プラチナデータ

映画「プラチナデータ」は、今ではすっかり国民的ベストセラー作家の1人である東野圭吾の同名著書を映画化した作品。テレビなどで放映されている予告編で、嵐の二宮君が「ぷらちなで〜た…」とエロチックに囁くように呟く例の作品である。

映画化を前提に小説を書くという初めての試みとして執筆を開始したが、途中で行き詰まり、映画とのコラボレーション企画は一旦断念したという「プラチナデータ」。改めて書きたかったことが一体何であったのかを見つめ直し、執筆を再開。天才科学者の逃亡を描きながら「DNA=人の心の謎」に鋭く迫ったミステリーは、実に3年半をかけて書き上げられた。

東野圭吾原作のドラマ化や映画化はヒット作が多い。シリーズキャラクターを必要最低限しか使わないことでも知られているが、福山雅治演じる天才物理学者の湯川学が活躍する「ガリレオ」シリーズや、阿部ちゃんが加賀恭一郎に扮する「新参者」シリーズはドラマでも映画でも人気キャラクターである。

プラチナデータ」の舞台は、究極の個人情報であるDNAデータが万に1つの間違いもないという前提で、犯罪捜査利用のため法律化されようとしている近未来の日本。街に張り巡らされた監視カメラが犯人を割り出し、国会はマイナンバー法成立に向けて動く昨今、DNAで個人情報を一元化する管理社会の危うさに斬り込む「プラチナデータ」は、強ち近未来の話とも思えない。

ストーリーは、無残な子供の遺体が発見されるところから始まる。子供の連続誘拐殺人事件は、犯人の目的も、何故その子供たちが殺されたのかも謎。ところが、現場から採取された髪の毛のDNAから犯人像が解析された。解析したのは警察庁の科学捜査機関で、最新技術により性別、血液型、年齢、体型だけでなく、顔のモンタージュ写真も捜査会議で披露する。警察庁に新設された特殊捜査機関「特殊解析研究所」、通称「特解研」に所属する皮肉屋で自信家の天才科学者神楽龍平は、、容疑者の爪や足の指に特徴があることも付け加える。

この解析で容疑者が特定され、すぐに逮捕。現場に駆けつけた警視庁捜査一課の浅間玲司が犯人の足の指を確かめたところ、神楽が言うように指に特異な点が見られた。その事実を神楽に伝えながらもDNAへの疑問を口にする浅間に対し、神楽はDNAでその人物のすべてが解り、人の顔など見なくても犯罪は解決できると自信満々に言い放つデジタル人間。

極秘裏に収集した全国民のDNAデータ「プラチナデータ」を利用した高度なDNA捜査が導入され、検挙率100%、冤罪率0%の社会が完成していたはずなのだが、DNA捜査が通用しない連続猟奇殺人事件「NF13(Not Found13)」が発生。そして、同一犯人と思われる手口により、DNA捜査システムを開発した天才数学者の蓼科早樹とその兄の耕作も殺される事件が起こる。

遺伝子学教授の水上江利子が勤める新世紀大学病院から一歩も外に出なかった早樹。密室ともいえる状態で、犯行はどのように行われたのか…。現場に残されていたわずかな皮膚片からDNAデータの抽出に成功した神楽は分析を開始するが、適合率99.99%で容疑者として特定されたのは自分自身だった。一切身に覚えのない神楽は逃亡を決意。「追う者」だった神楽は、自ら手がけたDNA捜査によって「追われる者」となってしまった。「特解研」の同僚である白鳥理沙に密かにサポートを得て逃走を続ける神楽は、事件の裏に何かが存在していることを知る。

この事件の捜査担当となった浅間は神楽を追い詰める過程で、神楽の中にもう1つの人格「リュウ」が存在していることに気付く。多重人格者であることを自覚していない「神楽龍平」と「リュウ」の永遠に出会うことのない2つのパーソナリティにどんな秘密が隠されているのか…。

ただ、この神楽の秘密以上の「秘密」がその先に用意されているのがこの作品のキモ。1人の人間の中に相反する要素があることは何ら不思議ではないが、数値重視の科学はそんな不確定要素を許さず、そのことが予想外の展開を生み、この作品のテーマとつながっていく仕掛けになっている。「プラチナデータ」に隠された驚愕の事実は、現代社会でも十分に有り得ることで、背筋がゾッとするくらいの説得力がある。

自らのDNA鑑定で身に覚えのない殺人の容疑者となり、逃亡することになる天才科学者の神楽龍平と、そんな神楽を執拗なまでに追う敏腕刑事の浅間という2人の存在を軸にストーリーが展開するだけに、神楽役と浅間役のキャスティングは映画化における重要なポイント。そして、人気アイドルグループ「嵐」二宮和也豊川悦司を料理するのが、NHKドラマ「龍馬伝」「ハゲタカ」などで数々の賞を受賞し、去年公開された「るろうに剣心」の大ヒットが記憶に新しい大友啓史監督。

何となく陰鬱な近未来を全体的にブルーっぽい寒色系の映像でクールでスタイリッシュに描かいている。そして、この映画のもう1つの主役であるDNA解析捜査システム。「DNA法案成立前のプロトタイプの研究所」というコンセプトで作り込まれた特殊解析研究所のセットは、細部まで制作サイドのこだわりが感じられる。セットにずらりと並んだDNA解析のための検査機器は、実際に解析の現場で使われている本物が設置され、1台数億円規模の最先端の機器がいくつか持ち込まれ贅沢な空間に仕上がっている。

解析のためのモニターが50台以上並べられ、両面から投射できるスクリーンに解析結果が映し出される。このスクリーンは「viZoo社」のホログラフィックシステムで、ハリウッド映画ではお馴染みだが日本映画でこのスクリーンが使用されたのは初めてだという。透過型スクリーンのため、映像の向こう側を観ることができ、通常ならスクリーン向けの画と役者向けの画をカットバックでつなぐしかなかったところを、スクリーンに映し出される映像越しで役者の表情を捉えることができ、よりダイナミックでリアリティあるシーンの演出が可能となった。ただ、せっかくのセットが上手く活かされていないように思えたのは個人的見解。

日本映画を軽視している訳ではないが、また、大金を投じたハリウッド映画と比較するのも反則であるが、一般的邦画のスケール感の無さとカーチェイスのゆる〜い駆けっこ感は残念に思う事が多々ある。「プラチナデータ」はテーマが面白いだけに、もう少しスケール感があれば…と邦画の宿命を嘆いてしまう。

システム開発者の黒幕は自らを「先駆者」と呼ぶ。しかし、先天的資質の優劣で人間を分類したり、交接でより優秀な子孫を残す考えは前世紀初頭に世界的に流行した優生学そのもので、ナチスでもお馴染みの考え方。今更、先駆者とは片腹痛い。

ま、優れたシステムは、それを利用する人間によっては諸刃の剣になり得るってことである。アイドルでありながら、確かな演技力を持つ二宮和也が二重人格の1人2役のという難役を演じ、主題歌が嵐の「Breathless」だけに映画はヒットすることは間違いないだろう。