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2017-02-05 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀

pikarrr2017-02-05

「お勉強未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705X 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705Xを含むブックマーク 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705Xのブックマークコメント

第六章 「持たざる国」を「持てる国」にする計画


近代世界苛烈生存競争に勝ち残った二つの国が遠から武力によって雌雄を決する。一方は西洋文明代表国としてのアメリカである。もう一方は『法華経』の信仰体現する日本でなければならない。これは石原宗教的確信です。世界情勢を分析しての評論学問ではない。日本アメリカ勝利して『法華経』の約束する理想郷をついに世界にもたらすのだ。世界最終戦争日本が勝ち残ると、現世はそのまま仏国土に変じて永遠理想郷と化す。理想郷にはもう戦争はない。だから本当に最終戦争である。そのためには「持てる国」のアメリカに負けぬ国力を日本が持つ必要がある。しかし、そんなことが可能でしょうか。

石原はその方策が知りたくて伊勢神宮に参拝したと言ってよいでしょう。「持たざる国」の日本なるたけ早くアメリカ拮抗できるほどの「持てる国」に変ずるにはどうしたらよいのか。伊勢神宮で祈ったら、日本から飛び出した光が満洲に射し、その地が輝いたというのです。なるほど、満洲を一大根拠地にすれば「持てる国」になれるのか。石原はそう受け取ったわけでしょう。

・・・同年夏、関東軍参謀に任じられ、秋には旅順に赴任します別に石原本人がそういう人事を希望したのではありません。陸軍の巨大な組織はいちいち希望を聞いてくれるようには出来ていません。たまたまと言うべきでしょう。石原はそこに超越的なものの導きを感じていたものと思われます伊勢神宮での啓示から一年を経ずして満洲日本陸軍の中枢に入ったのですから石原計画に基づく満洲事変が起きたのは一九三一年九月一八日です 。翌三二年三月一日には満洲国建国されました。P190-191


未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN: 410603705X




第八章 「持たざる国」が「持てる国」に勝つ方法


うち、とりわけ有名なのは第二部の第八章「名を惜しむ 」。そこには「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」とあります

戦場で劣勢に追い込まれる。所属部隊が全滅同然の情況に至る。そうなったら降伏捕虜になっても少しも恥ずべきことではない。戦争一般常識です。ところが『戦陣訓 』は常識に逆らいました。絶対捕虜になるな。どんなに不利でも死ぬまで戦え。そう教えたのです。

第八章「名を惜しむ」の前の第七章「死生観」にはこうあります。「生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし」。「悠久の大義に生くる」とは「悠久の大義死ぬ」こととここでは同じでしょう。死ぬと生きるは通常は反対語ですが『戦陣訓』では同義語になっている。肉体は死しても魂はたとえば靖国神社で生き続けることになっていますから、生死の積極的区別意味をなさなくなるとも言える。まさに生死一如。『戦陣訓』は「生死を超越」した哲学によって作文されているわけです。

あるいは第一部第六章の「攻撃精神」 。「攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば止まざるべし。防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ」。荒木貞夫小畑敏四郎、鈴木率道ら「皇道派陸軍軍人による、一九二八年の改訂版『統帥綱領』等での攻撃精神の徹底的高唱を受け継ぐ内容ですが、ここにもわざわざ「死」という言葉が用いられています

仮に劣勢だろうが死ぬまで攻撃し続けろ。そう断言している。勝敗関係なく降伏せずに死ぬまで闘う。それでもし負けてしまったら結果は全員戦死、すなわち玉砕だ。そういう意味で『戦陣訓』の思想本土決戦と「一億玉砕」にまっすぐ繋がってゆくでしょう。P261-262


未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN: 410603705X

戦陣訓 http://www.geocities.jp/fujimoto_yasuhisa/bunsho/senjinkun.htm


第七 死生観

必死場合においても、厳として揺るがぬわれわれの行動のもととなるものは、身命をささげて君国は尽くすという気高い軍人精神である

生死のいかんを顧みず、一心不乱に、自分任務を完全に成し遂げるために突き進まねばならない。ひとたび死所を得たなれば、ある限りの体力精神力をささげ切って、落ち着いて死を鴻毛の軽きに比し、永遠に忠勇義烈の士として名を残すことのできるのを、武人としての最大の喜びとせねばならない。


第八 名を惜しむ

名を重んじ武人としての恥ずかしい行動をしない者は強い。常に戦陣における自分の行動が、直ちに郷里の人々や、家族親戚たちの名誉に影響することを考え、一層奮い立って、これらの人々の希望に添うように努力せねばならない。

死ぬべき命を生きて、捕虜となるような恥ずかしいことをせず、死んで汚らわしい罪の名を後の世に残すようなことがあってはならない。

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