polieco_archeの日記

2016-05-05

[]犬塚康博2016『藤山一雄の博物館芸術』共同文化社 18:06

 前著に引き続きご恵投いただきまして、ありがとうございます。

[]赤松啓介のいう"したたかな証言者"―。 18:06

『非常民の性民俗』など、主要著作にあっても度々触れてきた事柄。

 聴取者を騙くらかした、にしても、聴取者がこれをデフォルメして騙くらかされた可笑しさを一般化して伝えようとして残しえた、とすれば、それは証言者と聴取者=したたかなプレイヤーたちの権力ゲームが展開するという別種の構図が浮かび上がる。

カタる主導権を巡る争奪戦である。

[]盤外に出る藤山一雄18:06

 一方、「争いごとが嫌い」(星野直樹述懐による)な藤山一雄は、自身の博物館プランをこれを取り巻く環境ごと具体的なイメージに彫琢してプレゼンする。世界観を開陳して誘おうという、権力ゲーム=駆け引きをいみじくも排し得た態度。イメージ指向なので、本書にいう<低級なる原始人><高級なる現代人>の相克といった枝葉末節議論や、要不要の官僚じみた機能主義に二者択一に陥ることが図らずもなかったのである。これが同じ総合的な博物館モデルを設計した棚橋源太郎と異なる方向性をたどったのはこうした事情があったことが本書で辿られている。

[]思考はもっと深層に 18:06

 赤松を通して傍示された権力ゲームと、これを回避するかのように顕示する藤山の方途。そもそも、社会政策学会が一旦の休眠をする直前の、東京帝国大学法科の経済学部を卒業した藤山一雄。彼の当初の課題は、当時日本の食生活の拡充であった。それは在学中、先の性質に示されるように、北海道のデンマーク人農家での実際に労働に打ち込むなか培われた、という。うっかり原則論に陥りやすい、社会改良等々お題目の横溢する「囲み」から離れたところで、改良せんとする思考が培われた、といえる。

[]そして一貫。 18:06

 藤山にとって満州国国立博物館構想と実践は、この課題の一環であり、終戦にてこれが潰えたら潰えたで、戦後引き上げた後、郷里の養鶏農業協同組合の理事長となり、栽培炭水化物から家畜生育=蛋白源への転換による当時日本の食生活の拡充に再び挑み、晩年まで続く。一貫したものが本書で浮かび上がる。

[]"博物館外の思考"と、「建築」外の思考 18:06

 血のめぐりの悪いpoliは、前著をご恵投いただいた時点では、反博物館博物館外部システムという語句に目を白黒するばかりであったが、反博物館は、反機能主義の相貌をなしたそれであり、その対象のひとつとして、藤山一雄の発想を挙げているということだった。

 藤山一雄とともに、poliは何とはなしに、現在の東京たてもの館の前身を興した今和次郎をよく想起してきた。黒石いずみによって「建築」外の思考と評された今と、いわば"博物館外の思考"たる藤山。今の記述が本書にもある。接点は戦後になってからなのだそうだ。もっとも、今自身のあの多様な発想の多出にしても、戦後になってからという観があるが。

2015-03-15

[]犬塚康博2015『反博物館論序説』共同文化社  21:31

 fischeさんより。ご恵投いただきありがとうございました。

 著者は、冒頭で従来の博物館論の視点を整理しつつ、こう評しているところがある。

(引用者註。とある著述が、)博物館を巡る諸関係を「官/民」に固定化しておこなわれていた。民に官は内在し、官に民が内在するという、両者の対他的かつ反照的な関係把握は放棄され、頽落した固定的関係においてのみ語られた。

本書 pp.16 ll.12-14

「民」に論旨を導くためには、関係が固定化されていなければならなかったのだろう。

本書 pp.16 ll.14-15

依然として、博物館史研究それ自体から、「博物館とは何か」が抽象されることはない。

本書 pp.16 ll.17-18

[]官と民を対置して捉えることに囚われる――。 21:31

 想起することがある。10年以上も経ってしまった。。。

 ある学芸員が講師を務めた考古学講座のある一講の後、やや疲れ気味にこう漏らしたことがある。そういえば、このとき教材として月ノ輪古墳の発掘調査の記録映画を流したのであった。(奇しくも本書のあとがきで、この発掘にまつわる挿話が記されていて、卒倒しそうになった。偶然ですホント。)

「なんで、ああして官と民とを対立させたいのだろうね」

 遺跡を保存したいという点では同じ方向を見ているのに、というのだ。ましてや、公務員法に公僕とあるのに、とややぼやき気味に漏らしていたものだった。"人様は公というとお上だ、と決めつけるのか"といった悔しさ、もどかしさだったのか。。。

[]同じ方向をみていることを双方が省みるきっかけは得られないのか―― 21:31

 上の学芸員氏は、保存運動のさなかの藤前干潟の価値をCVMという環境評価の分析法にて勘定された経緯を知るべく、環境経済学について調べていたのであった。当時poliにとって、経済学は取っ掛かりのつけられない、もどかしい分野でしかなかった。しかし氏の話を伺い、経済学を価値の学としてみることで切り込もうとした。書籍だけに過ぎないものの、そうして触れていくにつれ、そして藤前干潟の分析から模索した、氏による遺跡価値判断客観化への指向。それを果たし得たわけではないが、これと重なり、この価値判断という指向それ自体が、先のみている"同じ方向"であり、これへ注意を喚起できまいかと考え始めたのである。

[]そんな折 21:32

 そんな折、poliの生業の分野では市場価値の周縁でLinuxなどオープンソース・プロジェクトの勃興が話題となっていた。そのさなかで、ローレンス・レッシグの『CODE』の訳出が出来した。この書を介してpoliがみたのは、官ではない、一般に民とみなされる立場から制度=CODEが造られ"施行"された姿であった。制度は必ずしも官だけのものではない民からの制度も創出し得るということである。

 ちなみにこの書では、動線計画という作為は、パリ・コミューンの闘士たち【民】も、そこから学んだアメリカ合衆国政府【公】も用いたそれであり、モーゼスとジェイコブスとでニューヨーク街づくりを巡って是非を問われた課題に及んでいたことまで、いみじくも例示していたのであった。

 冒頭の引用に即すれば、官に民が内在する営為を探し求めていたのである。が、確かにそれも上の固定化のリスクが寄り添っていて、図らずもそうなっているような焦燥感がつきまとっていたことを覚えている。

[]こんな回り道 21:32

 こんな回り道したものの、官/民に固定化から免れていなかったのだなあと。。

 さて、著者は、その固定化を排し示したのが、過日に紹介した論考に基づく『銀河鉄道の夜』の読解を媒介した思索である。(本書第1章第1節)この来館者の視座にたてば、件の固定化からたちどころに自由となるのである。展示と来館者の触れ合う場にたち発想する『博物館は生きている』の廣瀬鎭を紹介している(本書第5章第1節)。

 そういえば、いみじくもここで紹介した相澤忠洋の少年期の東京行の挿話は、来館者分析のスーパーヴィジョンとして読みなおすことができる。彼が来館したのは、帝室博物館(現独立行政法人東京国立博物館)なので尚更意義深い。

[]博物館遺跡むつかしい。もどかしい 21:32

 ただ、読み進めるpoliには、もどかしさがジワジワとくる。そしてあとがきでもう一度『銀河鉄道の夜』のくだりが触れられたとき。これなのかと思った。博物館も、その収蔵されているものも、その存在意義や所有が別所に措かれた上で論じられているからだ、と。

だれが所有し、だれが求めているのか。

 これがない。そして意味を求める欲望から巧みに身をかわすテキストを世に残した宮沢賢治の最たるこの代表作からの思索には、このフワッとしたものが横溢しているのだ。もっとも、主体ばかりを渇望するpoliは、ややヤマイダレなのやもしれず。。。

[]ただこの在り方が 10:24

 媒介物=メディアとしてのそれを示しているのだ、とするならば、主体を求めることは徒労だともいえる。

2015-01-24

[]森本六爾1931「飛行機と考古学」『考古学』2巻2号 東京考古学会 16:24

 先頃、不当な破壊が行われた、天白元屋敷遺跡の再検討がfischeさんのページにて、展開中であるが、この記事を拝読させて頂いていて想起したのが、タイトルの論文。ちゃんと読み返さないとなあ、と。

[]鳥瞰する考古学。。。 16:26

 テクテクと歩いてみるだけでも、開かれていくことが多々あるが、鳥瞰するともなれば、なおのこと。ましてや森本の時世には考えられなかった蜘蛛のような例のヤツなんて、活躍しそうな、、、

 航空写真というものは何も、発掘、出来上がりです!、、なためだけにあるのではなかったと思うのだが、、、、

 まあ、貝塚では前々から、ちゃんと存在しているのですが。拡散は、余り、、なのですよね。。。。

[]どっかで目にするような下りが、、、、 18:35

 遺跡考古学者の仕事は、遥かに軍隊の仕事よりも容易である。戦に於ては、敵は縷々「カモフラージ」によつて其の正体を紛はすに反して、考古学者の場合に於ける遺跡は、全く正直で「カモフラージ」の為悩される事がない。よしや何等かの事情によつて曖昧であり、何等かの組合せによつて紛乱していても、其の処理の正しさを得れば、目的はたやすく達成し得られる。且つ「闘争」の為ではなく「ヒユマニテイ」の為にする事によつて、軍人よりも考古学者は遥かに幸福である。

〜「空からの考古学」より。前掲書 pp.6 ll.10-15

 fischeさんのコメントと相俟って、、当時の背景を意識した森本の付言をみる。、、う〜む、原子力の平和利用云々の既視感がそこはかとなく(おい)【参考1】【参考2】

 もちろん、有効性の評価を曇らせるかといえば、それとは別箇ではあるのだが、、、、、C14だのフィッショントラック法だのというものが今や傍らにある点では、この戸惑いは既に胚胎し進行形なもの、と言わざるをえない、、、、嗚呼。

[]今更ながら、、、 19:39

 引用したとき、なんとなく語用に違和感を感じていたのだが、遺跡考古学文脈からすると、森本は意図的に記している。対置するのは、青銅器など遺物単体と向き合うのを主体とする考古学的思潮。とある本的にみれば、森本は、その背後に梅原末治を見据えていたのだろうか、、、いずれにせよ、この遺跡考古学というのは、現行でさえ、分布論ともども、またまだ進展があり得るのではないだろうか。。。紛れもなくこれもまた進行形であるはずの課題にほかならない。

[]横須賀の文化財展―ツナグ・ツタワル・オクル― 17:00

 3/1(日)まで。先日、定期検査の合間に、拝見。。富岡製糸場のレンガと、衣笠城址本丸に位置する大善寺毘沙門天立像、そして久里浜中学校内調査の舟型石列内の人骨が"三枚看板"であろう。が。poliがおおお!と目を引いたのは、古文書のほうである。最宝寺中世文書と永島家文書。

[]宮下秀樹2013『センゴク一統記』6 講談社 17:00

 センゴク一統記にて、山崎の戦い前哨戦としての禁令の"発布合戦"が活写されていた。この延長線上で最宝寺中世文書をみれば、秀吉と、北条他者の岬から臨むどさくさ紛れな里見の、2種の禁令が並ぶというのが、啓発的であろう。惣無事令と相俟ってこれは、、、、、。

[]境目の地、三浦半島17:00

 それからもう一つ。里見vs北条という視点からすれば、三浦半島というものは、当時境目たる場であったことを表している。まあ、源平期も同様な状況にあり、その当時は千葉vs三浦。和田義盛の父である杉本義宗は、嫡子候補となるべき長子でありながら、千葉氏領内の下総の地にて戦死しており、次男である三浦義澄が惣領となったのはそういう背景がある。

fischefische 2015/01/24 16:47 「冷え(原文は変体仮名の江)〓(原文は2字で一つのくの字点)とした世界平和の夜明けを何所にゆく飛行船であらう、模糊として未だ醒ざる北九州の空をかすめて東の方に飛んでゐる」。それはまた、1926年に藤山一雄が、懸賞論文「五十年後の九州」を、斯く結語したうちに象徴されてもいるのでした。

polieco_archepolieco_arche 2015/01/24 17:05 はうあ!!ツェッペリン、ヒンデンブルク。当時は、飛行船の世紀。。でしたね。。。

fischefische 2015/01/24 20:25 それは、形態学と層位学という、まったき分類学的生物・地質古生物学の方法の、人文への応用であった。となれば、六爾の遺跡考古学とは、生態学への接近、接続だったとは言えまいか。

polieco_archepolieco_arche 2015/01/25 08:51 遺跡の地理的な布置、地名、そこから立って眺望できる周囲の景観。そして現況。生態という対象に接するそのものですよね。引き続き拝読させてください!!

2014-10-28

[]マッチ・ポンプって、、、 22:23

 、、わけではないですよね?前にもそんな誤解を説いておられたような、、、まあ、熱烈な読者がそんな誤読をしているのを耳にして、真に受けてる、という気もしないでもない。それよりコワいのは。

[]これって何スか??? 22:23

教育・研究分野での格差問題も先鋭化する一方である現在

これも第2考古学批判的精神が担ってる課題なんですか?

というか、その

格差って何を指していってるのですか?

、、一応、批判ではなくてホントにどれのことが訳がわからない!!

[]それから、も一つ。 22:23

、望みを託すのが、批判的精神をもった”孤立者”だというのなら、考古学者さんはみんなその資格ありますよね。

[]櫻井準也2014『考古学とポピュラー・カルチャー』同成社 22:23

 いつまでたっても、かようなステロタイプに納めておきたい、と世間様が仰るなら、考古学者は、特に土に塗れる3Kな日本考古学者は、より立派に現代社会の”孤立者”だ!ということで。いいや、

トリックスター?(おい)(いいや、poliは本気で言ってます。と、取り消し線から発信!!!)

[]あるときは国学にとっての、、、あるときは文献史学にとっての、、、 22:46

 大森貝塚西ヶ原貝塚などの調査や、岩宿の石器の出現は、テクストの学問サマの予定調和をワヤにしてきた点で、ある方面の方々にとっての、その、立派にもはた迷惑なトリックスターっぷりは、山川出版社を始めとした日本史教科書で近年まで明々白々だった気が確かするし、近代の考古学的見地は、近代経済史のオケツに火を灯す(おい)ような発見その言い方!!!が目白押しというのは、アレなんですかね?poliの錯覚ですかい?

通りすがり通りすがり 2014/11/05 12:38 通りすがりです。
>>特に土に塗れる3Kな日本考古学者
こういう方は現在いらっしゃるのでしょうか?管理人さんの言う日本考古学者はどのような方を指しているのでしょうか?一応批判ではなくてホントに誰のことか訳がわかりません。行政内研究者のことでしょうか?民間発掘会社の方々のことでしょうか?仮にそういった方々を考古学者とするならば役人同士、業者同士の繋がりがありますし、現代社会の孤立者とは違う気がしますが…

polieco_archepolieco_arche 2014/11/09 20:04 孤立者に気分を害したなら、失礼いたしました。とはいえ。役人"同士"、業者"同士"では、内に篭っていると標榜しているようなもので。こりゃ、失敬。

通りすがり通りすがり 2014/11/10 08:48 管理人様。気分を害したなんてとんでもない!こちらこそコメントの仕方が悪くすみませんでした。ただ土に塗れる3Kな日本考古学者についてコメントには答えていただいておりませんが、管理人さんのツイートを鑑みると、一部の行政内研究者と捉えているようですね。費用の出所を考えると、行政の人間が発掘調査で泥に塗れて「仕事」するというのは分かりますが、泥に塗れて「研究」というのは公費や事業者からの費用で公務で行っても良いものなのでしょうか?その辺が気になります。失礼な点がありましたら済みません。

polieco_archepolieco_arche 2014/11/10 12:30 行政内研究者などという公私混同な僭称、わたくしはハナから認めていません。民間は企業一般からみて、何を利益としているのか分かりません。大学?研究者は彼らだけ。そうおっしゃりたいわけですか?ますます孤立者ですな、、彼らが担いきれていないし、その気もないから前二者が存在する、ともいえるのです。

polieco_archepolieco_arche 2014/11/10 12:36 現在いるのですか、ってどういうことですか。土に触れなしに遺跡を調査する研究する、とか土ぼこりを払うことなしに遺物に接する、そんなことが可能なんですか。現在とか良き時代とかいう事態ではないですね、そうすると。

通りすがり通りすがり 2014/11/10 13:05 済みません、ツイートでは土に塗れる行政内研究者を管理人さんは実体として見てきた、と受け止めたものですから。現在、遺跡の調査は埋蔵文化財行政に携わる人、民間発掘会社が多いですし、それらは仕事として行われていると思います。公私混同という部分で表現されているように、研究と仕事とは管理人さんは分けてお考えと思いますが、となると仕事としてではなく土に触れ遺跡を調査し研究する…そういうことが現在可能な方はどのような方をお考えでしょうか?
度々のコメントに返信してくださり、ありがとうございます。

2014-03-23

[][]それをいうなら、レントシーキングの、、とかレモン市場の、、とか(おい) 21:56

遺跡発掘という事象をも消費の対象としてきた一つの結末。シ◯Mも消費財と化すのか???

〜poliのつぶやき

消費一般に非ず国独資下の消費だろお?ティヴァなんとかトキオなんとかは生産点か消費点か?

〜orenestさんの、上へのレス

国独資??ん!見覚えが。そしてなにやら違和感が。と約ひと月ほど思考停止

姫岡玲治。か?

今、青木昌彦。そして。

[]で。poliのアラと違和感。 21:56

 生産消費の脈絡にこだわったために、アラが出、といって国独資に違和感が残った。

国家独占資本主義の略であり、言い出しっぺは、例の激情気味の禿頭才槌頭である。彼にとっての国家は、ブレのない圧力で自分達を踏みつける存在を指した。しかし。そういう国家と比べて、この例もそしてこの国もどうだろうか。随分と低い位置で"天の下知る"といったミョ〜な共和もとい協和的なというかブレ、があるだろう。模索を20年超の年月継続してきたところが膠着したままとは思えないし、こんなpoliなんぞの口ばっかの偏屈の戯言にリツイートしたりしている。むしろ異見を求めているのだ。。。

[]ただ。危惧が含まれているとすれば。 21:56

 その国独資にしろ、ミョ〜な協和な在り方にしろ、危惧が含まれているとすれば、特定の少数者で決定すると、一面的な施策価値判断に収まってしまう、ということであろう。そして。これが協和を求めるフワっとしたものの正体であろう。突如背景の情報なしに尾張氏を出すことに違和感を表明したorenestさんの指摘は、いみじくもこの危うさを衝いている。膠着した少数者間の非対称情報下にて、レモンと成すか、ピーチと転じるか。ともあれ、研究者の"欲望は欲望である"とともに、狭い見識にとどまったその状態こそ、レモンを創出する温床に他ならないのである。

[]そして、このいっぽうで。 21:56

 こんな作る側のみの片側の詮索だけでなく、では実際享受する側の様子とは。ということが気になってしまう。

[][]森本和男2001『遺跡と発掘の社会史』彩流社 21:56

 ここでは施策側の着地点までが語られていたおゆみ野ふれあい公園であるが、実際ここを訪れると、おゆみ野の森を育てる会の活動によって、清掃されたり植樹されたり畑が作られたりする森の中に上赤塚貝塚古墳群が守られていることがわかる。

[][]陸平をヨイショする会2004『ようこそ陸平へ』 21:56

 この会も、草刈りに集い行うことからはじまった。それに接すると、選好がガチッと想定されたソフトを初手から提供するのがはたして望ましいのかどうか、という戸惑いがモヤッと残る。ライブラリを提供しDIYだぁぁ!異界では、、くらんべりぃだか、ぶるぅべりぃだが。。わざとだろ!!というのもある!ということで。。。