なにがし庵日記

2017-10-22 京都国立博物館 国宝展

[]京都国立博物館 国宝

行ってきました国宝展2期。

もちろん目当ては「龍光院曜変天目」。

あいにくの台風の雨のおかげでやや人入りの少なかった国宝展。

30分程度の待ち時間で入れました。

順路は最初に3階にエレベーターで上がり、ぐるぐる降りて来るのですが、龍光院曜変天目は1階にあります。

この日は順路逆走…出口からの進入が認められており、いきなり1階に入れました。

中には曜変天目だけの待ち行列があり、これも10分程度ではけます。

曜変天目のケースを中心にぐるっと廻って観察できます。

…EXPO70の月の石の展示みたい。

何周しても怒られないので気の済むまでぐるぐる廻るといいでしょう。


さて現物。

龍光院曜変天目は、3碗の中で一番「天目としてのサイズ、形」が天目らしいと思いました。

テクスチャーは、薄く青と緑がきらめく中に白というか肌色というかの星が散っています。

他の2碗に比べ、星というより「エイ皮の星」のような感じで、ややグロテスク。

失礼ながら3碗の中では一つ格下かな?という印象でした。



あとは東京で見れるものをさっくりぽんとスルーして見たいもの見て帰ればいいと思います。

2017-10-04 龍光院の曜変天目

[]龍光院曜変天目

http://www.kyohaku.go.jp/jp/special/tenrankai/kyoto-kokuhou2017.html

私は今、京博に行かねば!という強迫観念にとらわれています。

展示期間半月もないのか…週末2回分。

人を観に行くようなものじゃろうなぁ。

2017-06-19 ごあいさつ

2007年の6月19日。私は本ブログを書きはじめました。

本日はブログ開始10周年、と言うことになります。

電波の届かないとこへ旅行に行く、病気、などの抜けはありましたが、おおむね毎日更新でここまで参りました。

んでですな、10年という節目を迎え、これを機会にブログの毎日更新を中止することにいたしました。


別にお茶をやめるわけではないし、読書をやめるわけでもないです。ブログを閉鎖するわけでもありません。

毎日更新する為に本を読むことは、んで惰性でブログを書くことは、なんか違うな、と思い始めたからです。

更新頻度は下がるかと思いますが、今後ともよろしくお願いします。

2017-06-18 南方録と茶の湯

[]南方録と茶の湯

南方録の覚書を読み直してみた。

南方録の覚書は、通常の茶の湯伝書の形式をとっていない。

普通、茶の湯伝書石州百ヶ条とか織部伝書のような、箇条書きを中心としたもので、南方録の記述は枝葉が多過ぎる。

でも、この枝葉があるからこそ、南方録は歴史に名を留めている。


我々は利休とは何か、を南方録から知り、形成している。

もしこの世に茶話指月集しかなかったら、利休は厳しいだけの意地悪ジジイである。

利休の茶の湯での地位は、こんなに高くなかったのではないだろうか。


元禄の頃、利休回帰のブームがあり、南方録は書かれたと言われる。

#その利休回帰のブーム、というのが本当にあったのかは知らないが。

であれば、本書の利休は、元禄の頃に誰かが「そうあって欲しい」と願った利休であり、本書の眼目は枝葉の部分、利休のエピソードにこそあるのだろう。

そして今更それを茶の湯から排除できない。

南方録が偽書でも、そこから形成された利休こそが真の利休だからである。

2017-06-17 南方録14

[]南方録14

○紹鴎ワビ茶ノ湯ノ心ハ、新古今集ノ中、定家朝臣ノ哥ニ、

  見ワタセハ花モ紅葉モナカリケリ

   浦ノトマヤノ秋ノ夕クレ

コノ哥ノ心ニテこそあれと被申しと也

紅葉ハ、即書院臺子の結構にたとへたり、

其花もみぢをつく/゛\とながめ來りて見れば、無一物ノ境界浦のトマヤ也、

紅葉ヲシラヌ人ノ、初ヨリトマ屋ニハスマレヌゾ、ナガメ/\テコソ、

トマヤノサヒスマシタル所ハ見立テレ、

コレ茶ノ本心也トイハレシ也、

贅を尽くした事がないと侘びには達せないよ、という教え。

書院台子の茶が、贅として捉えられているのが面白い。

南方録において、書院台子の茶は、侘び茶の根本の真の点前であり、贅の茶である。

台子を資格であり秘伝中の秘伝である、という考え方とはほんの少しベクトルが違う気がする。

又宗易、今一首見出シタリトテ、常ハ二首ヲ書付、信ゼラレシ也、

同集家隆ノ哥ニ、

  花をのミ待らん人に山ざとの

   雪間の草の春を見せばや

これ又相加へて得心すべし、

世上の人々そこの山・かしこの森の花が、いつ/\さくべきかと、

あけ暮外にもとめて、かの花紅葉も我心にある事をしらず、

只目にみゆる色バかりを樂む也

(略)

この兩首は、紹鴎・利休茶の道にとり用ひらるゝ心入を聞覺候てしるしをく也、

(略)

自分の解説を書き留められた利休は、宗啓の内容確認請求に対し、こう奥付に残している。

右數々之雑談、御書留ニ成候而後悔之事欺、併相違之所存無之候、同敷ハ反古張ニ成候へかし、かしく、

じぶんのしたり顔の解説が記録されたら後悔だし、捨てて欲しいとも思うわな。

昔は「秘伝を書き残すとはいかがなものか」という事だと思っていたんだが、読み返してみると「恥ずかしい内容なので捨てて下さいお願い」って感じかな。