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ピュアなことにする

2008-06-23 concept

 現在、私たちを取り巻く社会状況は変化している。それに伴い、文化・芸術の在り方も変容している。

 現代は「うつの時代」と言われている。なぜ人は「うつ」になるのか。それを、ある精神科医は「正直に生きる人が、うつになるんです」と言った。自分の生存と、社会との接点に、あまりに必然性を持とうとするがゆえに、社会と個人のありようを分けることができないのではないか、と私は思った。

 いわば、文化や芸術というのは、社会の副産物のようなものである。それ単体では成立せず、作品の背景、必然性が作品を際立たせる―もしくは、作品は背景や必然性を見るための表象である。

 けれど、「うつの時代」が象徴しているように、もはや私たち個人と社会の間に、そもそもの接点なんてなかったのではないだろうか。芸術批評家は良く「必然性」ということを口にする。けれど、街を歩けばチェーンばかり、原風景のないシティの中に私たちはどういった必然性を見つければいいのだろう? 政策が地方分権制へと転換され、地方色がマーケティングの論理によって蝕まれたとき、誰が地方都市に本来の特色を見つけることができるだろうか?

 およそ重要なのは、必然性−つまり作品を作る意義があること―ではなく、「○○なことにする―つまり作品を作る意義がある、ことにする―という「とりあえず性」から出発することなのではないか。

 今回のフェスティバルのタイトルに「ピュアなことにする」とさせていただいたのは、私たちがピュアであるかどうか以上に、私たちがピュアであることを前提に次のステップへ進むための指針で付けさせていただいた。