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2008-08-18 時間をムダにすると、あせるのは何故

時間をムダにすると、あせるのは何故

一言で済ますならば、進歩への強迫観念を持っているからだろう。

常に進歩し続けなければ、という気持ちが自分をあせらせる。

仕事や人生もまた、一つの競争であることは疑いもなく、他人を横目で見つつ、俺も取り残されてはいけないと自分を叱咤する。

だから、休日ですらゆっくりと楽しめない。一日を無為に過ごしてしまったことが罪悪感となり、頭をさいなむ。

この価値観は私の中に深く根付き、こういったことを思い始めたのはいつからかは忘れてしまったが、小学生低学年のころだったと思う。人が集まれば、競争を誘発する。学校という集団での教育制度が推奨される理由の一つは、そこにあるんじゃないか、と今気付いた。

私は、昔から他人のものを欲しがることが多かった。うらやましくて、今、もっているもの以上に、彼が持っているものも欲しくなるのだ。それは形あることもあれば、その人のポジションや性格など、形ないものであることも多かった。

だが、他人のものはとってはいけない。じゃあ、どうすれば自分の持ち物が増えるのか。深く考えなくとも、答えは日々の生活の中で、自明だった。勝つことだ。人より少しでも、勝ることによって、得られるものはある。それは、実際のご褒美であることもあれば、賞賛などに伴う達成感や満足感といった形ないものまで、様々だった。

勝つために、何をしなれければいけないか。能力的にほぼ互角であるならば、相手よりも、努力することだ。やや劣っているならば、よりいっそうの努力をすることだ。それは結局、人の意志によるものである。人の意志によって、結果は180度変わり得る。

だが!人の意志は弱い。少なくとも私はすごく、弱い。残念ながら、人間の、動物としての本能に忠実な行動は非生産的であることが多い。意志の強さで勝てないのであれば、むしろ本能の強さで勝てばいいんじゃないかと思った。意志が弱くても、「まてまて、よく考えてみれば・・・」と、目標設定や立位置をうまく変えてやることで、達成することへの自分のインセンティブは増大する。ある意味、自分すらだましていることにもなるわけだ。私はよくこのことを、「自分に暗示をかけてやる」と言っていた。

だがそれも内容により、修正可能なものもあるが、いくら立位置を変えても、本当にくだらないもの、苦痛なものはだめだ。なまじ、意志の強さを鍛えていなかったが故に、ただ欲望だけが突出し、我慢がきかなくなった。嫌なことは、全力で回避する。人とのコミュニケーションは好きなくせに、非コミュ方向によっているのは、このワガママさが原因だろうな、とは自分でも、認識は、している。

いずれにせよ、勝つためには、時間を効率良く使い、生産性をあげていくことが必須条件だ。幼少のころより、そうやってずっと競争の毎日であったから、たとえ休日でも無為に過ごすことに、ためらいと焦りが生じてしまうのだろう。競争社会の現代に生まれた人間の性ともいえる。

今でも、時間をチラチラ見ている。そんな自分に疑問を持たず、たとえ疑問を持ってもどうにもできず。この営みは、死ぬまで続いていくのだろう。この世の全てを、手に入れるまで。

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