屍者の帝国 雑感

 これは屍者の物語だ。

 死者の再利用がインフラと化した世界において、真の死者の復活の技術を求めてワトソンが諜報員として世界を巡るSF長編のアニメ化。


 今回の映画化はちょっと作品周辺の贅肉が多いです。
 原作が世に出た経緯――故・伊藤計劃から円城塔にどのように引き継がれたのは、伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』刊行までの経緯 - Togetterまとめ屍者の帝国 伊藤計劃×円城塔 | 河出書房新社などなどを読むとおおよその輪郭は判るんじゃないでしょうか。
 『Project Itoh』――この企画には毀誉褒貶が激しいかなと感じています。SFファンだけをとっても賛否両論なんじゃないかなと。個人的にはあまり良い匂いを嗅いでいる訳ではありませんが、SF界隈の活性化の一つの手段としてなら良いんじゃないかな程度の感想を持っています。
 そもそも故・伊藤計劃が読者にとってどのような存在なのかももう統一出来ないレベルに来ている可能性があります。これから傑作をどんどん書きうる作家を早く亡くして残念と同時代的に感じていたのか、あるいはSFを読みだした時にはもう亡くなっていた作家なのか。それによってもProject Itohへの評価は違ってくるでしょう。
 個人的には傑作「ハーモニー」の次を読めないと知った時の喪失感を埋めなおせていない、心のどこかでその前で足踏みしている感もあり、その他良い作家もどんどん出てもう過去のことになっているし残した作品だけを見るとそこまで重要ではなくあまり拘泥していない部分もあります。まあ要約できない複雑な感じですね。

 
 閑話休題。そこらへんの作品単体に関わらないことは置いておきましょう。
 劇場アニメ『屍者の帝国』。良い意味で作品をそのまま映像にしたものではありませんでした。そもそもそのまま映像化したら2時間で済まないという話もありますが。ワトソンとフライデーの関係性を強くして死者を取り戻す渇望を個人的な感情に基づくより強いものにし、筋の枝葉をばっさりと切り落として判りやすくし、ワトソンを主役としたエンターテイメント色の強い物語としていました。
 そう、物語。

 しかしですね――人間には物語が必要なのです。

 物語とは厄介なものです。ただ物語られるだけでは足りない。適した場所と適したときに、適した聞き手が必要なのです。

 繰り返しになりますが、フライデーに個性(魂)を持たせた上で最初から無くさせ、ワトソンという人間をメインに据えたのは、2時間という枠の映画としては適した物語の変遷でしょう。個人に寄り添うことで理解しやすいものになっていました。生者と死者との境目は何か――ひいては死者を蘇らせる渇望に、魂とは何か――ひいては魂を求める渇望に、そして意識とは何か。少し歪んでもテーマとして選ばれた要素の語り直し/映像の範疇での理解としては上々なのではないでしょうか。
 極めて映像として優れたのは原作第一部にあたる『屍者の王国』の顛末かと。あの人間関係の構築と終わりは映像のわかりやすさを先行させたとはいえ、かなりの良解釈になっていました。――延々に続く王国に幸いあれ。
 当然変更したこととスピードを重視したこともあり、抜け落ちた点は多いです。ヘルシング教授丸々は……しょうがないですかねえ。あとハダリーがある音波を出すと屍者を操れるのか(特殊な音で屍者は互いの集団を判別しているため)とかガジェットに関してごっそり抜けていますが、そこらへんは知らなくても作中の共通認識として了解できる範疇だったと思います。
 そしてクライマックス。ほとんどオリジナル、あるいは原作とは全く異なると言っていいでしょう。魂への執着する度合いが強いため出発点が変わっており、終着点もまた異なる物でした。理解しやすくした弊害でクライマックスもすっきりし過ぎてしまいましたが、それもまた一興。どのように評価するのは見た人次第ということで。個人的には原作と同じ台詞を使いながら、中身がここまで変わるのかと面白かったです。それは原作のニュアンスを掬えなかったのではなく、こういう考え方もあるのだというまた別の解を提示しえたのだと考えます。

 
 映像は全編で素晴らしかったです。劇場版というリッチさでした。スチームパンクの映像化と言う観点からは垂涎の出来ですし、一つの画面のなかでネタが多く、時にパッと見で全てが把握しきれないぐらいに情報量も多かったため見応えがありました。
 ただクライマックスのチャールズ・バベッジエンジンの描き様は頑張っていたと思いますが、ちょっと陳腐だったかなと思います。もっとこの世の果てのような映像を期待していましたので、期待しすぎだったかもしれません。


 最後に。入場者プレゼントの原作朗読音声付しおりは大変良いものでした。
 
 花澤香菜さんの声で原作小説のとある一節が朗読されるのですが、これが耳触りが非常に良いんですよ。抑制が利いた清んだ声で"進化""種""屍者"などと硬質な単語が語られるんですが、その響きを聴く快楽にぞくぞくします。これぐらいの範囲をさらっと、しかし質が高いものを聴けるのは、プレゼントとして非常に嬉しいですね。
 ワトソンの方は知りませんが、ハダリーの方は割りと必聴な気がするので、是非入手を。


 以上。レベルの高いアニメ化でした。画面の情報量が多いので、劇場の大きな画面で一度は見ておくことをお薦めします。

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 OHP-「Project Itoh」


 

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