どっぷりネガティブ英国日記

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2011-11-19

大丈夫大丈夫

一年以上ぶりの更新になりますか。


イギリスを離れて4年半、桑名を離れて1年、茨城を離れて半年以上経ちました。

東京でなんとか暮らしています。


いろんなことがあって、嬉しい事より、思い出としては悲しい事が胸を今でも傷めたりしています。


学生時代は思っていることを毎日この場で書いていましたが、今は思っている事を素直に書ける環境でもありません。MixiとかFacebookだと、読んでほしくない人と内容もあったりするものね。


今はひっそりと、誰も読んでいないであろうこのどっぷりネガティブ英国日記で今日の気持ちをちょっぴり吐き出したくって、久しぶりに日記を書いてみました。


大丈夫大丈夫、あたしは何があっても大丈夫だけれど、やっぱり過去の悲しい思い出って消えない。消すには、私の力だけじゃあどうしようもないし、悔しいとか憎いとか、大声でなじりたかったり、みんなに相談したりしないといけないかな。それでも、消えないだろうな。


忘れかけては、思い出してしまう。誰にだってそんな事あると思うけれど、今でも来年でも3年後でも思いだしたくないのに思い出すって、最低。自分のしつこい記憶も最低。


いつまでこの東京にいて、いつまでつまらない生活しているつもりなんだろう、あたし。


仕事辞めて、車売って、また行きたい場所に行ってみるのもいいかもね。考えよう。日々の忙しさを理由に考えないのをやめよう。


大丈夫だから、大丈夫だから、ちょっとお部屋の整理して心落ち着かせたらいいよね、きっと。

2010-02-17

pinoura2010-02-17

[]トニオの料理を食べに行こう

とある憂鬱な月曜日。通勤も憂鬱ならば、会社のPCの前に座ってからも憂鬱。

楽しい事ないかな〜なんて期待してもついてこない!と、いうわけで楽しい事は自分で見つけましょう


ふと、楽しい事を思いついたので社内メールにて、同期&後輩にメール。


「ジョジョ第4部のトニオ・トラサルディーの料理を作るわよ!」


…小学生の時に現役で少年ジャンプを読んでいたのですが、別に食べ物に興味がなかった当時でも、「面白い〜食べたい〜」と思ったのがジョジョ第4部のトニオ・トラサルディーが登場するお話。イタリア料理のシェフがスタンドを使った料理でお客さんの体調を整える、という話なんですが、ま〜これが美味しそうなんだわ。


ずっとずっと、再現してみたかったトニオのコース。会社の同期&後輩がJOJOネタわかるというのが発覚しましたので、でへへ〜、ついにやっちゃったよ!


La lista d'oggi(本日のメニュー)


1.Vevanda ドリンク

L'acqua gassata che scacciare il sonno della Germania.

(眠気を解消するミネラルウォーター。残念ながらドイツ産)


2.Antipasto 前菜

La caprese che curare le spalle rigide

(肩こり解消カプレーゼ)


3.Primo Piatto 第1皿 パスタ

Le Spaghetti Puttanesca che curare denti cariati.

(虫歯を治す娼婦風スパゲッティ)


4.Second Piatto 第2皿 肉料理

La putta di pento alla griglia con spremuta della

mele che fare stare il stomaco bene.

(おなかの調子を整える牛肉の香草グリル・リンゴソースがけ)


5.Dolce デザート

Il budino che curare i funghi.

(水虫治療プリン)


と、上記がコミックス33巻にでてくる、トニオが億泰に出すメニューの全部。ネットでも一部を再現(特に前菜)している人は結構いるんですが、コースだとなかなかいないんだよね〜。

(久しぶりにイタリア語書いたので間違ってる可能性大…)


一人じゃこんなバカで手の込んだこと、中々できませんのでいい機会だ!と、3人でノリノリで「トラットリア・トラサルディー」を開店しましたぁ


f:id:pinoura:20090926141350j:image

いらっしゃいませ[m:1]


1.ミネラルウォーター


…え〜、水。もちろん用意していたんですが、キッチンでスプマンテ(イタリアのスパークリングワイン)飲みながらキッチンドランカーしてましたんで写真取り忘れた……


2.カプレーゼ

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マンガに材料が全部書いてあるんですが、作り方は書いてない。しょうがないんで、材料は本当に全部真似して、ドレッシングのレシピは自己流で作りましたよ[m:206]ドレッシング用にわかめまで買ったし……

(実は後輩がこの為にお皿も買っている)


3.娼婦風スパゲッティ

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トマトベースのスパゲッティだったら、娼婦風って自分ランキング1位2位を争う感じで好き〜。自分で作れるから、外では食べませんが。家に常備しているイタリア食材で作れるのもいいですね


こっちの方が美味しそう↓

f:id:pinoura:20100217221631j:image



この時点で3人ともスプマンテ・赤ワイン・ビールが回ってヘロヘロになってました…でも、

「さっ!料理を続けましょうか…」


4.子羊背肉のリンゴソースがけ

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桑名には子羊背肉なんて売ってなかった…田舎の馬鹿ー!と、いうわけで牛肉で代用。


これが一番、「どう料理するかな…」と悩んだのです。材料すら原作に書いてないし。しょうがないので、リンゴジュースとバルサミコ酢を小鍋で煮詰めたソースを、香草グリルしたお肉にかけてみた。結果……


「ンまぁ〜いっ!!」


5.プリン

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これは、あたしお得意の焼プリンですー。いつもは超巨大だけれど今日は普通のプリン型で焼いたよ。ふふふー、同期&後輩に絶賛うけました!ん、あたしもこれはホントーに美味しいと思うもん


と、いうわけで火曜日夜9時から調理を初めて、2時半まで続いた今回の「トラットリア・トラサルディー@桑名市」ですが、次回は「由花子のお料理@監禁別荘」でお会いしましょう


写真:お手伝いする後輩&同期@同期の家

2009-11-12

[]クリスチャンじゃないのに、クリスチャンスクールその3


結論から言うと、あの時買った聖書は、1年間の留学生活で一度も使わなかった。



そして、クリスチャンスクールに1年通った結果から言うと、あたしは宗教が大嫌いになった。



何度も言う様だけれど、あたしが生活をしたカンザス州はとても保守的なプロテスタントが大多数を占める州。アメリカのど真ん中。広い土地、多くの牛、少ない人口。ちなみに州の大きさは丁度日本の本州が入る位大きい。


おそらく、あの地で、もしくは宗教色がとても強い場所で生活をした人しかわからないとは思うのだけれど、アメリカは日本と違って宗教が生活にとてもとても根付いている。日本の宗教は文化であって、人々の生活や習慣や、「常に自分と共にあるもの」ではない。でも、カンザスの(少なくともあたしの周りの)場合は上記の通りなんだな。「宗教=常に自分と共にあるもの」


宗教は生活の一部。宗教がない生活なんて考えられないし、常にそこに、いる。


毎週日曜日、午前中に教会に行って礼拝に参加。


毎週水曜日、幼稚園から高校生までの生徒全員と先生、スタッフが集まっての礼拝に参加。


ご飯を食べる前のお祈り。


これは、本当に1年間続いた。日曜日の礼拝は特に苦痛だった。クリスチャンじゃないのに、行く事を強要される。自由の国アメリカだけれど、キリスト教を強く信仰するあたしのホストファミリーは「日曜日の礼拝に行かない事=悪」と捉えていたようにも見える。


家族の一員として生活をしているあたしが行くのはあたりまえなのかもしれないけれど、やっぱり自分になじみが全くない宗教行事に毎週参加するのは苦痛だった。


一度だけ、ホストに言ったことがある。


「I don't feel to go church today. May I stay here?」

(今日は教会に行きたくない。家に残っていてもいい?)


今でも覚えている。二階のバスルームのドアの前。Joleneの怖い顔。


「Ok, you can stay here, but no next time.」

(OK,今日はここにいてもいいわ。でも、次はないわよ)


怖かった。次はないわよ、と言われたあの時を、10年近く経っても思い出せてしまうほど。普段は優しいJoleneだったけれど、きっとあの時のあたしの気持ちがJoleneに通じてしまったんだとおもう。「I don't wanna go to the church


口にした言葉は「don't feel to go」だったけれど、本当に「don't wanna go」だった。心が拒否していた。嫌だった。協会も礼拝も賛美歌も。あたしの大好きなホストファミリーが信仰している物を拒否していたわけだから、そりゃ、Joleneもつらいよね。怖い顔にもなるよ。


今はそう思うけれど、当時は怖くて怖くて、信仰の自由ってなんなのさ、ここは自由の国でしょう?とみんなが教会に行ってから一人泣いてしまったのを覚えている。


結局翌週からは日曜日の教会通いは再開して、理解できない牧師さんのお話を聞き流して時間が過ぎるのを待った。


みんなが牧師さんの話を聞いて、神とジーザスとの世界に入っていくのを客観的に見る。日曜日も、水曜日も、いつもそうしてきた。客観的に見て、観察して、分析して、そしたらもっと知りたくなった。


信仰したいから知りたいのではなく、なぜ彼らがこんなにも信じることができるのかを知りたかった。なぜ彼らは伝道するのか、なぜ彼らの生活にここまで根付いているのか、ほかにもいろいろとキリスト教を取り巻く環境の「なぜ」を知りたくなった。


1年間の留学でとても、とても嫌いになった物が宗教。


でも、留学生活で新しく、一番興味を持ったのも、宗教だった。

ChikaMaruChikaMaru 2009/11/12 06:37 久しぶりに「どっぷり日記」覗いたら、とっても懐かしい事が書かれてるじゃないですか!
イリノイの田舎で1年過ごして、大学時代ははサンフランシスコなんていう都会で過ごし、今はワシントンDCで社会勉強中なのですが、アメリカの色んな地域を見れて、この国のデカさ&地域間の大きな違いを感じるし、やっぱり移民の国だなぁって思います。そしてあたしは色んな人がいる(=世界中の色んな食べ物が食べれる)都会が好きだし、1対1からでも始まる「異文化交流」の大切さが理解できた気がします。最近は中東系のご飯が美味しすぎます。
少々脱線する話なんですが、ominiculturalismという言葉に出会ってから(詳しくはこちらhttp://d.hatena.ne.jp/ChikaMaru/20090916)、宗教とか人種とかそのすべてを越えて、ますます色んな人、自分と違う文化を持つ人たちと付き合っていきたいと思いました!

2009-11-11

[]クリスチャンじゃないのに、クリスチャンスクールその2

「You need to buy a bible」

(Pinouraは聖書を買わなくちゃね)



アメリカの一年間の受け入れ先が決まって事前研修中のホストファミリー宅から引っ越しも無事に終わって、ホストマザーになるJolene(ジョリーン)と買い物に出かけたその朝に言われた。



聖書。Bible。バイブル。


「バイブル」っていう単語は歌の歌詞や読んだことのある本なんかにたまにでてきていたけれど、それが「聖書」を指す言葉という事はいつ知ったのか。少なくとも、アメリカに着いたその時には知っていた。の、で、ホストファミリーに言われた時は私がどうやら聖書を買う必要があるというのを言っている事は理解できた。さすがにそれくらいの文章を理解できる程の英語力はある。


「Oh...OK, but I already have one. At the language camp, Church gave us each. It's English and Japanese」

(あ、でも、もう1冊持っているよ。語学研修中に教会がくれたもん。英語と日本語が書いてあるよ。)


(→ちなみに、交換留学先の高校に入る前に一か月の語学研修が街の教会の場所を借りて行われました)



「No, it's not enough. You need one for the class of Bible.」

(それじゃあ充分じゃないのよ。聖書のクラスの為に1冊必要ね)



ふーん、そういう物なのか。いや、というか、聖書のクラスってなんだよ。語学研修中にも毎週日曜日の朝は教会に行っていたけど、まさかこれからSunday School(日曜学校=教会で聖書やキリスト協の勉強)にでも通わされるのか?!?!?!


と、多少頭の中にハテナマークが浮かびながらもJoleneはカンザス州のまっすぐな道を走り続け、一軒のお店にあたし達はたどり着いた。そこは、クリスチャンの為のお店。



クリスチャンの為のお店?



なんじゃそりゃ、と思うでしょう。少なくとも日本でそんなお店をあたしは未だかつて見たことがない。そもそも需要もそんなにないだろうから、日本でオープンしてもたちまち潰れてしまうと思う。しかしそこはアメリカ、中部の超保守的プロテスタントが大多数を占めるカンザスである。いたるところにあるんだな、クリスチャンの為のお店。


普通のお店と何が違うかって、売っている物全部キリスト教に関係した物。一見普通の絵本に見えても、一件普通のアニメビデオに見えても、一件普通の音楽CDに見えても、それは全部「クリスチャンとして、キリスト教を学び、キリストを称え、キリスト教徒であることを楽しんだりするもの」なんだな。


具体的に言わないとわからないね、例えば…


  • 聖書
  • 聖書の虎の巻(解説書みたいなの)
  • ゴスペルCD
  • ゴスペルじゃないけれど、クリスチャンバンドのCD
  • 子供向けに聖書を勉強できるアニメVeggie Tale(野菜が主人公…)
  • アクセサリー類
  • 聖句の書かれたカード
  • etc,etc....

とか。とにかく、全部キリスト教関係。それ以外の物はない。


とにかく、そこで20ドル位の聖書をJoleneが選び、あたしがお会計。そもそも聖書の値段もピンキリなのだけれど、聖書って中身全部一緒だよね…?一体何がその値段の違いを作り、人々は一体何を基準に選んでいるのかがいまだにわからない。いや、装飾などもあるんだろうけれどさ、でも内容が変わるわけがないしな。なんとっても世界一のベストセラー。


あたしが買った聖書は、黒の外装、ページ部分の背には金箔。箱入りでとてもとても奇麗な物。と、いってもなんでこれを買った(正確には買わされたのだが…)のか、まだ理解できていない。必要ないかもしれない出費だったらやだな…、と思いながらもそこまでまだ主張する勇気も、英語力もなかった。の、だが、

「OK, now you can take Bible Class! Ms. Lucas will be your teacher. She is good, and Briged and Jamie will will be in your class, that is also good! You know, them?」

(OK,これで聖書のクラスに入れるわね。ミス・ルーカスがあなたの先生よ。いい先生だからよかったわね。あと、ブリジットとジェイミーも同じクラスにいるはずだから。2人は知っているでしょ?」


ん?確かにブリジットとジェイミーは知ってる。語学研修中に、その時のホストシスターのJade(ジェイド)と、Joleneの娘でこれからあたしのホストシスターになるJulie(ジュリー)と一緒に会った覚えがある。彼女たちはこれからあたしが通う高校のクラスメイトになる、というのも聞いている…


と、いうわけは、あたしは高校で聖書のクラスをとることになるの?へ?高校の授業で聖書のクラスがあるの?


遠慮がちに聞いてみた。


「Ah...Do I need to take Bible Class?? I thought I could choose the subject what I want.」

(えっと…あたしは聖書の授業をとらないといけないの?教科は自由に選べるって聞いていたけれど。)


「Yes. You have to take. You still can choose other subjects though.」

(ええ、必須科目よ。でも他の教科は選べるわよ)


有無を言わさず。どうやら高校の授業で聖書が必須らしい。日本のごく普通の私立高に通っていたあたしからしてみたら、信じられなかった。なんで、聖書の授業を取らなくちゃいけないのよー!宗教の勉強?!あたし、クリスチャンじゃないのに…


いや、この時点でもやっぱりわかっていなかった。あたしは、これからクリスチャンスクールに通うのだ。そりゃあ、よくよく考えたら聖書の授業もあるだろう。しかし、それを素直に受け入れられる自信が既になかった。


なぜか?だってだって、たった一か月間だけれど語学研修中にお世話になったホストファミリーと毎週日曜日の礼拝に行っていたけれど(行かされていた)、それすら苦痛だったんだよ。


苦痛だった内容は後々書くとして、そんなこんなで聖書を手に入れたあたし(二冊目なんだが…)。ちょっと不安でちょっと嫌だけれど、それでも、これで堂々と教室のドアを開けられるってもんだわ!と、意気込んで、高校生活は始まった。

2009-11-06

[]クリスチャンじゃないのに、クリスチャンスクールその1

日本人の多くがそうであるように、pinoura家は仏教と神道が一年の中で特定の季節や行事の時だけ登場する。お正月は神社に初詣に行って、お盆が来ればお寺にお墓参りに行く。おうちにはお仏壇もあるし、神棚もある。


これって、ごくごく一般的なことだと思う。もう一度言うけれど、それが日本人だったのならば。



そもそも二つの宗教が一人の中、一人のbeliefに混在するというのはどういうことだろうか。いろんな国の人を見てきているし専攻が国際関係学だったからそっち方面は知識があるつもりだけれど、そんな人種はめったにいない。


おそらく、日本人の宗教観は「宗教」ではなく「生活に根付いた文化」だから、上記の様な状況であるのだと思う。だって、


「あたしは仏教徒だからお盆はお墓参りに行くのよ!」


じゃなくって、


「お盆だからお墓参りに行くのよ」


っていう人の方が圧倒的に多いもの。そうだよね?



今はそんな風に分析できるし(分析という程のものじゃないが…)理解できるけれど、18歳の当時はそれを説明できる程自分の日本人的環境を理解していなかったし、それが当たり前だったから考える機会もなかったし、そしてそれの環境を説明できる英語力もなかった。せいぜい言えて、


「ブッキョーismとシントーシュラインが日本のメインのレリジョンです」


だったと記憶している。 「What is Shinto?」と聞かれれば、そこからはもう難解。


「日本のオリジナルの宗教で、神様は8ミリオンいるんです」

(It's Japanese original religion, there are 8 million gods)


何度言ったことか。そして、8ミリオンの神がいる、と言った時点で必ず変な顔をされたっけ。そうだよ、ヤオロズの神(八百万の神)とは言ったものだけれど、英語に直すと確かに8ミリオン。自分でも変な気がする。さすがに多い 笑


そんな18歳になりたてののpinouraさん、一年間の受け入れ先として放り込まれたのは、アメリカのどまんなか、カンザス州カンザスにあるMaranatha Academy。私立の、幼稚園から高校までの一貫校。特徴は、


「バリバリのクリスチャンスクール」


だった。


「なーんだ、そんな特筆することじゃないじゃん」


と思うのは大間違い。アメリカの特に保守的な地域(中部だからね)のクリスチャンスクールなんて、日本のクリスチャンスクールと比較したら別世界。(だと思う。日本のクリスチャンスクール行ったことないけれど…)


一年の間に、アメリカ人の宗教観と、宗教とはどういう物なのかをとても、とても学ばされたのがあたしの高校留学生活だった。イイ面も悪い面も、いっぱい知った。それを、少しずつ記録していこうと思います。

2009-11-04

[]Maranatha Academy一日目

「Welcome!!」


と、初めて会ったクラスメイトはあたしをすごい勢いで、むんず!、と抱きしめてくれた。Chris,クリス、金髪で青い目の高校4年生。(日本でいう高校3年生)



「イメージしていた通りのアメリカ高校生活だっ!!」

もらったHugで、あたしの心はドキドキ、飛び跳ねながら歩きたくなるほどワクワクしてしまった。だってだって、日本の同級生の男の子にHugさせるなんてこと、絶対ないもの!


これぞAMERICA!!


「See You!!」とChrisに言われても、ドキドキしてなんて返していいのかわからない。考えているうちにChrisは自分の教室に消えていった。さあ、楽しみにしていた高校1日目、今日から本格的に交換留学が始まるんだ!楽しむぞー!!と、数歩歩いたところで、また


「Welcome!!!」


と、今度はサラサラロングの金髪、緑色の目の女の子。


「○○○○○○○〜〜〜〜〜!?!?!?」


と、すごい勢いで話しかけられるも全く理解できない。でも、すごく歓迎してくれているのはわかった。なんて綺麗な子。細くって、ただのジーンズに普通のTシャツが金髪にとっても良く似合っている。なんてちんちくりんなあたし、日本人、と思う程魅力的な子だった。


Beth Ann、べスアン。 数ヶ月間彼女の名前は発音できなかったっけ(Beth のth が難しかったんだよね)。



アメリカの高校に来た日本人を、まずはアメリカ式のHugで歓迎してもらったあの日の記憶も、もう半分以上薄れてしまったけれどこの2人は忘れられない。あの日以来、Hugが大好き。その後6年たって日本に帰国してからも、1年間以上はHug文化を引きずっていたなぁ。


その後Chrisからはアメリカの負の部分を教えてもらったし、Beth Annからはアメリカは本当に移民の国だというのを教えてもらった。その事も後ほど書こうかな。

2009-11-02

[]不安なんてなかった。

東京駅の構内を、京葉線のホームを出てから走った。


中学校の同級生二人と、私の3人。横には重たい重たいスーツケース。

成田空港に向かう電車、成田エクスプレスが停まっているホームを目指して、歩く歩道の上も走る。


2000年の7月の終わり、18歳だったあたし。アメリカ留学へ出発のその日。

前日から舞浜にある友達の家に泊まりこみ、余裕で出発するはずだったのに何であんなに急いで走らなくてはいけなかったんだろう。今となっては思い出せない。


高校生の女の子にしてみたら、1年間の留学なんていうのは今までの人生で1番のビックイベント。大きな決断と大きな希望を胸にして、両親はおろか、親戚一同の期待と不安を背負っての交換留学になるのが普通。


良くも悪くもウチはそうじゃなくって、親はあたしの留学に無関心。いや、今思えば「親がしゃしゃりでないといけないような娘だったら留学なんてできるわけがない」という娘への気持ちから、放任ですべて娘自身の決断と行動を尊重してくれていた。


なんとか間に合った成田エクスプレスに乗り込み、手を振る友人たちに別れを告げ、あたしは一人成田空港に向かった。


空港には、同じ留学機関を使って同じ日にアメリカに飛び立つ同期生がたくさん。親と最後の別れを惜しんでいて、泣いている子もいっぱい。留学前の研修で友達になった福島県出身の子もいた。親は見送りの為にわざわざ福島からでてきたのか!と驚きながらも、よく見たら一人で来ているのはあたしくらいなもんだった。


急に、さみしくなる…わけもなく、フン、みんな子供ねー、なんて冷めた目で見ながら、出発の時間を一人ソファに座って待っていた気がする。


留学に対して不安なんてカケラもなかった。今だからそう言えるんじゃない?なんて誰かに言われても、実際そうだったんだからしょうがない。子供だったから、これから待つ脅威や危険なシーンがなにもイメージできなかったというのはあるだろう。ちょうど1年前の一ヶ月間のカナダ語学留学が最高に楽しくて日本に帰るのが体が締め付けられる程苦しかった思いでもあるだろう。


とにかく、嘘偽りなくこれから始まる1年間の留学に何の不安もなかった。ただただ、アメリカでの生活が楽しみで夢いっぱいで、そして卒業後の進路を決めるという大きな決意を持って、あたしは一先ずロス行きの飛行機に、同期と一緒に乗り込んだのだ。

あたしの思い出整理

これから少しずつ、17歳から24歳までの自分を整理しようと思います。


今の自分を形成したひとつひとつの思い出を、いつか忘れてしまう前に書いておきたい。順番はバラバラになるだろうけれど、今みたいに数か月に一度の更新になるかもしれないけれど…。でも書きたい事はいっぱいいっぱいあるから少しずつ書いていこうと思います。


どうぞ、お付き合いください。