|
|
||

まどかちゃんの夢を見た。
私がもたもたとあちこちの電気コードから吹き出す炎を消していたせいで彼女が帰ってきてしまう夢だった。(でも、火事はちゃんと食い止めたんだから。)
私はちゃんとツマミに気付いて、火事はちゃんと、食い止めたんだから。
久しぶりのデートでタカノ ヨシアキ様と印字してあるpasmo定期券を貰った。通勤6箇月、東京地下鉄、No.02491、明治乗り換えで小竹向原から地下鉄の赤坂駅までと印字してあるそれは、去年の9月の終わりから今年の3月24日までの有効期限で44550円だ。
どうしたのこれ、拾ったの?と聞くと、仕事で接触した遺族から腹いせに押しつけられたと言う。
持ち主のタカノ ヨシアキ様は、もうこの世に存在しないらしい。
全く知らない人の遺品が手の中にある不思議に少し興奮して、なんとなく携帯で写真を撮った。呪われるよと笑いながら言われて、ああ確かにそうかもなと思った。
タカノ ヨシアキ様は東京の有名証券会社に勤めるサラリーマンだった。奥さんと、4歳の娘が1人。仕事のストレスを苦にして去年末に青木ヶ原の樹海で首を吊った。
自殺を知った妻は4歳の可愛い娘を抱えて途方に暮れ、タカノ ヨシアキ様の実父は妻と娘を残して逃げ出した息子にやるせない怒りを抱え、そしてその怒りをマスコミにぶつけた。
「証券会社とかさ、大変だよね。ろくにしんどい研修受けてない人間がこのご時世に営業なんてするもんじゃないよ」と、「話し方講習」というゆるい名前の割には性格を全否定され尚も話し続け自分を見つめ直すという"しんどい研修"を受けた彼は言った。
帰りの改札でチャージが切れたのか使えなかったタカノ ヨシアキ様の定期は、結局今私の鞄の第2ポケットの中に入っている。
地下鉄で移動するときに使おうかと思いつつ、未だに一度も使ったことはない。私は致命的に、東京の地下鉄がわからない。
タカノ ヨシアキ様の実父はその後ほぼすべての財産を可能な限り残された義娘と孫に譲ることにしたらしい。
私は呪いも受けず、自殺したタカノ ヨシアキ様について特に何を考えるわけでもなく、いつもと変わらぬ日常を過ごしている。
めでたしめでたし。
冬、うっすら雪の積もった富山。祖母の家の日本庭園の水が流れる飛び石に、大きめのみかんが2列に並んで7つ。ふしぎに思って剥いてみると、小さくなった弟の手と足がぎゅうぎゅうに丸まって出てきた。
私には最愛の6つ下の妹が一人と、9つ下の弟が一人いる。弟とは離れすぎてしまったため私はあまり接点がない。今中学生の弟はご多分に漏れず反抗期で、高校生の妹とはあまり仲がよくないらしい。
弟は母に愛されているようだ。遅くに生まれた子供は親に愛されるので好い。もう嫉ましくはないが素直に羨ましく思う。
最近妹がふさぎ込んでるのは知っていた。秘密で見ている日記帳には何かに向けての怒りが書き連ねられていて、姉として気にはしていたが不安定は元々の家系なので特にかまわず置いておいた。
その妹が弟を殺した。私はとりあえずその弟のバラバラの部品がつまったみかんの残りを6つ、冷凍室の片隅に並べた。
弟は現在行方不明として捜索願を出している。ある日突然消えた。母親はうろたえていたがどこか諦めたような節があった。家族全員、どこかで殺されているだろう結末は見えていたのだと思う。
ただ、私もこの結果は予想外だった。
お風呂に入りながら今後について考えた。このまま黙っていたほうがいいのはわかってる。しかし妹は誰かに気付いてほしくてああいう方法をとったのだろう。けれど私から母と父には言えない。でも耐えきれない。
次の日、次の日言おうと思って、私は東京の実家の玄関前に、残りの6つのみかんを並べた。
言えないまま24時間がすぎた。私は並んだみかんを見下ろしながら何度もなんども考えた。中学生の弟が全てこの中につまるとは考えられない。残りはどこへ?ごみにでも出したのだろうか。粉砕されても、歯形があればそこから身元は割れるかもしれない。けれどいくら事件に巻き込まれた可能性があると言っても、無数にある行方不明者リストの中からうちまでたどり着くことは困難だろう。しかし、私はこのまま一生この事実を背負っていけるだろうか。わからない。
玄関先で妹の右手首を掴んで私は話す。明日言うから。明日。妹は私の目を見ずうん、とだけ言った。なんでしたの、とは聞かなかった。
唐突に、唐突に後ろから父に声をかけられた。いいから、もう教えて、と。
このタイミングはもう、今言うときなんだと思った。明日話すから、と言うこともできたけど、そうしたらいけない気がする。けど声を絞り出そうと思っても出ない。妹の手首を掴んだ手に力がこもる。
2日東京の外に放置したこのみかんの中はどのようになっているだろうか。いくら冬といってももう原型は留めていないかも知れない。となると開けた母親の手を元弟だったどろどろの液体がすりぬけることになるだろう。それはいいことなのか悪いことなのかと言ったら悪いことだ。でも言わないと。この中に弟がいる。けれどそもそも、どうやって妹はみかんの中に弟を詰めたんだ………?
ねえなんで、どうやってしたのかわからないよ?でも○○が殺して、バラバラにしたんだ。みかんの中に、いるよ
と父に絞り出して、目が覚めた。現実でも出ない声を必死に出そうとして大きな声になっていたようだった。そして気付く、私には弟はいない。
検死を終えた検察官の声が遠くでテレビの音のように聞こえる。
顎を外して小さくした頭部と、片方の手を黒い縫い糸で縫ってまるくしたのが一つ。手足一対が一つ、お腹の一部と臓物の少量セットが一つ。他のみかんも同じような感じだ。案の定部品は足りなかった。今行方を捜索中。
母は黙っている。私は自分の仕事のことを考えている。mixi日記をオープンにしていたことを後悔した。きっとマスコミは私の妹についての記述をすべてチェックしているだろう。何か使える物がないか。何も使えなければ、逆に危険に気付かなかった家族の愚かさを報道されるはずだ。
これからどうなるのだろう。告発してから身にしみた。肉親や大切な近しい人が殺人を犯しても、絶対に告発すべきではない。それはその人とだけ共有して、なかったことになるのを静かにしずかに待つべきだ。
ぽつりと、本当に自然に口に出た。「あの死体処理の方法は、しくったね」
その言葉を聞いたときの、母の目は凄まじかった。
その目に射貫かれて、私はまた、目を覚ました。
ついに自殺用路線なるものが出来た。待ち望んだ私達は制度化に沸き立った。毎日通勤で見る地下鉄の、路線の最後の最後におよそ3kmの短いみじかい新路線。一日に一度、電車がそこまで入ってまた出てくる。あたらしい働くくるま。死体は消える。どうして消えているのか、どこへ行くのか政府は知っているのかもしれないけど誰も知らない。みんな帰ってこないからだ。
死にたい人が確実に、一番苦しまない方法で、合法的に死ねる。いつのまにかみんなグモ専て呼んでる。噂によると線路に4列体育座りか正座で整列綺麗に全てを消してくれる。途中で怖くなって逃げ出した人が一番悲惨らしい。
朝9時、グモ専から折り返してくる電車の前車両は水に濡れて、キラキラ光ってとても綺麗だ。
でも私は行かない。制度化には賛成だったし、グモ専のことを考えるとわくわくする。綺麗に並んだクズをほうきで掃くようにきれいにしてくれる。考えただけで気持ちが良い。
でも私はいかない。ごめんなさい行きたくないですごめんなさい。
家事の中で一番好きなのは洗濯なので、どんなに仕事が忙しく部屋が散らかり外食ばかりでも洗濯だけは定期的にこなしてきた。
自分で生活費を稼ぐようになってからは好きな洗剤で洗えるので益々洗濯への愛は深まり、色々な柔軟剤を試し、重曹を取り入れ、充実した洗濯ライフを送ってきた。
少し前のメニューは、アタックと重曹とレノアの青。
最近のメニューは、トップとレノアの太陽。
今の仕事を始めるに当たり、世間一般で言うお金持ちの方にお力添えを頂いた。
彼らは骨格の上にだらしない贅肉をつけ、お世辞にも美しいとは言えなかった。
けれど話の内容は明らかに私より所得が高いことを感じさせ、品はなくとも十分な余裕を感じさせた。
彼らからはいつも良い匂いがしていて、私はなんのボディソープだろうなと思っていた。
Downyという柔軟剤を使えるということは、一種のステータスであると思う。
少なくとも、一種のステータスと無意識にも思いながら使っている人は多いのではないかと思う。
私もいつか使ってみたいなと思っていたし、ネットやドンキで底値をチェックしたこともある。
通常の安売り店では一本1000円、底値は680円のこの柔軟剤は、とても良い匂いがすると聞く。
お金持ちの彼らは、頭が悪かった。
けれど彼らの周りにはいつも人がいて、私はお金の力の強さというのをしみじみ実感した。
金はすごい。どれだけ阿呆でも、どれだけ脳足りんでも持っている金額分の力を持てる。
彼らはもちろん東京の高級住宅街に住んでいて、そのあたりを歩いている人たちからはみんな同じ匂いがした。
夏の終わりに、最後にその街に足を運んだときも、その匂いがした。
私はその時ICレコーダーをポケットに忍ばせながら、彼らと最後の話し合いをしにいくところだった。
その日の3日前、同じく頭の悪い国家公務員を交え彼らと数時間に及ぶ修羅場を演じた私はもう疲れ切っていた。
その時役に立たない公務員と共に飲んだお茶はサントリーの伊右衛門で、比較的好きな飲み物だったけど、私はもうそれからペットボトルのあの緑色の伊右衛門は飲めなくなった。
願わくば、
彼らの発しているあの匂いがDownyのそれではありませんように。
または、私がそれに一生、その、事実に、
気づきませんように。
---