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バシッといこうぜぃ blog このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

バロック音楽愛好者が集う弦楽合奏団「くにたちバロックアンサンブル」の指揮者(@pomz99)が書くブログです。
くにたちバロックアンサンブル第8回演奏会の様子はこちらで、団員募集についてはこちらをご覧ください。
 

2012年02月23日 (木)

[] フィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ - ふたたび

 前回エルレバッハのエントリーに埋め込んだYouTubeの演奏がよさそうだったので、「ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ」全6曲を収録したCDを取り寄せてみた。

 6曲全部を聴いてみて、やはりエルレバッハの音楽には愛らしい語り口があると思った。それはメロディアスなパーセルの劇音楽とは違って、まさに親しいひとを相手にしたときの「語り口調」なんだな。話し相手を見つめる視線は柔らかく想いに満ちていて、「きっと話をしている二人の気持ちは、これ以上ないほど通じ合っているんだろう」と思わせるものがあってなかなかよろしい。

 YouTubeに第3ソナタの抜粋があったので、前回のシャコンヌとともにメモ。「序奏」があれば全曲そろったのに、ちと残念。

 

 

 プレイリストはこちら。
http://www.youtube.com/playlist?list=PL95AFE5E3E8BA2A4A
 

2012年02月22日 (水)

[][] モーツァルト「交響曲第39番」「交響曲第40番」

 昨日のエントリーを補うものとして。

 ムジークフェラインにおけるモーツァルト没後200年記念演奏会(1991年12月5日)から、ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏で、モーツァルトの「交響曲第39番」と「交響曲第40番」。

 こうやって並べて聴いてみると、3曲それぞれの世界が互いに絡み合いながら存在しているのがよくわかる。その中でも、40番と41番がなんとなく対になっているような感じをうけるのが興味深い。たとえば、アーノンクールが言うように、40番は最終楽章の方が遅く、41番はその逆で最終楽章の方が速いというシンメトリーを描いているとか。
 

2012年02月21日 (火)

[][] モーツァルト「交響曲第41番〈ジュピター〉」

 YouTubeを見ていたらニコラウス・アーノンクールがヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したモーツァルトのジュピターがあった。コンミスは鉄壁のブランケスティン嬢。このビデオがいつまで残っているかわからないので、とりあえずメモ。

 これは1991年12月5日にウィーンのムジークフェラインで行われたモーツァルト没後200年記念演奏会のライブ映像。この演奏会では、最後の3つの交響曲が全てのリピートを敢行して演奏された。もちろんダ・カーポ後のメヌエットも、である。そのため「ジュピター」1曲で43分もかかっている。そこにあるのは、そのように演奏して初めてモーツァルトの真の意図が明らかにされる、という指揮者の信念。

 もうひとつ、この演奏の特徴はスラーをできるだけ楽譜通りに演奏していることだ。弦楽器にどんな長いスラーがかかっていても、できるだけ弓を返さず「ひと弓」で演奏されることで、短いスラーとのアーティキュレーションの違いが明確になる。もちろん、アーノンクール独特のアーティキュレーション・スラーも追加されているが、モーツァルトの音楽は「響きによる語りである」ということなのだな。

 オーケストラで興味深いのは、ベートーヴェンの時と同じく、ナチュラル・トランペットと手巻きで革張りのティンパニを使っていること。その一方で、弦楽器楽器の配置は通常のオケの配置となっており、ヴァイオリンは左手にまとめられている。

 若い演奏家によるオーケストラが、モーツァルトの音楽を心から愛している指揮者とともに、今そこで、舞台の上で、その作品が生みだされる瞬間に立ち会っているかのような演奏を繰り広げている。地球上で何千回と演奏されているに違いない曲を、なぜこんなに初めてであるかのように演奏できるんだろう?ここには、すでに知っているものに出会うような「なつかしさ」など、どこにもない。音楽なんて浸るものではなく創るものなんだよ。レナード・バーンスタインは「全ての音楽は創造(クリエーション)だ」と言ったが、まさにそれを体現する音楽実践がここにある。
 

2012年02月18日 (土)

[][] くにバロ新年会 in 国立

 早いもので2012年もすでに50日近くが過ぎてしまっているとか、そういうことは言いっこなし。今日は国立市の手作りソーセージのお店ノイフランクで、くにたちバロックアンサンブルの新年会。ただ今ベルギービール・フェア絶賛開催中ということもあり、香り高いベルギーの生ビール&ソーセージ、アイスバインなどをたらふくいただきました。

 くにバロは練習日が月2回、それも日曜の午前中ということもあって、練習後に飲みに行ったりすることがない。今日の新年会には、メンバー14名中9名が参加。これだけ人数がそろうなら、土曜の夜にも練習ができそう(笑。

 で、ビールとソーセージをいただきながら、「今年で創立20周年」「来年の演奏会は10回目」ということもあって、来年は新しいことに挑戦したり、初期の演奏会でやった曲を今のメンバーでもう一度やってみようとか、そんな話がでる。しかも、ムファットの「調和の捧げもの」や、スウェーデン音楽図書館から楽譜を取り寄せたハッセの「フーガとグラーヴェ」なんかいいですよねぇ、となるところが「くにバロ」らしくて泣ける。

 決して有名ではない作品、でも自分たちで見出して、しっかりとその価値を認めている作品。来年の演奏会では、そんな作品が並びそうな予感。2013年のステージ上には、どんな自分たちがそこにいるのだろう?今から楽しみだねぇ。
 

2012年02月14日 (火)

[] フィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ「シャコンヌ」

 メトの「魔法の島」で使われたのは、ほとんどが18世紀の作品だったな。一般的に17世紀に活躍したバロックの作曲家というと、リュリとかコレッリとかいうことになるんだろうが、個人的にはゲオルク・ムファット(Georg Muffat, 1653-1704)とフィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach, 1657-1714)の器楽作品を特に気に入っている。どちらも18世紀にかかっているけど、細かいことは言いっこなし(笑

 上に埋め込んだのは、1694年に出版されたエルレバッハ作曲「ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のための6つのソナタ」の第3ソナタから「シャコンヌ」と「フィナーレ」。本当はその前に、「序奏」「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」が控えている。

 この第3ソナタでは、序奏で奏でられたモチーフが、人懐こいシャコンヌに続くフィナーレで再度静かに語られる。そう、このフィナーレはまさに物語の幕を閉じるための「語りの音楽」なんだな。まるでベッドに入った子供に「昔々あるところに」と話し始め、いろいろな国を巡ったあとで「これでお話はおしまい。お休み、よい夢を」と言って絵本を閉じるようだ。エルレバッハの音楽では、そんな感じでヴァイオリンとガンバの2人がなんとも優しく語り合い、聴き手にもその優しさが伝わってくる。ぜひ機会を見つけて全曲を聴いてみましょう。

 ムファットの「ヴァイオリン・ソナタ」や「調和の捧げもの」のパッサカリアも同じようにアーチを描く。そりゃもう、これ以上ないくらい美しい弧を描いて静かに閉じられるのだよ。バロック音楽というと、どうしても「3人称の音楽」になりがちだが、ムファットの初期作品とか、エルレバッハの音楽には「1人称の声」が聴こえてくるような気がする。何故なんだろう?いつか、くにバロでエルレバッハとムファットでコンサートをやってみたいね。