日常整理日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2005-01-24

[] Turn Over 天使は自転車に乗って

野村惠一監督は、わたしが通い詰めているふや町映画タウンのお兄さんをちょっとモデルにすえたりして以前も映画を撮られている。(「ザ・ハリウッド」)京都の映画ファンにとってとても身近な映画だった。

今回の映画も京都の表現はリアルだった。京都人ってこういうやりとりするなーという部分が。そして京都の風景が。

ストーリーは宮司さんの衣装を作るお仕事をされているおうちの栗塚旭さんと藤村志保さんの夫婦の話でとっても落ち着いていて 「ザ・ハリウッド」同様淡々とした語り口だった。藤村さんの役、藤村さんならではだなぁ。。と思ったりした。

windshipさんのコメント(2005 2/3)

初めての京都シネマ、朝日会館を髣髴とさせるつくりですね。 ビルの地下でお腹をこしらえて、少し寝ぼけ眼で椅子に座ったのですが、予告編が始まったとたん、興味深い作品の連続で、眠気は瞬時に吹っ飛び、その気持ちは映画が終わるまで途切れることはありませんでした。 死が二人をわかつまで。ということばがあるように、死は人との否応のないわかれだとなぜか思っていたのですが、そうではないことを院生になり知りました。若い仲間たちが、みなさんそれぞれ、幼い頃の兄弟の死や今より若い頃の親の死を経験されていて、そのことが今の彼らをよかれあしかれ支えていることを知ったからです。自分だって、亡くなった者を思わない時はないし、関係も変化していっているのになぜか、死とはその人の終わりのように思っていました。そしてこの映画を見てあらためてそのことを思ったのです。片方の死は、あらたな関係の始まりなのかな、と。メインのお二人は、とてもいい作品にめぐり合えたのではないでしょうか。その出会いを、とても大切にされたように思います。鼻をすする音があちこちから聞こえる会場でした。

私のコメント

windshipさん このあいだwindshipさんもご存じのSちゃんが「いま、会いにゆきます」という映画をみにいかれ、夏になくなった共通の友人のリアルな夢をみたようです。二人で話していたのですが、彼女が亡くなって少し時間がたって余計に心の中で彼女と対話していることが多いな。。。。 「Turn Over」自分がみておもったことよりwindさんの感想に納得させられました。タイトルに秘められた思いが伝わる書き込みです。栗塚さん現代の格好はああいう感じなんですね。わたし あの丁稚どんじゃないけれど、栗塚さんのお店で一番ちょかちょかしている人がリアリティあるように思ったりしました。

windshipwindship 2013/06/22 10:09 おはようございます。今朝、このやりとりを読ませていただくありがたさを思わざるを得ません。おりしも、別れを普段より強く意識せざるを得なくなった方への思いを抱えきれなくなっていた瞬間でしたので、ああ、そうだなあ、とふに落ちた思いです。そして、人々をこんなに大切に思えていた自分に出会えて、この頃を思い返しています。
かつての文章を読むことは、古い写真を見る事にも似ていますね。
何度も書いてしまうことですが、残しておいて、そして、見せてくださってありがとうございます。

ponymanponyman 2013/06/22 17:05 うんそして忘れているのだねー。いろいろ今昔の書き込みを発掘してメモの宝庫だ!って思っているところです。またTBしますよ。
野村監督この後亡くなられたけどふや町の大森さんとこにこられているときなんともいい雰囲気だったなーって思い出します。ふや町にビデオを借りに行ったり、ブログを書いてこうしてやりとりしているなにげないつもりの日常、走馬灯のように思い出しそう〜。自分にとって大事な時間だよな、って思ってます。

windshipwindship 2013/06/23 07:50 うん、ほんとに。忘れているのですね。。忘れすぎ^^;
私、走馬灯のように、という表現、これまでは、特に琴線にも触れずに来たような気がしますが、今回、深〜〜くうなづき、いろんなことがリンクして走馬灯がいくつも?回りだした思いです。
そして、また、たくさんの日記を掘り起こしてくださってありがとう。あらためて、一つ一つゆっくり拝見します(*^_^*)

ponymanponyman 2013/06/23 08:08 走馬灯がいくつも!笑
うんでも私も日記の中で言及している映画のこととかリンクをきちっと書いてまとめていこうと思い立ちそうするともういろんなことがつながってまたそこから発見、という膨大なことになってます。楽しいですけれどね。

windshipwindship 2013/06/23 21:54 いくつもの走馬灯。我ながら笑たが、こんな感じなんですよね。
そして、ここに書かせていただくのがふさわしいのかなのですがm(__)m、今日、親しいお年寄りのお見舞いに行ったのです。そこは長い廊下を渡り歩きエレベーターをいくつも乗り継いで、やっと目指すお部屋につくような、坂を上った広大な施設でした。清潔な、落ち着いた雰囲気でどのお部屋も、大きなドアは開け放たれています。前置きが長くなりましたが、そこでであった風景なのです。帰り道、廊下からふと、見知らぬ方のお部屋に目をやると、パイプ椅子に足を組んで座った50代前後と思しき男性の横顔と背中が見えました。そして、その眼の先には、お母さんに違いない短髪の老女が横たわっておられます。顔だけ出してじっと、息子さんを見つめておられるのです。二人で無言で、じっと、見交わしておられる姿は、哀しく、でも、とても美しいものでした。まるで、映画のワンシーンのようで。部屋を横切る2〜3秒のことでしたが、簡単に忘れることができないような光景でした。
人が逝くのは、本人にも、周りにも大きなことなのですね。そのあと、関係が変わるだけと書いておきながら、やはり、大きなことだと、改めて思ったのです。

ponymanponyman 2013/06/24 00:33 映画のワンシーンのようなって思うことありますね。なんか一瞬の風景からストーリーがみえてくることが。それって、習慣的に映画をみているからいろいろなシーンを映画的に切り取れるようになっているってことなのかな?埋もれてしまうような風景を切り取れて心にしまえるのは、映画をみている恩寵のようにも思います。

windshipさんがごらんになってないお話を出して恐縮ですが、ドラマ「ゲゲゲの女房」で、風間杜夫が水木しげるのお父さん役だったんですが、演劇が大好きな人で、最後お迎えが来るとき、ずっと観客だった自分が登場するステージが出てきて・・って感じでとてもよかったんです。
キヨシローさんが、病気の話を発表された時、次のブルースを味わいたいみたいな言葉を使われていたのも、同じことのように思えます。
自分が愛してきた演劇や音楽や映画に救われるというか・・ひとつの乗り越え方を教えてくれるというか・・また気持ちを増幅させるときもありますが、豊かにしてくれているなあととても思います。

windshipwindship 2013/06/25 10:16 ありがとうございます。映画のワンシーンみたい!と、思ったこと、どこかで、そんな気楽な。。これは、現実だぞ、と、戒める自分が少しいたのです。でも、あのお二人に流れる、溢れるような無言の言葉は、やはり、ヒタヒタと心の中に染み渡ってきたのです。おっしゃるように、たくさんのそんなシーンにであってきたからこそ、感じとれ、考えられたのですね。そう思います。
ゲゲゲのお話もありがとう。
キヨシローさんの、ー次のブルースを味わいたいーのご紹介も。胸がつまりました。キヨシローさんにしか言えない、キヨシローさんの言葉だからこそ迫る言葉ですね。それを感じることができるのも、はい、愛してきた愛しているものたちのおかげなんですね。
ふや町バンザイ!あれっ?w

ponymanponyman 2013/06/25 10:37 うんうん 自分の愛してきたものの味付けで急坂乗り越えていくのなら牽強付会でもなんでもあり!みたいな気持ちにさえなってます。「ライフ・イズ・ビューティフル」みたいに・・(好みの別れる映画をひきあいに出してしまいますが・・)
今日もうひとつコメント書いてくださった「不知火検校」は大森さんのおすすめ印で借りたものでまさに「ふや町バンザイ!」でした。

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