有栖川有栖『乱鴉の島』(新潮社)レビュー

本日のエピグラフ

 火村は今、愚かだが純粋なものを破壊しているのだ。(P348より)

乱鴉の島

乱鴉の島


 
ミステリアス9 
クロバット8 
サスペンス9 
アレゴリカル10 
インプレッション10 
トータル46  


 有栖川有栖は、日本のミステリ作家の中で一番<小説>が上手いのではないかと思う。「ミステリ作家」と限定したのは、“主流文学”が<小説>的に高尚であるという配慮があるからでなく、ミステリと“主流文学”とでは、その作法が違うという単純な理由から。作中の有栖川と島の主である老文学者との間で交わされる、ポーの『構成の原理』をめぐる会話のくだりは、大文字の作者の、探偵小説作家としてのスピリットをしめしてあまりあるのだが、このふたつの文学形態の差異に対する鈍感さを、それこそ“主流文学”的眼差しをもって批評するのは、作者にとっては「ミダス・タッチ」にほかならないのかも。――本作に通奏低音として流れるテーゼは、「<私>は<他>でありうるか」ということ。大澤真幸は、「<他>でありえたかもしれない」ことこそ<私>の本質的な基底であるとした(「責任論」および「自由論」参照。はやく本になってくれー)。であるから、「黒根島」を被う“原罪”とは、<私>に対する背理(あるいは背徳)にある。…………乱鴉の群れは、<私>が<他>でありうることなど「ケシテモウナイ」と嘲笑しながら、その黒い羽根を撒き散らす。