Hatena::ブログ(Diary)

pqrs_caffeine/tranquilizer, 3rd ed.

2020-01-01  書き物

 2006年

19:47

ピエール・ブルデューにおけるコミュニケーションの不可能性の問題.pdf 直

初出:「ピエール・ブルデューにおけるコミュニケーションの不可能性の問題――問題意識の再構成と正統性論の役割についての検討」『社会学史研究』28: 141-157.

 2005年

19:47

後期フーコーにおける権力現象の多層性について.pdf 直

初出:「後期フーコーにおける権力現象の多層性について――知と権力との多様な関係性に注目して」『ソシオロジ』152: 19-35.

ミシェル・フーコーにおける言説の諸性質について.pdf 直

初出:「ミシェル・フーコーにおける言説の諸性質について――〈言説分析〉から〈言説〉の諸分析へ」『年報社会学論集』18: 264-275.

盛り場の知・学校の知――安原顕と現代思想の七〇年代

初出:「盛り場の知・学校の知――安原顕現代思想の七〇年代」北田暁大・野上元・水溜真由美編『カルチュラル・ポリティクス1960 /1970』せりか書房,135-154.

測定実践の合理性の水準へ――『フーコーの穴』書評

初出:「測定実践の合理性の水準へ――『フーコーの穴』書評」『書評ソシオロゴス』1: 1-16.

 2003年

22:21

ミシェル・フーコーにおける「アルシーヴ」の隘路.pdf 直

初出:「ミシェル・フーコーにおけるアルシーヴという隘路――考古学的手法における規則性・法則・権力」『ソシオロゴス』27: 192-206.

晩期フーコーによる実践分析の要点.pdf 直

初出:「晩期フーコーにおける〈実践〉分析の要点」『現代社会理論研究』13: 11-22.

2010-09-13  

 ROM

00:51

 ブログを書くことがこんなにリスキーなことだったとは、と近年つくづく思うのだ。といって、呟くことにも未だ慣れずにいる。呟かないでTLを眺める俺は言ってみれば「ROM」なのではないか。ROM(リードオンリーメンバー)って完全な死語――でも、Twitterの特質はどこか、これまでのWebサービスと比べての特徴はと問われたら、ROMの存在だと答えたいな。や。むしろ、ROMたることをやましく思う感情というか。

 関係ないが、先日NHKの教育をぼんやり見ていたら、Twitterの画面を見せて、「つぶやきブログ」と紹介していたのが興味深かった。商品名は放送できないからね。これはよい苦肉。

2010-08-18

 敷居

07:12

 4カ月程度のご無沙汰なのだが、実はその間にも、何度か記事を書こうと試みたことがあった。ただ、書いているうちに、わざわざ「エントリでござい」と構えるほどの内容ではないような気がして、むなしくなって、消していたのである。

 そしてまた、昔のエントリなんかを読むと、社会についての意見を述べるぜ、という鼻息が荒い気がして恥ずかしくなる自分もいる。

 もっと息するようにくだらないことどもを書いていけばよいのかな、とは思うのだが。――例えば、部屋のコバエがうざくて死にそうとか。

 今日はこんなもんで許してください。

2010-03-28

 やらなければいかん仕事があるのだが

18:04

 やる気にならんので、なんか関係ないことを書いてみる。


 最近、「多感な」というキーワードに敏感だ。自分の嗜癖の多くを説明してくれそうな言葉である。

 たとえば、海外ミステリが好きだとか、テレビゲームを未だにやってるとか、サザンオールスターズが好きだとか。これらは、人生の「多感な」時期にガツンと出会ってしまった結果なんだと思っている。

 そういう出会いというか熱狂は年々薄くなっていく。「多感な」日々は遠のいていくということか。最後に熱狂したのは、椎名林檎だったはずだ。あれはちょうど就職したての頃で、そういう新しい環境がもたらした残り火だったのかもしれない。

 生涯「多感」でいられる人はいるのだろうか。そうでありたいものだが、私の目の前には茫漠とした原っぱが長々と続いているように思える。

2010-03-14

 耳にするとゲンナリするコトバ

06:37

 私自身よく言葉を誤用していろいろ恥ずかしい思いをしてきたのだが、そんな私が自らを棚に上げ、耳にしてゲンナリする言葉がある。それは、

 「処女作」

 である。

 え、なんで女性が処女かどうかに例える必要があるの? 割と一目置いていた人なんかが、普通に口にしたりすると、この人もか〜、とちょっとガッカリしてしまう。

 調べてみると、これ、maiden workという英語の直訳らしいんだけれども、幾つか英英辞書を調べてみたが存在しない(初航海、初飛行、外交官による初演説という用語は出てくる)。googleで検索しても、日本のサイトばかりひっかかるし。

 以下は推測なんだが、日本オリジナルの展開として、処女地とか処女彗星とか、用法を融通無碍に拡大してきたところがあったのではないか。元々は、古い英語が特別のイベントのために使っていた言葉に過ぎなかったのが、便利だからと用いられていったのではないか。

 その中でも「処女作」という言葉には、何かしら、特別な面白さがあったのかもしれない。私には分からないが。

2010-03-02

pqrs2010-03-02

 なんで縦は長く、そして短いのか?

03:32

 一週間程度経過して、この12.1型のノートPCにも慣れてきた。IMEがあんまり馬鹿な変換をしなくなってきたのが何よりだ。最初から正解を求めなければIMEでいいと思っている。その辺にこだわりはない*1

 で、今まで使ってきたのよりも一回り小さなPCを手にして、現在痛感しているのは、縦の表示領域の短さである。

 ブログなんかだと、ヘッダだけで相当場所をとるので、なかなか本文に到達しない。それから、Office 2007の連中のリボンである。なんであれは、画面横に縦に表示できないのだろうか。最小化できるのはわかってるんだが、横がこんなに余ってんのに勿体ないなあ、という気持ちが先に来る。

 ていうか、モニターが縦長になるべきなんだが、PCの家電化が進むにつれて、近頃のテレビみたいにどんどん横長になっていく。ここに、PCをめぐる領有化の様式間の争いがあるわけだが、「縦が便利だ」というのは書き仕事、読み仕事を主とする哀れな連中である。マクルーハンならば、視覚中心型人間とでも呼んだだろう。

 それに対して、横への需要は、マルチメディアとしてのPC使用が前提としてあるわけで、映像作品やゲームのための使用が主となる。

 というわけで、正解は、縦にも横にもなるモニタ。ピボット機能というらしい。ほしい。

*1:とはいえ、pomera DM10の変換のレベルの低さはちょっとどうかと思うけれど……

2010-03-01

 再生産論について分からぬこと

01:40

 まあ、基本的には、佐藤俊樹先生が40代のホワイトカラーに注目されたときや、盛山和夫先生が、昔はホワイトカラーよりも自営業職を選択する方が常識的な判断だった、などの議論をされたときに、問題となっていたことなので、これから述べることは取り立てて新しいことではない。

 再生産というのは、人生のどの段階で再生産であると言えるのか、ということである。

 学校の成績というのが、文化的再生産論者の主張だったと思うが、片岡栄美先生は、日本では、女性の配偶者選択において再生産が顕著であると主張されていた。多くの学生たちにとっては、大企業か中央官庁に勤めることが目標であろうから、企業の従業員規模が再生産の決め手なのかとも思えるが、佐藤俊樹先生がおっしゃるように、40代の時点でホワイトカラー上層についていることが再生産の指標なのかもしれない。

 この問題に付随して、次の問題が生じてくる。

 ブルデューの文化的再生産論においては、少なくとも70年代の主張では、教師の評価するハビトゥスと学生の出自のハビトゥスとのマッチングが問題だった。つまり、教師と生徒間のコードの一致と不一致とが再生産を決めるということである。清水亮先生が指摘されていたように、この場合、ハビトゥスというよりもむしろ、成績でよい点をとれる要領のよさとか論理的な思考能力の方が重要であることも考えられるだろう。この場合、問題とすべきペアは、試験の前提とする能力と学生の能力とのペアということになるだろう。

 しかし、再生産の段階が異なるのであれば、コードの内容とコードの一致を問題とすべきペアとは更に異なるものになるだろう。

 具体的には、女性の配偶者選択が問題ならば、女性とその配偶者のコードが問題となろうし、就職の段階が問題なのであれば、本田先生が指摘しているように、大企業の面接官と学生の間のコードが問題となろう。40代時点での地位が問題であれば、上司(というか企業文化)と部下との間のコードの一致と不一致が問題となるだろう。

2010-02-25

 その後

19:43

 生協提供の文教モデルのパソコンがoffice pro込みで安そうだったので、即Buyしてしまった。後悔はしていない。今のところ。元は、[asin:B002TU48I4:detail] たぶんこれ。但し、バッテリの持ちはこれの半分ぐらい。他にもいろいろコストカットの努力がなされている可能性も。

 ……それにしても(わかっていたことだけれど)Vistaは起動も終了も遅い。メリットがさっぱりわからん。進化ってなんじゃろうか?

 リボンってなんだよ

07:23

 さっそく、ワードで軽く文書を書いてみた。リボンが表示領域を圧迫しているので最小化するようにした(けっこう時間がかかった)。文字数と行数を定めようとして、すごく小さなところになんかの印がくっついていてそれをクリックすることで以前の書式設定のダイアログを開くことができた。本当に宝探し感覚だ、楽しいなあ(涙)。

 まあ、リボンの狙いとその失敗については、http://officetanaka.net/excel/excel2007/040.htm を参照することで合点がいった。

 アマゾン……空気読めよ

07:23

 アマゾンにつなぐと、さっそくWindows 7を勧めてきやがった。Vistaより40%起動が早いとか。ウィンドウをいくつ開いても速度が落ちないとか。露骨な比較広告に泣きそうになる。おれ、いつまで耐えられるのかな……

2010-02-23

 とりあえず

07:36

 office2007professionalを買っておいて、現行のマシンで動かしておき、お金が出来次第、お安いCULVノートを買うことにした。

 これが一番売れているそうだ。

2010-02-19

 これかなぁ〜

04:42

acer Aspire One AO532H 10.1インチWSVGA with office サファイア・ブラックAO532H-B123F

acer Aspire One AO532H 10.1インチWSVGA with office サファイア・ブラックAO532H-B123F

 これにPowerPoint 2007を単品で買って。大体、6万円ぐらい? 来月になったら実物を見てこようか。

2010-02-14

 office 2007 professional

19:26

 来年度からの仕事上、どうしても必要なので買わなくてはならないのだが、どうせなら、今時のネットブックに同梱のものを安く買いたいと思っている。今使っているマシンも7年落ちの代物で相当ヘタってきているのが心配なのだ。

 だけれども、世の中そんなに甘くないというか、personal同梱はあってもprofessional同梱はあんまりない。どうしたものか。

2010-02-13

pqrs2010-02-13

 レコードになった本とコレクターになった私

17:45

 わが部屋の本の表を作った。三日がかりで登録した。一目でどこにあるか分かるようなサイズの大きい本はリストからは外したが、大体、1500冊程度だと思われる。これを印刷して暇を見つけてはニヤニヤと眺めている。

 こうなってくると、一冊一冊をどう消化していくのかなんて関係なくなってくる。そこに何が書いてあるのかさえどうでもよい。本というのは今やテーブル上のレコードに過ぎない。そして、欠けているレコードを補うべく、Amazonの中古を検索しブックオフへと通うのだ。いつの日か、お金に余裕が出来たら、たった一つのレコードの欠けを埋めるべく稀覯本に手を出すようになるだろう。

 そのとき、私はきっとこう言うだろう。テーブルがわたしをコレクターにしたのだ、と。

 あ――芥川龍之介

18:22

 

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

 というわけで、今後は、リストを見ながら気になった本を取り上げるかたちでブログを更新したい。

 私は、日本の作家では、芥川龍之介を偏愛している。太宰治に大いにハマっていた時期もあったし他にも色々読んできたはずなのだが、大よそ、最近まで継続して愛してきたのは芥川龍之介ぐらいだ。

 小学校のとき、通っていた塾が出版していた芥川の短編をまとめた副読本にはまり、高校のとき、教科書のなかの「或阿呆の一生」に衝撃を受けた。そして、大学一年のとき、藤井貞和先生による演習の授業があったので芥川龍之介について研究することにした。また、このとき、駒場銀杏並木文学賞が復活したのを機に、芥川の短編を徹底的にモノにすることも考えた。

 まあ、演習の結果はそれほど反響も無かったし、文学賞は余裕で落選したのだから、何にもならんかったのだが。

 そんな、苦い挫折というか、単にイタいだけの思い出が蘇ってくるわけだが、最近、ある先輩と酒を飲んでいて夏目漱石はいいよね、という話になったときに、漱石も面白かったが、芥川にはもっと切実なものがあったはずだと酔って気持ちよくなった頭で考えた私はその足で新潮文庫を買ったのだった。お値段、362円。青空文庫でただで読めるとはいえ、やはりお求めやすい一冊である。

 「人生は一行のボオドレエルにも若かない」と本屋の二階からひとの生活を見下ろしていた青年は、やがて、古道具屋の剥製白鳥の黄ばんだ羽根が虫に食われているのをみて、「彼の一生を思い、涙や冷笑のこみ上げるのを感じ」つつ「徐に彼を滅しくる運命を待つことに」なるのだ。

彼はペンを執る手も震え出した。のみならず涎さえ流れ出した。彼の頭は0.8のヴェロナアルを用いて覚めた後の外は一度もはっきりしたことはなかった。しかもはっきりしているのはやっと半時間か一時間だった。彼は唯薄暗い中にその日暮らしの生活をしていた。言わば、刃のこぼれてしまった、細い剣を杖にしながら。

 彼は、確かに、生活者に敗北したことを認めたわけだけれども、かくも華麗な文章で自らの敗北を描くほどの自負心をポイと捨てることはしなかった。彼はかつて平凡な人生と対峙していたが、その晩年には、彼を滅しくる運命と対峙していたわけである。

 ここで重要なのは、彼 vs X の対峙という形式なのであって、そういう分割の態度なのであって、この分割は、先ずは本屋の一階と二階との間で啓示的に引かれた線であったが、ひいては、彼と彼の運命との間で強い意志によって引かれることになったものである。それは、初めは単なる思い上がりであったのだろうが、いつしか、英雄的な態度となってしまったと言ってもよい。

 だから、彼が「敗北」と言うとき、その言葉を真に受けることは、私には、できない。運命と真正面から向き合う者の顔がどうして涎や鼻水や涙に汚れているはずがあろうか。

2010-02-04

 今日の心乱れ

16:51

 http://d.hatena.ne.jp/toronei/20100203/E 

 どうやら、あだち充が凄いことになっているらしい……

 わたしもサンデーっ子の務めとしてH2までの彼の作品の全てを所蔵していたこともあるが、もう一山を迎えているとは知らなかった。柏葉英二郎との和解、二ノ宮亜美のステキなツンデレぶり、次から次へと浮かんでは、わたしの心は千々に乱れるのだった……

 先週のことだが

17:05

 ちょうど大学生の試験時期にあたっていたのか。総武線でのこと、わたしの両隣と真向かいの一人が一所懸命に授業のプリントをめくっていた。真向かいの学生が何を読んでいたのかは分からなかったが、右隣は化学、左隣は刑法かなんかの勉強をしていたようだ。

 何の気なしに右隣のプリントを見てみると、「××ベンゼン」の生成の仕方を答えよ、とか、「○○」の試薬がどうのこうのと書いてある中の最後の行に、「××からモルヒネを精製する方法を答えよ」という問いがあってビックリした。

 化学では学生にモルヒネの作り方教えてるのか! と感慨にふけっていたところ、唐突にその男が大声で、「うぉぉぉぉ、眠いっ」と独り言を発してそのままガクンと背もたれにもたれかかってしまって、二度ビックリした冬の朝。

2010-02-03

 東京創元を出し抜いてやる

03:16

 ミステリファンにおいて、アイザック・アシモフといえば、何はさておき「黒後家蜘蛛の会*1の人である。有栖川さんがあとがきで述べていたように、これから長旅に出なくてはいけない人、時間つぶしを余儀なくされている人、そういった人はすぐに手に取るべき本である。

 とはいえ、このシリーズはアシモフの死と共に終わってしまったわけであるけれども、実は、単行本未収録の作品が幾つか残っており、それを集めたのがコレである。

The Return of the Black Widowers

The Return of the Black Widowers

 理由はまったく分からぬが、東京創元社は、これの翻訳を出し渋っているのである。池央耿さん訳の名調子で読みたいのでずっと待っているのだが、もうずいぶん経つので私訳をでっちあげてやろうかと思わぬでもない。画策中。

 黒後家蜘蛛の会とは

03:33

 英米圏にはクラブ文化というのがあって、お金に余裕のある知識人階級らがレストランの一部を借りて何かといっては集会を行うようである。黒後家蜘蛛の会というのもその一つで、ニューヨークの某レストランで、六人の男どもにゲスト一名で毎月食事会が開かれるのである。

 そこでゲストは自分の抱えているナゾを語り、六人の会員たちはめいめい適当な推理をしてみせるのだが、面白いのは、そのナゾを解き明かすのがいつもヘンリーという名の控え目で六十過ぎの給仕さんなのである。

 実はこの設定には、元ネタがあって、ミステリファンには言わずもがなだが、それが、アガサ・クリスティによるミス・マープルものの短編集「火曜クラブ」*2である。みんなが集まってやいのやいのと推理をするが、結局はミス・マープルが答えを出して見せるという趣向をまるっとパクッてしまったわけである。無論、黒後家シリーズ同様、こちらもお勧めである。

*1

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)

黒後家蜘蛛の会 2 (創元推理文庫 167-2)

黒後家蜘蛛の会 2 (創元推理文庫 167-2)

黒後家蜘蛛の会 3 (創元推理文庫 167-3)

黒後家蜘蛛の会 3 (創元推理文庫 167-3)

黒後家蜘蛛の会 (4) (創元推理文庫 (167‐5))

黒後家蜘蛛の会 (4) (創元推理文庫 (167‐5))

黒後家蜘蛛の会〈5〉 (創元推理文庫)

黒後家蜘蛛の会〈5〉 (創元推理文庫)

*2

2010-01-14

 2009年のゲーム

06:53

 なんつうか、電車に乗る時間がやたらと増えたのが昨年。仕事帰りにはゲームで時間を潰す。

 これ一発で日本ファルコムのお得意様になってしまった。PSP持っててこれやってないなんて人生損していると言い切ってしまいたい。

ブランディッシュ ダークレヴナント

ブランディッシュ ダークレヴナント

 大体二十時間、上級編で三十時間、延々とダンジョンからの脱出を目指すシンプルにしてストレスの無いアクションRPG

ドラゴンクエストIX 星空の守り人

ドラゴンクエストIX 星空の守り人

 某S君とどっちがやり込めるか勝負した一作。負けたけど、俺も相当プレイしたんだぜ。

A列車で行こうDS

A列車で行こうDS

 気絶するまでプレイするという久しぶりのど嵌りっぷり。線路をひいて人口を増やし続けるゲーム。環状線にすると大概の局面は打破できる。暇になったらバスで我が町を一周。

エルミナージュ DS Remix ~闇の巫女と神々の指輪~

エルミナージュ DS Remix ~闇の巫女と神々の指輪~

 いわゆるWizライクなハクスラ。延々と潜り、延々とレベルを上げ、延々とアイテム入手を狙い続ける。ボコボコ理不尽にぶち殺される自キャラ達の悲鳴を薄笑いを浮かべつつ聴く。そんなゲーム。

イース 7(通常版)

イース 7(通常版)

 これも日本ファルコム。これといった押しも無いくせに、延々とやり続けることに。今時珍しいストレスレスなアクションRPG。本当によく出来てますんで、やっとけ。

英雄伝説 ガガーブトリロジー 朱紅い雫 PSP the Best

英雄伝説 ガガーブトリロジー 朱紅い雫 PSP the Best

 空の軌跡英雄伝説の6にあたるわけだが、3から5は三部作。この作品は三部作で一番良くできてる。ちょうど真ん中の4作目だが、話に余りつながりも無いのでこれだけプレイしてもオーケーです。

2010-01-12

 小ネタ

23:22

 再開を誓ってから約二週間経つって、どんだけ月日が流れるのは早いんだよ……

 とまれ、先日何気に我が部屋の文庫の山を見つめていると、思わず苦笑してしまうタイトルが。

唾棄すべき男 (角川文庫 赤 シ 3-7)

唾棄すべき男 (角川文庫 赤 シ 3-7)

 「俺のことかー」と心の中で叫ぶ。

 ゲーム脳

23:22

 先日電車に乗っていると、俺の両隣に(俺を含めた数名を挟んで)二人、真向かいに二人、サッカー少年らがPSPでゲームやっていたんだが、そこそこの距離があるにもかかわらず、「やった!一人殺したぜ」「今死んだの誰?」「俺今三人ぶっ殺した!」と大声で物騒なコミュニケーション。

2010-01-01

pqrs2010-01-01

 目利きのゲーム

16:56

 「しょうがつそうそう」、という書き出しにしようと変換したら、「正月葬送」と出て、いきなり落ち込んだ。

 とまれ、正月早々、宅配ピザを頬張りながら惰性でテレビを視ていたところ、豪邸の中から最も高価な品を見つけた者が勝ち、というゲームをやっていた。

 双方が高価そうな時計を選んでいたのだが、結局一番高いのは部屋の隅に掛かっていた絵であった。

 「絵っていうものの値段は、時計や宝石とは違って、見ただけでは分からないところに個性がある」と思ったのだが、よく考えれば時計も宝石も見た目で値段が分かるものではない。例えば、目利きをやっている丁度そのときに宝石市場が暴落することだってあろうし、どこにでもありそうな時計が、XXモデル限定品ということでレア値が付いていることもある。

 そう考えると、ものの価値を見極める眼というのは、見識といったものによって培われるのではないのではないか。地味に情報を収集し続けること、そのことが大事なのだろうが、「目利き」という言葉にはそうした努力の一面が見えなくされているように思える。

2009-12-31

pqrs2009-12-31

 ある先生の思い出

| 16:18

 昨日、目覚めて暫くぼうとしている間に唐突に思い出したことである。中学、高校と、わたしの恩師であった先生が、我々の授業態度のあまりの悪さに体罰を振るったことがあった。

 ふだん、攻撃的でさえあった左翼的言動にふるまいをする彼、そして、その彼に可愛がってもらっていた自分は少なからずその影響を受けているはずであるけれども――、その彼が、体罰を振るわざるを得なくなるとは、相当なことがあったのだろう。

 それにしても、そのときの彼の言い分が、2009年の年末を迎えようとする頭の中に突然浮かんできたのだった。「わたしは人間に対してはいかなる暴力も振るうつもりは無いけれども、君たちのやっていることは人間以下なのだから、体罰を振るわざるを得ない」。

 今のわたしは、当時の彼よりも六、七歳は年上である。そのことにも不思議な思いがするが、年上の立場から吟味するに、彼の発言ほどに近代の矛盾を凝縮して示したものはないように思える。ほほえましく思う気持ちと戸惑う気持ちと、失望する気持ちと同情する気持ちとが入り混じって、なんとも悩ましい。

2009-01-09

 最近の読書

16:00

 年末〜正月休みに読んだ本。なお、★の数は前回の基準より一個ずつ下げてます。平均が★★で。

 

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

 ★★悪くはないがやや冗長だと思う。

 スパイとして働きすぎて頭のいかれた五人組。秘密病院に収容された元CIAメンバーの、ラッセル(音楽をいつも口ずさまずにはいられない)、ゼイン(暑いところにいると発狂する)、ヘイリー(悲観的な思いに常にとらわれている)、エリック(命令形の言葉をきくと必ずそれに従ってしまう)、ヴィク(前触れもなくフリーズしてしまう)らは、病院で起きた医師殺人事件の容疑をかけられてしまう。真犯人を見つけるべく病院を大脱走した彼らの運命は?

 

スリーピング・ドール

スリーピング・ドール

 ★★★佳作、かな。悪くはない。これは中盤がひどく中だるみ。割と凡庸な家族ドラマを見せられるのが残念。

 キャサリン・ダンス―カリフォルニア州捜査局捜査官。人間の所作や表情を読み解く「キネシクス」分析の天才。いかなる嘘も、彼女の眼を逃れることはできない。ある一家を惨殺したカルト指導者ダニエル・ペルが、脱獄、逃走した!捜索チームの指揮をとるのはキャサリン・ダンス捜査官。だが、狡知な頭脳を持つペルは大胆に周到に裏をかき、捜査の手を逃れつづける。鍵を握るのは惨殺事件の唯一の生き残りの少女テレサ。事件について何か秘密を隠しているらしきテレサの心を開かせることができるのは、尋問の天才ダンスしかいない…。ハイスピードで展開される逃亡と追跡。嘘を見破る天才ダンスvs他人をコントロールする天才ペルの頭脳戦。「言葉」を武器に悪と戦うキャサリン・ダンスの活躍を描くジェフリー・ディーヴァーの最新作。ドンデン返しの魔術師の超絶技巧がまたも冴えわたる。

 

 ★★08年度のこのミスの5位だったか6位だったか。フェアな作品なんで、そういうのが好きならば買いだろう。人物造詣も悪くない(けど絶賛するほどでもない)。

 ハードゲート大学の数学講師ピーターは、横領容疑で免職の危機にある亡父の友人ハクストンに助力を乞われた。だが審問の場でハクストンは、教授たちに脅迫めいた言葉を吐いたのち変死する。次いで図書館で殺人が起き、名誉学長暗殺を仄めかす手紙が舞い込む。相次ぐ事件は、ピーターの父を死に追いやった八年前の醜聞が原因なのか。クリスティが絶賛した技巧派が贈る傑作、本邦初訳。

 

 ★★★★今期の一押し。

 ある夜、空から星々が消え、月も消えた。翌朝、太陽は昇ったが、それは贋物だった…。周回軌道上にいた宇宙船が帰還し、乗組員は証言した。地球が一瞬にして暗黒の界面に包まれたあと、彼らは1週間すごしたのだ、と。だがその宇宙船が再突入したのは異変発生の直後だった――地球の時間だけが1億分の1の速度になっていたのだ!ヒューゴー賞受賞、ゼロ年代最高の本格SF

 で結局、このままでは数十年中に太陽に飲み込まれるので、火星に移住しようというのだが、この前半の山場こそがSF的には一番の読みどころであろう。つまり、地球の1年は地球の外の大よそ1億年なわけで、火星に対する地球からの干渉の結果はすぐに判明するのである。例えば、人間を送り出したら、1年もしたら、1億年後の人類と出会えるわけである。これはかなりワクワクする展開。

 なお、そもそもなぜこんな時間封鎖が起きたのかという究極にして魅力的なナゾが残っているので後半も安心して読んでいただきたい。危機を前にした人間ドラマとしても、読み応えがある。

 不満点は、1億年後の火星の姿があまり見えてこないこと。地球人を圧倒するであろう長大な歴史を少しでも良いので垣間見せてほしかった。

 最後に、原題の"SPIN"がイマイチ何を指しているのか分かりづらいのだが、方々で意訳してくださっているので、お話を理解するのに殆ど苦労しないで済んだ。訳者の方に感謝したい。

2008-12-28

 今年の洋ミスについて

12:02

 題記の件、ベスト3を挙げるとすると、上から順に、

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

極限捜査 (文春文庫)

極限捜査 (文春文庫)

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

 となるでしょうか。あえて『チャイルド44』は外しました。あざとい展開に後味悪さを感じたのと、すでに「このミス」で1位を獲っている以上こんなちっぽけなブログで称えることもあるまいというのが、主な理由です。また、新潮社様いわく、「次回作はもっと凄い」ということなので、次の作品を見据えてから評価したいという気持ちもあります。

 なんだか、ベスト3選出の積極的な理由よりも、『チャイルド44』を外した理由の方が長くなってしまいました。

 『フロスト気質(上)(下)』はフロスト親父のキャラクターと、終盤の息詰まる展開に、敬意を表して。これを1位にすることは夏に決めてましたが、決心が揺らぐことはありませんでした。

 『極限捜査』はあまり話題になってませんね。『チャイルド44』とほぼ同時期の共産圏の架空の小国を舞台とした硬派な刑事小説です。シリーズはあと3作残っているとのことなので、ヘニング・マンケル同様、次回作あたりでベストに名前を出してくるのではないか、そういう気がします。

 『タンゴステップ(上)(下)』は終始地味ながらも、トータルの完成度で3位に入れました。これも刑事小説。主人公が舌癌を抱えてやや捨て鉢になっている小心な中年男であるところ、と、冒頭の恐ろしく猟奇的な殺人シーンとの対比の面白さが印象に残ります。

 さて、今年読んだものの今年刊行ではなかった作品のうち、印象に残ったものとしては、

 のレンコ捜査官のシリーズ。

 それから、P.D.ジェイムズの

 SFになっちゃいますが、

終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))

終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))

 を推したいと思います。

 振り返ってみると、今年は、『このミス』20位までの作品の内15作を既読という、相当充実した読書ライフを過ごせたと思います。今後のことを考えると、こんな年は二度とこないでしょう。老境を迎えて再び時間が出来た頃に、同じ無茶をしたいと思います。

2008-12-12

 集団

10:06

 不景気と格差社会を背景に日本共産党の党員急増

 戦前のドイツなんかでは、すごい数の共産党員がいたけど、そういう人々がその後どうしたかは歴史が教えるとおりよね。決して共産党が悪いわけではないんだが、不満分子がどこかに集まるっていう構図は結構ヤバイんじゃないかと思う。

 ある種の人々のバッファとなる組織というのがあって、経済成長期の日本における創価学会なんかもそうだった。あれは評判悪いけれども、そんなに悪くないバッファだったと思う。アメリカにおける宗教右派のようなのになってしまう可能性もあったわけだから。

 工場その他

10:06

 なんと名づければよいのか迷っているのだが、ある種の個人を働かせたり収容したりすることを通して、結果として、その性質を変容させることになる施設、そういう施設の例として、工場とか刑務所とか病院とか、職場とか研究室もそう。

 そういうのを研究する場合、先ずそこに集う人々の初期設定を押さえないとダメ。大学生だとか、中高年とか、女性とか。そういう基本的なところから始めて、就職氷河期の世代で最初の就職を失敗しているとかのライフヒストリーまで踏み込めるといいのだが。

 それからそういう人々を集めて何かする施設の仕組みについて書く。メカニズムとか、何らかの工夫とか。

 最後に、そのような施設を経由した結果、人々はどう変わったかを押さえる。施設に順応し過ぎちゃうケースとか。サボるためのテクニックとか。結果として、再集団化が行われる可能性もある。例えば、順応しすぎちゃう人はサボってる人を毛嫌いするものだ。そして、再集団化という結果を組み込んで、施設の方ではどういう工夫を行うかまで書くこと。


 社会学的研究なんて大筋だけみれば凡庸なものではないか。細部のトリッキーさに魅了される人は多いし、そういうスパイスがなければつまらないのは事実だけれども、主と従とを間違えたり、盛り付けるべき皿のない創作料理を出したりしてはダメだよな。

2008-11-30

 必読二件取り急ぎ

16:34

 

 洪水で家も家族も失ったおれと兄貴のオールド・レッドは、いまでは西部の牧場を渡り歩く、雇われカウボーイの生活を送っている。だが、ある時めぐりあった一篇の物語『赤毛連盟』が兄貴を変えた。その日から兄貴は論理的推理を武器とする探偵を自認するようになったのだ。そして今、おれたちが雇われた牧場は、どこか怪しげだった。兄貴の探偵の血が騒ぐ。やがて牛の暴走に踏みにじられた死体が見つかると、兄貴の目がキラリと光った……かの名探偵の魂を宿した快男児が、西部の荒野を舞台にくりひろげる名推理。痛快ウェスタン・ミステリ登場。

 ★★★(星3つ。オススメ)

 この兄貴というのが、弟の学費を稼ぐために早くから働いていたので字が読めない。だから、兄貴は何度も弟に『赤毛連盟』を読ませる。そして、海の向こうで活躍するホームズ(実在の人物という設定)から推理という方法を学び、カウボーイでしかない自分を乗り越えようと密かに決意する。

 とにかく、無口だが弟思いの兄貴と口は悪いが兄貴を心から慕っている弟の姿が美しいのである。そんな兄貴だからこそ、彼が不敵に繰り出す名推理に痺れることができるのだ。オススメ。

ラジオ・キラー

ラジオ・キラー

 ドイツからの刺客、セバスチャン・フィツェックの2作目。

 その日が、彼女の人生最期の日となるはずだった。高名な犯罪心理学者でベルリン警察の交渉人イーラの心には、長女の自殺が耐え難くのしかかっていたのだ。しかし、ベルリンのラジオ局で起こった、人質立てこもり事件現場へと連れ出されてしまう。サイコな知能犯が、ラジオを使った人質殺人ゲームを始めようとしていたからだ。リスナーが固唾を呑む中、犯人との交渉を始めたイーラは、知られたくない過去を、公共電波で明らかにせざるを得なくなる。そして事件は、思いも寄らぬ展開へと、なだれ込んでいくのだった……一気に読ませる、驚異のノンストップ・サイコスリラー。

 ★★★

 まあ、後から考えるとツジツマの合わないところもあったりするが、ともあれ、何かの機械のように延々とページを捲らせ続けられること自体が驚くべきことである。人の注意力を操ってしまう秘法を見つけたのだろう。本年4度目の一気読み。

SHOSHO 2008/11/30 20:48 今年読んだので読むのがやめられなかったのは、『骨と沈黙』(お勧め以前に読んでいた)及び、
ローラ・リップマンの『永遠の三人』、『女たちの真実』でした。

pqrspqrs 2008/12/05 08:48 リップマンは海外では人気みたいですね。わたしは未読ですが、来年がんばります。

2008-11-25

 続・極限捜査

12:01

 前回は読了後すぐに書き込んだので、いい加減な一口メモしか残せなかった。

極限捜査 (文春文庫)

極限捜査 (文春文庫)

 訳者の村上博基氏には、過去にもル・カレ作品の翻訳などでお世話になってきたが、本作も、体制が強いる緊張した雰囲気の再現は見事というほかない。

 その日、わたしはひとりの男が埋められるのを見た。人間が人間にどこまでできるかを、百年見てきた男だった。わたしはいま、人妻のベッドで涙をこぼしている。人間は人間にそんなこともできるのだ。

 「家には人が住める。家は人を守ってくれる。芸術になにができる。ネストールが壁に絵をかくたび、看守にみつからぬよう、おれたちの誰かが濡れ雑巾で拭いていた」彼は手でテーブルをたたいた。「きれいなものだよ、芸術ってのは。けど、拭けば消えてしまう」

2008-11-24

 モノマネについてのメモ

14:06

 ずっと前の「内村さまぁ〜ず」でだったと思うが、イジリー岡田がモノマネについて述べていたことが頭を離れない。

 モノマネ選手権というミニ企画で、三村が南原清隆のモノマネをしたのだが、そこでイジリー岡田は、それが松村邦洋のネタであることを指摘した後に、「人がやったのはやりやすいんだよ」と言ったのである。その後、大竹が、「ホリのキムタク」や「松村の貴乃花」などの「人のモノマネのモノマネ」をして、イジリーの発言を裏づけることになった。

 形のないxから、何らかの形を取り出すこと。この形さえ出来てしまえば、模倣は極めて容易い。そういう美学的(?)な真理がここにはあると思った。

 更に付言すると、そうして生まれた至高の形式は元のxを規定する。我々の思いつくモノマネは、古くはコロッケ美川憲一であったり、最近では、山本高広の織田裕二であったりなのだが、一旦その形が取り出されてしまうと、それ以外の目で本人を見ることが出来なくなってしまうほどである。終には、ナンシー関が、古畑任三郎をみて田村正和の自己パロディと評したように、至高の形式は、xが人間である場合には、それを規定するどころか、そのものになってしまうことさえある。

 形のないxから、何らかの形を取り出すこと。仮に、このxに社会的事実の一つを当てはめたとしても、特に問題はないと思う。

 「体罰」反対

01:10

 学校で体罰うけて成長した人、いる?

 まあ、賛否両論あるかとは思うが、私は、そもそも「体罰」という言葉が嫌い。冷静に考えると、一人の人間が一人の人間を叩いたり殴ったりしたら、それは「暴行」である。この人間の一方が先生であったり親であったりするだけで、「暴行」とは言わず、「体罰」と言い換えられてしまう時点で、おかしいんじゃね? と思う人がいたっていい。

 賛否どちらに与するにせよ「体罰」という言葉を選んだ時点で、何か、問題の大枠のようなものを承認してしまっていることには注意深くあるべきだと思う。


 追記すると、これは「罰」の定義権の問題になるか。「体罰」という語を使ってしまうと、「罰」(そして「罪」)の定義権を先生なり親なりに認めてしまうことになる。それが、私は気に入らないのだろう。

 極限捜査

01:25

 

極限捜査 (文春文庫)

極限捜査 (文春文庫)

 共産主義国家で起きた連続殺人。だが捜査にはKGBが介入、事態は混迷する……独裁政権下の刑事の絶望的な戦いを描く警察小説。

 刑事としての責務か、人としての矜持か。東欧の国で捜査官を務める私を、その問いが苦しめる。元美術館長の変死、画家の惨殺事件、政治委員夫人の失踪、終戦直後の未解決事件……山積する事件に影を落とす、国家の暗部。破滅を覚悟し、私はその闇へ切り込むことを決意した。熱く、骨太に、刑事たちの誇り高き戦いを描く警察小説。

 ★★★★(星4つ。必読!)

 今年のベスト3には入るだろう傑作。つまり、本年3度目の一気読みであった。出てくる夫婦、出てくる夫婦、みんな不仲!(笑)。温和で気弱な主人公かと思いきや、とんでもない暴力衝動が突然爆発!(笑)。などの笑いどころはあるものの、基本的には、大変シリアスで暗い気持ちになれる硬派な警察小説でした。

2008-11-18

 どんでん返し映画3選

07:04

 ここ最近、結構多くDVDを観てきたのだが、その中でもオチが秀逸だった映画を3本ほどご紹介。

 

カオス<CHAOS> DTSスペシャル・エディション [DVD]

カオス DTSスペシャル・エディション [DVD]

 先ずは、こちら。

 武装した強盗団が銀行を襲撃。人質をとり立てこもった彼らのリーダー・ローレンツは、包囲する警察に対し、交渉人としてコナーズ刑事を呼ぶよう要求する。コナーズは以前担当していた事件での失態で謹慎処分中だったが、新人のデッカーとコンビを組むことを条件に謹慎を解かれて現場に復帰。強盗事件現場での交渉に乗り出した。そんなコナーズに対しローレンツは「混沌<カオス>の中にも秩序はある」と謎めいた言葉を残し……。

 まあ、カオス理論云々は余計な味付けだが、冒頭から結末まできっちりアクションを描いていて視覚的に飽きさせない。それでいて、実にミステリ・ファン好みの落とし方。

 ……さて、この作品までは、文字のミステリと映像のミステリは割と幸福な結合を果たしていると言って良い。しかし、以下の二作を見れば分かるが、そういうのはほぼ例外なのではないかしら、というのが、私の印象。

 

プレステージ [Blu-ray]

プレステージ [Blu-ray]

 次は、メメントやダーク・ナイトのC. ノーランの作品。

 19世紀末のロンドン。若き奇術師アンジャーとボーデンは、中堅どころの奇術師ミルトンの元で修行をしていた。しかしある日、アンジャーの妻で助手のジュリアが水中脱出に失敗し死亡。事故の原因はボーデンの結んだロープが外れなかったことだった。これを機にアンジャーは復讐鬼へと変貌し、2人は血を流す争いを繰り返すことになる。その後、結婚し幸せな日々を送るボーデンは、新しいマジック「瞬間移動」を披露するのだが……。

 「小説的にはナシだが、映画的にはアリ」。こういう作品がたくさんあったのは、長年のミステリ・ファンにして俄か映画ファンである私には驚きだったが、本作などはその筆頭だろう。こんなのを文字で読まされたらブチ切れて表表紙と裏表紙とをクリップ止めの計に処しただろうが(©温水ゆかり)、映画だったら「ホウ」となってしまった。不思議な現象だった。

 

 最後は、コレ。

 天を突いたような豪雨の夜、寂れた街道で交通事故が起こる。加害者のエド(ジョン・キューザック)は、近隣のモーテルに救援を求めるが、豪雨で電話は不通。道路も冠水し、行く手を阻まれてしまう。やむなくエドはモーテルに引き返し、天候の回復を待つ。モーテルに集ったのは、同じように立ち往生した10名の男女。女優と運転手、娼婦、新婚夫婦、囚人と刑事…。互いに見ず知らずの彼らは、それぞれが何か秘密を抱えているようだった。やがて彼らは雨に閉ざされたモーテルで、1人また1人と謎の死を遂げてゆく。

 ファイナル・デスティネーションとどちらにしようか、ちょっと迷った。要するに、「身も蓋もない」というやつ。これも文字では滅多にお目にかかれない性質のオチだと思う。それと、本作はまた、ミステリ小説的にはズルだが映画ならアリという例のジャンルにも入る。ともあれ、ごく短時間にバンバン人が死んでいくのも気持ちよいし、悪魔的な結末もすばらしい。

 追記(11/25)

11:38

 「プレステージ」は、原作が、C. プリーストの奇術師だったんだね。

 積読にしてたから分からなかった。「文字で読まされたらブチ切れる」って書いたけれども、本当に切れちゃうんだろうか。楽しみ。

2008-11-11

 ごく簡単にマグノリア

00:40

 

マグノリア コレクターズ・エディション [DVD]

マグノリア コレクターズ・エディション [DVD]

 色んな人のエピソードがどこかでつながるということでは、後発になるが、『クラッシュ』

クラッシュ [DVD]

クラッシュ [DVD]

の方がずっと洗練されている。あちらは繋げることにより分かりやすい意味を持たせている。しかし、分かりにくいからこそ考えることも多いと言えなくもない。

 ひたすらに長い。同じ台詞の繰り返しなんかを省略すれば、二時間半ぐらいには出来たんじゃないか。個々のエピソードも、出オチというか、伸びシロがない。例えば、天才少年は反抗するし、セックス伝道師は過去に向き合い、死にかけた富豪は過去を悔いるといった具合。登場した瞬間に分かる。

 ただ、ラスト30分前ぐらいにとんでもないことが起きる。ブラウン管前で軽く10分はポカーンと出来るほど、とんでもない。想像を軽く絶する。未だにあれは何だったのだろうと考えている。それでいて、そのとんでもなさは本筋と殆ど繋がっていないところを「ステキ!」と捉えるか「あざとい」と苦々しく思うか。どうか。

2008-11-09

 12人の怒れる男

13:58

 

 最近ロシアでリメイクが作られたそうだが、自分が視たのは1957年版。50年前の作品だ。数年前に深夜放送で視たきりだったのだが、裁判員制度の導入を間近に控えて、再度視直すことにした。

 先ずは、途轍もない名作であること――これは大前提として、その上で今回気になったのは、頑強に無罪の評決に反対していた陪審員3名が屈服していく過程が哀れでならないという点である。

 1人は「早く終わらせて野球を見に行きたい」というくだらない理由で無実派に転向するのだが、そのことの是非について、ちょっとした諍いこそあれ、結局は周囲の諦めを以って受け容れられている。彼は劇中、最後まで諦められたままである。

 残りの2名はもっと哀れで、1名は、スラム街の住人への偏見を怒鳴り散らした挙句、スピーチの最中に一人また一人と席を離れられて、終いには、有罪派の株屋にまで「黙って二度としゃべるな」と突き放される。彼はよろよろとテーブル隅の離れに移り、そこで劇が終わるまで項垂れ続ける。

 最後の1名には、自分の息子が家に帰ってこなくなったという個人的な苦悩がある故に、父親の殺害を疑われている被疑者の少年の無罪を受け容れることが出来ないでいるのだが、これもまた散々有罪の主張をした挙句、残りの9名の白眼視にあって、最後は泣きながら無罪を認める羽目になる。

 こんな調子で、「12名全員の一致した無罪評決が得られて正義が守られた」ということになるのである……けれども、最初から理性的対話による説得が不可能な存在が3名いたこと、そして彼らがやはり同様に対話には拠らない仕方で次々敗北していく姿というのが――リアルであったし、哀れであった。

 そういう意味で、今回の視聴では、本作が、「正義が貫徹されて晴れ晴れ」とは行かず、何だか苦い後味の残る作品だったことに気づいたのだった。

2008-11-08

 滞在中の小説

11:32

 機内は無論、何かと小説を読む機会の多かった日々であった。

 19世紀中頃、列強にズルズル譲歩し続けた挙句、エジプトやギリシアにまで敗れたオスマン・トルコは、横暴ぶりが目に付くようになっていたイェニチェリ軍団を攻撃、虐殺、追放し、なんとか列強に伍して遅ればせの近代化を図ろうとしていたのであった。

 これが時代背景。そこに、近代化の象徴、近衛新軍の仕官4名が失踪し次々に死体として見つかるというナゾがあって、それに宦官の主人公が挑むというスジ。

 近代トルコ案内としては良くできているのだけれども、そこに力を入れすぎたために、不自然にぐるぐる各所をめぐるお話になってしまっている。翻訳もところどころ「?」。誤訳はないものと思うが、訳文を軟らかくし過ぎなのではないかと思う。19世紀の人物が喋っているというよりも、今時の若者の会話のように読めてしまい、どうにも気持ちが乗らず。

 以前紹介した『ゴーリキー・パーク』は80年代初頭のソ連が舞台であったが、その後、80年代末ペレストロイカ下でも行われた流刑にも似た北洋漁業の実態を描いた『ポーラー・スター』を挟んで、91年ソ連クーデター1ヶ月前のマフィアらが暗躍する裏社会での爆殺事件を描いているのが本作である。

 先ずは、批評家の関口苑生氏に感謝を。氏がどこかで、『ゴーリキー・パーク』ばかりが誉めそやされる現状を批判し、シリーズのその後の出来のよさを熱くプッシュしていなければ、『ポーラー・スター』と本作とを手にすることはなかった。

 マーティン・クルーズ・スミスの作品は、前半でその文化の固有性をみっちりと緻密に描く。本作では、主人公が、こんな時世になぜ犯罪捜査に執着するかを問われ、犯罪を通してその社会の様々な集団と関われること、一種の「ロシア社会学」(ママ)をやっているとも言えることを理由としている。

 しかし、それだけの作家ではない。スミス作品は、クライマックスの中で、様々な社会の様々な集団において、それでも変わらぬ人間の本質を大らかに描き、一種の恍惚境を出現させるのである。モスクワ近郊の山火事に、北極の氷上に、官邸前のバリケードの中に。そして、文体は途端にゆっくりとなり密度を下げる。この完璧な対比こそ、この作家の味なのであろう。

2008-11-07

 機内映画

07:55

 連れ合いのコツコツ貯めたマイルで10日ほど米国に行ってきた(感謝!)。イベント的には、ニューヨークにてハロウィンのバカ騒ぎを目撃し、オバマが大統領になったところを見届けたのが有意義であった。

 考えてみると、この8年は、まさにアメリカの栄光と衰退であったわけで。ニュー・エコノミーなるアホ学説が出てくるほどの好景気に始まったものの、9.11に動転して、アフガン、イラクを攻撃。不思議な石油価格の高騰に、底知れぬ金融不安で幕を閉じた。その過程で日本は、韓国や中国、そしてEUではなく、アメリカを永遠なるパートナーとする決定的な選択を行い好景気のおこぼれに預かってきた。今後はそのツケを払わされることになるかもしれぬ。

 そんなことも考えてみたが、機内の12時間を過ごすには全然足らず、結果として映画を見ることに専念した。

 

 なかなかのボンクラ映画。007パロディーだが、後半は力の入ったアクションを見せられる。時間つぶしには最適だった。


 Swing Vote、あらすじはリンク先を参照。このケビン・コスナーが劇中ずっとダメな親父を演じ続けていてイライラしっ放しであった。どうせ真人間になるのは分かってるんだから、そんなに枕を引っ張る必要があったのだろうか。とはいえ、ダメ親父のご機嫌を取るべく、民主党候補が中絶反対を謳い、共和党候補がゲイ解放をCMで流すという笑える風刺もあった。タイムリー。

 

Wall-E (Dig)

Wall-E (Dig)

 これはずっと前に、主人公の動作にチャーリー・チャップリンのそれを採用しているという監督インタビューを視て、俄然見る気になった作品。チャーリーリスペクト溢れるウォーリーの動作に涙腺が緩みっぱなし。サイコーだった。もう、ピクサーが顕在ならジブリがなくなっても平気だわ。

 

Henry Poole Is Here

Henry Poole Is Here

 前半15分ほどこの映画はホラーになるのかヒューマンドラマになるのか分からぬ不気味さがあってニヤニヤしていたのだが、結局凡庸な後者であることが分かってガックリ。けれども、前評判全くナシに視る映画にはそういう面白さがあるなあ、と思った次第。

な 2008/11/08 16:37 Wall E てのCMやってた。そうか面白いのか。
しかしすごい良いタイミングでNew Yorkいったね。アメリカで一番でかい祭りだからなぁ。しかも黒人大統領が圧勝で誕生だもんな。俺は正直、オバマの演説にも感動したよ。

pqrspqrs 2008/11/08 19:13  チャップリンのあの切なさが非常によく出てたのでツボだったんですが、ツマラなかったらすみません。
 ハロウィンの騒ぎはなんと言うか、常軌を逸していました。ノれなくてブルーになるぐらい。ジョーカー様の格好している人がやたら多かったのと、テトリスのL字ブロック(!)の仮装している人がいたのが印象的でした。

2008-10-22

 タンゴステップ!

18:12

 風格というものがある。最初の数行を読むだけで、「ああ、俺はこの本を最後まで読むだろう」となんとなく感じてしまう本である。

 というわけで、ヘニング・マンケル先生の『タンゴステップ』のご紹介。

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈下〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈下〉 (創元推理文庫)

 プロローグは、1945年12月のイギリス。若い操縦士が謎の雰囲気を持つ男をベルリンへ運んで翌日夜に連れ帰ることを求められる。謎の男は、実は戦犯処刑者で淡々と首吊りを実行する。しかし、一人捕まえられていない男がいることが気がかりだという。操縦士は、謎の男の正体を知らぬままイギリスへと連れ帰る。

 以上がプロローグ。次章は1999年晩秋のスウェーデンとなる。

 主人公は舌癌の宣告を受け休職、なんとなく自暴自棄になっている四十男である。友達も少なく、趣味といえばサッカー結果の切り抜き、取り立てて面白みのない弱気な刑事である。そんな刑事が、新人時代に自分を育ててくれ、今は森深くに隠居している先輩刑事が惨殺されたことを知るのであった。

 とまあ、こんな始まりなのであるが、漂う重厚な雰囲気に、ハードボイルドとは程遠い舌癌にびびりまくっている弱気な男のマッチングが非常によいのである。そしてまた、事件にのめりこんで破滅する男というキャラはエルロイが駆使して有名になった設定ではあるが、今回の事件の場合、舌癌を抱えて何をすべきかを見失ってしまっている男という設定のおかげで、不当に事件にのめりこんでいく様子に不自然さや異常さを感じないで済むのもよい。

 そして、戦時中のスウェーデン社会とナチスとの浅からぬ関わりが掘り起こされていく……愚かな戦争中、懸命にも中立を保ったスウェーデン社会、そう教えられてきた主人公がその欺瞞に気づいていく。国境を越えて喜び勇んでドイツ軍に参加した少なからぬ男たち。ドイツによる占領を望んでいた多くのスウェーデン国民。そんな過去のあれこれが掘り起こされ、石を取り除けられた「石の下の虫ども」が騒ぎ始める……

 本作は、かの名作『目くらましの道』をも超えて、現時点でのヘニング・マンケルの最高傑作であろう。

舌癌舌癌 2009/03/20 14:24  読んだことありますよ。
 
 名作とは、期待を持ってページを開かれ、期待とともに閉じられるというやつですね。

 最高傑作でした、いつかまた読み返すと思います。