日常整理日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-01-02

[][][][]嗚呼!花の応援団

やんちゃでついていけない世界の話と思い込んでいたが、「けんかえれじい」風味との評を読んでみてみたら、ほんとその通り。なんかかわいらしくてよい感じ。昭和後期のバンカラ。主人公の三年生青田のあこがれの女、青田の父の愛人、宮下順子も私が今までみた宮下さんの作品の中でベストいくつかに入るくらいいい感じ。抑えめにしてあるのがいいのだと思う。

体調不良からの新年早々みるのにふさわしい明るくてよき純情の物語。

ちょうちょみたいなメガネの四回生団長役の沢田情児氏、インテリやくざ風、なんか惹かれる。

鳴呼!花の応援団 [VHS]

鳴呼!花の応援団 [VHS]

2017-07-11

[][][]春日太一さん〜十兵衛暗殺剣

先日wowow町山智浩さんの映画塾の「沖縄決戦」の回をみていて、招かれた映画史研究家の春日太一さんという方の解説がとても詳しくてわかりやすくて勉強になった。(藤本プロデューサーがジャーナリスティックに撮りたかったから、ドキュメンタリータッチになっているということなど)

それで、春日さんの著作を探し始めてみつけた「シン・ゴジラをどう観るか」

の中の「『シン・ゴジラ』は岡本喜八の弔い合戦である」がまた面白かった。岡本監督の「日本のいちばん長い日」における情の排除、私生活のシーンが全然ないところによるテンポの良さの話、大いに頷いた。

さらに読んでみた「時代劇ベスト100」

時代劇ベスト100 (光文社新書)

時代劇ベスト100 (光文社新書)

に、この「十兵衛暗殺剣」がすすめてあったもので、以前から近衛十四郎さんのおすすめとしてきいていたから、この際と借りてみた。

とてもシャープ。春日さんが書いておられたように、敵役の大友柳太郎が「長年にわたり主役を務めてきただけに、相手を容赦なく追いつめる迫力を出すことに長けている。」そこから「両雄から放たれるオーラはほぼ互角。」リアルで退屈しない。

舞台が琵琶湖竹生島およびそこに棲むという湖賊を巻き込んでの闘いというところもおもしろい。水中撮影など交えダイナミックだし、逆光めいた映像なども締まっている。(撮影:わし尾元也氏とのこと)。ビデオジャケットによると湖賊、水の忍者ということで実在らしい。湖賊の女首領がまたさっぱりとした美しさ。

河原崎長一郎さんを時代物でみるのも珍しいような気もする。(自分がみてないだけかも・・調べてみたら60年代前半までは時代劇のご出演も多かった・・)河原崎さんらしい、マイナスからのスタートの武士。若々しく素晴らしい印象。

十兵衛暗殺剣 [VHS]

十兵衛暗殺剣 [VHS]

2017-04-06

[][][][][]残菊物語

「残菊物語」というと溝口健二版の評価が高いけれど、実は溝口版をみた時、まだ歌舞伎とか自分がみていない時分で味わい方も中途半端だったように思う。今回多少は歌舞伎をみるようになった目でみるととてもおもしろかった。

猿之助(現猿翁)が、尾上菊之助の役で、最初ダメな芸だったのが、苦労して向上する役だけどその違いがわかる演じ方でおもしろい。

津川雅彦が友人中村福助の役なんだが、津川氏の顔がなかなか歌舞伎役者っぽくサマになっていた。

大泉滉演じる旅芸人のなんだか女性的な感じ、左卜全演じる木賃宿の老爺、二人とも場面をさらっている。大泉さんは、同じ大庭監督の「京化粧」*1の呉服屋も目をひいていたなあ。

映画com

2016-06-21

[][][][]百貨店ワルツ

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の大丸心斎橋店本館に思い出を持っておられるマツオヒロミさんが、心斎橋店の建て替えのニュースをきき、失われていく美しい空間への哀惜と感謝の気持ちをこめて描かれたもの。受付から宝飾品、化粧品、呉服、婦人服、食堂とこの時代ならこういう装い、デザインのポスター、そしてストーリーがあってもおかしくない・・という美しい空想で彩られている。素敵な力作。

マツオさんがあとがきで書いておられるけれど、心斎橋大丸は中二階がなんとも魅力なんだよな・・

百貨店って、昔は今よりもっともっとおしゃれして行く場所という気がする。

百貨店でふと私の頭によぎったのは、新宿伊勢丹のバビントン・ティールーム。ぜいたくな雰囲気の場所だった・・今は伊勢丹から撤退してしまって、ローマの本店にしかないらしい・・こちらのブログにキルティングのカバーのことなど載っていて懐かしい・・

百貨店ワルツ (リュエルコミックス)

百貨店ワルツ (リュエルコミックス)

2015-11-22

[][]大阪アースダイバー

あとがきにあった、東京のセンスで大阪をみると見誤る・・西日本の稲作文化と東日本の狩猟文化との差異、タブーの違いという話は大変参考になる。そして、現在の大阪の疲弊と維新の会についての文章、なんと今日的であることか。

自分へのメモ(自分なりの理解が正しいのかどうか自信がなく、そのままの引用が多くなってしまう。。)

p84

 古代社会では、どんな生産物にも、それを生み出した土地や、それに所有権をもつ人の霊力(タマ)が宿っていると考えられていたから、自由勝手にモノとして売り渡したり、買い取ったりすることは難しかった。人から人へ、モノの所有の移動がおこるとき、モノといっしょにタマも移動した。

 そのために古代社会では、あらゆるモノの交換が、「贈与」のかたちをとることになった。贈与社会では、モノの交換がおきているところでは、かならず人格や愛情や信用や元気の交換も同時におこなっていて、それを通して人と人の間に絆が発生することになっていた。

人間には所有には属さなくなった神へのお供物にふれたあと、そのお余りを商品として扱うことによって、供御人がはじまりの商人になったと、そして、

商品とは「無縁となった」モノの別名である。商人は、無縁となった商品を、軽々と扱うことができた。もはや商品となってしまったモノからは、もともとの所有者の人格やそれを製造した人の思いも、すっかり断ち切られているので、後に残るのは商品としての価値だけ、これを同じ価値をもった他の商品と交換することには、なんの同情も共感も必要とはしないだろう。

自由な商品の流通が、はじまろうとしていた。どんな品物も、神仏のもとに無事にお供物として届けられるためには、あらかじめ人間世界との縁を切って身軽になったうえで、超越的な世界へ向かっての跳躍をおこなったのである。その跳躍のおこぼれにあずかった余剰の品物が、商品として出現することによって、この列島に資本主義は生まれたのである。そこには、無縁の原理が強力に働いている。

考えさせられる。なるほどと思うことも大いにある。

でも流れは抗いがたく、この世の中で自分の生き方にどう反映させるかということはまた別だけど。

p171

名護町 住吉大社を通って四天王寺のある上町台地に続く、紀州街道の両脇に出来た細長い形をした町。別名長町というらしい。そのはずれあたりに合邦辻。

「摂州合邦辻」「新版歌祭文」の舞台。

「摂州合邦辻」ー「現代の臓器移植事件をも連想させる」・・そうか・・

p177

仏教者というのは、社会の境界にたたずんで、社会とその外にあるものとを媒介しようとする生き方を、実践する人たちのことを言う。

古代では仏教が、プロレタリア的な人々に対して生存のための受容器をあたえ続けた、という話。近現代では、釜ヶ崎で、現世では財産を捨てた無産物のキリスト教の修道女がたちが、愛隣的実践に、我が身をささげているとのこと。。

この辺も新自由主義への言葉なんだろうな・・

大阪アースダイバー

大阪アースダイバー