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2011-11-02 自律と運動と生成と。

[] Yasunao ToneMP3 Deviations # 6 + 7』

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デジタル=グリッチ。それは、デジタルの微分的で人間の動作性を超えてしまったような「運動」を、ある規則に沿った偶発性を起こすことによって「生成/採用」し、デジタルな「自律性」をコンポジションしていくものではないか。コンポジションとは偶発性による暴発と、その暴発に対して繊細に手を加えることで生まれる運動性のコントロール(への距離感の意識)のように思える。これによって「慣習による反復」である人間」を超えるのだ。音響自律性の生成。

MP3 のサウンドファイルが破損した場合、21のエラーメッセージが発生し、つまり21通りの長さのサンプルが自動で生成されることを発見。別々の再生スピードの組み合わせにより予期せぬ、未知のサウンドを作り上げた」という本作。この発見と、発見された偶発性のコンポジションによる「音響自律運動実験」。このような実験=音楽こそが、まさに実験音楽実験音楽たる姿勢ではないか。偶然と自律への接近と技法の追求…(本作の音響運動性は、音楽の形式はまるで違えど実験音楽名盤Group Ongaku『Music of Group Ongaku, 1960-61』を思い起こさせた。もちろんGroup Ongakuには刀根康尚氏も参加している)。

さて、この作品の音楽は「イギリス“New Aesthetics in Computer Music (NACM)” との共同研究の結果を演奏し、レコーディングしたもの。」という。同時期にリリースされたアナログ盤とは収録内容が異なっており、今回取り上げるCDバージョンには「2011年6月2日、NYでのパフォーマンス音源を収録。」しているとのこと。

左右のチャンネルから、別々に自律変化するかのような電子音響が流れ出る。音響レイヤー性は比較シンプルなのに、個々の音響運動性と生成変化は途轍もなく豊穣であり、その瞬間瞬間に生成する「繰り返さない一瞬の変化」がそれぞれ30分も持続するのだ。その結果、左右のトラックがまるで生き物のように絡み合い、全く飽きることはないのである。この(ほぼ)二つの電子音響は、まるで非平均律的な電子音響のポリフォニーはいえないか。

もちろん、電子音響やノイズフェティッシュ快楽を覚える方ではれば理屈はいらないだろう。ここにはシンプルにして強烈なノイズ快楽が満ちている。目まぐるしく動き変化する強靭な電子音を、耳から脳内ダイレクトアジャストするような快感とでもいおうか。実際、聴覚上はEditions Megoからリリースされているマーク・フェルやヘッカーの新作のサウンドと同じ地平にあるように思える。剥き出しの電子音自律エラーマキシマムな生成変化のコンポジション

その意味で、グリッチレーベルたるEditions Megoが本作をリリースするということは、自らのレーベルの持っている歴史と、そこに込められた電子音楽と実験音楽の歴史への深い意識があるように思える(ジャケット・デザインは初期Megoアートワークを手掛けたTina Frank!)。このアルバムは「実験音楽」の草分けたるアーティストグリッチオリジンの最新作であり、同時にグリッチの最前線の音響でもある。

MP3 Deviations No. 6+7

MP3 Deviations No. 6+7