矢作俊彦『フィルムノワール/黒色影片』(新潮社)レビュー

フィルムノワール/黒色影片

フィルムノワール/黒色影片



 ポンニチの小説的なるものが、大なり小なりラノベ的表象性に侵されていく現在、この作者は、まさしく反時代的存在として(それは、反=反動的ということでもある)、孤高なる峻厳さを、いや増しているように感じられる。叙述に企まれた洗練と皮肉、引用と批評性などは、田舎者のセンス・エリーティズムを全体として当てこすったような雰囲気が醸成されて、率直にいえば、所々狷介にも感じられるのだ。ハードボイルドのプロットに託して鎮魂されているのは、暴力と美学が、“物語”を通してひとつのスタイルに仮託され流通した、過日の佳き記憶、法‐外なものたちの高貴さが、暗闇のなかでファンタスマゴリーとして幻視されていた時代の追憶なのだろう。