Hatena::ブログ(Diary)

I’m not a scientist. このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

March 15(Tue), 2011

被ばくすると,人体に何が起きるのか?

2011-03-19追記

林松涛(@さんが,本記事を中国語に翻訳してくれました.

被ばくの不安を抱えている在日中国人の方や,日本に家族・親族・知人がいて心配されている中国の方に,中文版の記事を広めていただければと思っています.

「受到核辐射,对人体有怎样的影响?」 - ときどき中国

通俗易懂的说明。@将其中文。核电站日益稳定,可能是马后炮了。


地震で被害を受けた原子力発電所では,今なお安全を確保するための作業が続けられています.その一方で,多くの方が「被ばく」への不安を抱えているのではないでしょうか.

原子炉で何が起きているのか,被ばくしても大丈夫なのか/危ないのか,被ばくしたらどうすればいいのか.こういったことについて,ネット上にも様々な解説が掲載されています.その一方で,

そもそも「被ばく」すると人体に何が起きるのか

なぜ「被ばく」は危ないのか or 「被ばく」しても大丈夫なのか

こういった点については,説明をあまり目にしません.

私は,福島第一原発の状況を考えて,最悪の事態になってもチェルノブイリ級の事故*1が起きるとは思っていません.しかし「チェルノブイリみたいにならないから安心しろ」,「被ばくは健康に問題ない程度だ」とだけ言われても,信用できないと思う方も多いかと思います.


なぜ専門家たちは「被ばくしても問題ない」というのか

その予想はどういう科学的根拠に基づいているのか


このブログ記事では「もし福島第一原発でチェルノブイリ級の事故が起きたら」という無理やりな仮定をもとに,被ばくした人に何が起きるのかを@が考えてみました*2

この記事は,被ばくについて皆さんに何かをアドバイスすることを目的とはしていません.ただ,「何が起きるのか分からない」という未知に対する恐怖を,「何が起こるかはイメージできる」という既知のリスクに変える手助けになればと願っています.誤りや科学的に適切ではない部分があれば,ご指摘いただけるとありがたいです.


  1. 必要な前提知識
  2. もしもチェルノブイリ級事故が今の福島で起きたら
  3. 作業員におよぶ被害:確定的影響
  4. 私たちが受ける被ばく
  5. 放射線が人体に与える影響
  6. 私たちにおよぶ被害:確率的影響
  7. まとめ


必要な前提知識

報道を見ていても,「マイクロシーベルト」「10万カウント」「ヨウ素131」などの専門用語が飛び交い,何を話しているのかまったく分からないと思います.ここでは,これから書く記事の内容を理解するために必要となる用語について,簡潔に解説を試みます.それなりの分量があるので,先に本文を読みたい人は飛ばしてください.

f:id:popeetheclown:20110316005054j:image

被ばく
被ばくとは,人体が放射線を浴びることを差します.報道で,作業員や避難住民が「被ばくした」と伝えているのは,被ばく量を測る線量計で測定可能な量以上の放射線を浴びた場合です.しかし実際には,すべての人(ヒトに限らず生き物すべてですが)は自然界に存在する放射性物質から出た放射線を浴びています.この点では,すべての人は「被ばくしている」ということもできます.このあとで説明するように,浴びた放射線の量によって「被ばく」には色々なレベルがあるので,単に「被ばくした」というだけでは,どれくらいの量の放射線を浴びたのかは分かりません.当然,医療チームは被ばくした人の「被ばく量」を調べ,健康への影響がどの程度あるかを分析します.
被ばく線量
被ばく線量とは,どれくらいの放射線を人体が浴びたか,その量を表したものです.一般的には,シーベルトSvという単位が使われます(後述).被ばく線量は,「どれくらいの強さの放射線に」,「どの程度の時間さらされたか」によって決まります.弱い放射線に長くさらされるのも,強い放射線に短くさらされるのも,まとめて「被ばく線量」として扱うことができます*3.また,全身に放射線を浴びた場合だけでなく,臓器や組織ごとに分けて,被ばく線量を分割して考えることもあります.例えば,外部被ばくの場合,皮ふや眼の水晶体が被ばくを受けやすくなります.また内部被ばくの場合は,取り込んだ放射性物質がどの臓器に集まりやすいかによって,臓器ごとに分けた被ばくの影響を考えます.
吸収線量−グレイGyと実効線量−シーベルトSv
放射線量を表す単位にはGyグレイとSvシーベルトがあります.物理的に測定されるものが吸収線量:Gy*4,Gyで表された吸収線量に,人体への影響を加味した重み付け(放射線荷重係数;同じエネルギーを受けても,放射線の種類によって影響の度合いが異なる)をしたものが等価線量です.さらに,同じ量の放射線を浴びても影響は臓器ごとに異なります(生殖腺や骨髄は被ばくに弱く,皮ふや骨は強いetc...).浴びた放射線の等価線量を,組織・臓器ごとに分けて重み付けし(組織荷重係数),その後それらを合算した値を実効線量と呼びます *5.単位はSvです.実効線量は,実際に正確な値を求めるのが難しい(すべての組織・臓器に線量計を付けるわけにはいかない)ので,測定可能な実用量(実効線量に近くなるよう補正された測定値)で代替されます.説明が長くなりましたが,被ばく線量を考える時には,最後の「実効線量」に注目する必要があります.様々な測定地点で測定される放射線量も,実効線量に換算したものとなっています.高線量の被ばくを考える場合は,被ばく線量を実効線量Svではなく,吸収線量Gyで基準づけて評価します.低線量被ばくによる確率的影響を考える場合は実効線量Svを用います.ただし,資料によっては,高線量被ばくについての記述でもGyやSvが混在していることもあるので,注意が必要です.
放射線
放射線とは,強いエネルギーを持った電磁波(X線γ線)や粒子線(α線β線中性子線など)のことを差します*6.普段,私たちが眼で見ている可視光も電磁波の1種ですが,放射線と呼ばれるタイプの電磁波は眼に見えません.また,ヘリウム原子核だけが飛びだしたもの(α線)や電子だけが飛び出したもの(β線)のように,電磁波ではなく,粒子が高速で飛んでいるものも放射線と呼びます.放射線には,原子炉や医療用X線装置のように人工的に作られる「人工放射線」と,宇宙から飛来したり,自然界に存在する放射性物質から飛び出す「自然放射線」の2種類があります.
放射性物質
放射線を出す物質のことです.例えば,核燃料や原子爆弾の材料としてよく知られるウラン235は,自発的にα線を出し,別の放射性物質に変わります(専門用語では「崩壊」と呼びます).もちろん,β線やγ線などを出す放射性物質もあります.例えばヨウ素には,放射線を出さないタイプ(安定同位体)のヨウ素127と,放射線を出すタイプ(放射性同位体)のヨウ素129,ヨウ素131の3種類があります.この127や131といった数字は,原子の重さ(正確には質量数)を表しています.原子核を構成する2つの単位,陽子と中性子のうち,陽子の数が元素の種類を決め,中性子の数がその元素の重さや放射線を出すかどうかといった性質を決めます.ヨウ素は53個の陽子を持っており,さらに中性子を74個持っているものがヨウ素127,78個持っているものがヨウ素131です.つまり,同じ「ヨウ素」でも,中性子の数が違うと,放射線を出したり出さなかったりします.
放射能
放射能とは放射性物質が放射線を出す能力のことです.1秒間に崩壊する(つまり放射線を出す)原子の数を放射能と呼び,ベクレルBqという単位で表します.しかし,放射能という言葉は上で説明した「放射線」や「放射性物質」の意味で,誤って使われていることも少なくありません.例えば,誤)放射能漏れ→正)放射性物質漏れ or 放射線漏れ,誤)放射能の雨が降る→正)放射性物質を含んだ雨が降る,などは典型的な誤用例です.
確定的影響
確定的影響とは,被ばくによって生じる白内障や皮膚損傷,血液失調症,不妊,骨髄死,腸管死のような死に至る傷害などの影響を指します.ある一定量(しきい値)以上の放射線被ばくが起きた時しか生じません.しきい値は傷害によりますが,概ね1 Gy(1000 mGy)以上であり,核爆弾の被害や臨界事故の作業員などが浴びるレベルの被ばく線量の場合です.
確率的影響
確率的影響とは,放射線がDNA損傷を引き起こすことによって生じる「発がん」と,生殖細胞のDNA損傷が与える個体レベルの影響が子孫に引き継がれる「遺伝的影響」の2つのみを指します.しきい値はなく,被ばく線量に比例して,発がんや遺伝的影響が生じる確率が高まるとされています*7

もしも福島第一原発でチェルノブイリ級事故起きたら

ここからは「もしも福島第一原発でチェルノブイリ級の事故が起きたら」という無理やりで最悪な状況の仮定をおいて,さらに適当に仮定を付け足しつつ*8,どんな健康被害が生じるかを定性的に考えてみます.シミュレーションの妥当性は,誰かより詳しい方に評価していただければと思います.


作業員におよぶ被害:確定的影響

まず原発内で作業している人達は,高線量の被ばくを受けます.高線量の被ばくを受けた人たちには,確定的影響,つまり被ばく線量に従ってほぼ確実に発生する放射線障害が生じます.これは受けた被ばく線量に従って,多いほど重篤な傷害をもたらします.一時的不妊,リンパ球の一時的減少,脱毛などの命に別条のない変化から,骨髄死,腸管死のような死に至る傷害まで,影響はさまざまです.現地で作業している人達がどれくらい被ばくするか,受ける線量は事故時にどこにいたか(距離,壁があったかなど)と放射能汚染地域でどれだけ作業したか(時間)に比例します.臨床的には,0.25 Gy(250 mGy)以下の被ばくでは急性の放射線障害は起こらないことが確認されています*9.ただし,0.15 Gy(150 mGy)以上の被ばくを受けた男性は,数日後から精子数の減少し,一時的な不妊が生じます.これは一時的なものなので回復します.

確定的影響を受けるような高線量被ばくを避難区域外にいる人が受けることはありません.チェルノブイリ事故の場合ですら,原発内にいた600人中,0.7-13.4 Gyの高線量被ばくを受け,放射線症(確定的影響)となったのは134人にとどまります*10.また,高線量被ばくを受けたら確実に死ぬ,というわけでもありません.放射線症になった134人中,事故直後に2人,最初の3ヶ月以内に28人が死亡しましたが,全員ではありません.また医療の進歩により,日本で起きた東海村JCO臨界事故でも,高線量被ばくを受け放射線症となった作業員3名のうち,16-20 Gy,6-10 Gyの被ばくを受けた2名の作業員が亡くなりましたが,1-4.5 Gyを浴びたと推定される作業員は事故後に退院しています*11


私たちが受ける被ばく

これに対し,チェルノブイリ近郊から避難を余儀なくされた116,000人の平均線量は30 mSv*12であり,汚染した地域に住み続けている人達は,事故後最初の10日間で10 mSvの被ばくを受けたと推定されています.チェルノブイリ事故の場合,放射性物質を含む煙(雲?)が風向きを変えて,ほぼ360°全ての方向に拡散しました.その結果,ベラルーシロシアウクライナ以外の近隣諸国でも,最初の1年に1 mSvの被ばくが生じています.しかし,これらは自然放射線による被ばく量と同程度であり,健康リスクはないと考えられています(詳しくは後述).

平均30 mSvの被ばくを受け避難した発電所周囲30 kmの住民は,事故後36時間以上経ってから避難を開始しています(事故は突発的だったため).仮に,福島原発で同規模の事故が起こったとしても,既に避難している住民や避難区域の外側にいる住民の受ける被ばく線量は30 mSvを下回ると考えられます.以上をまとめて,原発事故の避難区域外にいる人(例えば私)が事故後に避難することも考えると,私たちが受ける被ばく量は,どんなに多く見積もっても30 mSvを下回るだろうと推定します


放射線が人体に与える影響

放射線がなぜ人体に悪影響を与えるのかを説明します.放射線が人体を構成する原子に当たると,原子は電離・励起されます.電離・励起された原子は,自己の原子の共有結合を切断したり,周囲の別の分子と結合したりすることで,分子に損傷を与えます.

放射線の生物作用の標的は,人体の細胞内のDNAのみです.なぜならば,他の構成要素(例えばある種の酵素)が放射線により破壊されても,その効果は蓄積しないからです.細胞内のDNA以外の生体高分子(例えばタンパク質)に何らかの損傷があったとしても,その損害は損傷を受けた生体高分子だけにとどまります*13.非常に高線量の被ばくを受けた場合,人体が分子レベルで崩壊して死ぬ「分子死」というものが考えられますが,数百 Gy以上という原発事故でもありえない量を浴びないといけないので,ヒトでは分子死の記録はありません.しかし,DNAへの損傷は,細胞内で働く部品(タンパク質,RNAなど)の設計図が壊れることを意味します.この結果として,致命的である場合は細胞死,致命的ではない場合はDNA情報が変化したまま細胞分裂が繰り返されます.こうしたDNAの損傷は,活性酸素や他の化学物質などの発がん物質でも同じように起き,放射線に特別な現象ではありません.実際には,DNAに損傷が生じても,DNA修復系があるためほとんどのものは修復されるので,ただちにDNAがずたずたとなるということはありません.

放射線障害に限らず,通常の体細胞では,DNA損傷が蓄積した結果としてがんが生じます(発がん).つまり生物作用だけを見れば,放射線は発がん物質(のように振る舞う物)として働きます.また,放射線が生殖細胞のDNAを損傷し,子孫に引き継がれて,何らかの遺伝性疾患などの影響を生み出す可能性もあり,これを遺伝的影響と呼びます.低線量被ばくによって人体に生じる影響は,発がんと遺伝的影響という,どちらもDNAの損傷に由来した「確率的影響」になります.

遺伝的影響については,原爆被爆者の子どもには遺伝性疾患が生じるという風説から,結婚を避けられるといった差別が行われたという悲惨な歴史があります.しかし,被爆者の詳細な追跡調査から遺伝的影響は見られなかったことが分かっています.これはチェルノブイリについての追跡調査でも同じ結果が得られています.現在までに,ヒトにおいて,遺伝的影響が確かめられたことはありません


私たちにおよぶ被害:確率的影響

被ばく量とそれに伴う発がんリスクの上昇の関係は,疫学調査から明らかになっています.被ばく1 Svあたりの各障害の発生頻度が推定されており,名目確率係数と呼ばれます.

名目確率係数*14

例えば,30 mSvの被ばくを全身被ばくとして均等に受けた場合,致死がんの発がんリスクの上昇はおよそ0.15%と推定されます

(30 mSvの被ばく) × (全身の致死がんの名目確率係数 5.00 × 10^-2)

30 × 10^-3 × 5.00 × 10^-2 = 0.0015


実際には,この値は多めに見積もられています.低線量被ばくによって上昇する発がんリスクを調べるためには,被ばくを受けた人と受けていない人を追跡調査して,それぞれで違いがあるかを調べます.しかし,被ばく以外の原因(喫煙,食事,生活習慣)による影響が大きいため,被ばくのみの影響を取り出すことは簡単ではありません.そのため「疑わしきは,より安全性を高めるように」という考えのもと,リスクを多めに見積もっています.

また食物連鎖を通じて,放射性物質が食品内に高度に濃縮され(生物濃縮),それを食べることで被ばくが生じるという間接的な被ばくもあります.実際に,チェルノブイリ事故による放射性物質の飛散により,周辺国の土壌がヨウ素131(半減期8日)やセシウム134(半減期2.4年),セシウム137(半減期30年)により汚染され,食品に影響が生じました.ただし,ウクライナ・ロシア・ベラルーシの一般大衆が1986-2005年までに受けた平均の被ばく線量は10-30 mSvと評価されました*15.これは,インドイランブラジル,中国にある自然放射線が非常に高い地域での住民の被ばく量(20年間に100-200 mSv)よりも低い値です.

低線量被ばくによる危険性が「確率」の話としてしか語られないのは,放射線生物学的に,その影響がDNA損傷とそれに伴う発がんという確率的な事象に起因するからです.確定的影響が生じない線量である限り,全身でも一部臓器の被ばくでも,体外被ばくでも体内でもこれは変わりません.放射線の健康リスクには「本質的に,確率論でしか語れない」部分がある,ということです.その上で,かなりひどい状況を想定しても,避難区域外にいて,かつ事故が起きた後にさらに避難するだろうということまでを考えれば,生じる発がんリスク上昇は生活習慣の違いに埋もれて見えなくなる程度だろう,という結論になります.多くの専門家が「被ばくしても問題ない」という言い方をするのは,それが発がんのリスク上昇としてしか評価できず,そのリスク上昇値が非常に小さなものだからです.

喫煙は,肺がんの発がんリスクを上昇させる代表的な生活習慣です.しかし,全ての喫煙者が肺がんになるわけではありません.ただ「喫煙すると肺がんになりやすくなり,吸うたばこの本数が多いほどその危険性も高まる」ということです.1本のたばこを吸っても肺がんのリスクは上昇するはずですが,その影響(リスク上昇)は他の影響(例えば飲酒,食事,運動など)に埋もれてしまうでしょう.非常に少ない被ばくの影響もこれと同じです.


1986年のチェルノブイリ事故から20年経った2006年,IAEAはチェルノブイリ事故を総括する声明を発表しています*16.ATOMICAに掲載された要約の中から,健康への影響に言及した部分を引用します.

70万人以上の緊急事態及び回復作戦要員、及びベラルーシ、ロシアとウクライナの汚染地域の500万人の居住者は、自然バックグラウンド放射線レベルに相当する比較的少量の放射線量を受けた;この水準の被ばくでは、放射線で誘発される目立った健康傷害には至らない。例外は、高い放射線量を受けた数百人の緊急事態及び回復作戦要員の一団である;約50人が放射線病とその結果のために死んだ。全体として、チェルノブイリ事故に起因する高い放射線量によって影響を受けた60万人中およそ4000人の人々の若死が、予期されていた。

放射線によって影響を受けるもう一つの群は、1986年に放射性ヨウ素で汚染されたミルクを消費し、甲状腺に相当な放射線量を受けた子供と青年である。全体で、およそ4000の甲状腺ガンのケースが1992年〜2003年の間に、この群に検知された;それらの99%以上は、成功裡に処置された。


まとめ

放射線による影響について,正しいイメージを持つためには,多くの科学的知識が必要となります.ですから,放射線に詳しくない人たちが,刻々と悪化していく原発の状況や,放出された放射性物質による被ばくについて,強い不安を感じるのは当然だと思っています.

この状況の中で私は,被ばくに対する不安を抱える人たちに「とりあえず心配するな!」とか「不安がっているのは間違いだ!」と声高に主張する気にはなれませんでした.そこで,自分にできることとして「被ばくが人体にどういう影響を与えるか」というテーマでこの記事を書いてみました.最初に書いたとおり,この記事は,被ばくについて皆さんに何かをアドバイスすることを目的とはしていません.ただ,「何が起きるのか分からない」という未知に対する恐怖を,「何が起こるかはイメージできる」という既知のリスクに変える手助けになればと願っています.

最後に,2つの文章を引用しておきます.

放射線に関する影響は,これまでの膨大なデータを解析することにより,安全管理の上で十分に分かっているといってよい.ICRP(註:国際放射線防護委員会)によれば放射線防護の目的は「確定的な有害な影響を防止し,確率的影響を容認できるレベルまで制限すること」である.この目的を達成するために,1.確定的影響の「しきい線量」,2.確率的影響の発生頻度,3.容認できるリスクレベルを知ることが必要となる.

—放射線概論 p.410

技術の専門家にとっては、リスクの比較を数量的に行うのが合理的であっても、日常の生活実感でなじみの薄い確率は、公衆に対して直接用いるのは有効に働かない。なぜなら公衆のリスク認識は確率的なものでなく、結果の恐ろしいもの、不確実や未知なものなどをより大きなリスクと感じるからである。

—原子力におけるリスクコミュニケーション ATOMICA*17


なお,記述にあたっては放射線概論(平成17年度改正法令対応,飯田博美編・通商産業研究社)と放射線取扱の基礎(第5版,日本アイソトープ協会・丸善)を参照しました.また,原子力百科事典ATOMICA*18の記述も参照しました.


関連URL

  • 放射線は「甘く見過ぎず」「怖がりすぎず」 - 八代嘉美
    • [2011-03-18追記]このブログ記事では解説しきれなかったDNA修復系や晩発効果,生物学的半減期など,放射線生物学の基本的な事項が解説されています.安心しすぎるのでも,怖がりすぎるのでもなく,「正しく怖がる」ことが大切というのはその通りです.
  • MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説 - A Successful Failure
    • MITの研究者による,福島第一原発の仕組みと事故による影響の解説記事を,@さんが翻訳したものです.長文ですが,非常に分かりやすく,おすすめです.[2011-03-17追記]元記事の内容が必ずしも正確ではないという指摘があり,より正しい解説記事が既に公開されています(上記参照).
  • 放射能のビジュアルイメージ - 山中俊治の「デザインの骨格」
    • 山中俊治先生(慶應大学,@)が,「放射能」と言われるものがどういうものなのかを,全く何も知らない家族に説明するなら,という視点で書かれたビジュアルイメージです.こういった伝え方が必要なのだな,と改めて思います.
  • 放射線医学総合研究所
    • その名の通り,日本における緊急被ばく治療の中心的な存在である研究所です.医学的な観点から,被ばくの危険性や被ばく対策について,情報が掲載されています.

関連書籍

*1チェルノブイリ原子力発電所事故の経過 ATOMICA(Googleキャッシュ).

*2:免責事項です.このブログ記事によって生じた結果には責任を負いません.しかし,内容自体の信頼性は,私自身に対する信頼性により担保されます.私は原子核物理学原子力工学の専門家ではありませんが,国家資格である第1種放射線取扱主任者の試験に合格しており,放射線に関する一定の知識を保有しています(試験合格後に定められている指定講習を受けていないので,主任者の資格はまだ得ていません).また,大学院において構造生物学生化学を専攻し,博士(理学)を3月に取得見込です.

*3:より細かいことを言えば,短時間に大量の放射線を浴びる場合と,長期間に渡って弱い放射線を浴びる場合では,影響には差がありますが,差が生じるのは被ばく量が非常に多い場合です.ここではその差は考えません.

*4:1 kgの物体に1 Jのエネルギーを与える放射線吸収量を1 Gyと定義します.SI単位.

*5:より詳しい説明は以下を参照してください.実効線量 ATOMICA,シーベルトと実効線量実効線量 福井県原子力環境監視センター.

*6:法的には,「放射線」とは,「電磁波又は粒子線のうち,直接又は間接に空気を電離する能力をもつもので,政令で定めるもの」を差します(原子力基本法第3条5号).核燃料物質、核原料物質、原子炉及び放射線の定義に関する政令

*7:日本の放射線障害防止法は,国際放射線防護委員会ICRPが1990年に出した勧告に基づいて,線量限度などを定めています.このICRP 1990年勧告では,確率的影響にはしきい値がないとしています.しかし,最新の研究ではしきい値があるのではないかという報告もあり,今後ICRP勧告やそれに基づく放射線障害防止法の規定が変更される可能性もあります.最新のICRP勧告は2007年に出されていますが,内容を私は把握していません.また放射線障害防止法にも反映されていません.

*8:放出される放射性物質の量や風向きなどによる拡散の影響を正確に見積もることはできないので,チェルノブイリ事故を参考に,被ばく量を推定することにします.

*9:福島第一原発で緊急作業に当たっている作業員の被ばく線量限度が250 mSvに上方修正されたのは,これが根拠となります.

*10チェルノブイリをめぐる放射線影響問題 ATOMICA(Googleキャッシュ)

*11wikipedia:東海村JCO臨界事故

*12:この被ばく量は体外被ばく・体内被ばくを合算した量だと思います.

*13:とされているのですが,例えばDNAポリメラーゼが損傷を受けたら,そのDNApolによって複製されるDNAに損傷が生じることは?なんて思ったりはします.

*14:単位が記載されていないが「10^-2/Sv」.

*15チェルノブイリ事故による放射線影響と健康障害

*16チェルノブイリ事故から20年

*17原子力におけるリスクコミュニケーション ATOMICA(Googleキャッシュ).

*18:現在,サーバが落ちているため,Googleキャッシュで見ました.

jkjk 2011/03/16 07:24 わかりやすく参考になりました。ありがとうございます。

ちぇーさんちぇーさん 2011/03/16 09:30 ありがとうございます。
とても理論的で分かりやすいです。
気をつける必要はありますが、無用にパニックにならないようにしたいですね。

通りすがり通りすがり 2011/03/16 10:26 参考になりました。ありがとうございました

通りすがり通りすがり 2011/03/16 10:26 参考になりました。ありがとうございました

drpdrp 2011/03/16 12:03 チェルノブイリを参考にするのであれば、食物連鎖による放射性物質の生物濃縮についても言及したほうがよいのではないでしょうか。

scrumploversscrumplovers 2011/03/16 13:31 私は被災者です。かつて、放射線生理学を学びました。
丁寧な御解説ありがとうございます。
この記事を読んだ方がひとりでも多くいらっしゃる事を祈っております。
なお、私のブログは”スクランプ連盟”といいます。
被災の情報等書いてありますのでご訪問いただければ幸いです。

とおりすがりとおりすがり 2011/03/16 15:10 mSvとmSv/hを混同されているように思われます。

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/16 17:31 > drpさん
本当は生物濃縮についても言及する必要がありますね.少し記述を付け足してみます.

>とおりすがりさん
どの記述に対してでしょうか? 積算の被ばく量を表すmSvと,単位時間あたりの放射線量を表すmSv/hは当然違うものなので,記述には気をつけています.この記事中では,単位時間あたりの放射線量については一切触れていないので,すべて積算の被ばく量mSvだけで説明しています.チェルノブイリ事故において避難した人たちの被ばく量(積算)が30 mSvだったのであって,避難地域が30 mSv/hの放射能汚染を受けたわけではありません.

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/16 18:14 > scrumploversさん
被災された方々はご苦労なさっていると思うのですが,
少しでも早く日常が戻ってくるように祈っています.

○ま○ま 2011/03/16 18:31 とてもわかりやすく,丁寧にまとめられていると思います。大変参考になりました。自分なりに消化して職場等で説明して,少しでもまわりの人の不安が和らぐようがんばってみます。その勇気と知恵をいただきました。ありがとうございます。

通りすがり通りすがり 2011/03/16 19:21 とても理解しやすく、ありがとうございます。質問ですが
年間の自然被ばく量は2.4mGy/年とされています。その20倍もの放射線量を浴びたと報道しています。単純計算からすると1Gy=5Svであり、48Gy=2400mSV→約7mSv/日→約0.3mSv/hの計算となります。実際はどう考えますか?このまま原因が継続した場合、体内の蓄積していくため、放射線作業従事者の最大許容線量は50mSv/年です。現在は放射線量が未測定。どう考えれば宜しいでしょうか?

とをりすがりとをりすがり 2011/03/16 19:28 良い記事ですね。お疲れ様です。
意図的に説明を省いたのではないかと思いますが、ほとんどの場合で放射線は直接DNAに当たる訳ではなく、細胞内に大量に存在する水を励起すると説明されていたと思います。その結果、活性酸素種を発生し、DNAが傷つく、となるわけです。活性酸素種自体は通常の細胞内でもありますし、別に放射線の照射だけでなく、癌の原因になり得るものによってその量が増加します。とすると、確率的影響の大部分は、放射線に特別な現象ではないと言えると思います。この辺は書いといてもらえると良かったかな、と思ったり。
あと、注釈でのDNApolへの言及について、雑感。放射線に直接当たれば、すくなくとも伸長反応はできないでしょうね。それ程問題にならずに修復されるでしょう。アミノ酸の修飾によって立体構造が変化して、奇跡的に伸長反応は正常な状態で、活性中心だけちょっと広がってしまうと大量の変異が発生しうる気もします。が、そんなことが起こればおそらくは細胞死が待っているだけでしょう。
長々と失礼しました。
作業に当たっている方々の無事を祈ります。

D・F・MD・F・M 2011/03/16 20:55 必要な前提知識での放射能のところの、
誤)放射能の雨が降る→誤)放射性物質を含んだ雨が降る. は、
誤)放射能の雨が降る→正)放射性物質を含んだ雨が降る.
の間違いだと思います。

D・F・MD・F・M 2011/03/16 21:13 被ばくについてとても勉強になりました。恐怖も少しなくなりました。
また、このようなときに、このようなことを書いて、
みんなのためになりたいという気持ちはすごいと思います。
本当にありがとうございました。

とおりすがりとおりすがり 2011/03/16 21:14 貴重なお仕事おつかれさまです。
とあるMLで議論されていたので、コメントさせていただきます。
・「直線しきい値無し仮説」にふれていないのは、参考とされた書籍に従われたのでしょうか。専門家のあいだでも賛否があるようですが、wikipediaにも書かれています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E6%9B%9D#.E7.9B.B4.E7.B7.9A.E3.81.97.E3.81.8D.E3.81.84.E5.80.A4.E7.84.A1.E3.81.97.E4.BB.AE.E8.AA.AC
・ 「浴びた量が多くても少なくても,基準値以上の放射線を浴びたら「被ばくした」と呼ばれます」という定義において、「基準値以上の放射線を浴びたら」は必要でしょうか。
手元に参考とされた書籍がなく、お答えをお任せしてしまって大変恐縮です。

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/17 01:22 >通りすがりさん(2011/03/16 19:21)
申し訳ないのですが,ご質問の内容がよくわかりません.何を計算されているのでしょうか? また「どう考えれば宜しいでしょうか?」とは,何に対しての考えを求めているのでしょうか?

>とをりすがりさん(2011/03/16 19:28)
おっしゃる通り,低LET放射線の場合は間接作用が主体となります.フリーラジカルの話に結びつけて書くことも考えたのですが,そのためには直接作用と間接作用やラジカルの説明が必要となるので,すでに長文エントリとなってしまっているのに,これ以上説明を長くするとかえって文意が薄れてしまうと考え,割愛しました.ただ「確率的影響の大部分は,放射線に特別な現象ではない」という部分は加筆しておこうと思います.ご指摘ありがとうございます.

>D・F・Mさん
typoのご指摘ありがとうございます.修正します.

>とおりすがりさん(2011/03/16 21:14)
現在の日本の放射線障害防止法はICRP1990年勧告に従っており,この勧告では直線しきい値無し仮説を採用しているそうです( @y_mizuno 先生による情報).このブログエントリは最初に書いたとおり,放射線について詳しくない人(高校物理を学んdねいないレベル)を対象として記述したものですので,説明には割愛しているところがたくさんあります.「直線しきい値無し仮説」にまで辿りつける人には,ここで行ったシミュレーション自体の不十分性も見抜けるとは思うのですが,あくまで「リスク評価が10倍外れることはないだろう」という定性的評価を行ったものとしてご理解下さい.
2点目についてですが,報道においての「被ばく」という用語の使われ方について記述したつもりだったのですが,表現が不十分でした.ここは修正しておきます.

文系な人文系な人 2011/03/17 13:07 貴重な情報、どうもありがとうございました。
2点、質問させてください。
下記のサイトで、継続的な被曝の危険性について議論されています。
http://takedanet.com/2011/03/post_b9fc.html

例えば1マイクロシーベルトの放射線に1ヶ月間さらされつづけた場合、人体に蓄積されるのは、放射線なのでしょうか? それともDNA損傷なのでしょうか?
また、仮にDNA損傷が蓄積されるとした場合、継続的な被曝によるDNA損傷の蓄積が、DNA修復系によるDNAの修復のスピードを上回るのは、継続的な被曝量が何シーベルト程度の場合でしょうか?(つまり、修復系によるリカバリが、継続的なDNA損傷のスピードに追いつけなくなるのは、どれくらいの被曝量のときなのでしょうか?)

ぜひご回答いただけましたらありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

文系な人文系な人 2011/03/17 16:35 もう1点、質問させてください。
被曝量が年間100ミリシーベルトを超えたあたりから健康リスクが高まると言われているかと思います。
1年で100ミリシーベルト被曝した場合と、10年間で100ミリシーベルト被曝の場合とは、同じことなのでしょうか?
つまり、(きわめて集中的に被曝した場合を除いて)継続して被曝した期間は問題ではなく、累積してどれだけ被曝したかが問題ということなのでしょうか?

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/17 18:55 >文系な人さん
> 例えば1マイクロシーベルトの放射線に1ヶ月間さらされつづけた場合
蓄積されるのは「DNA損傷」です.放射線は飛び出したら一瞬で通り抜ける(or 止まってエネルギーをすべて放出する)ので,蓄積することはありません.

> 修復系によるリカバリが、継続的なDNA損傷のスピードに追いつけなくなるのは
DNA修復系がどれくらいのスピードで修復を行えるのかについては,データがないのですが,DNA損傷による影響が確実に生じるほど損傷が多くなる(確定的影響が生じる)のは概ね1 Gy以上の被ばくを受けた場合です.但し,臓器によって影響が違うので,もっと弱い被ばくでも影響を受ける臓器もあります(精巣,骨髄など).
> 継続して被曝した期間は問題ではなく、累積してどれだけ被曝したかが問題か?
専門家でも意見が分かれる部分はあるのですが,基本的には累積量が同じであれば,長期的に弱い被ばくを受けつづけるのと,短期的に強い被ばくを受けるのとでは,影響は同じだと見なされています.但し,確定的影響が生じるような強い被ばくの場合は話が別ですが(修復系が追いつかなくなるので,強い被ばくを1度に受ける方がダメージが大きくなる)

fkfk 2011/03/17 19:21 非常にためになるエントリーでした。初歩的な質問なのですが、一つだけ。
「私たちの受ける被ばく」の項で、
「チェルノブイリ近郊から避難を余儀なくされた116,000人の平均線量は30 mSv」
とあるのですが、一年間でこれだけの線量を受けた、という事なのでしょうか?

fkfk 2011/03/17 19:22 「私たちが受ける被ばく」でした。申し訳ありません。

文系な人文系な人 2011/03/18 00:15 お返事ありがとうございました。周りに詳しい人がおらず、とっても助かります。
すみません。さらにもう1点、お尋ねしてもよろしいでしょうか。

> or 止まってエネルギーをすべて放出する

たとえば1マイクロシーベルト/時 だったとしても、呼吸をすれば自然と放射線物質を体内に取り込むことになるかと思います。ということは、現実的には、外部被曝だけで完結するということはあまりなく、さらに内部被曝もすることになる、ということでよろしいでしょうか?

もしそうであれば、たとえば1マイクロシーベルト/時 の環境にいた場合、1マイクロシーベルト/時 の外部被曝に加え、さらにどの程度の内部被曝が想定されるものなのでしょうか? 外部の放射線量の関数として、呼吸などによって生じる内部被曝の放射線量を知ることは可能でしょうか?

どうぞよろしくお願いいたします。

トオリスガリトオリスガリ 2011/03/18 00:17 被曝について調べていたところここにたどり着きましたが
専門知識がない自分にも非常にわかりやすい記事でした。
ありがとうございます。

ところで、原発付近で上昇を見せている放射線量ですが、
この値は原子炉の冷却・遮蔽がうまくいったとして
その後ただちに下がるものなのでしょうか。
もし下がらないとしたら回復までにどの位かかるものなのでしょうか。
大雑把なレベルで構わないのですが、もしよろしければお教えください。
(例えば100μSv/hが一年間続くと積算876000μSv=876mSvなんですよね?
だとすると心配です。)

俊 2011/03/18 08:27 〜引用〜
放射線によって影響を受けるもう一つの群は、1986年に放射性ヨウ素で汚染されたミルクを消費し、甲状腺に相当な放射線量を受けた子供と青年である。全体で、およそ4000の甲状腺ガンのケースが1992年〜2003年の間に、この群に検知された。

現時点でも子供たちにミルクを飲ませてはいけないってことでしょうか。
40歳までは影響がある様ですが、どうにも風評被害を懸念してか、報道されていませんね。
事実ならば風評では無いのですが、私自身甲状腺の病気を持っているので、政府には正確な情報を発信して欲しいですね。

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/18 08:52 >文系な人さん
>トオリスガリさん
関係する質問なので,まとめてお答えします.
まず,今回の原発事故由来にかんして,放出される放射性物質がどういう割合になっていて,どれくらいの量がこれからも放出されるのか,具体的に◯◯市にいると今後どれくらいの被ばくを受けるか,といったことについては私は詳しくなく,適切な解答をお答えすることができません.その上で,一般的に言えることのみをお答えします.

私たちが受ける被ばくに限って言えば,体内被ばくのみが問題になります(体外被ばくは量が少ないので無視できる).「花粉症対策と同じようにマスクなどをする」といった注意が流れているのは,放射性物質の体内への取り込みを防ぐためです.
現在,報道で「◯◯市の計測地点で〜マイクロシーベルトが…」といった値が伝えられているのは,ほとんどが人体に取り込まない放射性物質(キセノン135やクリプトン85など)を中心としたもので,これらは速やかに崩壊してなくなる(半減期が短い)ので,原子炉からの放射性物質の放出がなくなれば,放射線量はただちに減少すると考えられます.トオリスガリさんの質問への答えとなりますが,原子炉からの放出が止まれば,速やかに放射線量も低下して,被ばくは問題にならなくなります.
一方で,ヨウ素131(8日)やセシウム137(30年)などはある程度長い時間存在するので,体内に取り込まれると蓄積し,内部被ばくの原因となります.現在のところ,これらの放射性物質は「検出はされているが,ごく微量」のため,問題となるような体内被ばくは生じないだろうと考えられています.体内被ばくの量は,体内にどれくらいの放射性物質を取り込んだかによって決まるので,外部の放射線量とは必ずしも関係しません(外部放射線量が高くても,マスクをしていれば問題ないこともあるし,その逆もある).体内被ばく量の推定は全身の放射線量を測定するホールカウンタ法や,排泄物に含まれる放射性物質から体内の存在量を推定する方法などが使われます.

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/18 08:59 >俊さん
現状では,大量の放射性ヨウ素の放出は起こっておらず(政府だけでなく,民間での観測も行われているので,これは確かだと思います),したがって牧草の汚染やそれに伴う牛乳の汚染も起きていません.「今,ミルクを飲むと被ばくする」というのは風評になると思います.ただ,大量の放射性ヨウ素が放出されたチェルノブイリ事故では,実際に牛乳の汚染が生じたのも事実です.
引用された記述の続きにもありますが,放射性ヨウ素が原因と考えられる甲状腺がんは予後が良いタイプのがんであり,適切な外科手術を受ければ命に影響することは少ないようです.とはいっても,被ばくは「可能なかぎり低減する」のがよいに決まっているので,放射線量や放射性物質の放出量については信頼できるデータの公開を政府や関係機関に求めていく必要があると思います.

文系な人文系な人 2011/03/18 19:18 お返事ありがとうございました。
教えていただいたおかげで、もんもんとしていた頭の状態がちょっと開放された気がします。
どうもありがとうございました。

トオリスガリトオリスガリ 2011/03/19 02:10 すみません、遠慮なく質問してしまいましたが
労を割いてお教えいただいてありがとうございました。

放射能は怖いですが、過剰に騒ぎ立てるせいで
福島で苦しんでいる人たちに物資が全然届かないとか
物が売れなくなるなんて状況を考えると
必要以上に怖がらないようにしたいですし(必要な程度は警戒したい)、
世の中でもそうなればいいなと思います。

chopper225chopper225 2011/03/19 16:58
Twitterの方でいくつか質問させていただいた@chopper225です。懲りずにまた質問させてください(^o^;

(1)ヒト以外の動物では、遺伝的影響が認められている動物がいるのでしょうか?
(2)周りの環境への影響(例えば、ウイルスや微生物、植物の変異など)はどの程度の放射線量で生じるものなのでしょうか?
(3)体内被曝の場合、Svの計算に使われる係数の値は体外被曝と比べて高くなるのでしょうか?
(4)爆発等による放射性物質の飛散を直接受けない距離にいたとして、α線を放出する核種が呼吸により体内に入る可能性はあるのでしょうか?(食物の付着による経口摂取がメイン?)
(5)ヨウ素は甲状腺ホルモン、セシウムは筋肉等に取り込まれるとして、ウランなどの重い核種も体内に取り込まれるのでしょうか?(消化器官を素通りするわけではない?)

最後に、ちと横槍失礼します(的を外れていたらすいません)。

○まさんの次に書かれている"通りすがり"さん(2011/03/16 19:21)の質問についてですが、
「東京で通常の20倍の放射線量が観測されている」という報道に対して、”通常=自然被曝量(累積)”だと人体に影響を及ぼす線量になるのでは?という疑問だと解釈しました。つまり、その前提において計算すると、
2.4mSv/year(自然被曝量)×20倍=48mSv/year(=5.4μSv/h)となり、放射線作業従事者の年間許容量である 50mSv/year(Wikipedia参照)と同じになる。
しかも、線量が20倍とは限らずこれ以上になれば人体に影響があるのでは・・・という懸念。

しかし、実際にはそうではなく、”通常=モニタリングポイントで観測された値(毎時Sv)”
つまり、大体0.05μSv/h(通常観測値)×20倍=1μSv/hとなるので、もしこのままの状態が1年間続いたとしても累積 8.76mSv/yearにしかならない。従って通常の20倍だろうが40倍だろうが、心配ないということ。まぁ、http://atmc.jp/(全国の放射線量)をみればその状態は1日も続いてませんしね。

ということで、長文&雑文失礼しました。。

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/21 04:22 >chopper225さん
コメントが遅くなりました.
(1)遺伝的影響については,マウスを用いた動物実験により,その存在が確かめられています.また遺伝的影響のリスク推定も動物実験の結果に基づいています.明確な記述は見つけられませんでしたが,おそらく実際の事故時の被ばくにおける遺伝的影響は,動物についても認められていないようです(そもそもコントロールがないですし).植物については,放射線を当てて突然変異を誘発し,品種改良につなげるということが実際に行われていると思います.
(2)これについては私には分かりません.何を影響とみなすか,またどの生物種についてか,によって変わると思います.
(3)体内被ばく・体外被ばくともに係数は変わりません.ただ,実効線量を計算する際は,各組織・臓器ごとに被ばく量に組織荷重係数を掛け,それを合算することになっています.したがって体内被ばく・体外被ばくの違いは,各組織・臓器の被ばく量の差として反映されることになっています.しかし,体内被ばくについて各組織・臓器ごとに被ばく量を正確に測定するのは難しいので,摂取量(吸入量)から推定されます. http://bit.ly/hKI1IE
(4)α改変するのは,原子番号84以上(ポロニウム以降)の原子核です.現在,そのような核種の放出は検出されていないので,α線による体内被ばくが生じる可能性はほぼないと考えて良いと思います. http://bit.ly/gErBS9
(5)ウランやプルトニウムなど重い核種も体内に取り込まれることがあります.ウラン238は骨・腎臓,プルトニウム239は骨・肝臓に集まりやすいことが知られています.また不溶性のプルトニウム239を吸入した場合は肺に沈着します.消化管吸収率については,プルトニウムで0.001%に留まるので,経口摂取を通じた汚染はあまり起きません.

通りすがりさんの質問への回答,ありがとうございました.やっと計算式の意味が分かりました.

LmadcapLmadcap 2011/03/24 02:36 はじめまして。
パサデナのI君から紹介されてここを伺いました。
なんちゃって理系な僕にも十分分かり易く、かつ詳細に書き下されており、
大変参考になりました。こうした情報発信には頭の下がる思いです。
一部、「私たちが受ける被ばく」のchapの前後でGyとSvが入れ替わったときにあれ?
と思い換算率を調べてしまいましたが、それ以外はとてもスムーズに読み進めることができました。

2点疑問が。
・hiroshimaでの吸収線量Gyは推定で最大どの程度だったのかが気になりました
・短期、長期、の使い方が工学と多少違うような気がしました

後者に関して補足ですが、工学だと例えば地震応答を短期、自加重を長期、のような分け方をして、
それぞれ短期の許容がーーN、長期の許容がーーN、今回はともに下回るため安全、といった結論の出し方をします。
(安全率を見込みかつ加重を安全側に最大値をとった場合での計算による結論)
生物では「安全」の基準を確定できず確率的になるというのは理解できるのですが、何らかの形で、
「この水を標準的に3ヶ月間飲み続ける摂取量は短期、短期の基準がーーなので、ーー%以上の確率で安全:
10年間飲み続ける摂取量は長期、長期の基準がーーなので、ーー%以上の確率でーーの発症の可能性がある」
みたいな基準、あるいは短期中期長期の期間をどのように定めるのか、について何か情報はないのでしょうか?
と全くの素人ながらに思っております。
もし的外れでなければご返答いただければ幸いと考えております。

popeetheclownpopeetheclown 2011/03/28 12:41 > Lmadcapさん
遅くなりました.パサデナのI君にはいつもお世話になっています.

> GyとSvが入れ替わったとき
「吸収線量−グレイGyと実効線量−シーベルトSv」にも書いたのですが,確定的影響が生じるような高線量の被ばくの場合は,吸収線量Gyで評価する場合が多いようです(教科書でもGyで書かれています).もっとも,Sv換算して書かれているものも見かけるので一概には言えないのかもしれませんが,参考書籍に従って,この記事ではGyとSvを使い分けて書きました.

さて,質問にお答えします.
> hiroshimaでの吸収線量Gyは推定で最大どの程度だったのか
かつてNHKで放映された「原爆投下・10秒の衝撃」を私は見たのですが,この番組では広島の爆心地の推定吸収線量が57.7 Gyと評価されていました http://bit.ly/ifZKxL .当然,このような吸収線量を受ける場にいた人は,その後の熱線と爆風で即死するので,実測値としての被ばく量は計測されていません.生き残った人の推定吸収線量は数 Gyのオーダーです.一般にヒトでは,3-5 Gyの被ばくで半数が致死になります.

> 短期、長期、の使い方
これに関しては,工学の立場からのご意見ありがとうございます.
低線量被ばくと発がんの関係については,1.自然被ばく,2.被ばく以外の理由による発がんリスク上昇要因(喫煙など)の2点が排除できないので,精度の高いデータを得ることができません.そのため,例えば累積被ばく量が同じ場合に,短期間に高い被ばくを受けるのと,長期間に弱い被ばくを受けるのとで,どのような影響の違いが生じるかということについては,その差異を見出し,厳密な基準を作ることが難しいと私は思います.それでも動物実験の結果などから,現在では,DNA修復系に起因する低線量被ばくの「しきい値」があるのではないかと考えられるようになってきています.今後,この「しきい値」を基に,短期と長期を分けた基準が定められるかもしれません.
あまりちゃんとした回答になっておらずごめんなさい.

きぐまきぐま 2011/03/29 20:59 はじめまして。
非常にわかりやすくて大変参考になりました。
私のブログでこちらの記事へリンクを貼ってもよろしいですか?

たるじゃたるじゃ 2011/04/06 00:05 こんにちは。やっと私が知りたいことが記載されているHpを見つけて感動です。みんさんの質問でも勉強させていただきました。
そこで、私の理解があっているかも含めて教えてください。

1.原発から30KM(避難地域)以上のところにかぜにのってやってくるのは、ちりやほこりについた放射性物質である。
2.この放射性物質は、(成長期の子供が)内部に取り込むと甲状腺に蓄積する。
質問1 放射性物質の中に、今回の原発の事故で生命に被害を与える物質は放射性ヨウソ131やセシウムや以外にありますか?
4.子供の甲状腺に特に取り込むのは、子供が成長に必要なヨウソを放射性ようそ131も同じヨウソとみなしとりこむからである。40歳以上は甲状腺のヨウソが飽和状態なので、放射性ヨウソは甲状腺には蓄積されず、そのまま流れてしまう。ただし、体内にある場合は、とおった場所(胃とか小腸)はとおるときに細胞がダメージをうける。そうであれば、40歳以上も少しでも放射性ようそが体内に入るのはよくないですよね?
5.この放射性ようそ131は8日間の半減期があり、、約8日間、DNA細胞を攻撃続ける。
質問2 この放射性ヨウソの8日間の半減期の起点はいつからですか?原発で発生してからでしょうか?また、半減期がすぎた後は、DNAを攻撃しないでどうなるのでしょうか?
質問3 この損傷するレベルは甲状腺にやってくる放射性ヨウソ131の量にに比例するのでしょうか?そうであれば、微量が長期でも、やや微量が中期でもダメージはかわらなくなりますが、損傷したDNAは修復しないのでしょうか?また、損傷したDNAがガンになっていくのに、10年かかるということでしょうか?(10年後にわかるというのは)
質問4 人間には修復力があるとききますが、このDNA損傷と被曝量の関係を教えてください。
質問5 4/5段階で0.18マイクロシーベルトのところに住んでいます。現在までの蓄積量は計算したところ、120マイクロシーベルトくらいです。明日から子供の学校がはじまりますが、確率的被曝はしきい値がないということであれば、とにかく少しでも被曝量を減らすしかありません。屋外にはなるべく出ないようにすることは、また屋外ではマスクを必ずすることは、被曝量を減らし、DNAの損傷を減らす正しい防御策であるのかがわかりません。
質問6 セシウムは特定部位にたまらないので、発ガン率はあがらないとのことですが、セシウムは被曝として考えなくていい物質なのでしょうか?
質問7 土壌や農作物や水や生物に放射性物質が含まれたら具体的に人間にどんな悪影響を与えるのでしょうか?今のところ、新鮮な卵や牛乳は放射性ヨウソが検出されていますが、これが加工品のチーズやヨーグルトになってヨウソが8日間すぎていたら、この加工品は人間にとって安全な食べ物なのでしょうか?他の食べ物にもいえますが、要は8日以上経った食べ物は、はじめに放射性物質が含まれていても、大丈夫ということでしょうか?他に魚が放射性物質を含んだとして、それを食べても、ヨウソが8日間すぎていたら大丈夫ということですか?
質問8 今後の土壌汚染が心配されていますが、ごんな汚染があるのですか?放射性ヨウソは半減期を迎えていると思います。何が心配なのでしょうか?

まだまだ理解できていないので、とんちんかんな質問だったら大変申し訳ありません。
ただ、何が安心で、何を心配し、防御しなければいけないのかか、よくわかりません。そうなると、不安なものはすべてさけてしまいそうになります。

お忙しいところすみませんが、どうぞよろしくお願いします。

scrumploversscrumplovers 2011/04/06 14:27 popeetheclownさん、お気に入りに入れてもよろしいでしょうか?
ご返答の程お待ち申し上げております。

標準モデル標準モデル 2011/04/16 00:25 すみません、確定的影響のところに話の出ている
白内障や皮膚障害,不妊などは確定的影響のなかでも比較的軽めの方の影響であるのに
「概ね1 Gy(1000 mGy)以上」ってのは急性放射線症候群(軽度)の生じる値であって
確定的影響のなかでもかなり強めの急性障害のことですよね?
3〜4Gyはもう致死量に近いですし。
また、「それらの99%以上は、成功裡に処置された。」というのは今後その子たちは
一生甲状腺ホルモン製剤を飲めば良いという意味であって、決して良いことではありません。
私としては若干書き方にバイアスを感じざるを得ません。

癌に関しては調査数が足りないなどの可能性も高いと思います。
ウクライナはあまり裕福な国ではないのできちんとした疫学調査は出来ていない
可能性が高いですし実際そう言われております。以前、日本の癌の数%はCTに起因すると言う
論文もLancetに以前載ったことがありますし、現在この論文を否定できるエビデンスが
ある訳でもありません。さらに人種差によって感受性に差があっておかしくありません。
正しいイメージが持てないのはサイエンスリテラシーの問題もありますが、
そもそも人類が充分な知識を持っていないということのほうが大きいと重み増す。

popeetheclownpopeetheclown 2011/04/17 05:47 >きぐまさん
返信が遅くなりごめんなさい.リンクはご自由に貼っていただいて構いません.

>たるじゃさん
返信が遅くなりごめんなさい.お子さんがいらっしゃる中で,大きな不安を抱えていらっしゃるとお察しします.ご質問を見ても,放射線・放射性物質という普段なじみのないものについて,色々な情報を集めてお調べになったのだと思います.たるじゃさんの不安を解消するために,全ての質問について丁寧にお答えしたいところなのですが,コメント欄に限られたやりとりでは,たるじゃさんの疑問に十分に回答することができません.おそらく,私が回答したことに対して,さらなる疑問が生じてしまうと思います.
放射線医学総合研究所 http://www.nirs.go.jp/index.shtml で,放射線被ばくの相談窓口が開設されています.ここに電話して,相談員の方と対話しながら,たるじゃさんの不安について相談なさるのが最も良いと思います.ご参考になれば幸いです.

>scrumploversさん
返信が遅くなりごめんなさい.お気に入りに入れてくださって構いません.

>標準モデルさん
ご指摘ありがとうございます.
まず確定的影響についての記述ですが,「概ね1 Gy以上」は急性放射線症候群を指しているので,それらについての記述がないのは不適切でした.「作業員におよぶ被害:確定的影響」の項目で触れていた死に至る重度の影響(骨髄死など)について,「必要な前提知識」の方にも記述を追加しました.次に甲状腺がんの処置についてですが,具体的な処置について(甲状腺全摘出か部分摘出か)は私は把握していません.しかしながら,不要な被ばく(原発事故など)を原因とするがんになること自体,例え命に別条がないとしても大きくQOLを損なう事象なので,決して良いことではないというのは同感です.そして,書き方のバイアスは当然存在していると考えています.そのため本文中では「アドバイスすることを目的としない」と明記しました.
「そもそも人類が十分な知識を持っていない」のはその通りだと私も思います.標準モデルさんが挙げたLancet論文についても,肯定・否定さまざまな意見があるということは,そもそも何が正しいか分かっていないことを意味していると思います.http://bit.ly/gcGfUy http://bit.ly/hVb9Nt http://bit.ly/fFoNG3 可能であれば,この記事を読まれた皆さんが,この記事だけでなく,楽観的・悲観的双方の情報について把握した上で,自身の納得する結論(不確実性も含む)を得てほしいと願っています.

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証