奴隷こそが慈悲を施さなければならない このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2007-06-29 なぜ日本人のセックスは「オナニー化」しているのか

pikarrr2007-06-29

なぜ日本人セックスは「オナニー化」するのか なぜ日本人のセックスは「オナニー化」するのかを含むブックマーク なぜ日本人のセックスは「オナニー化」するのかのブックマークコメント

性交渉回数、満足度で日本最下位


回数、満足度で日本最下位 http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070628-219281.html


フランス公共ラジオは27日、世界26カ国で行われた性意識に関する世論調査の結果、性交渉の年間平均回数が最も多いと推定されるのがギリシャで164回、最下位日本の48回だったと伝えた。上位はブラジルポーランドロシアなどで、インド(同130回)が5位、中国(122回)は9位、フランスは11位。自身の性生活に対する満足度では「満足している」と答えた人が67%のナイジェリアが1位。日本は15%で、これも最下位だった。米大手調査会社ハリスインタラクティブが計約2万6000人を対象に調査したという。

これってほんとだろうか。日本の年間48回って週一ペースですね。これって普通じゃないでしょうか?しかしギリシャ164回って、2日に1回ってすごいですね。他にやることないのでしょうか(笑)日本では「中年童貞が問題になっているというのに・・・世界ではみんなセックスをやりまくっているということですか(笑)




「瞬間恋愛から「二人オナニー化」


と考えていると、「宮台ブログhttp://www.miyadai.com/)でおもしろいエントリーを見つけた。

二十代から三十代まで(80年代?90年代)の我がナンパ人生を振り返っても、かつては、会ったばかりの女たちとまるで恋人のようにセックスでき、会ったばかりで旧知の間柄のようにお喋りが止まらなかった。故・東ノボル氏が「瞬間恋愛と名付けた所以だ。

それが90年代に入ると急に困難になってきた。親しくない女たちとの性交を通じて共同身体性を確認できた時代が、90年代に失われるのだ。恋人のようなセックスと述べたが、身体感覚を互いに熟知し合ったセックスのことだ。これについて昨今、逆説的事態が目立つ。

我々世代の(元)ナンパ師が口々に証言するのは、恋人なのに恋人のようなセックスが得られぬがゆえに抑鬱状態にある若い女性の急増だ。彼女らの中には、若い恋人がいるのに、恋人のようなセックスをしてもらえる中年男を愛人にするケースも目立つ。

〈生活世界〉の空洞化が、我々から共同身体性を奪い、他者の身体感覚を再現することを困難にしたのである。・・・かくして、若い人たちのセックス「二人オナニー化」(『サブカルチャー神話解体』第4章参照)する・・・〈生活世界〉空洞化に伴う共同身体性の消失という・・・原因だった。


MIYADAI.comBlog http://www.miyadai.com/index.php?itemid=518

会ったばかりの女たちとまるで恋人のようにセックスできる「瞬間恋愛という感覚は今ひとつわからないが、セックス「二人オナニー化」するのはなるほどなーとも思う。




セックスアーキテクチャー化


ボクなりに解釈すると、それは恋人への愛がないということではなく、性産業の氾濫によって、恋人とのセックスそのものがそのうちの一つになっているように感じる。たとえば性産業から大量の情報が伝達されるとき、「愛」という曖昧なものは伝達されにくい。伝達されるのはテクニック(技術)である。そしてセックス身体的な快感へのテクニックという基準で一元化=オナニー化」される。現に日本人セックスAVビデオの影響でパターン化していると言われる。

ここでは恋人とのセックスとは愛という特別なものではなく、AVビデオをみる、風俗へ行くなどの性産業などと連続性をもつ。「共同身体性」消失しているということは、個人身体性(への快感)が上昇しているということだろうか。これは、セックスアーキテクチャー化」とも言えるのかもしれない。




ギリシャ人はなぜ2日に1回セックスをし続けられるのか


ボクはセックスレスは性衝動の減退を意味しない」と言った。*1ボクがいった「性衝動とは性交渉回数、満足度」で考えることはできない。現代日本では、性的な刺激は多様化し、氾濫しつつ、個人身体へと一元化=オナニー化」している。そして性交渉(セックス)、満足度という基準そのものが、「共同身体性」的なものであり、解体されている。

さらには「性衝動は、セックスのテクニック(技術)に還元されることはないだろう。どのようなうまいテクニックだろうがすぐに飽きてしまう。人は個人身体へと一元化=オナニー化」に充足することはない。だから日本人の性的退却が問題になっているとすれば、性衝動が減退しているということではなく、肥大する性衝動の行き場がなくなっているということではないだろうか。

その意味で、ギリシャ人が2日に1回セックスをし続けられる「性衝動はどのように保たれているのだろうか。それはある種の「鈍感さ」かもしれない。セックスはどうすれば気持ちがよいか、という情報(基準)から離れた「鈍感さ」

*2