Hatena::ブログ(Diary)

芸術は後半へ続く

2015-04-06

「架空の箱庭療法#3」FAQ

じつは今月の29日から、こんな事やってます。吉祥寺にて。

D D

Q.これは何ですか?

A.とてもシンプルに説明すると「ミニチュア舞台装置と写真の展示」です。が、これだけでは多分いろいろ誤解を招くので、すでに前回、前々回をご覧になった方の感想をいくつか引用してみたいと思います。

観劇に行くとフライヤーとかたくさんもらってきて、

そのうち見に行くことができるのは1割もないのですが

写真とかコピーとかでああどんな作品なんだろうと想像する、みたいなこと

誰もがやってると思うのですが、ここまでやるとこんなに面白いのか…と思いました。

作品や言葉、写真から伝わるイメージをうけて、

私の頭の中にセリフや動き、光や音が広がっていく。

お芝居を見に行きたいなーと思い、

また、誰かとイメージをぶつけ合ってお芝居作りたいなぁと思いました。

役者すらも小道具化してしまう愛! これは愛だと思います。

上記3つは特にわかりやすくコンセプトが伝わるのではと思ってチラシにも載せていますが、他にはこんなご感想も。

「面白かった」と思った芝居は観ている間は余り何も考えられなくて、帰り道に思い出すけれど、そのお持ち帰りにちょっと似ているなと思う。

普段、舞台を見ない者です。一度にいろいろな舞台を見たようなお得感!劇場に行ってみたくなりました。ふつうにやっている舞台も、こんな感じでパンフレット的にあったら、何を観てみようか決めやすい・・・考えるきっかけになるんじゃないかな。

芝居を見るのに疲れた人のために常設していただきたい感じ

ゆめに でるよ これは あぶない

まだピンとこないという方は役者のブログなどもどうぞ。

並べれば並べるほど情報が拡散して、どんどんピンとこなくなってゆきますね。すごく高いフェンスに囲まれた謎の建物の周りをうろうろ歩き回りながら「何の施設なんだろう」と推理するのに似ているかもしれません。お芝居にせよなんにせよ作品は「与えられる」ものではなくて「考えながら近寄っていく」ものだと思うので、思っているので、そんな僕と気が合いそうな方にはぜひ見ていただきたい!

Q.チケットが2種類あるみたいだけど何が違うんですか?

A.特別見やすいお席へのご案内などはありません。もちろん二階席もアリーナもありません(ギャラリーなので)。違うのは、今回の展示作品をおさめたパンフレットが少し安く手に入るか否か、だけです。

f:id:propmind:20150406223825p:image:w320

パンフレットには今回の舞台写真だけでなく、物語を読む手がかりとなるイメージプロットや配役表なども掲載する予定です。そもそもが舞台模型と舞台写真で再現する《実在しない演劇作品のカタログ展》なのでカタログのカタログってことになりますが、映画のパンフレットみたいな感覚でお買い上げいただくのが比較的わかりやすいんじゃないでしょうか。会場でパンフレット単体だけを買うと500円(部分上演1回と同じ価格)ですが、「パンフレットつき予約」を使うと、上演も見られてパンフレットも手に入って合計800円です。

なお、パンフレットは全作品共通で1種類だけですので、部分上演を複数回ご予約の場合は最初の一回だけパンフレット付にしていただけば望むものは手に入ります(鑑賞用と保存用、などに分ける場合は例外)。

Q.複数回見に行くつもりなんですが、リピーター特典はありますか?

A.ご安心ください。あります。ご観劇の際、受付印として半券にスタンプを押します。2回目以降はリピーターの証明として半券(スタンプカード)をご提示ください。押してあるスタンプ1つにつき50円引き(3回目は100円引き、4回目は150円引き…)となります。

f:id:propmind:20150406223826p:image:w640

8演目すべて見ても2600円、11回目以降は計2750円で実質フリーパスになります。ただし、予約の段階ではまだ割引適用対象にならないので、必ず会場で半券をお見せください。半券をお持ちであれば、ふらっと当日券で来てみた場合にも有効です。

Q.椅子席はありますか?

A.基本的には座布団席です。とはいえ、たった10分間でも地べた座りは足腰につらい、という方(僕がそうなので)のために若干数の椅子席をご用意するつもりです。椅子席ご希望のお客様は受付の際にお申しつけください(数に限りがありますので譲り合ってのご利用をお願いします)。

Q.上演中も展示は見られますか?

A.展示エリアと上演エリアが分離していない関係で、展示観覧(無料)と部分上演(有料)を空間上で仕切ることが困難です。そのため、13:30〜13:40、15:00〜15:10、16:30〜16:40、18:00〜18:10の時間帯(実際には準備等でその前後5分間程度も含むと思われます)には展示観覧を一時中断させていただきます。また、上演中は展示観覧のみのお客様のご入場はできません。あらかじめご了承ください。

ちなみに余談ですが、駅から会場へ向かう道すがらには時間調整に適したお店がたくさん並んでおります。いろいろ覗きながらいらしてください。ワクワク感を交換しましょう。

Q.「架空の箱庭療法#2」のときの【白紙舞台】、またやりますか?

A.申し訳ありませんが今回はご用意しておりません。かわりに【部分上演】をたっぷりご覧いただけるようにしていますので、よろしければたっぷりお楽しみください。

Q.部分上演、気になるけど自分と合う作品に出会えるか不安……タイトルだけじゃ選べないです。

A.そんなときのために、謎のスタッフセクション「定点観測」の森麻奈美さんが公式鑑賞ガイドを作成しています。

あとは気になる役者で選んでいただくのも一興かと思いますが、どの作品でどんな役者のどんな一面が見られるのか、ひととおりリストアップしてみましたので参考に(なるのか?)してみてください。

役者陣、勝手に変な通り名つけたりしてごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。

  • コメディを封印した 野澤太郎→『町は静かになりたかった』
  • ぜんぜん美少女じゃない 星秀美→『洗い晒しの平凡』
  • 上司にしたくない 川村良太→『絶対安全狼男
  • 猛烈アクティブ 高橋れいな→『洗い晒しの平凡』
  • 大人の階段踏み外す 岡本セキユ→『砂の上の湿った火薬』
  • 近くて遠い むらさきしゅう→『町は静かになりたかった』
  • ランボー怒りの 新田佑梨→『絶対安全狼男』
  • 気がつけばそこにいる 外山弥生→『あたらしい部屋』
  • 業を背負った 湯舟すぴか→『アポトーシス
  • 幸せになるための 年代果林→『夜を通る』
  • キラキラノスタルジック 林恵里→『あたらしい部屋』
  • 五臓六腑に染みわたる 蓮根わたる→『夜を通る』
  • 全身で墓穴を掘る さいとう篤史→『無産市民のお茶会』
  • フルスロットル 横田純→『無産市民のお茶会』

ご予約はこちらからどうぞ。

2014-12-31

14人いる!

「架空の箱庭療法#3」じわりじわりと準備を進めています。稽古も3月からだし、本番まであと5か月近くあります。皆様におかれましては予定調整の対象にもまだ入ってきていないであろう中、僕ひとりだけが浮かれている感は否めませんが、しかし、本当いいメンバーに恵まれたと思うのですよ今回は。普段の僕のパーソナリティーをご存知の方ならば、これがどれほど異例のことかわかってくれることと思いますが、「失敗したらどうしよう」じゃなくて「大成功させるにはどうしよう」と悩んでる自分がいる。

で、wordpressの自動更新機能がしくじりさえしなければ年明けと同時にNichecraftのウェブサイト上でも詳細が公開される手筈になってはいるんですが、それに先駆けて簡単な役者紹介をしておこうかと。いわゆる「いかれたメンバーを紹介する」ってやつです。順不同でいきます。

続きを読む

2014-09-17

「止まらない子供たちが轢かれてゆく」再演ツアー・美術セルフライナーノーツ

f:id:propmind:20140904170352j:image:w450

「止まらない子供たちが轢かれてゆく」怒涛の旅公演(個人的にも人生初の東北行)が終わり、現在バスで帰京途中。長いようで短かった…と言いたいところだけれども長い長い旅だった。ここで、当初は書かないつもりでいたセルフライナーノーツをやっぱり書いてみようかと思う。

書かないつもりでいた理由は単純で、二都市ツアーというひとまとまりの単位で行われた一公演の美術にしては、東京仙台とでは再演と再々演くらい別物になってしまったから。

f:id:propmind:20140904174957j:image:w450

まずは初演でもおこなった隠し英単語アナグラム。初演で使用した「CAUTION KEEP OUT」のテープが生産中止になっていたので、かわりにCAUTIONとDANGERの二種類を用意した。というわけで、C,A,U,T,I,O,N,D,G,E,Rの11文字およびその文字から変形切り出しで作れるアルファベット(切り出しについては初演のライナーノーツ参照)を使用したアナグラムが以下のとおり。母音が全種揃ってるので今回はかなり作りやすかった。床の一部や登場人物の顔面などに貼り付いていたこれらの英単語、あなたはいくつ見つけられたでしょうか。

DEAD END:行き止まり

CHILDREN:子供たち

UNDERDOG:負け犬

AUDIENCE:聴衆・傍観者

FRIEND:友達

ちなみに、DANGER(危険)の中にはANGER(怒り)も含まれている。

f:id:propmind:20140904161242j:image:w450

これに加えて、東京公演のみ

REUNION:再演

FORGET:忘却

TARGET:標的

仙台公演のみ

REJECT:拒絶

を追加。

東京と仙台の違いはまだまだある。いずれも僕がここ数回の舞台美術でやってきた「劇場と仲良くなり、場の力を借りる」という方法をこれでもかと利用した。たとえばアトリエ春風舎には舞台の真正面に扉があり、その奥に階段がある(通常はここが楽屋待機スペース兼関係者出入口となる)のだけど、その階段部分を使って屋上からの飛び降りシーンを表現したのに対して、仙台ではローリングタワーという高所作業用の足場が劇場の備品としてあり、それを使わせてもらうことでより具体的な「屋上」の空間を作ることができた。

f:id:propmind:20140914125446j:image:h450

ちなみに赤いDANGERテープも東京では真正面の扉に張られていて冒頭の学級裁判開廷と同時に破られるのだけど、仙台では屋上の柵として縦横無尽に張り巡らされたCAUTIONテープのうちの一本だけがDANGERテープであり、飛び降りを決意した佐々木はじめが「屋上の柵を乗り越えようとし」た瞬間に千切れることで「一線を越えた」ことを表す記号へと変わった。

f:id:propmind:20140904163445j:image:h450

f:id:propmind:20140914132017j:image:h450

床を四角く区切るCAUTIONテープ+吊られた椅子、というモチーフは、東京ではプロレスのリングサイドをイメージしていたのでパイプ椅子を縦に連結したうえ、CAUTIONテープをがんじがらめにして縛り付けられている感じを出していた。当初は仙台でも同じ手法でいくつもりだったのが、劇場のご厚意で近隣の小学校から椅子と机を借りられないか交渉していただき、本物を使えることに。春風舎に比べて天井高もあるのであえて連結せずテープで縛ることもせず、互いに距離を離して自由落下のスローモーション映像みたいな配置にしてみた(イメージ的にもっとも近いのは佐藤友哉鏡姉妹の飛ぶ教室」)。そのぶんプロレス要素は舞台後方に聳え立つローリングタワーと赤青のLED照明に託されることとなった。

f:id:propmind:20140916174633j:image:w450

f:id:propmind:20140912142027j:image:w450

そういえばセルフライナーノーツを書きにくいもう一つの理由として、他のスタッフセクションからも美術に対してどんどんアプローチしてきてくれたという事実がある。照明もそうだし、とくに仙台バージョンの音響にいたっては音響機材の配置すら美術の一部と化していた。巨大なスピーカーやガンマイク等が遠慮なく大量投入されていたのは、劇場じゅうに余すところなく音を届けるという音響面の目的だけではなく、多彩な機材が剥き出しのまま置かれた空間=フィクションの場所、ということを強調する意味もあったし、これ見よがしに突き出されたガンマイクは舞台後方で行われる「大人たち」の芝居が取材事情聴取に見えるための道具立てでもあった。なにより感謝すべきなのは、この「音響機材を使った美術的意味付け」の部分は僕の手柄ではなく、Cui?の何たるかを知り尽くした常連音響スタッフ自らが提案したものだということ。僕がやったことと言えばせいぜい全景のバランス管理くらいだ。櫻内憧海おそるべしである。

f:id:propmind:20140904171623j:image:w450

f:id:propmind:20140916173229j:image:w450

窓枠も東京と比べてかなり大きくなった。当初は「家の中のシーン」であることを示すだけの記号でしかなかったこの黄色い窓枠も、春風舎の空間に設置してみてはじめて「窓枠ごしに見える家族の会話(と、それを座って眺める子供たち)の構図がテレビ画面に写し出されたホームドラマのようだ」となって、そこから演出的にも美術的にも数回の改良がなされた。薄皮一枚隔てた向こうの他人事の世界。家から放り出された(他人事ではなくなった)佐々木の父が感じるであろう、当事者の立場の底無しの不安感。それらを増幅するために仙台バージョンの窓枠は1.6m四方のサイズにまで拡大された。東京の約2.5倍である。

2014-07-21

たまには宣伝、あるいは小指とこゆびの約束

 小指は五本の指の中でも一番細く頼りない指。箪笥のカドに足の小指をぶつけた経験がある人なら、その打たれ弱さや脆さもよくご存知のはず。

 手の小指を絡ませて約束を交わすのは遊廓の「心中立て」が起源とのことだけど、なぜそれが小指でなければならないのか(親指や薬指では代用できないのか)についてはあまり知られていない。あ、いや、知られていない、だなんて一般化した書き方をしてしまったけど本当は調べきれなかっただけなので、知っている方は教えてください(案外「かわいいから」とかなんとかそういう単純な理由なんじゃないかと踏んでいる)。

 そして知らないなりに開き直って想像から自説を展開すると、大事な大事な約束をよりにもよって小指などという頼りない指でおこなうことに僕は強い「意志」を感じる。本人の手ですっぽかされるにせよ外部からの不可抗力で妨害されるにせよ「約束は破られるものだ」という諦めにも似た前提の共有が、なんとなく、ある。約束を「守る」という言い回しがあるように、守らなければ壊れてしまう、弱くて脆いものなんだと思う。

 だったらなおさら小指なんかじゃなくて手のひらで包み込むとか両腕で抱きかかえるとかして守ればいいのに…というのは野暮な話で、小指と小指でする約束は「破らせない」という強い意志があるからこその弱くて脆い契約なのだ。もし約束を守れなかったとき、それを支えているのはこの小指だけで、こんなものはすぐにへし折られてしまうだろう。でも大丈夫、なぜなら約束は守るから。この小指は決して折らせたりしないから。という、支離滅裂な意地と筋の通しかた。

 破られたらひとたまりもないような無防備さや幼稚さをもって、絶対に約束を破らせないことの約束とする。この逆説的な証明が、大事な約束に小指を使う最大の理由なんじゃないかと、僕は勝手に思うのだ。

 なんの話だったっけ、ずいぶん前置きが長くなった。小指の話をしたいわけじゃなくて、こゆび侍の話だ。

 こゆび侍との付き合いはもう10年になる。劇団としての旗揚げが8年前の2006年なので、劇団化するより前(まだ「こゆび」が漢字だったころ)からずっと喜怒哀楽を共にしていることになる。10年もあれば生まれたばかりの赤ん坊が小学4年生になるのに充分な時間だ。僕の小道具としてのキャリアが今年で11年目なので、まあほとんど実質双子の兄弟といってしまっていいんじゃないかと思っている。

 今なら成島氏も素直に認める気がするけれど、旗揚げから数年間は奇をてらったことばかりしていた。ひとつの話につき長編3本ぶんくらいに相当する複雑なプロットが縦横無尽にからまりあっていたし、劇場を斜めに使ってみたり、劇場の水道を流しっぱなしにしてみたり、二幕構成の幕間で舞台と客席の位置を入れ替えてみたり、段ボールいっぱいの本物のりんごを角材でぐしゃぐしゃに叩き割ったり…もちろん闇雲にやっていたわけではなく演出上の意図があってのことなんだけど(なかったら本物の狂人だ)、次第にそんな過剰な方法をとらなくても「伝えたいこと」をうまく伝えられるようになってきて、やがて今にいたる。

 「Sea On a Spoon」から「うつくしい世界」「きれいなお空を眺めていたのに」と、ここ数回の本公演は都市・環境・地球などの不可抗力的要素にかかわるスケールの大きな“困難”があらかじめ横たわって動かせないような世界で、その戦力差は風車に立ち向かうドン・キホーテなんかの比じゃないけれど、こゆび侍はそこで「目をそむけず向き合うことの大切さ」を語る…かと見せかけて実は「目をそむけず向き合ったときに初めて見える景色のうつくしさ」をいつも描いてきたように思う。その景色は、小指と小指でする弱々しくて固い約束みたいに、思わず釘付けになるほど滑稽で思わず失笑をもらすほど切実で、そういう矛盾した要素がぶつかりあう潮目のような場所に、たしかにある。昔はそれこそ「客席と舞台を入れ替える」くらいのことをしなければ演出家自身にも見えてこなかったその景色も今ではずいぶん目が慣れたのか、シンプルでわかりやすいストーリーと丁寧で繊細な感情の演出だけであぶり出せるようになってきている。赤ちゃんが小学4年生になるくらいの長い時間を経てきたことを思えば、とても妥当な成長だろう。

玉城 守は、たった一人で2人の娘を育ててきた。

妻の忘れ形見である娘たちの護身のため、リビングに「道場」を開設し、一撃必殺の技を教えていた。

【この技は相手の命に関わる技だから、絶対に使っちゃいけない。しかしいざ使うときには、絶対に躊躇するな】

「何を矛盾したことを……」

長女のカホは、家事と勉学を両立する大学院生。たいそう真面目に育ったが、胸にはこっそり夢があった。

「もっと強くなりたい!」

ノリノリで技を研鑽した女子高生の次女のミカリ。いつのまにか育てていたのは、禁忌を破る欲求だった。

シュッ。

シュシュッ。

リビングでスイング、スイング続ける父娘の右足が、愛も涙も蹴り上げる。

 とくに今度の「たまには純情」には前作や前々作ほどスケールの大きな“世界規模の不可抗力”は存在しないし、一見ありふれた地味なホームドラマでしかなさそうにも見える。けれど、こゆび侍がただ単に大人しく丸くなったのかというと、勿論そんなことはない。その証拠に僕は聞いてしまった。何でもないような稽古の休憩時間中、成島秀和がぽつりと漏らした一言を。

「このお話をただ普通にやればちゃんと面白いんだ、ってことは十分わかってるんですけど、でも、なんとかして(俳優やスタッフを)困らせたくってしょうがない」

 みなさんお聞きになりましたか。小学4年でもう反抗期、すばらしい急成長じゃないか。

 さすがに面と向かって言い返すことはしなかったけど、望むところだ、という言葉を僕はそっと喉の奥に、むせたフリしてペットボトルの緑茶で嚥下したのだった。

 →こゆび侍 公式ホームページ

2014-07-16

なるべく忘れないに越したことはないたった一つの確かな初心

 「ファン」て言い方してしまうと急に浮わついたニュアンスに聞こえちゃうんだけど、要するにアンケートによくある「ご来場の動機は何ですか?」という項目の話だとでも思ってください。

 たとえばお気に入りの俳優目当てで劇場へ足を運ぶお客さんがいるように、好きな作家/演出家が作り出す作品目当てで劇場へ足を運ぶお客さんがいるように、もっと照明や音響や舞台美術や衣装に小道具とスタッフ目当てで劇場へ足を運ぶお客さんがいてもいいと思うし、これは高望みなんかじゃないと思うし、高望みじゃなくしたい。

 大切なのは「あいつ今度は一体どんなことしてくれるんだろう」という期待と、「あの人が関わってる舞台なら間違いなかろう」という信頼(と実績)。そのために必要なのは「面白くなさそうな作品には関わらない」という消極的取捨よりも「関わったからには面白くする」という積極的覚悟。

 それが最終的に「全然知らない劇団だけど、あの人が関わってるなら行ってみっかな」という結果として花開いたなら本望です。

Connection: close