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2011-06-19

新刊 『数とは何か そしてまた何であったか』案内

数とは何か そしてまた何であったか

『数とは何か そしてまた何であったか』(共立出版)が6月23日に発売されました。数という概念が文明によってずいぶんと異なること、その結果時代に応じて姿を変えながら進化してきたことを現代数学の立場から描写しました。デカルト、ニュートン、オイラー、コーシー、デデキント、フレーゲといった数学史上の偉人たちの個々の業績について言えば、より詳細に分析、紹介した著作はたくさんあるでしょうが、数、とくに自然数という概念に絞って、一貫した通史を述べた書物は世界でも珍しく、少なくとも私は見たことがありません。

本書でオリジナルだと思われる内容の一例を挙げます。どうして西洋文明では、負の数が数として認められるのに2000年という長大な年月を要したのか、は実に歴史の不思議ですが、西洋から出る本は、西洋文明の中から見ているために、負の数に対する偏見に自ら気が付くことがなく、これまでこの点が明確にされてきませんでした。本書によって、西洋における数概念の問題点、つまりどうして負数が導入できなかったのかが初めて明らかにされたと思います。

もう一例です。

現在ゴットローブ・フレーゲは論理分析哲学の始祖として哲学の世界ではきわめて有名です。アリストテレス以来と賞賛する声もあります。フレーゲは数学は論理学に還元できると信じて、それを実現するために、現在数学で普通に使われる述語論理を開発しました。大学ではイプシロンデルタ論法に悩まされた記憶をもつ方々も多いでしょう。∀xや∃xという記号が登場するアレです。このような「論理と数学の一体化」はフレーゲによって実現したのです。

しかし、フレーゲは数学界からは哲学とみなされ、哲学界からは数学と見られ、生前も死後も一切無視されてきました。そのため述語論理がフレーゲによって創始されたことすら半分忘れられ、フレーゲから学んだバートランド・ラッセルたちの功績であるかのように誤解されてきました。

没後ずいぶん経ってから論理哲学の世界で見直されるようになってきたのですが、最近になってフレーゲの自然数論も実は簡単に修正できることがわかってきました。そのフレーゲ算術の見直しも哲学の世界で先行しており、数学ではまだフレーゲは無名のままというのに近いです。

本書では、フレーゲによる算術の論理学への還元の実際を修正された形で紹介しました。フレーゲ、デデキント、ペアノ、それぞれの自然数論の違いを比較検討したのも数学の世界では初めてのことだと思います。

フレーゲもですが、その他ステヴィン、グラスマン、ヘンケルといった、生前はあまり有名ではなく、そのため現在でもあまり知られていない数学者の偉大な業績を自然数論との関係で詳しく紹介しているのも本書の特徴の一つです。

本書が、数学と哲学、広くは数学と知識人との関係を緊密にするきっかけとなることを願っています。

以下に「序言」と「目次」を掲載します。


序言


重ねて言うが、数学は幻影である。
− シュペングラー『西洋の没落』

このたび長年関心をもって勉強してきた数概念についての通史を刊行できることになり、とてもうれしい。私が数の歴史に関心をもったのは30年以上前のことである。「フェルマーの最終定理」が果たした整数論史上の役割に興味をもったのがきっかけだったのだが、そのうち数、とりわけ自然数という原初的な概念に関心を深めていった。

「フェルマーの最終定理」を知らない人は地球上に数知れずいるだろうが、1,2,3を知らない人間はいない。にもかかわらず、自然数とは何かと問われて確信をもって答えられる人はそういるものではない。そしてその「確信」というのも近年確立された学問的知見に基づくものであって、これが絶対である理由は何もない。

文明・文化の相対性は多くの人が語る。西洋文明も一つの文明にすぎず、東洋文明も、そしてまたどんなに貧弱そうに見える小民族の文化伝統だって、独立した価値観、異なる言語に基づいていて、そのためその核心部分において相互理解が不可能なのだというのが、文化相対論の基本的主張なのだろうと思う。しかし自然数というような、ほとんど絶対的に普遍的かつ原初的に思われる対象が、そもそも民族や時代に強く依存する文化相対性を有するのだということを力強く主張したのはシュペングラーが最初である。

本書は、数学の文化相対性に共鳴する立場で書かれた数概念の通史である。とはいえ、東洋数学、アラビア数学などの西洋数学以外の数学について私はほとんど知らない。そして敢えて臆見を述べれば、たとえばエジプト数学、メソポタミア数学、インド数学、中国数学の技術的な側面はそれなりに解明されてきているのだろうが、その数概念、さらには数学に関する基本思想がどういうものであるのかはほとんどわかっていないのではないだろうか。

したがって本書が数概念、ひいては数学の文化相対性を基本的見解とすると標榜しても、西洋数学以外の数学については主張のほんの補強として援用しているにすぎない。とは言うものの、西洋数学史を知るだけでも、数概念が普遍的な人類の共通理解であるというのがまったくの誤解であることは、本書を読めば十分納得していただけるだろう。

すなわち、数、したがって数概念を基礎に置く数学は、直線的に進歩したり、発展したりしてきたものでは、絶対にない。イイヤ、昔の人は幼稚なことを考えていたのであって、以前は神秘とされた事柄が次々と解き明かされているのだというなら、たとえばニュートンの微積分に関する論文を読んでごらんなさい。ニュートンがその論文で何を言おうとしているのか、そもそも何のためにこんなことをくどくど書いているのか、説明できる人は皆無のはずである。しかし同時代人には、誰にでもとは言わないが、不思議なことに、わかる人にはわかったのであろう。

もう一例、アリストテレスの『形而上学』を挙げよう。この本は数とか公理といった用語に満ち溢れているが、ほとんど「ギリシア人の寝言」に近い。要するに、われわれが下す判断というのは、数知れぬ公理(無意識の先入観)に支えられているので、時代、民族が変わればほとんど理解不能なのだということを強制的にわからせてくれるのである。(しかし、だからこそいくらかでも理解が増すととても感激的であり、理解への専門家の地道な努力はいかにも尊いということを書いておかないと誤解されそうである。)

しかし数学の場合、数というのは形の上では同じであり、記号で書かれている場合は何が話題になっているかは知ることができるので、少なくとも形式上は同じことを考えていると言えることは確かである。そして以前解けなかった問題が(当時の人から、そういうことを問題にしていたのではないというクレームが付くかもしれないが)解決されるという事例が数多く生じるのも事実である。そのために数学は普遍的である、時代と民族を超越している、果ては汎宇宙的な真理である、という世迷言を生んできた。こうした思想を私はひとからげにして「数学実在論」と呼んでいる。私は数学実在論に強く強く反対する立場である。それは「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」といった「天」の思想や「一神教」の迷妄の数々の流す害毒を訴えて止まないのと同じ理由、すなわちナイーブでしかも危険な人間中心主義批判に基づくのだが、このことについてはまた稿を改めることにする。

数学は発展するものでも、進歩するものでもないのなら、一体数学は年月とともにどうなって来たのか、といえば、「進化」してきたのだ、というのではどうだろうか? 進化の過程にある人類が現生人類より劣っているとはあまり考えられない。なにかわれわれが間違った方向に、しかも必然性をもって、進化してきたのではないか、とは多くの人が感じるところである。少なくとも、ある種の生物が他の種の生物より優れているとか、劣っているとかの議論が無意味であることは、現代では多くの人が感じているのではないだろうか。

本書がこうした主張を立証したとは言わないが、数というものが、それほど単純なものではない、民族によって、時代によってずいぶん異なった内容を意味しているらしいということはわかっていただけると思う。

しかし、現代では数概念は共有されているだろう、数学は民族の垣根を越えているのではないかという主張もあるだろう。だが、数学といえども言語に基づいて思索されている限りは、われわれ日本人が考えている数学がインド・ユーロピアンにとっても同じことを意味するという保証はない。現在の数学で普通に使われる述語論理は完全に印欧語に基づいて作り上げられた論理であるから、われわれにはどこか不自然な人工物である。そういう意味で、日本人が舶来の数学を完全にわがものにすることが可能なのかどうか、あるいはそれで満足できるものなのかどうかについては疑問符をつけておきたい。(偶然これと同じ意見を知らせてくれた数学基礎論の専門家の知己を得て意を強くした。)

最後に、未来の数概念はどうなるのかについて。過去から未来を知ることはできない。したがって数観念の未来の姿を語ることはできないが、これだけは言える。それは現代の数観念が最終形ではないということである。したがって本書は、あくまで現代数学の観点から見た「数概念の解説」であり、「数概念の進化史」である。数多くの文献から引用したが、邦訳があるものについては参考にはしたけれども、言い回しにおいていくらかの修正を加えてあること、また古い日本の文献の場合、読みやすさを考えて、旧漢字、旧かな遣いを変更してあることをお断りしておく。

2011年5月25日                    足 立 恒 雄

目次

第1章 数と量 1

1.1 数の起源
1.2 自然数
1.3 負数
  1.3.1 負数についての歴史ノート
  1.3.2 負数の現代的定義
  1.3.3 有理数体の現代的定義
  1.3.4 複素数体の構成
1.4 量について
  1.4.1 歴史における量
  1.4.2 量の空間の定義
  1.4.3 実数概念の定義
1.5 量と数との連絡

第2章 数体系一元化に至る道

2.1 一元化に至る道の障害
2.2 数概念前史
  2.2.1 ギリシア時代
  2.2.2 ディオファントス
2.3 ヴィエト,ステヴィン,デカルト
  2.3.1 ヴィエト (1540-1603)
  2.3.2 ステヴィン(1548-1620)
  2.3.3 デカルト (1596-1650)
2.4 ニュートン,オイラー,コーシー
  2.4.1 ニュートン (1642-1727)
  2.4.2 オイラー (1707-1783)
  2.4.3 コーシー(1789-1857)

第3章 19世紀における算術化運動

3.1 ハミルトン,グラスマン,ハンケル
  3.1.1 ハミルトン(1805-1865)
  3.1.2 グラスマン (1809-1877)
  3.1.3 ハンケル (1839-1873)
3.2 量の理論の終焉

第4章 現代数学における自然数概念の形成


4.1 フレーゲ (1848-1925)
  4.1.1 フレーゲの生涯
  4.1.2 フレーゲの主要著作
  4.1.3 なぜ算術は論理に還元されるのか
  4.1.4 フレーゲ算術の構造
  4.1.5 注釈
  4.1.6 元のフレーゲ算術から生じる矛盾
4.2 デデキント (1831-1916)
  4.2.1 注釈
  4.2.2 『数とは何か』の欠陥
  4.2.3 デデキントは論理主義者か?
  4.2.4 デデキントの「論理主義」
4.3 ペアノ (1858-1932)
  4.3.1 ペアノによる算術
  4.3.2 注釈
4.4 ラッセル (1872-1970)

第5章 高木貞治考察 西洋数学受容の一例として

5.1 『新撰算術』(1898)
  5.1.1 『新撰算術』における自然数などの扱い
  5.1.2 解析と総合
5.2 『新式算術講義』(1904)
  5.2.1 『新式算術講義』における自然数の定義
  5.2.2 『新式算術講義』における整数
  5.2.3 『新式算術講義』における有理数
  5.2.4 量から実数へ
5.3 『数学雑談』(1935)
  5.3.1 『数学雑談』の自然数論
  5.3.2 数学的帰納法による関数の定義
  5.3.3 『数学雑談』における量の理論
5.4 『数の概念』(1949)
  5.4.1 『数の概念』における整数
  5.4.2 連続体の定義
5.5 実直線から実数体へ(試案)

第6章 p進数 まったく異質な「数」

6.1 p進数とは?
6.2 ヘンゼル (1861-1941)
6.3 ハッセ (1898-1979)

付 録 公理的集合論の基礎

A.1 集合論ZFC
A.2 集合論による数学の展開
  A.2.1 直積,写像の定義
  A.2.2 演算,関係の定義
A.3 選択公理と同値な命題
  A.3.1 順序数
  A.3.2 選択公理と同値な命題

参考文献
事項索引
文献索引
人名索引