プヒプヒ日記

 

2016-05-17

塚本邦雄展図録に寄せて

「玲瓏の会」の物部鳥奈さんから塚本邦雄展図録をいただいた。ありがとうございます。物部さんは同展の企画委員の一人で、この図録で年譜を担当。わたしは塚本を日常的に読む人間ではないけれど、こうしたものを目にすると一旦は箱のなかにいれた塚本本を取り出しあちこち拾って読み、つい物思いにふけってしまう。

世界は言葉でできている、と誰かが言ったそうだ。わたしはそうは思わない。だが天国は言葉でできていると思う。おそらく言葉だけでできていると思う。だから聖書の一語一語に異様にこだわるカバリストたちの営みは、聖書を信じるかどうかはともかくとして、あるいは手続き的に正しいかどうかはともかくとして、発想としてはそれほど誤っていないのではないか。それは〈天国などないかもしれない〉というニヒリズムと表裏一体のものだ。

しからば塚本の言葉で天国はできているのかということになると、これははなはだ疑問であって、むしろ天国から落とされたもの、「堕天」というのがふさわしいように思う。冒瀆の気配ただよう隕石。そこが塚本の魅力の本質ではないか。

学識に溢れ、おそらくは神を意識することは共通でも、日夏や鷲巣とはその点でまったく異なる。彼ら二人の詩は地上から天への祈りであるが、塚本の場合は逆に天から落ちてくる。

あるいはその百科全書的知識。中井英夫と塚本邦雄は、おびただしい書簡の往復を通して、互いに大きく影響しあったというが、これはどちらからどちらへの影響なのだろう。詩と百科事典とは、もともとはひとつのものであったはずだ――ある種の人たちは、先験的にそう確信する。ノヴァーリスがそうだった。マラルメもそうだった。コールリッジの中絶した百科事典。

2016-05-15

毒は作品より早く

本の雑誌396号

本の雑誌396号

むかし雀*1仲間だった花笠海月さんから『「詩世紀」における長谷川敬(赤江瀑)』をいただきました。ありがとうございます。花笠さんと彩古さんと共著のかたちで書肆いろどりから出されたものです。また「本の雑誌」の6月号にも長谷川敬に関する彩古さんの記事が載っているようです。

長谷川敬というのは赤江瀑の本名で、高校三年以来「詩世紀」という雑誌に詩を発表するときにはこの名が使われていました。わたしは赤江瀑のよい読者とはとてもいえないけれど、中井英夫の文庫解説の次のくだりだけは心に残ってます。なんと氷沼紅司のモデルだったんですね。

……経歴のうち早稲田系の詩誌「詩世紀」の同人であったという一行からその関係者に訊いてみると、果して二十年ほど前の雑誌でいつも感服していた二人のうちの一人の名が返ってきた。かつて私が氷沼紅司という作中人物を「詩世紀」の同人に擬したのは、実にこの名に魅かれてのことだった。その若く優れた詩人が、いま小説の世界に新しい境地を開こうとするとき、毒はいわば作品より早く作家に充ちたのであろうか。

だからこうしてプレ赤江瀑である長谷川敬の詩業がまとまって紹介されるのはとても嬉しいです。しかも博捜の結果見つかった五十篇余りの詩のひとつひとつに対談形式で短評を付すという大労作です。「悪を沈めてますます輝く海みたいなイメージで読みました」「大学三年生の書く詩じゃないですね」「「うみ」「ちくび」「少年」という三つの単語が象徴的です」「選択された語句は猥雑で退廃度がすさまじい」などなど。どうです、実に食指が動くではありませんか。入手方法などは古書いろどりに問い合わせればわかると思います。

*1牛込櫻会館管理人がある種の人びとを指して呼んだ言葉。詳細は略。

くらげくらげ 2016/05/16 00:44 ご紹介ありがたく。

puhipuhipuhipuhi 2016/05/16 07:49 どういたしまして。「ウチでは無理です」と言った引っ越し業者の気持ちはよくわかります
やはり段ボール何百となると・・・

くらげくらげ 2016/05/16 11:35 そこでふっかけるのが彼らの仕事でしょー。
箱は旧ゆうぱっくサイズ換算(ひっこし屋の箱の1/2サイズ)で300〜400しかないです!

2016-05-03

奥様は火星人

遅くなりましたが文フリ弊スペースに来てくださいました皆さま、どうもありがとうございました。

これから何回か、文フリで手に入れた本について書いてみようと思います。その第一弾はご存じ噴飯文庫の最新刊H.G.ウェルズ『星の児 生物学的幻想曲』。昭和13年の『科学画報』に9回ほど連載されたまま中絶した翻訳を、発行者の絹山絹子さんが引き継いで最後まで訳し終えたものです。星の子といえばスターチャイルドっていうレーベルが昔ありましたね。今でもあるのかな。それはともかく今度は噴飯じゃなく素で面白いです。巻頭の解題によれば1937年に発表されたウェルズ71歳のときの作品なのだそうです。老いたりといえどさすがウェルズ、初期からのオトボケ感(南條竹則さんは古典新訳文庫の『盗まれた細菌/初めての飛行機』の解説でこれをウェルズ独特のユーモアと評していました)が健在なのが嬉しい。

主人公は歴史小説を得意とする作家のジョウゼフ・デイヴィス。この人がかなり年下の娘に惚れて結婚するのですが、そのうち奥さんにだんだん違和感を感じてきます。たとえば音楽会に誘っても「音楽ならこの前一回聞いたからもういい」と答えて行こうとしないのです。やがて奥さんは妊娠し、彼の不安はますますつのります。そんなある日行きつけのクラブで宇宙線の話を聞いたのがきっかけになって、ジョウゼフは恐ろしい疑惑にとらえられるのでした。

――と書くとサスペンス満点のような話に見えますが、そんなことはまったくありません。何を書いても黙認される境地に達した大御所ならではの、読者そっちのけの思索的な文章が淡々と続くだけなのです。でもこれはイギリス小説のある種の伝統的な型で、ちょうどオラフ・ステープルトンの『オッド・ジョン』とか『シリウス』がそんな感じなので、ああいうのを連想してもらえばよいと思います。あとはデヴィッド・リンゼイの『憑かれた女』とかアーサー・マッケンの『秘めたる栄光』とか、それからこれはイギリスではないけど、スタニスワフ・レムの『天の声』とか。

でもおそらくいちばん似ているのは三島由紀夫の『美しい星』でしょう。ツッコミ不在のボケ役のみの登場人物たちが謎の覚醒を遂げて、「誰か突っ込め! なぜ誰も突っ込まない」という読者の焦燥をよそにひたすら進むストーリー。そして人類の将来に希望を託すハッピーエンドなんだかどうだかよくわからないエンディング。文フリで買い逃した方も盛林堂さんで注文できるみたいです。

sutendosutendo 2016/05/04 10:40 文フリ東京色々お世話様でした。懇切なご紹介ありがとうございます。「美しい星」との関連意外な繋がりに驚きました。勝手なお願いですが、Twitterで紹介させて下さい。よろしくお願い致します。

puhipuhipuhipuhi 2016/05/04 11:27 いえいえこちらこそ貴重な復刻に感謝してます。Twitterで紹介していただければありがたいです。ちなみにトーノ・バンゲイはまだ読んでません(笑)

くらげくらげ 2016/05/06 12:10 ウチの本をステマしておいてくださいw
ただ、突貫工事でひどい出来なので改訂版出すと思います(時期未定)。

puhipuhipuhipuhi 2016/05/06 16:36 ステマ了解!
ただどれがくらげさんの本かもはや不明なんで、手に入った本は全部紹介することにします。

くらげくらげ 2016/05/06 17:14 赤江さんのリスト本ですー。

2016-04-30

文フリ新刊

いよいよ明日に迫る第二十二回文学フリマ東京。エディション・プヒプヒの今回の新刊は、乱歩の熱愛した禁断の書物『ギリシア倫理の一問題』(ジョン・アディントン・シモンズ)の抄訳です(乱歩表記では「ギリシャ道徳の一問題)」)。現在鋭意最終追い込み中。予価600円。

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用紙確保量の問題があって装丁は二種ありますが、中身はどちらも同じです。他にも名状しがたい旧刊をいろいろ取り揃えておりますので、近くまでお越しの節はどうぞチ-10のスペースにもお立ち寄りください。

2016-04-18

破戒

近くまで来たついでに古書いろどりに寄ったら、店主の彩古さんから、今日は「戦後70年 中井英夫 西荻窪の青春展」の初日であることを教えられた。おおそうであったか。すっかり忘れておったわい。

その足で東京古書会館に回ると、二階でひっそり、いかにも中井英夫らしい影めいたたたずまいで展示がされていた。人ひとりいない(番人さえいない)会場で、独特の可憐な筆跡を思うさま眺められたのはラッキーだった。

さて、私見では、今回の展示の目玉はふたつある。ひとつは公刊版の西荻窪青春日記では割愛された作家採点表である。5点とかマイナス20点とか夜郎自大な点数が並ぶなかで、ひとりだけ「x」すなわち「未知数」と採点された作家がいた。未知数といっても新人ではない。戦前から書いている中堅作家である。およそ中井が認めそうもない作風の人なのだが、なにをもって「x」としたのだろうか――あるいは単に読んでいなかっただけかもしれないが。

もうひとつは『虚無への供物』の構想ノート。例のノックスの十戒が丹念に筆写され、そのひとつひとつの上に赤エンピツでチェックの印が入れられている。さすがにマメだなーと思って見ていくと、ひとつだけチェックの入っていない戒律がある。そうだ、言われてみればそのとおり、その戒律だけは『虚無』で守られていない!

それにしてもこの構想ノート、もしその全体がファクシミリ版で公開されたらすさまじく興味深いだろう。……もしエディション・プヒプヒで出させてもらえるなら喜んで出すのだけれど。

素天堂素天堂 2016/04/26 04:24 昨日、行ってきました。贅沢なことに本田氏の解説付きでした。資料の展示がだいぶ増えているとのことでした。個人蔵という功罪はともあれ、遺産が散逸を免れているのはすばらしいことですね。

puhipuhipuhipuhi 2016/04/26 10:13 ふおふお
本多さんは増やすのが得意ですからね〜 それではまた行かねばなりますまい。
素天堂さんも個人蔵の虫資料を活用して虫太郎展など開いたらいかがでしょう。

sutendosutendo 2016/04/26 18:07 本多さん名前間違えました。個人蔵の虫資料? 大笑いですよ〜。ホント。