ファーストノベル文庫 感想

 PSPのADV『セカンドノベル』の予約特典の短編集です。ゲーム内小説を文庫にまとめたもので、収録されている作品は以下の5作。

 『音の色』 著:唐辺葉介 イラスト:若月さな
 『二十一番の喪失』 著:市川環 イラスト:いとうのいぢ
 『終わらない階段』 著:田中ロミオ イラスト:おーじ
 『夏影』 著:海猫沢めろん イラスト:亜方逸樹
 『たまねぎ現象には理由がある』 著:元長柾木 イラスト:kashmir  

 ご存知な方はご存知でしょうが、書いているのは当代切ってのシナリオライタの方々ばかりです。やはりどの作品にも力があり、本書は“異感覚”をモチーフに少年と少女の別れを書いたアンソロジーとして極めて秀逸なものとなっていました。
 それでは1編づつ感想を書いていくことにします。

 内容は音を聴くと色を感じる“色聴”を持つ少年少女の出会いとすれ違いの話、――或いは駄目男の勘違い愚行青春風味みたいな?
 メインは色聴を持つ凡人『私』の凡俗な精神の描写でした。一人称が『私』・ですます口調といやに丁寧な文章によるヤマイダレがつく精神描写は唐辺さんらしいと言えばらしいと言うしかありません。そうして浮かび上がる『私』の駄目男っぷりは見事に太宰系列でした。
 しかし、こうした作者らしさが、萌える絵で修飾されていることと、一見ギフトにより出会った少年少女物に見える器であることによって、正直な話、読み進めるに従って居心地が悪くなりました。そして説明のし難い、居心地の悪さこそがこの作者に求めていることでもあるので満足でした。

 ADV形式をそのまま原稿に流し込んだのか、一段落毎に一行空けるという外見に反して、かなり良かった作品です。
 数字に色を感じる少年が美術部に所属する少女と出会い、出展のためにタロットカードを描くのを手伝うことになる、という内容。

「君の二十一番、きれいだね」
  (P41)

 ――出会いの言葉から、盆踊りへの恐怖、玉川上水に咲く桜の美しさまで、要素要素の出し方は秀逸でした。少年少女の読み易いストレートな感情を直接的には外に出さない心情描写も作品に入りやすかったです。
 そして、最後に辿り着く光景。

 そして、春になったのです。
  (P91)

 美麗で見事。素晴らしい。
 ……と言うように褒めまくりなのですが、だからこそ別れのつまらなさが疑問でした。もう少し何か無かったんでしょうかね。

  • 『終わらない階段』(著:田中ロミオ  イラスト:おーじ)

 内向的な少女が密かにクラスを観察していて男女人間関係を把握しているという冒頭。スクールカースト物?という予想が一変――恐らくは一変する単純な学園物での異物/謎の機械群の登場と描写。それに砂袋。
 こうだろう――という予測は付くものの、何故このように描写されるのか、現実的な現象はどうなのか、情報伝達が完璧な筆致によって世界の描写は抑圧され、最後まで常に世界の輪郭は曖昧で安定しません。
 というか、繰り言になりますが、この短編の文章表現は半端無さ過ぎました。長い文節−短い文節、漢字表記−カタカナ表記、地の文−会話文――何もかもが素晴らしかったです。
 加えて最後の最後に繰り出される世界の一変、彼女の想い。それもまた甘美であり、オチも良いということになり、読んでいて短いながら徹頭徹尾豊潤さを感じた幸せな体験でした。


 ……何か、べた褒めですね。まあ、それぐらい良かった、ということで。

 普通の夏休みホラー物でした。特に言及することもなく。

  • 『たまねぎ現象には理由がある』著:元長柾木 イラスト:kashmir  

 ひょっとしたら元長レセプターがないせいなのかもしれませんが、読んでいて微妙〜そこそこでした。お約束を使ってベタになることを回避しつつお約束で終えられてしまった感じです。あえてなのでしょうが、その振る舞いが面白かったのかと言われると、個人的には合いませんでした。
 

 以上。『終わらない階段』がマイベスト級、『二十一番の喪失』は年間ベスト級に好みでした。

  • Link

 OHP-セカンドノベル 〜彼女の夏、15分の記憶〜
 参考-4Gamer.net ― 17歳の切ない記憶を紡ぐアドベンチャー,「セカンドノベル 〜彼女の夏、15分の記憶〜」。日本一ソフトウェアより7月29日に発売(セカンドノベル 〜彼女の夏、15分の記憶〜)