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2008-08-10 1000の価値観で表せる自分

1000の価値観で表せる自分

自分の思考パターンって単純だな、と思う。文章でも行動でも、やっぱり似たパターンになる。〜君らしいねえ、という言葉はその結果生まれたものなのだろう。

自分のにとってコアの価値観は、数十の比較項目であらわせられるだろう。細かい部分の価値観は、対象や状態を変えることでその価値観の変わり目を調べると、だいたいニアピンな部分(誤差1〜5%くらいか)はわかってくる。数十×10パターン=数百、にプラスαを加え、大体1000くらいの行動基準で、自分というもののほとんどは表せてしまうのではないかと思う。

まあ、価値観の判定テストみたいなものは、試験なんかに時折ついてくる。適性判断というやつか。あれで一体どういった情報が伝わっているんだろうなあという言い知れぬ不安はあるが、嘘ついてもしかたないので、大体は本当に思う選択肢を選ぶ。まあ、いくつかは、見栄が入っている気もするが。

行動の判断基準には、(心理)感情・体調・環境といった要素によっていくらかパラメータが変わるものの、大元の部分はそんなにかわらない。もちろん、新たな出会いや環境の変化で大きく変わることはあるが、一朝一夕でかわるものでもない。自分の価値観を変えてしまうことは、以前の自己否定にもつながるから、大きく変えられないし、変えるには少なくとも合理的(と思えるよう)な理由が必要だ。

人間を単純に捉えると、そこそこの労働力と、1000ほどの価値観をもつ存在で表せてしまうのかなと思う。パラメータ自体はコンピュータに入力すれば、大抵のことに対するイエス、ノー判定はできてしまいそうだ。ジャッジメントが必要とされる仕事の場合、自分がコンピュータに価値観を入力していくと、たとえ夏休みでも、休暇先に電話はかかってこず、コンピュータが代わりにやってくれるのかもな・・・なんてことを思った。

人間の行動ってのは、価値観が集積した結果と、経験則を照らしあわし、行使されるアウトプットなのだろう。

そこに思考は、それほど入っていない。人間ならではの、迷いは入るけど。

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