明朗冒険活劇のまぼろし

 
 世にアホくさいものは数あれど、山中峯太郎翻案のシャーロック・ホームズくらいアホくさいものはたんとはあるまい。のんびりと正月に読書するにはうってつけである。

 このシリーズはほんの数年前までは古本屋で安値で巡り合う僥倖を待たねばならなかったが、今では平山雄一氏の尽力のおかげで何の苦労もなく手に入る。価格が高くて手が出ないという人だって図書館に行けば容易に読める。

 これから読む人の楽しみを奪ってはいけないので、峯太郎ホームズなるものがいかなるものかは今は説明しない。ただ平山氏の注によれば「金額はたいてい原作より巨額になっている」そうだ。たとえば原作に「時価十万ポンドのダイヤモンド」とあるとしたら、峯太郎版では「時価二十万ポンド」になっているという。もしかしたらエッフェル塔なんかも高さ600メートルくらいになっているのかもしれない。

 わたしの見るところ、ホームズもワトソンもここでは峯太郎がおのれの明朗冒険活劇の夢を存分に羽ばたかせるためのダシに使われているにすぎない。つまり本郷義昭がホームズの皮をかぶっているだけなのだ。だってホームズがあんなに大飯ぐらいのわけがない。これはいわゆる「金縁の鼻眼鏡」で、ホームズと本郷義昭の二人分食べているのだ。

 こう書くと、「ははあ、するとこれはBL好きな人たちがBLの夢を存分に羽ばたかせるために作る薄い本みたいなものなのか」と早合点する人があるかもしれない。もちろん大ざっぱに言えば似たようなものなのだが、だが微妙な点で相違がある。それは一抹の哀感があるかどうかだ。

 「あやかしの鼓」で若先生が怪夫人の書生に身を窶(やつ)しているように、行き場をなくした快男児はベーカー街の探偵に身を窶している。なんだか胸がキヤキヤするではないか。世に容れられぬ者の「窶し」が憐れを誘うではないか。ああ世が世なら颯爽と敵中横断三千里しているものを、何の因果か鬱陶しいロンドンで変ちくりんな事件を捜査している……

 まあそれはともかく、今回の復刊にはわたし以外にも喜んだ人がたくさんいたらしい。おかげで『世界名作探偵小説選』なる続編が近く出て、「つとに高名なポーの三作品」などが収録されるそうだ。

 おお、あの日東の剣侠児が、今度はオーギュスト・デュパンの着ぐるみを着て縦横無尽に暴れるのか! いいかげんにせいよ! じゃなくて、ホームズ以上に大変なことになってそうで大いに期待がもてます。