プヒプヒ日記

 

2016-06-07

ジャンルクラサカ

最初の40ページくらいまで読んで「これひょっとしてハルヒかな?」と思ったけれど、最後まで読んだらクラサカだった。と書いてもネタバレにはならないはずだ。というか、これ読んでない人に結末をばらしても、多くの人は〈そんなバカな小説があってたまるかバカヤロー〉と思って信用しないのではなかろうか。ちょうど倉阪鬼一郎氏のある種の小説のように。

解説にはジャンルミックス作品とあるが、私の見るところ、これは「クラサカ」というジャンルの小説に他ならない。ジャンルミックスの他にも叙述トリック的プロットとか酷薄な結末とか。

ともあれチープな(←褒め言葉)道具立てのなかで読者をきっちり楽しませる誠実さと職人技が印象的な佳品である。

2016-06-02

松山翁の書庫

芸術人類学研究所(AA)多摩美術大学のツイートによれば安藤礼二編『松山俊太郎 蓮の宇宙』は八月刊行予定だそうだ。はたして本当に出るのか、まだまだ予断は許さないけれども、なんとなく今年中には出そうな気配になってきた。まずはめでたいことである。(プシルスキーの『大女神』も出てくれればもっとめでたいんだけど)

ところで松山翁といえば今から三年ほど前、翁が緊急入院することになり、縁あって私も留守中の家の整理に駈りだされた。

ところが一歩家に入って驚いたのなんの。

玄関からいきなり書棚が林立して蟻の巣みたいになっていて、照明が薄暗いせいもあり、いったい部屋がいくつあるのかさえ最初はわからない。さらに裏庭には巨大な鼠捕りみたいな謎の物体が置いてある。翁の編纂による『澁澤龍彦文学館 最後の箱』の解説には「この「解説」をまとめるのが厭さに書庫の整理に逃れた際」というフレーズがあるけれど、何のことはない、家全体が書庫なのだった(もっとも奥様がご存命中はもう一戸借りてそこを生活空間にしていたという)。

なお驚いたことに、何万冊あるかわからない蔵書が、唐本など本来横にして架蔵すべき一部を除けば、ほとんどすべて縦に書棚におさまっていた。つまり昨日話題にした日夏邸の書庫とは違って、池澤春菜さんの教えが忠実に守られているのだった。さらに驚いたことに、ほとんどすべての本に読まれた形跡がある。付箋が貼られたり傍線が引かれたりしている。あたかも「積読」という文字は松山翁の辞書にはないかのごとくだ。

『げんしけん』で高坂の部屋を訪れた笹原みたいに、「俺に足りないのは覚悟だ!」とうなりながら松山家を後にしたことであった。

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素天堂素天堂 2016/06/03 06:51 苦しいけど楽しい、不思議な空間でした。先日松山さんの納骨に参加してきました。
蓮の本楽しみです。このところ松山さんからの引き継ぎ作業に集中しております。
まさかの、手稿を直接手にしながらの、校閲というとてつもない作業に、日々震えております。

puhipuhipuhipuhi 2016/06/03 11:13 おお、例のDKB(ディープキッスブチュー)計画ですね! 健闘を祈ってます。
助けが必要なときはいつでも馳せ参じますので言ってください。

素天堂素天堂 2016/06/03 15:16 一週一章半のペースで進んでいます。夏までにはあげたいと思っています。詩歌合戦の殆どのルビがゲラで入っているのに驚愕。

2016-06-01

横積み者の末路

SFのSは、ステキのS

SFのSは、ステキのS

以前『乙女の読書道』を一読して文章のうまさに仰天し、そのまま池澤ファンとなった。(こんな言い方をされては本人としては不本意だとは思うけれど)三代の蓄積を目の当たりに見る思いがする。

ということで、本書からありがたい教えを引用しましょう。

いいですか。けして。

本を横にして積んではならない。

本は横になった瞬間に死にます。これ、絶対。顔を横にして邦題を読む手間と、積みあがった本の山から抜き出す手間、この二つで一気に死蔵化まっしぐらです。

ところがせっかくの忠告を守らなかったため途方にくれる男が一人。その名は日夏耿之介。見よこのおそろしすぎるありさまを! 一気に死蔵化まっしぐら!

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これではタイトルを読むとか本を抜き出すとかいう以前に、そもそも本まで手が届かない。空いたスペースが狭すぎて本の整理さえできないのではなかろうか。奥のほうにいる日夏の困り切った顔*1もさてこそとうなづける。ちなみにこの写真は井村君江『日夏耿之介の世界』からとったものだが、これはすばらしい本だ。全集の編纂をなしとげた後(それだけでも偉業なのだが)、さらなる飛躍を求めてイギリスに留学といった井村さんのバイタリティにはまさに懦夫をして立たしめるものがある。

*1ふだんからこういう顔だという説もある

2016-05-28

午後の恐龍

アルファ

アルファ

特殊版元として名高い国書刊行会がまたまた面妖な本を出した。拙宅から一番近い大型書店(コーチャンフォー若葉台店)ではアメコミの棚にあったけれども、アメリカ製でもなければ、ふつうの意味のコミックスでも(おそらく)ない。

それでは何であるかというと、ビッグバンから人類誕生直前までの歴史を大判330ページにわたってヴィジュアル化したもの……とでも言えようか。だがそこには時代をはるかに下ったイメージがときおり、いや非常にしばしば、時代錯誤的に顔を出す。隠生代に現われるカラヴァッジョのメデューサや北斎の富嶽三十六景やマグリットの帽子。一部は巻末に出典として明記されているが、おそらくかなり多くのものがそこから漏れているのではないかと思う(現にメデューサ(p.144下)は記されていない)。

ともあれ滔々と流れる時間の随所に、波間に浮かぶブイみたいに点滅するこうしたオーパーツは、ビッグバン以降百億年を見通す存在、すなわち百億年にわたって連続する意識の存在(ジョイスみたいな意識の流れ)が背後にあることを感じさせる。まるで星新一が「午後の恐竜」で描いた地球のパノラマ視現象のような。

その意味でこの『アルファ』の裏にはオメガがあるような気がしてならない。訳者後記によればこれは三部作の第一巻で、続編の『ベータ』で人類誕生から現代までが、続々編の『ガンマ』では未来が描かれるという。するとこれらオーパーツは『ガンマ』にいたる伏線なのだろうか。

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中生代に出現するゴジラ

【5/30付記】この前は書き忘れましたがこの本は値段もすごい。HMV&BOOKSが「大丈夫ですか国書さん」と心配するくらいの良心的価格です。

まったくだー。この紙質と判型と色刷りとページ数で3700円はありえない。

2016-05-17

塚本邦雄展図録に寄せて

「玲瓏の会」の物部鳥奈さんから塚本邦雄展図録をいただいた。ありがとうございます。物部さんは同展の企画委員の一人で、この図録で年譜を担当。わたしは塚本を日常的に読む人間ではないけれど、こうしたものを目にすると一旦は箱のなかにいれた塚本本を取り出しあちこち拾って読み、つい物思いにふけってしまう。

世界は言葉でできている、と誰かが言ったそうだ。わたしはそうは思わない。だが天国は言葉でできていると思う。おそらく言葉だけでできていると思う。だから聖書の一語一語に異様にこだわるカバリストたちの営みは、聖書を信じるかどうかはともかくとして、あるいは手続き的に正しいかどうかはともかくとして、発想としてはそれほど誤っていないのではないか。それは語のうちに天上に通ずるもののあることを確信する者の行為であり、同時に〈天国などないかもしれない〉というニヒリズムと表裏一体のものだ。

しからば塚本の言葉で天国はできているのかということになると、これははなはだ疑問であって、むしろ天国から落とされたもの、「堕天」というのがふさわしいように思う。冒瀆の気配ただよう隕石。そこが塚本の魅力の本質ではないか。

学識に溢れ、おそらくは神を意識することは共通でも、日夏や鷲巣とはその点でまったく異なる。彼ら二人の詩は地上から天への祈りであるが、塚本の場合は逆に天から落ちてくる。

あるいはその百科全書的知識。中井英夫と塚本邦雄は、おびただしい書簡の往復を通して、互いに大きく影響しあったというが、これはどちらからどちらへの影響なのだろう。詩と百科事典とは、もともとはひとつのものであったはずだ――ある種の人たちは、先験的にそう確信する。ノヴァーリスがそうだった。マラルメもそうだった。コールリッジの中絶した百科事典。

レイハル。レイハル。 2016/05/30 21:14 ご紹介ありがとうございます。これを励みにしなくては。堕天使は的確ですね。そうして分けてゆくと、鴎外は、漱石はと想像力が働きますね。

puhipuhipuhipuhi 2016/05/30 21:32 こちらこそ貴重な資料をどうも。
塚本展も次の日曜でお終いみたいですね。思いきって行ってこようかな。

レイハル。レイハル。 2016/06/02 09:36 思えばあっという間でした。巡回展が大阪などで検討されているのですが、実現はいまのところ未定の状態なので、可能ならば見ておいて損はないですね。図録はほぼ展示品を収録しているのですが、現物は目を奪われます。1度目は感動して冷静には観られませんでした。はい。

puhipuhipuhipuhi 2016/06/02 20:49 うーんこの週末は西荻で『盛林堂の謎めいた本棚』をゲットするか、それとも思い切って岩手まで行くか、ここが思案のしどころぞ…… 片道3時間ちょっとだから行って行けないことはない……