さいころじすと日記

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2010-04-06

[][][]フリークライミングによる手指の障害について


第7回〜第9回JOCジュニア・オリンピックカップ大会に参加したクライミング選手のうち、190名、172名、204名のそれぞれ任意の62名、55名、62名、計182名である。調査方法は、日本手の外科学会・手の外科機能評価表第3版・書式IV、骨・関節障害の機能評価(表1)を用いて問診視診、触診、手指のX線撮影所見から評価した。

参加者の性別は、男103名,女79名で,その年齢別構成は7歳1名,8歳1名,9歳2名,10歳8名,ll歳6名,12歳ll名,13歳12名,14歳12名,15歳18名,16歳35名,17歳45名,18歳27名,19歳4名であった。


レントゲン所見:レントゲン検査の所見としては77.6%に手指に何らかの異常が認められ

た。その内訳は,手の中節骨近位骨端核の骨硬化像60名,中節骨近位端の骨硬化像103名,

近位骨幹部の肥大52名,中節骨の短縮6名,軟部組織の腫脹102名であった。

2010-04-05

[][][]フリークライミングによる手指の障害について─前置き

最近、趣味と言うか、ライフワークになっているフィジカルトレーニングとフリークライミング。専門雑誌や専門書では飽き足らず、最近ではそれらに関する論文も片っ端から集めるようになっている。何にしても、スポーツをしたり教えたりするものは、トレーニングや身体・筋肉について科学的に実証された最新の知識・理論をおさえておくのが義務だしね。本業(副業?)の心理士稼業にしても同じなんだけど----スポーツにしても臨床心理学にしても、科学を軽視し精神論を重視するのは日本の文化らしい。

ニュースで、元プロ野球選手の桑田真澄氏が、日本の学校の野球部でのスポーツ科学や医学を無視した常軌を逸した練習時間・内容について野球選手の調査を元に指摘する修士論文を書いたということで取り上げられていたが、まだまだそうした良心は悲しいかな少数派なのだ。


さて、本題。フリークライミングは、フィジカル(身体・筋肉)、メンタル、頭脳、神経系いずれも高いレベルで鍛えられるスポーツだ。フィジカルについては、全身の筋肉、アウターマッスルもインナーマッスルも鍛えられる。

ただ、特に手指と肩を酷使することから、それらのケガやスポーツ障害も多い。とりわけ指については傷害や変形は宿命的と言える。先日私も、右手中指第2関節の腱鞘炎になったし、クライミング歴も3年を超え、両手中指は軽度の変形とそれによる可動域制限(屈曲障害および伸展障害)が起こっている。また、手指、肩・広背筋まわりが極端に鍛えられたり、特定に動作ばかりを繰り返したりすることで筋肉バランスが崩れ、可動域制限や「前肩」などの姿勢の悪化、ケガ(脱臼など)の危険性が上がるなどの問題もあり、現在スポーツクラブでの筋トレは、フリークライミングで使う筋肉の強化だけでなく、拮抗筋・拮抗動作を意識したメニューもしている。つまり、フリークライミングでは相対的に鍛えられない筋肉(大胸筋など)、フリークライミングではほとんどしない動作(例えば、「引き付ける」動作は多いが、「押し上げる」動作はほとんどしない)をスポーツクラブでの筋トレで行い、筋肉や姿勢のバランスが崩れるのを防いでいるのだ。その点で言えば、「クライミングの筋肉はクライミングで鍛える」というのは間違いである。

そんなわけで、「登山医学」の第27号(2007)に掲載された、日本山岳協会医科学委員会 大森薫雄・角田元による論文、「クライミング選手のスポーツ障害に関する実態調査とその予防について」取り上げよう。

2006-11-14

[][]ルポ「ややこしい子とともに生きる(上)」 その2

軽度発達障害の子どもは増えているのか?

河原氏は、「現代社会のありようについていかれない子供たちの存在が目立ちやすくなったことや、診断基準の明確化などで周りが意識的に気がつくようになっただけで、増えているわけではない」と指摘する専門家に疑問を投げかけ、次のように述べている。

年間12000人が受けているとも言われる不妊治療のために多胎になり、未熟児の出産も増加。陣痛促進剤の誤った使用などによる周産期のトラブルや、先端医療の急速な進歩により過去には助かるはずのなかった子が救命されるケースも増えていることは事実だ。多くの場合、何らかの微細な脳のダメージを受けている可能性があり、軽度発達障害のハイリスク児だともいわれている。しかし、軽度発達障害の子供たちの周産期にまつわる疫学研究もなく、先端医療の恩恵で救命され、リスクを負って生まれた子の長期的予後の追跡すらまともになされていないのが、日本の医学の現状だ。

実際のところはどうなのか、河原氏の指摘が適切なものなのかどうかは、専門家の方の意見が聞きたいところ。氏のいう疫学研究や予後の追跡などなされるべきとも思うが、実際はかなり実施は難しいという印象を持ってしまう。



[][]ルポ「ややこしい子とともに生きる(上)」 その1

たまには「さいころじすと日記」らしいエントリーでも。

おそらく、心理や(児童)精神医学領域の人たちにとっては縁の遠い雑誌「世界」。岩波書店が発刊しているもので、まあ好きな言い方ではないが、いわゆる「左系」「ハト派」「市民派」のオピニオンリーダーとして、政治、社会、文化などについての評論をしている。対照的な雑誌としては「文芸春秋」とか「諸君!」が挙げられるだろう。

雑誌「世界」のページ

で、2006年10月号・11月号の2回にわたって軽度発達障害を特集したルポ「ややこしい子とともに生きる」があったので、ここで何回かに分けてレビューをしてみたい。10月号では、日本における軽度発達障害の子どもやその親への支援において欠けているものや本当のあるべき支援について、11月号では現在様々なところで取り組まれつつある支援活動や施策について述べられている。


著者は河原ノリエ氏。記載されているプロフィールは、

ジャーナリスト。産業技術総合研究所研究支援アドバイザー、東京大学先端技術研究センター研究員。著書に『恋するように子育てしよう』、『人体の個人情報』(共著)など。

理系、テクノロジー関係に造詣が深いジャーナリストのようだ。また、文中にも出ているが、河原氏には4人の子どもがおり、うち2人は在胎23週で生まれた超極小未熟児(※原文そのまま)で、うち1人が発達障害(文中には明確な診断名は出ていないが、おそらく広汎性発達障害と思われる)である。さらに、河原氏自身子どもの主治医から「お母さんもちょっとヘンじゃない?」と幼少時代のことを質問され、「ADHD的気質」(※原文の用語そのまま使用)に気づいたという。「取材先で無礼な奴だとたたき出されたことも数知れない」「ゲタ箱からポン酢が出てきた」「靴下左右探し出すのは毎朝、神経衰弱ゲーム」「家事能力のない自分に悩み摂食障害」など、中々のエピソードの持ち主。


ちょっと長くなったので、具体的なレビューはまた今度からということで。

2006-08-13

[][]NNNドキュメント'06 カナリアの子供たち 検証・化学物質過敏症

8月13日の24:25(14日0:25)から日本テレビ系列で放送された「NNNドキュメント'06」を見た。化学物質過敏症で苦しむ子どもたちを取り上げた特集をしていたからだ。

かくいう私も、彼らとはレベルは違いすぎるものの、生まれつきアトピー性の皮膚疾患があり、皮膚も弱く、小学生のときから慢性のアレルギー性鼻炎・花粉症に罹っている。なので石鹸、シャンプー、ハンドソープ、台所洗剤、歯磨き粉、洗濯洗剤などすべて無添加のものを使っている。一般の石鹸・ボディーソープやシャンプーで体や髪を洗うと、皮膚がかぶれてしまうことがあるからだ。昔、パウダーインビ○レで体を洗ったときには、全身真っ赤にかぶれてしまったことがある。私にとってアレは「クレンザーで体を洗う」に等しい。学会や温泉旅行などで出かけるときも、ボディーソープ、シャンプーなど全部詰めて「お泊りセット」を用意し持っていっている。


話を元に戻そう。番組ホームページの紹介文にはこう書いてある。

微量の化学物質に反応するカナリアの様な子供が増えている。校舎の空気中の化学物質で不整脈や呼吸困難など身体症状を訴える他、神経中枢を侵され学習障害や鬱病で登校できなくなる小学生もいる。過敏になった原因は田畑や街路樹の農薬散布、新築の建材・畳の防虫剤などの有機リン剤とされる。田畑が多い地域に越してまもなく『化学物質過敏症』になった阿形深雪さん。長男(6)も空気に化学物質が混じっていると様々な症状を示す。理解されにくい化学物質過敏症の現状を探る。

なお、化学物質過敏症というのは通称で、正式な診断名・病名ではない。

今回のドキュメンタリーでは、上越地区や群馬の農村地で過敏症に苦しむ子どもたちの日常生活や学校生活に密着していた。原因として疑われているのが、ラジコンヘリによる有機リン農薬の空中散布。ラジコンヘリでの散布は、効率的で従来の人の手による散布やヘリでの散布に比べ散布範囲が限定できるというメリットがあるものの、性質上従来のよりも濃度の高い(100倍?)農薬を使うので、大気中における残留時間が長く、それが風などの要因流れてそばを通る人に暴露され、そのうちの一部の人が発症する----番組ではこう解説されていた。

有機リン剤が直接のきっかけであるが、この病気になると、化粧品や香水、たばこ、食品添加物、合成洗剤など、ありとあらゆるものに対して反応を起こしひどい症状が出るという。呼吸困難、不整脈、意識消失、皮膚のかぶれ、頭痛----子どもたちは授業中でもしばしば反応が出て、換気扇や空気清浄機など完備した教室に避難したり、親がかけつけて病院に連れて行く----。小さい子どもが苦しみ唸っている場面が何回も流れたが、見ててとても辛かった。遠足、修学旅行でも完全別行動。ある女の子が父親同伴のもと動物園を見学するのだけど、途中、禁煙にも関わらずタバコを吸っている大人がいたせいで、一時的に気分が悪くなるということがあった。こういう人としてサイテーの大人は逝ってよし、と思うのだが(個人的には、「歩きタバコ」や禁煙地区・場所での喫煙は刑法で取り締まり、厳罰に処すべきだと思っている)、見た目には一般の人にはわかりにくい、というところもこの病気への理解が進みにくい所以だろう。


番組では、化学物質過敏症と合併して学習障害の診断を受けている子どもも紹介されていた。集中力の低下、記憶力の低下、時間や空間の概念・感覚の欠落・混乱、抑うつ状態、高い衝動性----過敏症の症状と会わせて悪循環に陥り苦しむ女子児童----。

なお、上越地区が独自に行った調査によれば、ラジコンヘリによる有機リン農薬の散布が行われている地域では、化学物質過敏症、あるいはその疑いがある子どもの割合は0.6%だったという。実人数にして600人。また群馬県では、事態を受け、ラジコンヘリでの農薬空中散布を自粛するよう関係者に依頼をした。ただ、農薬関係の企業や厚生労働省は「科学的にはっきり照明されたわけではない」「多くは精神的なもの」として、有機リンによる化学物質過敏症に否定的な立場をとっている。一方で、教員や他の児童による彼らへの積極的なサポートも番組では紹介されている。校長の呼びかけによって、化学物質過敏症について理解を深めるための講演会も紹介されていた。このスタンスの違いがあまりにも対照的であり、悲しくもあり、悲劇でもあり、皮肉でもある。

群馬県の環境関係の担当役人が、厚生労働省のこうした姿勢を「水俣病や薬害エイズ問題から何も学んでいない」と厳しく批判していた。全くその通りだと思う。もちろん、「科学的に因果関係を証明すること」は大事であるし、農家や農薬メーカーにとっては死活問題なので慎重に取り扱わなければならないのもわかる----ただ、既にいくつかの医学系の学会での発表や論文で指摘されているのであれば、子どものためにも農家や農薬メーカーのためにも厚生労働省できちんと調査すべきでないだろうか。

特別支援教育やら少子化対策が叫ばれるけど、そもそもとして行政が「子どもを守っていく・育ていく」という姿勢を持たなければ、姿勢を持って積極的に臨んでいかなければ、これらの成功もありえないだろう。

せいぜい、現場でがんばっている人たちの足を引っ張ることだけはやめてほしい。

2006-05-30

psychologist2006-05-30

[][]精神分析とブリーフセラピー

まずは、用語の整理から。ブリーフについては、「ブリーフセラピー」と「ブリーフサイコセラピー」という2つの用語があって、混同されたまま扱われる場合も多いのだけど、ブリーフサイコセラピー学会による、おそらく日本において一番広まっていると思われる定義をわかりやすく紹介すると、

ブリーフセラピー

  • ミルトン・エリクソンの催眠や家族療法の流れを組む、エリクソニアン・アプローチ、NLP、ストラテジック・セラピー、MRI、ソリューション・フォーカスト・アプローチ(SFA、またはBFTC)、オハンロン・モデル、ナラティヴ・セラピーの7つの理論・技法のことを指す。

ブリーフサイコセラピー

  • 短期・効率性・効果を志向する心理療法すべて。たとえば、EMDR・TFT・FAPなどのパワーセラピー、短期精神分析、行動療法、認知行動療法、家族療法などが該当する。

といっても、「ナラティヴ・セラピーはブリーフなのか?」というように、こうした定義への疑問もあるわけだけど----。


で、現在の心理療法の中でブリーフセラピーがひとつの大きな潮流を作っていることは間違いなく、他の心理療法への影響や心理士の在り方にも少なからず影響を与えている。アメリカでは、保険会社の制約が厳しくなる中でブリーフセラピーへの注目が高まっている。といっても、“ブリーフセラピーが他の心理療法に比べて効果や効率性に優位性があるか”については、ローゼンツァイクやランバートやスコットらが「心理療法に差はない」と指摘するように(4月13日のエントリーを参考)、否定されている。かつては、「効果が同じなら、セッション数や時間が短いブリーフセラピーの方が優れている」という主張もされていたが、アメリカの医療保険の制約が厳しくなる中で心理療法すべてが「ブリーフ化」しており、主張の正当性も薄らいでいる。


で、前置きが長くなったけど----ブリーフセラピストからは一番距離の遠い、というか批判の的になっていた精神分析も「ブリーフ」を志向したものがいくつか登場してきている。いや、元々は精神分析もブリーフだったらしい。村尾(2004)では、精神分析的視点によるブリーフセラピーのひとつ、ブリーフ・ダイナミック・サイコセラピー(Brief Dynamic Psychology)の考案者であるモルノス(Molnos, A.)の精神分析の長期化についての見解が紹介されている。

例えば、ブルーノ・ワルターに対するフロイトの治療は6回で終わっているし、グスタフ・マーラーの治療は4回で終了している。ところが、その後の精神分析は長期化の方向へと進んでいく。モルノスは、その理由として、ひとつは治療そのものよりも無意識の探求といった学究的な探求へと興味関心が移っていったこと、完全に治癒されるまで治療を続けなくてはいけないという、もっぱら治療者の神経症的な完全癖などを挙げている。モルノスは、心理療法は患者を治療する、援助するという原点に立ち戻らなくてはいけないと指摘するのである。

さて、最近、ブリーフを志向した精神分析について述べた比較的新しい論文を2つ仕入れた。

  • 村尾 2004 精神分析的視点によるブリーフセラピーについて─モルノス(Molnos, A., 1995)の理論と実践を中心に 人間の福祉第16号 77-101
  • 野々村 2004高校の相談室における人間存在分析─確認の意味と効果 精神分析&人間存在分析第12巻 97-111

気が向いたらレビューします(笑)。

2006-05-22

[][]大学における心理学教育の問題─心理学評論第11巻第2号から(1968年) Part1

予告していながら後回しにしてしまった心理学評論のレビューです。常に新しい理論が登場し、パラダイムの転換も激しい心理学の世界では、あまり古い資料は役にたたないどころか「害」にすらなる場合もあります。しかし、重要な示唆に富んでいるものもあれば、当時の時代状況を知る貴重な資料となるのものあり----幸い、現在の職場の図書館には古い資料が豊富にあるので、暇見ては資料漁りに行っています。

さて、今回紹介するのは、京都大学の稲垣知子・中島誠・本吉良治・苧阪良二による論説「大学における心理学教育の問題」です。1968年(昭和43年)と言えば、今から38年前。学生運動が真っ盛りのときですね。当然私は生まれていません。この年の主な出来事をいくつか紹介すると、

  • 日本発の心臓移植手術
  • 「ビックコミック」(当時は月刊)創刊、「少年ジャンプ」(当時は隔週刊)創刊
  • 3億円強奪事件
  • カネミ油症事件(食用米ぬか油にダイオキシンが混入し、1600人以上の健康被害者が出る)
  • 映画「卒業」「俺たちに明日はない」
  • プラハの春(チェコ革命とソ連軍侵攻)
  • 九大米軍機墜落事件
  • 陸上100mでアメリカの3選手が9.9を記録し10秒の壁を破る。
  • 漫画「あしたのジョー」「ハレンチ学園」
  • シンナー遊び激増
  • 東名高速道路が開通
  • 郵便番号制度実施
  • 初のレトルト食品「ボンカレー」発売
  • パンスト発売
  • ねむの木学園開園(日本初の肢体不自由児のための養護施設)

といったことがありました。


さて、早速紹介。冒頭「心理学教育の問題点」で、心理学教育の問題点を以下のように分類しています。


機‖膤惷軌蕕砲ける位置づけ

 a教養教育としての心理学のあり方

 b専門教育における隣接科学としての心理学のあり方

供\賁膓軌蕕砲ける心理学の科目構成

 a概論、特論、実験、実習、演習などの構成

 b心理学の隣接科学を科目としてとりあげる仕方

 c心理学専門職業教育としての科目の構成

掘´兇僚項について学部学生、大学院学生の時間表として如何に構成さるべきかの問題

検ヽ愽卒業論文、マスター論文、ドクター論文のテーマの指定、選択、内容構成、評価の問題

后ー業効果の改善の問題

 a講義、実験、演習などの授業、学習能率向上の方策

 bプログラム学習、ティーチングマシン、そのほか視聴覚的方法の採用と運営の方法

 c試験方法の改善と各種資格認定の方法

 dコンピュータ儀重tの習得法の改善

 e実験、テスト技術の習得法の改善

此/翰学に対する社会的要求

 a一般社会人の心理学に対する養成

 b心理学科卒業後、実社会に活動する人の心理学教育に対する養成

 c関連諸科学の心理学に対する期待

察/翰学に対する一般的態度

 a大学における隣接学科の教官、研究者、学生の心理学科に対する態度

 b社会人、教官、学生らの心理学に対するイメージ

次/翰学学科の再編成の問題

宗/翰学教育及び研究費の問題

勝/翰学関係上情報収集検索の問題

そして、

当今大問題となっている学生運動を中心とした新大学論の影響は当然受けるべき状況にあるが、それを別にしても上記の心理学教育の問題点は極めて多種多彩なのである。

と書いている。


さて、この論説は、当時の学生に実施した、SD法による「心理学のイメージ」について尋ねたアンケートの結果の紹介と、「産業界に働いている心理学専攻者の意見」を紹介をしていますが、それらについては順次ここで書いていきます。

2006-04-04

[][][]山田花子と石川元─“こころ”から“脳”へ

昨日紹介した、石川元氏の「隠蔽された障害―マンガ家・山田花子と非言語性LD」についてもう少し紹介しよう。ちなみに、ここで紹介した影響かどうかわかりませんが、1冊売れて、残り2冊となったようです。2冊とも4900円----高いなあ----。岩波書店さん、ぜひ再販してください。


この本が興味深く、刺激的なのは、山田花子の作品や、石川氏による彼女の再著述だけではない。山田花子との邂逅が、石川氏の臨床家・研究者としての在り方・方向性を大きく変えることにもなったからである。著名な家族療法家であった石川氏は、現在は、児童の発達障害の専門家としての顔の方が知られるようになっている。


それは、“こころ”から“脳”への転換でもあり、“こころ”との決別とも言える。石川氏は終章「あとがきに代えて」でこのように書いている。

「こころ」を解明するなどという曖昧な生産は、(解明される側ではなく解明する側の)自己表現に過ぎず、所詮、20世紀までの精神医学だと思いました。臨床家・研究者としての人生残り3分の1は、貴重な出会いを通して、「脳」の時代に捧げてみたいと思いました。


「はじめに─個性は素敵、個性は残酷」でも、“こころ”に対する痛烈な批判をしている。

精神科医や心理学者は、こころの在り方を専門用語でたくみに説明でき、あたかも科学的な因果関係が実在するかのように錯覚した。狂気も偏倚も、言葉で構築しなおされると違和感が減少する。

多くの人間にとって、相手の「こころ」が読め感情移入によって誰とも一体感を獲得でき個性を認めながら差別をしない対人態度を取ることを可能にしたのは、脳の構造が互いに似たりよったりだったからにすぎないということが、いつの間にか忘れ去られてしまった。

死後、日記はベストセラーになり、多くの人々が山田花子の「心理」を追体験しようと試みた。その人生はいじめ被害者としての不幸として読み換えられ、生き方は純粋で懸命だとして、賛美と同情で迎えられた。ワーストワンからベストワンに高められた判官贔屓に、山田花子は、あの世で微笑んでいるだろうか?

個々の脳での問題を(感情移入しやすい)こころの問題へとすり替え、規制のメカニズムをお仕着せて巧妙に説明できるようにする人間理解は、ときに差別撤廃や平等思想といった仮面を被って現われる。そこでは、微妙な脳の障害がありのままに評価されず、本来は無関係な言葉の羅列によって奥深く隠蔽されることになる。そしていたずらに、二次障害だけを加算させていく。


タイトルの「隠蔽された障害」----障害を隠蔽したのは、一般市民だけでなく、他ならぬ精神科医や臨床心理士、カウンセラーでもあるのだろう。

(※4月11日13:30、修正)

2006-04-03

[][]隠蔽された障害―マンガ家・山田花子と非言語性LD

隠蔽された障害―マンガ家・山田花子と非言語性LD

隠蔽された障害―マンガ家・山田花子と非言語性LD

既に絶版になっているため、amazonのマーケット・プレイスで、定価2415円のところを古本なのに4725円出して購入。その印象的・刺激的なタイトルと、著者が家族療法や描画研究、発達障害研究で著名な石川元ということで買ってみた。少し読んで見て、高い金出してGetした甲斐があったと思う、中々の良本の予感。


1992年、5月14日、漫画雑誌「ガロ」などでの独特の作風でカルト的な人気があった山田花子が飛び降り自殺をした。享年24歳。精神分裂病(※当時の名称、現在の統合失調症)で入院し、退院した次の日のことだった。その後、同年8月に「ガロ」で追悼特集が組まれ、遺作、未発表作品、友人・知人の回想の他に、彼女が精神分裂病で入院したことやその経緯を書いた父親の手記、入院前日や入院中の制作物なども掲載された。

(※石川氏も指摘しているが、おそらく、当時まだ「治る病気」ではなく偏見・誤解も今より強かったであろう精神分裂病を告白することは非常に勇気のいることだっただろう)

また、彼女が中学生のときに悲惨ないじめに遭ったことから、12月に読売新聞に彼女の母親への取材が特集記事として掲載される。

その後、1993年7月の「ガロ」で1周忌の記事が組まれ、父親が、入院前後の行動や主治医のコメント、家族の対応について述べつつ、なぜ山田花子が自殺したかについて考察を加えている。さらに、1996年に両親編集による「山田花子日記」が出版され、1993年には「完全自殺マニュアル」の“投身自殺”の項目に彼女が取り上げられた。それを受け、前述の日記を出版社が再編集した「自殺直前日記」がベストセラーになり、NHKやTBSのニュース番組でも特殊として取り上げられた。アンダーグランドの世界の彼女が、一躍「時の人」となった。

山田花子は、幼少の頃から対人関係上の困難を抱えていたという。中学では悲惨ないじめに遭い、高校も1年で退学している。自殺の原因も、自身の作品や創作活動に対する担当者との考えの違いや、担当者との関係の築けなさ、それらによるストレスが原因ではないかとされた。


この本は、読売新聞の取材の関係で山田花子を知ることになった石川氏が、先にあげた資料、彼女の作品、家族への取材、彼女のカルテなどを手がかりに、そして紐解きながら、非言語性LD、アスペルガー症候群という新たな視点を通して、彼女の生涯とその個性、彼女の精神分裂病を捉えなおしたものである。さらには、その作業から得られたものを元に、当時クローズアップされていた「17歳問題」や児童精神医療や学校精神保健のあり方について卓越した持論を展開している。

出版されたのが2001年。当時は、軽度発達障害が少しずつ児童精神科医療や教育現場でクローズアップされるようになり始めた頃だ。その頃に、このような本を書いた石川氏の先見性にはただただ驚くばかり。いや、むしろ、今では絶版になっている状況から、「早過ぎた」とも言えるかもしれない(出版社が岩波書店ということもあるかもしれないが)。おそらく、アンダーグランドな存在の彼女を扱った専門書ということで----山田花子ファンにとっては専門的過ぎる、専門家にとっては山田花子はマニアックすぎる、ということでそれほど注目されなかったのかもしれない。しかし、発達障害や統合失調症の病跡を知る上でも極めて貴重な本だ。


山田花子については、この本を手にするまで全く知らなかったが(私も含め、多くの人は吉本芸人の方だと思うだろう)、折り見て彼女の作品も揃えてみたくなった。


Amazonのマーケット・プレイスで、まだ3冊ほど売られています。欲しい方はお早めに!

自殺直前日記 完全版 (QJブックス)

自殺直前日記 完全版 (QJブックス)

花咲ける孤独

花咲ける孤独

からっぽの世界

からっぽの世界

嘆きの天使

嘆きの天使

神の悪ふざけ (ヤングマガジンワイドコミックス)

神の悪ふざけ (ヤングマガジンワイドコミックス)

(※4月3日11:45、改題・加筆・修正)

2006-01-31

[][]学校カウンセリングの問題点─心理学評論第2巻第2号(1958年)から その3



昨年の5月15、16日に、1958年(昭和33年)に出された心理学評論第2巻第2号に収録された横浜国立大学の杉渓一言氏の論説、「学校カウンセリングの問題点」を途中までレビューして放置したままだった。


さて、続き----学生相談室の現状について杉渓氏は次のように述べている。また、それに関するデータも出している。

なお、ここで言う「学校カウンセリング」は基本的に「学生相談」と捉えてもらえればいい。


今日学校カウンセリングは全般的に前進しているというものの、種々な障害、隘路に阻まれて、発展が妨げられていることは事実である。現に、思うように行かないとか、休業同然だとかというところが約40%もあるということは、決して看過できない兆候であろう。

順調に前進普通思うように行かぬ開店休業その他不明無記入
国立012871524
公立00020046
私立004650924
公立短大00001012
私立短大00320049
019181312365
01.613.627.219.71.636.3100

今も状況としては、あんまり変わっていないような。

学生相談にしても、カウンセリングにしても、この時代から50年弱経っているのに全然進歩がない感じ----_| ̄|○

(2月2日、1:00修正・加筆)

2005-11-26

[][]「受容」って何だ!? その3

まさかプチシリーズ化するとは思わなかった「受容」をテーマにしたエントリー。持論を展開していくのもいいのだが、ちょっと面白い論説を見つけたので、今回はそれをレヴュー。


定期購読しているものの、すっかり積読され部屋のインテリアと化した専門雑誌「臨床心理学」。その最新号(Vol.5 No.6、2005年11月号)を先日スタバで読んでいたら、下山晴彦氏(東京大学)による連続講座「アセスメントの進め方(6)─どのようにして事例の“問題”を概念化するのか─機能に注目して問題を包括的に理解する」が目に入った。下山晴彦氏は、前々からここでもたびたび取り上げさせてもらっている好きな臨床家・研究者だ。

この回では、「生物−心理−社会モデルに基づく包括的なアセスメントをする場合に重要となる要素として、“機能”に注目していくことを提案したい」ということで、ある創作のケースを提示している。

病院の心理相談室のケースで、クライエントは24歳会社員Aさん。母親に付き添われて来室。B心理士が対応。精神科医からは「パニック障害と思うが、薬物療法が功を奏しない。抑うつを訴えているので、心理的な介入をお願いしたい」という連絡メモ。

面接は母子合同面接。詳しい内容は省略するが、面接では電車でのパニック発作のエピソードをはじめ、将来への不安感、小学校低学年時の家族エピソード・Aの問題行動、親の離婚など、いろいろ語られる。

これを受けてB臨床心理士は、Aさんの不安感に注目した。幼児期のエピソードなどから、おそらくパニック発作を示す以前からかなり強い不安を持っていただろうとの見立てをもった。さらに、乳幼児期の家族体験に加えて面接場面での母親と本人のやりとりの観察情報を含めて、母子間の愛着の問題にも注目した。B臨床心理士は、大学院で学んだカウンセリング、精神分析、発達心理学の考え方から、まずはAさんの不安感を少しでも弱めるために彼の気持ちを無条件に尊重し、できる限り彼の表現に共感していくことにした。それとともに幼児期の親子関係に焦点を当てて話を聞いていくことにした。

うーん、ツッコミどころ満載ですね。でも、こういう対応する人って少なからずいるよなあ。


この後下山先生は、B臨床心理士の見立てや対応の問題を紐解きながら見事な解説をしていくのですが----。


眠くなったので、続きはまた。