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July 18(Tue), 2017

DNA-PAINTへの誘い #1:「次の数年、何しようか……?」

自分の将来についての好奇心と不安が入り混じった問いは、どんな世界に身を置いていても頭をもたげることがあるのではないかと思うのですが、ご多分にもれず自分も今から数年前、こんなことを考えていました。

まだ10年ちょっとですが、自分のこれまでの研究人生を振り返って見るに、大学院時代はRNAタンパク質複合体の構造生物学学位取得後の1st ポスドクでは分野を大きく変えて、RNAサイレンシング複合体の1分子イメージングをやってきました。そしていま(2nd ポスドク)は、DNAナノテクノロジーを用いた超解像顕微鏡観察技術の開発をしています。当然のことながら、深い考えと明確なビジョンをもって研究テーマを選んできたというわけではなく、その時その時のやりたいことを選んできました。ただ、どんな生物学上の問題を解くかということよりも、どうやってその問題を解くか、という方法論により強い興味をもってきた気がしています。

そんな自分にとって、最初の問いの答えは「DNAナノテクノロジー × 超解像顕微鏡法」でした。

顕微鏡の発明と「回折の壁」

生き物が内包する目に見えない世界の存在に、人類が初めて気づいたのは17世紀のことです。イギリス科学者ロバート・フックがコルクの中に見られる小さな小部屋を「細胞Cell)」と名付けたのが1665年、オランダの科学者アントニ・ファン・レーウェンフックが湖の水の中でうごめく「微生物」を発見したのが1674年です。顕微鏡の発明は、これらを少し遡る16世紀末〜17世紀初頭なのですが、発明年と発明者については議論があり、現在でもはっきりとはしていません*1

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アントニ・ファン・レーウェンフックの手による顕微鏡観察スケッチ。観察サンプルはトネリコの木(樹齢1年)の切片。

顕微鏡が生物学の歴史に登場して以来、生物そのものや生物組織、あるいは細胞のもつ微細な構造や挙動の観察は、生物学の基礎を担ってきました。光学顕微鏡による偉大な成果には、結核菌やコレラ菌といった病原体の発見、細胞分裂時に紡錘体が形成されることの証明、2016年ノーベル生理学医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大特任教授によるオートファジーの発見などが含まれます。

しかし光学顕微鏡には、その発明以来越えられない壁が常に存在してきました。それは「回折の壁」、すなわち光の波長よりもずっと小さいものは、光の回折現象のために観察できないという物理的な限界です*2

光は波であり、波は回折します。光がもつ物理的な性質は、すべての光学顕微鏡において、見ることができる小ささの限界を規定します。しかし、光の回折により、無限に小さな点から出た光であっても、レンズで光を集め、像として結んだ時には、光の波長と同程度の大きさをもった円盤にまでしか収束しません。言い換えれば、観察サンプルがもつ微細な構造は、光の波長と同じくらいの大きさでぼやけてしまいます。

一般的に、通常の光学顕微鏡では200 nm(ナノメートルは1メートルの10億分の1)程度が観察できる小ささの限界です。一般的なヒトの細胞の大きさは10〜100 µm(マイクロメートルは1メートルの100万分の1)、ミトコンドリアや小胞体の大きさは<1 µm、その中で働くタンパク質や核酸の大きさは200 nmをはるかに下回ります。そのため光学顕微鏡では、細胞の中にある構造のすべてを捉えることはできません。どんなに顕微鏡技術が発達しても、光を使う限り「回折の壁」は原理的に避けられない、少なくともそう考えられてきました。

実際、光学顕微鏡では見ることができない微細な観察には、可視光よりも波長を短くすることができる電子を使った、電子顕微鏡が一般的に使われてきました。しかし電子顕微鏡には、生きた細胞を観察できない、分子の種類を見分けることが難しい*3、といった欠点があります。光学顕微鏡の波長の壁を突破する技術の開発、それは生物学者と顕微鏡技術者にとっての長年の挑戦でした。

この壁を突破する技術が「超解像顕微鏡法」です。超解像顕微鏡法は光学顕微鏡の「回折限界」を超えた分解能、具体的には、200ナノメートルよりも小さい分解能を達成します。

*1:有力な説の1つは、オランダヤンセン親子が1590年に発明したというものです

*2:詳しくは>The Diffraction Barrier in Optical Microscopy | MicroscopyU

*3電子顕微鏡で分子の種類を見分ける技術の開発についてもいくつか報告があります。例えば以下の研究。 http://www.cell.com/cell-chemical-biology/abstract/S2451-9456(16)30357-9

June 23(Fri), 2017

もっと細かく、より深く

皆さん、ご無沙汰いたしております。いま、私はアメリカマサチューセッツ州ボストンにあるハーバード大学ヴィース研究所(Wyss Institute)のPeng Yin研究室でポスドクとして研究しています。

現在の研究テーマはざっくり言うと、DNAツールとして使って、新しい顕微鏡テクノロジーを開発し、それを使って細胞核の中にある染色体の姿を細かく見てみよう、というものです。真面目に書けば、「DNAナノテクノロジーを用いた新規3D多色1分子局在顕微鏡法による細胞間期染色体構造の解明」です。

ヒトゲノム解読、バイオインフォマティクスiPS細胞、次世代DNAシーケンサー、ゲノム編集。21世紀の生物学は、テクノロジーの進歩によって飛躍的に発展してきました。そしていま、これらに続くブレイクスルーの波が、生物学に押し寄せています。それが顕微鏡テクノロジーです。

ボストンに引っ越して、今日でちょうど2年が過ぎました。ちょうど区切りがよいこともあり、このブログを復活させる手始めとして、顕微鏡のいまと未来について、自分の研究も交えて解説してみようと思います。キーワード「もっと細かく、より深く」。どうぞよろしくお願いします。

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写真はDNAオリガミで作られたグリッド基板の超解像顕微鏡観察像。スケールバーは20ナノメートルを表す。

May 30(Mon), 2011

<続報>NASAによる「ヒ素DNA細菌発見」は間違っている?

半年ほど前に話題となったNASAの研究チームによる「リンの代わりにヒ素をDNA中に取り込む微生物が見つかった」という報告ですが,発表の直後から科学的な批判にさらされてきました.

そしてついに先週の金曜日,元の論文が掲載された科学誌Scienceに,他の研究者から寄せられた8つの批判と,それらに対するNASAチームの再反論が掲載されました

今回も詳しい解説記事を書く時間がないので,批判のポイントを一枚の画像(表)にまとめてみました.半年ぶりに「ヒ素DNA細菌」のお話です*1

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Comment on "A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus"

「リンの代わりにヒ素を使って生育することができる細菌」へのコメント

Steven A. Benner

David W. Borhani

James B. Cotner and Edward K. Hall

István Csabai and Eörs Szathmáry

Patricia L. Foster

Stefan Oehler

Rosemary J. Redfield

B. Schoepp-Cothenet, W. Nitschke, L. M. Barge, A. Ponce, M. J. Russell, A. I. Tsapin

Science. May. 27, 2011.

続きを読む

*1:内容に間違いがあればご指摘いただけると幸いです.

May 29(Sun), 2011

生き物のデザイン:微生物への着陸船

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Enterobacteria phage T4.壁紙画像(1920x1080)はこちら

Michael D, Jones氏作成のSVGデータを改変して作成しました.この画像のライセンスCC BY-SA 3.0に準拠します.


アポロの月着陸船や宇宙探査機にも見えるこの物体.実は細菌に感染するウイルス,通称ファージの立体図です*1.正十二面体の形状を持つヘッド(頭部)と円盤が積み重なったテイル(尾部)の2つの部分からなり,さらにそれぞれは,細かいパーツが組み合わさってできています.これらの形は,電子顕微鏡などを用いた長年の研究により明らかにされました.ヘッドの中身(DNA)以外は,すべてタンパク質製です.ファージなどのウイルスを生き物と捉えるかどうかは意見の分かれるところですが,生き物のデザインの一部であることは確かです*2


このファージ,テイルファイバーと呼ばれる部分を使って大腸菌などの細菌の表面に「着陸」し,シース(鞘)の先端にあるベースプレート(基盤)を突き刺して,ヘッドの中に詰まっている自身のDNA(ファージゲノム)を細菌内に注入します.まさに,微生物への着陸船です.

こうして注入されたDNAからは,書かれた遺伝情報をもとに,新しいファージのパーツとなるタンパク質がつくられます.同時に,DNA自身も大量に複製されます.準備された新たなファージのパーツたちは,勝手に(自律的に)集まって組み立てられ,ヘッド部分にDNAが取り込まれます.高さ200ナノメートル,幅60ナノメートル.アポロ月着陸船の高さが6.37メートルですから,およそ3000万分の1の大きさです*3.「自己組織型ナノマシン着陸船T4バクテリオファージ」と考えると,なかなかかっこよく見えませんか?


完成した新たなファージは,細菌を破壊して飛び出し,新たな感染標的を探す旅に出ます*4.ナノの世界の着陸船は,かなり攻撃的な侵略船なのでした.


ファージが細菌に「着陸」するまでの再現CG動画↓

D

*1:正式名称はバクテリオファージですが,ファージと略して呼ばれます

*2ウイルスについては,自分自身だけでは複製に必要な部品を調達できず,単独で増殖することができないため,生き物とは見なさない,という立場が一般的です.一方で,生き物と同じようにDNARNAでできた遺伝情報をもち,タンパク質や脂質からなる部品で構成されています.進化の過程で,複製に必要な要素を削り落として作られた生き物がウイルスではないか,という説もあり,生き物のデザインの一部に組み込まれていることは確かです.

*3wikipedia:アポロ月着陸船

*4:溶菌と呼びます.一方,細菌のゲノムDNAに自身のDNAを挿入して居座る,という「溶原化」と呼ばれる現象もあります.今回,トップの画像に使ったT4 ファージは溶原化ステージを持たないので,感染しては溶菌させるだけです.

May 15(Sun), 2011

生き物のデザイン:大きいものだけを通す孔

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Potassium channel KcsA from Streptomyces lividans in high concentration of K+

緑色の球はカリウムイオン,赤色の球は水を表している.

壁紙サイズ(1920x1080)の画像はこちら


ナノの世界で生き物を見ている私にとって,「生き物らしさ」と言われて思い浮かべるものは,自然が創り出したデザインの美しさです.今日はそんなデザインの中から,教科書にも載っている有名なものを1つ取り上げてみようと思います.


どんな生き物でも,細胞の中や外は色々なイオンが溶けた水溶液に満たされています.例えば,カリウムイオンは,細胞の内側の方が,外側より30倍濃い濃度で保たれています.ナトリウムイオンはその逆です.30億年以上前に,生命が生まれた時の原始の海(生命のスープ)を表しているのではないか,とも言われています.

細胞は脂質でできた膜に囲まれているので,イオンが勝手に出入りすることはありません.そこで細胞は,イオンが通るための孔を準備しています.細胞膜を貫通している,チャネルやポンプと呼ばれるタンパク質がその孔です.この孔を使ってイオンの出入りを調節することで,エネルギーを作り出したり,脳から筋肉に信号を伝えたり,とさまざまな生命現象を生み出しています.例えば,オジギソウに触れると葉が閉じるのも,イオンの出入りが引き起こす現象です.

ところでこの孔=チャネルやポンプは,決まったイオンしか通さないという性質があります.何でも通してしまう孔では,細胞の内と外でイオンの濃度の違いを生み出せなくなってしまうからです.カリウムチャネルは,カリウムイオンだけを通し,ナトリウムイオンは通しません.


でも,どうやって?


これは長年の謎であり,難問でした.なぜならば,カリウムイオンはナトリウムイオンよりも大きいからです.小さいものだけを通す孔なら,単に孔を小さくすればよいだけの話です.しかし,大きいものを通し,小さいものは通さない孔,というのは,どうやったら作ることができるのでしょうか?

答えは,カリウムチャネルの孔のかたちにあります.一番上に載せた図が,原子レベルで見たカリウムチャネルの立体構造です.イオンは,周りに水を従えることで,初めて安定化して水の中に溶けています(水和と言います).狭い孔を通るとき,イオンは周りにある水を脱ぎ捨てなければなりません.


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カリウムチャネルがもつ孔の一番狭い部分(選択性フィルタと呼びます)は,酸素原子を含む「カルボニル基」という原子団が飛び出しています(図の先端が赤い棒です).孔の大きさは,カリウムイオンにちょうどよいものとなっているので,カルボニル基が4方向から,水の代わりにカリウムイオンを包みこむことで,イオンが水を脱ぎ捨てて通過できるようにしています.一方,この孔をナトリウムイオンが通ろうとすると,カリウムイオンよりも小さいために偏ってしまい,うまく水を脱ぎ捨てて通過することができないのです[→補足参照].

カリウムチャネルは,同じタンパク質が4つ一組になって働きます.外側は,細胞膜を貫通できるように作られており,4つが集まった中央部分に,カリウムイオンが通る選択性フィルタの孔が開くようになっています.こうしたカリウムチャネルの仕組みは,細菌からヒトまですべて共通して使われているのです.長い生き物の進化の中で,この仕組みがずっと生き残ってきたということを意味しています.進化というたった1つの方法で,まるで人工物のようにその目的と用途にあったかたちと機能を獲得する.まさに,自然が創り出した「デザイン」と言えるのではないでしょうか?


ちなみに,カリウムチャネルの謎を初めて解き明かした,アメリカ科学者Roderick MacKinnon教授は,2003年にノーベル賞を受賞しました*1.I'm not a scientist.というこのブログのタイトルは,MacKinnon教授が講演で話した言葉からの引用です.「あなたが解いたカリウムチャネルの構造は,私が今まで見た中で一番美しいタンパク質構造だと思う」と言ったら,彼は笑っていました.


[補足]5/15 20:50追記

カリウムチャネルは選択性フィルタのおかげで,カリウムイオンをナトリウムイオンの1000倍通しやすくなっています.つまりカリウムイオン1000個を通す間に,間違えてナトリウムイオンを1つ通してしまう,という正確性です.細胞内外のイオン濃度の違いを維持するためには,1000倍の選択性があれば十分ということですね.