸像建立期成会による。

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松浦武四郎詩碑。

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ボッケ

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阿寒湖畔の、石川啄木歌碑。「神のこと 遠くすかたをあらはせる 阿寒のやまの雪のあけほの」。

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阿寒湖の原生森。

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阿寒湖アイヌコタンのアイヌ文化伝承館チセ

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阿寒の消火栓

  • 阿寒湖観光のポイントが、温泉、遊覧船(まりも含む)、アイヌコタン、阿寒湖の自然と4つあるとしたら、結局、このうちの1つと半分くらいしか体験していないなぁ…まあ、いいか笑
  • 阿寒湖バスセンターから、阿寒バス・阿寒線の定期路線バス16:00発に乗車。普通の路線バス仕様。ここから乗車したのは4人。降りるまで、阿寒高校前から高校生が数人乗車したほかは、他に乗客はいなかった。バスは国道240(まりも国道)を南下して、途中、釧路市丹頂鶴自然公園を過ぎたあたりで、右折し、少し細い道に入り、鶴丘神社前を通り過ぎ、たんちょう釧路空港に約1時間で到着した。ピリカ号の乗車券提示で無料で乗れたのだが、正規のバス料金は2150円だった。途中、写真は撮れなかったが、阿寒町行政センター(阿寒町は2005年10月11日に釧路市、音別町と新設合併し、釧路市となった)前庭の、米坂ヒデノリ《青年の像》が見えた。
  • 少し空港の中を回って、保安検査場を通過して、待合ロビーで本を読むなど。帰りの飛行機は、先週と同じく、Air Do 74便、釧路18:40→20:25羽田の予定。出発は定時どおりで、羽田には10分ほど早く着いた。行きと同じく55ゲート。到着ロビーがとおおおおおい!羽田空港T2、21:45発のリムジンバスに乗車、23:00前には無事に帰宅した。山あり谷ありだったが、まあ、楽しかった。
  • あと飛行機の料金について、今後の参考のために、メモしておく。13、14日の羽田-釧路往復は、発売開始とほぼ同時に購入し、往復で21000円弱だった。先週の6、7日のチケットは、発売からしばらくて(1ヶ月ほど後)、購入した。こちらは、往復で16500円強(発売開始時は13、14日と同じ額。13、14日も安くなっていた)だった。5000円近く価格が違うなんて…
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