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2009-02-03
■[戦前流行歌綴] 潰え去った松竹京都作品 
乾燥する冬は火の用心であります。と、別に意識したわけではありませんが、火の玉のレーベル。
このレコード、どういう訳か昔から忘れたころに出現するのです。
例えばヤフオクだって、もう初期のころから幽霊のように出現してはまた消え、忘れた頃に出現してちょっとした話題になるのです。
まぁ、僕からすると「エノケンの流行歌数へ唄」と同じく「いつか手に入るだろう」と目の前を何度となく通り過ぎて行ったレコードの1枚なのでありますが、いざ手に入れてもやはり絵面だけは見慣れていたので然したる感激はないものですね。
恐らく去年手に入れた筈なのですが、暑い時期か寒い時期かも既に忘却してしまいました。
さて、このレコードは「ポリドール・松竹京都提携音楽映画『弥次喜多怪談道中』主題歌」となっていて、写真盤に写っているのは敏さんと青葉さんの劇中の髷姿と言うわけ。
実は、戦前の映画には結構流行歌手が出演していて、それは現在のドラマなどと同じくメディアの戦略上、各社競って企画を打ち出したわけです。
例えば、今でも比較的歌手の映像を観易いのは東宝の「ロッパ歌の都へ行く」などで、淡谷のり子やデイックミネ、そして服部富子から上原敏まで当時を代表する歌手陣のステージ姿が偲ばれるわけです。
東宝がそうくるならと、日活ではデイック・ミネなどを多用した映画をどしどし作って、特に役者出身の杉狂兒や轟夕起子が歌手としても大活躍したわけです。
となると、ポリドールも松竹と提携して幾つか作品を残しました。
一番豪華なのが、「弥次喜多六十四州唄栗毛」で、そもそも松竹専属の時代劇俳優高田浩吉をはじめ、東海林太郎・上原敏・北廉太郎・小林千代子ほか総勢12人の豪華作品だったわけです。
で、この「弥次喜多怪談道中」は2番煎じ(厳密には間に「弥次喜多大陸道中」ってのもある)として同じく松竹京都作品として作られたのです。
七年前松竹下賀茂のスター高田浩吉がポリドール専属歌手となってレコード界にデビューした時大騒ぎしたファンも、今日テイチク専属歌手服部富子が東宝映画の女優となったからと言って、少しも不思議がらない世の中である。
だから今更ポリドールの上原敏が松竹お盆映画「弥次喜多怪談道中」に、高田浩吉、藤井貢とともに主演俳優として大活躍してゐても、レコード音楽界ではこれを通常茶飯事として表過してしまふに違ひないことである。
春のポリドール、松竹提携音楽映画「弥次喜多六十四州唄栗毛」には、高田、藤井、伏見信子の主演の下に、ポリドールからは東海林太郎、上原敏、小林千代子等十二人の専属歌手を動員しての豪華版で、批評家側からは兎角批評されたが、その興行成績は今年上半期の作品中、東宝の「蛇姫様」とその一二を争ふ好評で大成功だったと聞いてゐる。これは勿論多年松竹が宣伝してきた「弥次喜多」物が大当たりをしたといふ理由もあらうが、ポリドールの一流歌手が全部銀幕に顔を揃へたというポスターバリユウが、銀幕ファンは勿論、レコード・音楽ファンを吸収し、この音楽映画を価値づけたものであることは、立派にその興行成績が物語ってゐる事実である。
その結果が夏のポリドール・松竹提携音楽作品「弥次喜多怪談道中」に上原敏・青葉笙子が、高田、藤井に伍してこの映画の主演人物となる経過を生んだのであるが、こゝにもう一つの厳然とした事実を諸君は是非知ってゐて頂きたいのである。
そしてこの美しい友情によって作られた作品を、一人でも多くのファンが見物し、批評して下さることを期待するものである。
話は少し楽屋話にはなるが、今度の映画の企画と共に、高田浩吉、藤井貢主演までは決定したが、、浩吉と同じポリドール専属で唄の上手な伏見信子が松竹を止めて満州へ実演旅行に行ったため、相手役である唄へるヒロイン女優がなく困惑した果てはポリドールへその人選を依頼し、ポリドール専属女流歌手中より青葉笙子・〆香・きみ栄・染千代等の出演が決定したのであるが、その中の誰にこの大役をわるかは仲々の至難であって、流石の藤田まさとも一時はさじを投げ、「外に一、二の候補者を探してでも浩吉のためにこの作品を批評家側からも賞賛されるやうに努力してやりたい」とまで言ってゐたのである。
丁度この頃である。
主演すべき高田浩吉が盲腸炎で手術をした結果、「弥次喜多怪談道中」に出演不可能が伝えられて来た。相手役で苦しんでゐた矢先だけに松竹関係者は一層困惑した。勿論友人としての藤田まさとも之には閉口した。浩吉自身も多年馴染みの作品として定評づけられて来たものだけに是が非でも出演したい。しかし健康が許さない、病気には勝てない、この浩吉の苦衷を一番よく知ってゐたのは昨年同じ盲腸で苦しんだ本人藤田まさとである。
そして松竹首脳部と計り、ポリドール側の大英断によって、主演者高田浩吉(弥次)の出演場面を助ける弥次の弟佐次郎兵衛に上原敏の大役出演となったのである。だから高田浩吉が得意の咽頭を利かす以上に、上原敏がふんだんに主題歌をはじめ数曲を唄ふこととなり、芝居も藤井貢と共に、文字通り大熱演である。撮影開始と同時に、早朝からロケーションやセット、夜間撮影と寝食を忘れ、睡眠をすてゝの活躍ぶりには物に動ぜぬスタヂオマンの賞賛の的となってゐる。本人も「高田さんの代りにうんと働きます。どうせ同じ釜の飯をたべてゐる友人ですから、自分としては最善の努力をつくす覚悟です」と不平一つ言はずに、ロケ先きでは他の俳優と同じ汽車弁当に舌鼓をうち、セットの灼熱百数十度にもへこたれず立派な俳優振りを発揮しつゝ、この強行撮影を終わったのである。
勿論、相手役ヒロインは青葉笙子となったのは言ふまでもない。上原・青葉の名コンビが奏であるこの「友情交響楽」題して「弥次喜多怪談道中」、音楽映画としての新機軸を出すべく、演出古野栄作、脚本斉木大吉、作詞藤田まさと、作曲長津義司、のスタッフの下に完成し、七月中旬より全国一斉に封切られ、同時に主題歌も「妻恋旅姿」「青空御殿」が同じ顔ぶれでポリドールから臨発されるから、銀幕に、レコードにこの友情の奏でるメロデーは氾濫することであらう。(終)
(歌の花籠 昭和15年9月号)原文そのまま
まぁ、ざっと引用してみたけれど、さほど大したことは書いていない。
ただ相当のヒット映画だったことは伺えるのであるが、実はこの「弥次喜多怪談道中」はもとより「弥次喜多大陸道中」「弥次喜多六十四州唄栗毛」も全て現在見ることは叶わないのであります。
なぜかと言うと答えは簡単。昭和25年に松竹京都撮影所のフィルム倉庫が全焼して、これらの作品は全て灰燼に帰してしまったわけです。
ポリドール、否戦前流行歌愛好家からすれば、これらの映画は「死ぬまでになんとか観て見たい」と言う願望は誰しもが抱いている事だと思うのですが、おそらく使い晒しのプリントを何処かで眠っているのを発掘してくるまでは無理でしょうね。。。
思えば、この昭和15年前後のポリドールレコードはソリッド盤でわれ易く、コレクター揃って一喜一憂する姿を目にしますが、もしかして映画同様、早世した敏さんや廉ちゃんらが『もう僕等のことを想い出してくれるな』と映画・レコードともども世間に晒されるのを嫌っているように思えるのですが、それって僕の想い過ごしでしょうかネェ。。。



