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偉人の業績や生きざまから、仕事の知恵を学び、活かすヒントを考える。

12月17日 経験が生きている   

野間清治

きょうは講談社の創業者「雑誌王」 野間清治の誕生日だ。
1878年生誕〜1938年逝去(59歳)。

群馬県桐生市に生まれる。武士階級の出だが没落し、剣道の見世物をして諸国を歩いた。県立尋常師範学校を卒業後、小学校の教師となる。その後、臨時教員養成所で中学教諭の資格をえて沖縄に赴任したが放蕩生活をしていたようだ。29歳の時東京帝大法科大学の首席書記になり、このとき多くの著名人に会っている。

31歳で大日本雄弁会を創設し、弁論雑誌「雄弁」を創刊した。1911年33歳で講談社を創業し「講談倶楽部」を創刊した。以後「少年倶楽部」「面白倶楽部」「現代」「婦人倶楽部」「少女倶楽部」「キング」「幼年倶楽部」を刊行した。
面白くてためになる大衆路線で、日本全国に雑誌ブームを巻き起こし、いわゆる講談社文化をつくった。後に音楽業界や新聞業界にも事業を拡大している。

彼は相場の達人でもあったようだ。明治末に山栗商店という証券会社あり、彼の友人がここに勤めていた関係でこの会社の2階に陣取り、一攫千金狙いで米相場に身を投じ大成功した。彼の哲学は「七転び八起き」というより「最後に一回だけ勝てばいい」と言うまさにバクチだった。

当時の相場師は英雄であり新聞に大きく取り上げられたので、彼も自信過剰になり相場の天才だと思っていたようだ。しかし結局大失敗をしてしまった。相場で失敗した後も、山師、鉱山開発など一攫千金の夢は持ち続けていたようだ。

後に本業の出版で成功し「出版王」「雑誌王」と呼ばれ、「処世の天才」「処世の達人」ともいわれているが、これは若いときに相場という人生の縮図のようなところで成功も失敗もした経験が生きているようだ。

普通の人はなかなか彼のように奔放にするわけにはいかないものだが、「やってみる」「チャレンジする」気持ちと実行力は、いつまでも、どんな場合でも持ちつづけたい。


野間清治のことば
  「学校においてなそうとしても出来ないというような仕事があるとすれば、
   雑誌はそれらの仕事を引き受けてやるということで、学校教育を補いたい」


野間清治の本
  「仕事の達人」の哲学―野間清治に学ぶ運命好転の法則
  奇蹟の出版王―野間清治とヘンリー・ルース
  『キング』の時代―国民大衆雑誌の公共性
   『キング』の時代―国民大衆雑誌の公共性 奇蹟の出版王―野間清治とヘンリー・ルース 「仕事の達人」の哲学―野間清治に学ぶ運命好転の法則

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