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Melancholic Days - 憂愁日記 -

2010-05-26

キモヲタ(≒ネトウヨ)どもはどう反応するか【性的漫画規制 民主が反対方針】

| 12:39 |

>性的漫画規制 民主が反対方針


民主党政権にとりあえず難癖の罵声を張り上げるキモヲタ(≒ネトウヨ)どもはどう反応するんでしょうね(´Д`)y-~~


http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100526ddm012010084000c.html

青少年健全育成条例改正案:性的漫画規制、民主が反対方針

 東京都議会民主党は25日、18歳未満として描かれたキャラクターの性的行為を含む漫画やアニメ作品について18歳未満への販売を規制する「東京都青少年健全育成条例改正案」に反対する方針を決めた。6月の定例会で都側に改正案取り下げを求めるが、都側が応じる可能性は低いため、規制を限定的にした独自の修正案提出も検討する。

 改正案は都が3月の定例会で提案したが継続審議になっていた。民主は会派内にプロジェクトチームを設置。出版業界との意見交換や書店の視察をした結果、改正案を疑問視する声が強まっていた。

 独自の修正案は、「あいまい」と批判される規制対象を厳格化するなど、大幅に改変する。

 改正案を巡っては今月、石原慎太郎知事自らが「役人が文章を作るとこういうばかなものになっちゃう」と条文の分かりにくさを批判した。都の改正案は、漫画やアニメで18歳未満として描かれたキャラクターを「非実在青少年」と定義。非実在青少年がかかわる性交などを過度に描いた作品について18歳未満への販売自主規制を求める。このうち強姦(ごうかん)など反社会的な性的行為を描いたものは18歳未満への販売を禁止する。【石川隆宣、真野森作】

毎日新聞)2010年5月26日6時0分

通りすがりさん通りすがりさん 2010/12/17 14:12 先日まさにこの法案が都議会で可決されましたね。
石原氏は個人的にあまり好きませんが今回ばかりは自分も賛成です。
書店とかでも結構目にしますからねぇ<そのたびに気分が悪くなります(笑)
特にコンビニとか酷いですよ!
それから・・・・『彼ら』ってアニメオタクだったそうですね!
そのお気に入りの石原氏が規制をするとなると、 これは面白い。
一気に不支持に回ったりして(笑) そしたらとんだ主体性のない連中ですよね。

エロゲオタクエロゲオタク 2012/05/14 13:18 私はゲームや漫画やアニメの性表現規制が嫌なので普通に民主党を支持してきました。
ロリエロ絵が好きなオタクなのに自民党を支持しているという人達の気持ちはオタクの私だってよく分かりません。
私と違い、「ロリエロ絵を見る事が生きがい」とまではいかないオタクの人達なのかな?と思ったりします。

性表現規制派政党の自民党を支持するネトウヨを2ちゃんねるで批判して朝鮮人のレッテルを貼られた事が私は100回近いです。
私は日本人の只のエロゲオタクなんですけどね。

prolegomenaprolegomena 2012/05/14 19:48 >エロゲオタクさん
コメントありがとうございます(´ー`)
どうやら「2ちゃんねらー≒ネトウヨ」らしいので
これはどーしょーもありませんね(;´Д`)
「ぁゃιぃわーるど」の方が掲示板としてはまだマトモかもしれません。
  ex.http://qwerty.on.arena.ne.jp/cgi-bin/bbs.cgi

2010-03-17

私は反対ですが…【東京都「青少年健全育成条例改正案」】

| 21:52 |

何度か日記で書いていますが、私は規制反対の立場です。

表現の自由内心の自由を規制するなど明白な憲法違反であり、このような悪法条例ですが)は拡大解釈されるのが常だからです。そしてその帰結は文化が滅びる方向へ向かうということだからです。


今回の条例の最大の問題点は、

非実在青少年」(マンガなどに出てくる青少年)への自主規制項目が

追加されたという点です。


第三章 不健全な図書類等の販売等の規制」の追加条文

「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」


非実在青少年」という概念によって、実在者のいない、モデルの存在しない、創造されたマンガ、イラスト、アニメなどまで取り締まろうとされています。内心の自由は誰も侵害できないし(人のアタマの中(妄想)は誰にも分からない)、表現の自由も侵害されてはいけないというのが、先にも述べた私の立場です。


ただ、非実在のキャラクターが登場するゲーム(例えばエロゲー)があったとして、

規制反対を表明する人々に対しても述べたいことがあります。以下の点です。


■本当に「傷つく人がいない」のか?(≒不快感を抱く人はいないのか)

  ※傷つく人がいないからOKだ、という議論提起は、

   しかしこの主張は「傷つく人がいたら」そこで終わる主張でもあります。

■善悪や良心、健全といった倫理判断は困難を極めるとしても、

 (人によって考え方は異なりますから)

 人間の内心の自由表現の自由はどこまで可能なのか、

 こうした倫理は人類の知恵の発展の中でどう成熟してきたのか、

 そういった格好つけた(笑)議論があってもよかったのではないか、

非実在児童ポルノとして単に消費するということを肯定したいならば、

 実在の児童ポルノとして消費(搾取)されてる現実に対しても声をあげるべきだ


ということです。


今後もこの規制反対運動を続けるとするならば、実際の創作者や消費者だけではなく、普通の(語弊がありますが)市民、政治家法学者、倫理学者の協力を今以上に得ることが必要だと私は考えています。


以前からこの話題について私が考えていたのは、表現規制の問題というよりも、この問題は人間の妄想はどこまでが許容され得るのか、という倫理的な観点をも含めての観点からです。


しかし、規制反対派の人々の考え方に幅があり過ぎるように見えて、積極的に能動的に運動に加担したいという気分にならなかったというのも正直な気持ちでもあります。


表現規制反対派の中には、「人権擁護法案反対」とか「外国人参政権反対」とか、そういうことを騒いでいる有象無象どもと同様の手合いがウジャウジャいる「だけ」のような気がして仕方がなかったのです。


更にいえば、非実在の対象をポルノとした表現物があったとしても、単純に「趣味が悪い」としか思えない人がいるのも確かでしょう。そういう人も少なからずいるという現実にも思いをはせるべきではないか考えています。政治家に働きかけるだけではなく、普通の市民にも理解されうる規制反対運動が必要なのではないでしょうか?


例えば、サドの著作なんかは今は「芸術」として認められていますが、単なるポルノグラフィで、改めて読んでも文学としての価値はあまり高くない、ドストエフスキィの『悪霊』の中で当初削除されたとされる部分の方が恐ろしく卑猥で深い、バタイユの作品は悪趣味の極地だけれども、文学や思想としては非常に面白い、といった議論や勉強会が、規制反対派の人たちの間ではできていたのでしょうか?

チャタレー事件〜四畳半襖の下張事件〜サド裁判など、こういった「表現規制に関わる」歴史的な経緯を知っていたのでしょうか?

という疑問もありました。


すなわち、実在しない児童(少年少女)に関わる表現ならば、何もかもが許容される訳ではない、という意識はあって欲しかったと考えていたのです。


結局、ネット上では、自分の好むものだけは守りたいというような偏狭な議論が見られることが多かっただけのような気がします。自由であれば何もかもが表現可能なのか? という倫理的な観点も必要だったのではないでしょうか。


http://megalodon.jp/2010-0317-2140-35/news24.jp/articles/2010/03/17/07155505.html (魚拓

都の漫画の性描写規制案 結論先送りの方向

日テレNEWS24 - 03月17日 16:34)

 東京都議会が審議している漫画のキャラクターの性描写に規制をかける条例改正案は、結論が先送りされる公算が大きくなった。

 東京都が提出した青少年健全育成条例改正案は、現在都議会で審議中だが、漫画のキャラクターにも性描写の規制をかけるという改正案の内容に「表現の自由を制限される」として漫画家らが反対する一方、都内の小学校のPTAからは賛成する声が上がっている。

 東京都都議会最大会派の民主党に改正案の趣旨を説明して理解を求めているが、民主党は都民への周知や審議が不十分だとして、今議会中は採決を行わず、継続審議とする方針を固めた。共産党なども民主党に同調するとみられ、条例改正案の結論は先送りされる見通しとなった。


http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20100317-OYT8T00734.htm

表現規制、継続審議へ…都条例改正案

読売新聞 - 03月17日 15:35)

 18歳未満の青少年の性行為を描写した漫画やアニメの販売・レンタル規制を拡大する東京都青少年健全育成条例の改正案について、都議会民主党は17日、「議論が不足している」として、開会中の都議会で採決せず、継続審議を求めることを決めた。

 共産党なども同調する見通しで、改正案は今回の都議会では成立が見送られる公算が大きくなった。改正案を巡っては漫画家里中満智子さんらが「表現の自由が侵害される」などと反対を表明していた。


http://megalodon.jp/2010-0317-2142-57/www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/15/news074.html (魚拓

「文化が滅びる」――都条例非実在青少年」にちばてつやさん、永井豪さんら危機感

ITmediaニュース - 03月16日 10:33)

 「改正案が通れば、文化の根を断つことになる」――アニメ・漫画に登場する18歳未満のキャラクターは「非実在青少年」だとして、性的描写などの内容によっては不健全図書に指定して青少年への販売を禁じる「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)改正案に反対する漫画家などが 3月15 日、都議会民主党総務部会を訪ねて意見を伝え、都庁で会見を開いた。

 会見には、漫画家里中満智子さんや永井豪さん、ちばてつやさん、竹宮惠子さんなどが参加。里中さんは「青少年を健全に育てたいという温かい気持ちから出た規制だろうが、表現規制は慎重に考えないと恐ろしい世の中になる」、ちばさんは「文化が興るときにはいろんな種類の花が咲き、地の底で根としてつながっている。根を絶つと文化が滅びる」などと強い懸念を示した。

 4人に加え、この問題についてmixi日記で指摘し、周知の火付け役となった漫画評論家の藤本由香里さん、日本漫画学会長で評論家の呉智英さん、社会学者宮台真司さん、明治大学准教授森川嘉一郎さん、「松文館事件」で被告側弁護人を務めた弁護士山口貴士さん、日本書籍出版協会の矢部敬一さんも会見に出席し、意見を述べた。

 改正案に反対する漫画家として、あだち充さんや藤子不二雄Aさん、高橋留美子さん、萩尾望都さん、安彦良和さんなど約60人のリストも配られたほか、講談社集英社小学館などコミック発行10社も反対を表明している。

●「ハレンチ学園」「風と樹の詩」も対象に?

 改正案の問題点として、(1)あいまいな規定でいくらでも恣意的に解釈でき、幅広い作品が対象になり得ること、(2)漫画などの表現に対する萎縮効果が高く、日本のコンテンツ産業に大きなマイナス影響を与える可能性があること、(3)審議期間が極端に短く、拙速に成立に向かっていること――などが指摘された。

 藤本さんは「都は、過激な性表現のある作品のみが対象と言っているようだが、条文を照らすとそれは事実ではない」と指摘。現行条例でも不健全図書の規定がある中、改正案では「非実在青少年」に関する規定を新設しており、青少年の性を肯定的に描いたさまざまな作品が対象となり得ると懸念する。

 永井豪さんは、40年前の「ハレンチ学園」発表当時、「めちゃくちゃに叩かれた」と振り返る。「当時も、青少年は異性への関心を持つのが健全な精神の育成だと思って描いていると説明した。異性に関心を持つことが罪悪と思って育つと、大人になった時の衝撃が強すぎる。成長段階に応じて少量ずつ与えていくことが重要」(永井さん)

 「わたしの作品『風と木の詩(うた)』は対象になるだろう。都は『対象ではない』と言うかもしれないが、自分自身は対象だと感じてしまった」 ――竹宮さんは漫画表現への萎縮効果を懸念する。「新しい性に関する知識を少年少女に与えなくては危ないと感じて描いた。純粋培養では少年少女は“健全” にならない。漫画はエネルギーを逃がす弁として存在するはず。ある程度強い刺激でないと、弁を開けない人もいる」(竹宮さん)

 里中さんは「表現がエロと感じるかそうでないかは見る人次第で、人はそれぞれ別個の感性を持っているのに、それを全体の意思のようにして網をかけるのはナンセンス」という。

 「文化や芸術はその時代の倫理や教育とかい離がある場合があるが、それを描くことも役割だ」――呉さんは文化論を展開。「例えば井原西鶴の『好色一代男』は、6歳の少年時代からの性の遍歴を描いている。1つの人間の姿を描いているのだから、単純に倫理の問題として裁断し、政治が介入するのは危険」(呉さん)

●「善意の規制」が闇を大きくする

 改正案が「子どもを健全に育てたい」という善意の発想から成り立っていることへの危険性の指摘もあった。「規制側は、目の前の正義感や倫理観で話すのだろうが、表面的な正義が見えないところで闇を大きくする。キャラクターまで対象にするのは、子どもの環境をあまりに狭く考えすぎている」と里中さんは懸念する。

 宮台さんは、「青少年の性行為を描いたコンテンツが青少年に悪影響を与えるという素朴な悪影響論は学問的には否定されている」とした上で、「誰と見るかなど、コンテンツの受容文脈をコントロールすることが最善」と指摘。「最善の策を取らずにいきなり次善の表現規制に飛び込むのは怠慢」と批判した。

 条例では18歳未満を青少年と規定しているが、日本では女性は16歳で結婚でき、「高校3年生の半分近くが性体験をしている」(宮台さん)という状況で、高校生の性行為を肯定的に描写した作品が対象になれば表現への萎縮効果は高い。「普通のことをしている人に対して、『お前達は悪いことをやっている』というメッセージを出すことになり、副作用は大きい」(宮台さん)

 山口弁護士は、「青少年性的視覚描写物」のまん延の防止を都の責務と規定した条文に絡み、「何を見て何を見てはいけないかについて、都が口を挟むのは非常に危険」と警鐘を鳴らした。

●日本のコンテンツ産業発展を阻害する

 「文化が興るときにはいろんな種類の花が咲き、地の底で根としてつながっている。根を絶つと文化が滅ぶ」(ちばさん)――関係者には、漫画やアニメなど日本の文化やコンテンツ産業の発展を阻害するという危機感も強い。

 「ハレンチ学園がなければ、その後の『マジンガーZ』もなく、各国に呼ばれて漫画やアニメについて講演することもなかった」と話す永井さんは、「自由な漫画の発想があったからこそ日本の漫画やアニメは発展し、世界に注目されてきた。表現規制を行った韓国は、漫画の発展が遅れた」という見方を示す。

 「規制側には、良い漫画と悪い漫画を区別できるという暗黙の前提があるようだが……」――森川さんはその考え方自体が間違っていると指摘。青少年の性行為を描いた漫画や同人誌を描いた漫画家が、「文化庁メディア芸術祭」で受賞するケースも多いなど、多様な表現を許容する環境が漫画家のすそ野を広げていると紹介し、「改正案が通った場合の副作用がほとんど検討されていない」と危惧した。

 「この条例を、『東京国際アニメフェア』を主催している都がやっているという意味は大きい」と藤本さんは指摘。会見やその後の集会では、享楽的な若者を描いた都知事の小説「太陽の季節」を皮肉る発言も複数の参加者からあった。

●異常なスピード

 改正案は2月24日に提出され、3月19日の都議会総務委で採決、3月末にも本会議で採決というスケジュールにも批判があった。「異常とも言えるほど短く、このような決め方は民主主義の原則に照らして大いに問題がある」(藤本さん)

●集会は約300人が詰めかけ立ち見も

 都議会会議室で開かれた集会には、会見の出席者に加え、漫画家さそうあきらさんや齋藤なずなさん、都議の吉田康一郎(民主党)さんや福士敬子さん(無所属)、前衆院議員保坂展人さん(社民党)など政治家も参加。用意された100席に、メディア関係者や出版関係者、一般市民など約300人が詰めかけ、立ち見の参加者で会場が埋まった。集会の様子はUstreamやニコニコ放送でもライブ配信され、注目を集めた。

 改正案のベースとなった答申が出た段階から問題を感じていたという吉田都議は「児童の性的搾取を止めるためという手段の正当性の前に、方法論が議論されず、問題がなし崩しになっている。状況はまだ厳しいが、当たり前の妥当な結論が出よう頑張りたい」など話していた。【岡田有花

2010-03-15

「東京都による青少年健全育成条例改正案と『非実在青少年』規制

| 21:01 |

http://news24.jp/articles/2010/03/15/07155367.html

ちばてつや氏ら、都の過激性描写規制に抗議

< 2010年3月15日 18:58 >

 漫画やアニメの中で18歳未満のキャラクターの過激な性描写を規制する案が東京都議会に提出されている。これに対して、漫画家ちばてつや氏や里中満智子氏らが15日に記者会見し、表現の自由が奪われるとして抗議した。

 東京都が提出した青少年健全育成条例の改正案は、漫画やアニメ、ゲームなどで18歳未満という設定のキャラクターの性描写が含まれる場合、まず業界に販売自主規制を求め、特に過激な表現については青少年への販売を禁じるとしている。去年、国会で検討された児童ポルノの規制は、実在する子供の写真などを対象にしていたが、都の案は、実在しない漫画のキャラクターについても子供に悪影響があるとして規制の対象にしている。

 これに対して、15日に漫画家が都庁を訪れ、規制の対象があいまいで表現の自由が奪われるとして反対した。また、出版社も東京に本社がある会社が多く、都の条例であっても全国に与える影響が大きいとして改正案に反対している。

 この条例改正案は、19日の都議会総務委員会で採決される予定。




東京都による「表現規制」の問題について、私は原則反対の立場です。

しかし、自分も含め、オタクの皆さんは倫理の存在を忘れている節がまま見られたように感じました。

実在しない児童(少年少女)に関わる表現ならば、何もかもが許容される訳ではない、という意識はあって欲しかったです。


結局、ネット上では、自分の好むものだけは守りたいというような偏狭な議論が見られることが多かっただけのような気もします。


表現規制憲法が保障する「表現の自由」という権利を侵害します。これは大前提です。


しかしながら、自由であれば何もかもが表現可能なのか?

という観点も必要だったのではないでしょうか。


【御参考】表現の<リミット>

http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=100

<内 容>

何らかの権力の行使を伴う「表現すること」に対し、私たちはどのような「限界」を画し、抗することができるのか。文学社会学法学倫理学などの分野から、表現における自由と制限とを考察する。

<編者紹介>

藤野 寛(ふじの・ひろし)

1956年生まれ。フランクフルト大学哲学学位(博士)取得。哲学倫理学専攻。高崎経済大学教授。

齋藤 純一(さいとう・じゅんいち)

1958年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。政治理論・政治思想史専攻。早稲田大学教授。

<目 次>

I  他者と表現の〈リミット〉

 1章 現われの消去――憎悪表現とフィルタリング――

 2章 傷つける表現

 3章 憎悪の再生産――ヘイト・スピーチメディア空間――

II 芸術と表現の〈リミット〉

 4章 アドルノとエンツェンスベルガー――〈アウシュヴィッツ〉以降の表現をめぐって――

 5章 文学的表現と応答性――柳美里石に泳ぐ魚裁判と「表現の自由」――

 6章 〔ヘテロ〕セクシズムと表現のリミット

 7章 戦争報道写真――惨劇を再現することの困難性――

III メディアと表現の〈リミット〉

 8章 パロール・エクリチュール・メール――デジタル・メディア時代における言語――

 9章 「顔」をめぐる倫理と政治――顔認識における四つのイメージ――

 10章 表現の自由人格権と――『週刊文春』事件の衝撃――

 11章 大衆の欲望と表現の〈リミット〉――『ビッグ・ブラザー』考――



対して、↓こんなのは説得力皆無に思います。

レベルが低すぎます。

http://www.nicovideo.jp/watch/nm10000580

オタク宣言 "The Otaku Manifesto"

| 02:16 |

幽霊が全世界に出没している――オタクという幽霊が。

オタク宣言】 "The Otaku Manifesto"

オタクは不健全で地味でジメジメしててモテなくて、相互理解を生み出すコミュニケーションが苦手で、凝り性でこだわりが強くてダサくてマニアでスケベで情けなくて弱っちい人間である。

しかし他者に対する優しさを持っていれば、自分たちの主張と議論とに良心と愛を加えているならば、オタクは充分にオタクたりえる。

コミケや同好の者が集う場という特殊な閉鎖された空間で、非常識に振る舞うベクトル違いの自己顕示欲旺盛な排他的キモヲタ、すなわち自分達の権利を守ろうと意思表明をしながら、他者の権利を侵害し、更には他者の権利を侵害する有象無象を支援するキモヲタの存在が最大の問題なのだ。

特殊な場ではなく、公共の場においてオタクである自己を示し、感情的かつ論理的という相矛盾した条件において自らのオタクとしての趣味と嗜好と価値観を表明すること、たとえそれが大多数の心無い人々の顰蹙を買う事態になったとしても、羞恥心を捨てず、それでもなお自分の趣味と嗜好と価値観を表明すること、それこそがオタクの使命であり、役割である。

オタクはこれから何を成し得るのか、何を生み出すのか、何を創り出すのか。

それが現代のオタクに課せられた最大の課題である。

オタクがこの行動で失うものは鉄鎖のみである。

万国のオタクよ、団結せよ!

2009-07-20

児童ポルノ規制と二次元表現規制

| 10:55 |

これは私の思考の大前提だが、当然ながら児童ポルノ自体には反対である。

重大な人権侵害に他ならないからだ。


児童ポルノ禁止法:改正案の課題 与党と民主、異なる「単純所持」定義

http://s02.megalodon.jp/2009-0720-1025-23/mainichi.jp/select/wadai/news/20090720ddm012040023000c.html


ただ危惧するのは、その規制が、表現規制につながってしまうという恐れがあるという点だ。


日本ユニセフ協会という"実は国連のユニセフ傘下の団体ではない"怪しい団体がこの「児童買春・児童ポルノ禁止法」改正に当たってロビー活動をしているが、気味が悪い限りである。


自民党内での改正推進派は山谷えり子や高市早苗である。この顔ぶれから見ても分かるとおり、改正推進派は、むしろ表現規制を奨励しているかのようだ。こいつらのいう「有害」というのは、こいつらの価値観にそぐわない存在を指しているだけである。本人達にその自覚があるのか、ないのかは、別にしてだ。


ところが、こうした勢力に対抗する反・児童ポルノ法改正の人々の考え方の土台・基礎に幅があり過ぎるのが、残念ながら現実である。ぶっちゃけて言えば、「人権擁護法案反対」とか「外国人参政権反対」とか、そういう極めて狭量で排外主義的なことを騒いでいる有象無象どもと同様の手合いがウジャウジャいる「だけ」なのだ。自分達の「愛する」美少女エロゲームまでも規制される恐れがあるから反対、という極めて単純かつ自分勝手な動機で蠢いているのである。現状では「自分達の趣味だけを優先して守れ」という子供じみたアホなわがままにしか見えない。


こういう有象無象どもは、ポルノとして「趣味が悪い」としか思えない"表現物"があるという事実には目をつむり、自分達の利益しか考慮していない。ポルノに不快感を抱く人が少なからずいるという現実にまで思いを至らせていない。


彼らは、日本における「チャタレー事件」〜「四畳半襖の下張事件」〜「サド裁判」等、こういう歴史的事例をおそらく知らないだろう。


例えば、サドの諸著作は今は「芸術」として認められてはいるが、単なるポルノグラフィだし、改めて読んでみても文学としての価値はあまり高いとは思えない。ドストエフスキーの『悪霊』の中で削除されたとされる部分の方が恐ろしく卑猥で深い。バタイユの作品は悪趣味の極地だが、文学や思想としては非常に面白い。こんな議論は、反・児童ポルノ法改正の人々の間では全くできていないだろう。


児童ポルノ法改正については、「表現の自由」の問題という権利としての問題というよりも、「人間の欲求はどこまで許されるのか」という倫理的な観点から考えても良いのではなだろうか。


もう少し倫理的な見地から児童ポルノの問題を考えると、小難しくはなってしまうが、もっと本質的な議論、つまり法哲学(法理学)、法学、人間の欲求はどこまで許されるのか、といった突っ込んだ議論ができるのではないだろうか。