森林鉄道に乗る

 6時過ぎ、心がけて早めに起き出した。窓を開けると冷気が入ってくる。予想最低気温が5℃の松本。予報通りに冷え込んだようだ。
 早めにホテルの朝食を頂いてから7時半前、チェックアウト。駅へと向かう。連休最終日ではあるがまだ早朝のうち。駅は閑古鳥が鳴いている。外れの5番線に停まっていた中央西線中津川ゆきの普通電車も寂しい状態で停まっている。
 
 発車時間が近づくにつれ大学のサークルらしい山帰りの集団が乗ってきたりして多少は賑やかになる。列車の体裁が整ったところで出発。
 
 塩尻辺りでは桜が散っていたが、先に進むにつれて花が蘇り、奈良井で満開になった。ここと薮原の間が木曽路の峠。日本は南北に長いともに高低差も激しい事を桜の花が教えてくれる。
 
 長いトンネルを抜けると川の流れの向きが変わる。木曽福島の一つ先、上松でこの電車を降りる。ここからバスに乗って30分弱、赤沢自然休養林の中を走る赤沢森林鉄道に向かう。ここの鉄道に乗るのは初めてのことだ。

 役所から認可された鉄道以外にも鉄道と言うものはある。テーマパークの中にはかなり本格的な施設を持っている所もあるし、旅館が専用のケーブルカーを持つ例もある。
 その殆どは認可された鉄道ではないので、乗りつぶしの対象ではないと個人的には考えている。考えているのだが、やはり気になる。
 昔々は木材を切り出すために森林鉄道というものがあった。今では運搬は林道とトラックの組み合わせに置き換わったし、そもそも林業自体が衰退しているから、少なくとも日本国内に現役の森林鉄道は存在していないのではないかと思うが、以前あった森林鉄道を保存して実際にお客さんを乗せている場所は日本国内にいくつかある。
 これから向かうのはそんな保存鉄道の一つ。木曽の山奥だから東京からは非常に行きづらい所だが、残りは道東の山奥だったり高知県の山奥だったりするから、おおよその人には一番身近な森林鉄道、という事になる。
  
 だいたいの場合はそうであろうが、駅から離れた山奥だからクルマで行くことは出来ても公共交通機関だと動きづらい。そして非常にお金がかかる。今から向かう赤沢も上松からバスで往復2,000円である。200円とは思わないけど、往復1,000円の間違いかと思ってしまった。しかも本数は1日4本。中央西線普通列車も本数は少ないから、ここの接続を最優先として動きざるを得ない。
 次のバスは15分後。良い接続である。もちろんここを最優先したから松本まで行ったのに松本電気鉄道の元京王3000系を通り過ごして来ているのである。
 バスの往復乗車券を買う。
 
 桧だろうか、薄い木のしおりとして使用後に生かせる記念品のような乗車券である。バスを待つ人はカップルが2組におばさん4人組、そして自分だから全部で9人。連休でなければもっと少ないのかも知れない。
 
 バスは木曽福島発だが、乗客はゼロで来た。木曽福島からの往復だと運賃2,800円だから、まぁ分かる状況である。そしてバスは木曽の山奥、赤沢へと向かう。
 
 だんだんと道が狭くなる。うねくねと続く上り坂。この道を自分のハンドルで運転せずに済むのなら、往復2,000円は安いのではないか、そんな気がしてきた。少なくとも楽な道のりではない。山道をゆくこと30分弱。ようやく赤沢の自然保養林に到着。
 森林鉄道の運転は30分毎であり、まもなく10時の列車、列車と言えば良いのか良く分からないが、が、発車するところ。800円也の乗車料金を払うと桧の板で出来た乗車券を渡される。列車がさらっと席が埋まる程度の乗車。
 
乗り込むとまもなく出発である。先頭に立つディーゼル機関車が汽笛を鳴らし、ゴトリと動き出す。レールの継目、ガツンという感触が生のまま伝わる。
 
 速度は8km/h。1.1kmの道のりを10分掛けて走る。文字面だけみているとすごく遅いし、実際遅いのだが、不思議と遅さを感じない。ごっとんごっとん、
 
 右に左に、とんでもないカーブを右に左に。列車は健気に確実に走る。そして駅が現れる。もう着いてしまったという感じ。折り返し点、丸山渡停車場の名があり、機回し線がある。
 
 先頭にいた機関車を後ろに付け替えるため5分停車。折角なので降りて撮影タイム。意外と時間が有って、機回しが終了し上り側の先頭に機関車が立ってからもちょっと写真を撮る間がある。
 
 ありがたく何枚か撮らせてもらう間に、「そろそろ発車します」の声が掛かった。
 
 行きは先頭だったから帰りは最後尾となる。そのせいかがら空きになった。客車貸切である。正確に言うと係員が一人いる。流れで色々お話しを伺うことになる。この辺りの桧は樹齢300年程度の天然木なのだそうだ。300年経っている割にまだまだ小さいが、天然の木は成長が極めて遅く、年輪がぎっしりと詰まっているとの事。
 赤沢のベストシーズンは10月の紅葉、その次がこれから始まる新緑のシーズンだそうだ。今日はまだ新緑に早くちょっと時期が悪かったらしい。また是非いらして下さいと強く勧められる間に10分の小さな旅は終わる。いや、まだ旅は長いけどとりあえずレールが途切れる。

 始発駅にはちょっとした展示施設が併設されている。折角だから覗いてゆく。森林鉄道が現役だった頃の車両は設備が所狭しと並べられている館内。
 
 EF58を思わせる顔付きのディーゼル機関車。当時はご自慢の一両だったに違いない。
 
 ボールドウィン製の蒸気機関車。小さな車体に不釣合いなほど大きい煙突が目を引く。オリジナルの形ではなく、木曾で木炭を燃料とした際の火の粉対策で手を加えられたのだとか。
 
 蒸機の運転台は入れないけど小さな機関車だから目の前に見える。機器に付いている銘板。1898年の文字。つまり19世紀の製品と言う事。
 
 そんな様子を見ていたら10時半発の森林鉄道が発車してゆくのが見える。折り返してくる列車をどこかで撮影しようかと思う。森林鉄道に沿って散歩道が整備されているから沿線で写真を撮るのはさして難しいことではない。
 一応は出先への移動なのでキャリーバックを引っ張っての移動なのである。森林浴のための散歩道にはとても不釣合いな格好だが、気にせずに森の中、線路沿いに伸びる道を歩いて行く。
 
 ひとまずここと決めて待っていると急カーブの彼方から警笛が聞こえて、ひょっこり列車が現れる。ゆっくりと下ってゆくのを見送る。
 列車は30分で1往復。つまり登りと下りで1回ずつ。1時間なら4回撮影出来る。意外と撮影チャンスは多い。少しずつ場所を変え、画角を変えて、何度か撮ってみた。
 
 
 そんなこんなで11時の便の折り返しまで撮ってみた。その間には
 
 すぐ傍の渓流に降りてみたり。昨日の富士急での撮影は電車が来る間の時間が暇だったが、こちらの時間はあんまり気にならない。簡単に1時間が過ぎてゆく。
 戻りのバスはお昼前。若干時間があったので、
 
 森林資料館を見学してゆく。見学客が少ないので比較的静か。桧に限らず、樹木の種というもの、初めて見た。まぁ普通の種なんですけどね。
 さてそろそろ戻りのバスが来る時間。森林資料館を出るとちょうど
 
 2時間ぶりのバスがやって来た。また数人の観光客を乗せている。本当ならこのバスで来るようにすれば松本電気鉄道にも寄れたのだろうけど、って調べていたら松電、社名変更してたんですね。

 アルピコ交通

 はぁ…

 さて。バスは来る時に見かけたカップル一組と自分。全部で3人の客を乗せて坂道を転がってゆく。来る時と違ってこれから入りのお客さんもいるから時折クルマとすれ違う。まさしくすれ違いで概ねこちらが譲り、時折相手が怖気付いてこちらが先に行くといった体。  
 時折森林鉄道の跡を見ながら下ってゆく。橋脚の台なんかは見ていて分かりやすい。基本的に今ある道と絡んで走っていたようだ。だいぶ木曾谷に下りてくると川の向こうに緩やかに続く道が見える。素人目にも普通の道路には見えない。明らかに鉄道の跡。
 こんな辺りをゆっくり見てゆくのも良いだろうが今日は上松の駅に運ばれる。少々暑く、下界といいたくなるような場所だ。
 時間的にはお昼時。しかし、、、、
 
 寝ているというより、死んでいると言った方が似つかわしいような上松駅前12時30分。ちょっと考えてバスの車窓からみえた店に行ってみる。入ってみたらびっくりすし屋さんであった。
 
 ランチの握り12巻で1,200円。山の中で寿司とは難だが、まぁまぁ、美味しく頂く。合わせて出てきた味噌汁は白味噌。出汁の味を生かして味噌控えめは赤だし文化とは随分異なる。
 ひとまずお腹は満ちたが意外と時間が経ってない。次の電車、14:06でまだ1時間ほどある。何となく駅前をぶらぶら。
 
 上松では桜はだいぶ散っている。それでも残っている花は残っているからアップで撮れば、あっという間に一ヶ月前の景色が。
駅の近くにあった地場のスーパーを覗いて何となく自家製という筍の水煮を買ったりする間に1時間が過ぎる。まもなく中津川行きの普通列車がやってくる。名古屋までの切符を買い求める人が何組か現れて駅が賑々しくなった。
 
 朝と同じように2両編成の普通列車がやってくる。午後のこの時間、さすがに混んでいる。座れる程度だが荷物の大きな人が多いから、連休特需なのだろう。ワンマン運転が故に2両目の車両、無人駅ではドアが締め切りとなるから極めて変化の少ない、落ち着いた車内となる。朝の寒さが嘘みたいに冷房中。そういえばこの辺りは中部電力管内だ。
 単調な時間の流れに眠気を覚えてうつらうつら。木曾谷が開けて広々とした景色が広がるとまもなく、この電車の終点、中津川となる。ここからは名古屋近郊と言って構わないだろう。電車の本数も増える。
 
 同じ顔つきだがいままでの2両が8両に化けた。車内はかえって空いた。転換クロスにゆったり座れる。隣に特急しなのがやって来る。自由席には立ち客の姿も。連休らしい景色。振り子電車で立ってゆくぐらいなら、こちらの電車で座って行く方が楽に違いない。
 快速電車も先へ進むにつれてお客を集め、座席が埋まってゆく。多治見で満席。ここから本当の快速電車。駅を通過して通過して名古屋へ向かう。最後は電車を乗り継ぎ出先の家に戻る。帰ってみるとまだ明るい17時過ぎ。
 上松で買った筍の水煮。どうしようかと思って結局、炊き込みご飯にしてみた。まぁまぁ、美味しく出来上がるが作りすぎた。明日の分も出来上がる。残った筍は、どうしようかなぁ。