日常整理日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-05-14

[][][][][]秀子の応援団長

昭和15年度作品。近所のこどものお父さんが兵隊に行っているというセリフがある一方、ジャズがかかり、自由な感じで野球をしている様子に、この頃はまだこういう感じだったのか・・と思う。

沢村貞子さんがざあます夫人をすっかりなりきって演じておられる。はじめ沢村さんがどこに出ておられるのかわからなかった。野球監督役の千田是也が座興で朗々とセリフ的なものをいうのが堂に入っている。

清川玉枝のおばあさんは、「いじわるばあさん」風ヘアスタイルの典型的隠居風。またまた「きょうの猫村さん*1を思い出す。猫村さん、往年の日本の家族もの、それも上流風の家族もののスタンダードみたいなものをベースにしているんだな・・

かなかな 2018/06/03 20:15 私も「沢村さんはどこ?」と思っていました。目元をよくよく見て「あ、そうか!」と。この映画、作品紹介文を読むと撮影は1939年頃か?とありました。昭和14年ですね。私は本編とは直接の関係はない実際の野球選手などに目が行きました。
まだ“ストライク”“アウト”といった用語が使われ、スコアボードを見ると“スタルヒン”とありカタカナ語が禁止される前なのだな、とわかります。各チームの選手たちの映像も貴重ですね、大阪タイガースの景浦はチラッとしか出てこないけど、すぐわかりました。他にはスタルヒン、水原、野口の面々もすぐわかった中に入ります(私、いつの時代に生きていたんだ?)。「後楽園スタヂアム」で行われたゲームでセネタース軍が後攻だったので、「後楽園は巨人だけのホームグランドではなかったのか・・」と思ったり。この頃は春期、秋期という分け方で試合が行われ、その期ごとに今でいう日本シリーズみたいなのがあったわけで、そういうのもこれを見て「そうだったんだよね〜」。まだ1リーグ制の時代(チーム数も今より少ないし)のお話ですよね。
映画見ながら1つ疑問に思ったのが「当時のプロ野球でこんなに客は入っていたのか?」戦前は六大学野球の方が人気があったと聞いているけど、巨人の沢村と大阪の景浦という2大スターが出た頃は結構お客もいたのかな〜?この映像で沢村の姿がないのは出征中だったのかもしれませんね。沢村の動画はほぼ皆無といっていいくらいなので(投球の一部シーンの映像は見たことあるけど動きがあるのはこれが唯一とか)惜しい気が致します。野球のことなんで、つい長く書いてしまいました、失礼いたしました。

ponymanponyman 2018/06/04 13:26 かなさん!わたしも、野球、戦時中に和製の言葉でやっていたときいていたので、この時代はまだ一応ストライクとかいってるのね、と思ってました。ちょっとずつちょっとずつ侵食されていったんですね。詳しい野球のおはなしも楽しいです。映画って多くのものが映りこんで、その時代は何気なく撮っていたのにすごい史料価値があったりしますね。古い京都の風景にもそれを感じます。
またいろんな映画発掘して報告しあいましょうね!

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