明るい部屋:映画についての覚書 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter







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評価の目安: ★(興味深い); ★★(見たほうがいい); ★★★(とにかく必見); ★★★★(大傑作、あるいは古典)

2016-09-06

[]ヴェラ・ヒティロヴァ『O necem jinem』——平行線は交わらない




ヴェラ・ヒティロヴァ『O necem jinem』(Something Different, 63) ★★


ひなぎく』で(というか、この一作のみを通じて)日本でも有名なチェコの女性映画監督ヴェラ・ヒティロヴァの長編デビュー作。チェコ語は全くわからないが、英題・仏題から推測するに、原題は「別の何か」ぐらいの意味であろう。

引退前の最後の競技大会にむけて特訓をする独身女子体操選手と、家事と育児に追われ、無理解な夫に嫌気がさして不倫に走る主婦。全く無関係なふたりの女の日常が、最後まで交わることなくパラレルに映し出されてゆく。冒頭、主婦の家のリヴィングのテレビに、パフォーマンスを披露する体操選手の姿が映し出される部分が、この映画で2つの物語が唯一クロスする瞬間である。それ以外は、一見、淡々とふたりの日常が交互に並べられてゆくだけに見えるが、言葉や仕草などを通して、2つのパートは微妙に共鳴し合い、また対立し合いながら、「別の何か」をわれわれに指し示す。

料理をしたことがないという独身女子体操選手と、家事に追われる毎日のなかで自分を見失ってゆく主婦。全く対照的に見えるふたりだが、今自分が置かれている現状に満足していないという点では共通している。大会で優勝し、引退した体操選手は新しい生活を夢見るが、結局、体操のコーチになって今までの生活をつづけてゆく。行きずりの男と逢い引きを重ねたあと、夫と子供のいる家庭に戻ってきた主婦は、突然、新しい女ができたことを理由に夫から離婚を告げられる。平行して描かれる2つの物語は、互いが互いの夢であり、またその廃墟のようでもある。

関係のない複数の物語を平行して描いてゆく映画は、今ではそれほど珍しくない。その意味では、この映画が当時もたらしたはずのインパクトを失ってしまっているのはたしかだろう。しかし、たった2人だけを交互に描くという構造の単純さが、モンタージュというものが編集のテクニックなどではなく、2つの異なるイメージを並べて見せることにあるのだということを、改めて考えさせる。事実、ジャック・リヴェットなどが参加した「カイエ・デュ・シネマ」のモンタージュをめぐる名高い討論会で、エイゼンシュタインの『全線』などと並んで、この映画は大きく取り上げられていた。リヴェットは、「1950年以後に撮られた映画ベスト30」のなかの1本にヒティロヴァのこの映画を選んでさえいる。この作品や、ジャン=ダニエル・ポレの『地中海』といった、当時現れ始めた新しい映画のスタイルが、『アウト・ワン』などのリヴェット作品に、直接・間接に影響を与えていることはたしかだろう。そういう点でも、『O necem jinem』は重要な位置にある作品である。


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